今回紹介するのは上質なSF小説を読み進めるような味わいのアドベンチャー『The Red Strings Club』。“女児アニメ好きフリーライター”の小林白菜がお届けします。
人間にとって“真の幸福”とは……?
物語の舞台は巨大企業“スーパーコンチネント社”が支配する都市の一角にあるバー“レッド・ストリングス・クラブ”。ある日、バーテンダーのドノヴァンが、パートナーであるブランダイスにカクテルを振る舞っていると、傷付きボロボロになったアンドロイドが入店。そのまま力尽きて倒れてしまう。
アンドロイド・アカラ184の記憶領域にハッキングを試みたブランダイスは、そこでスーパーコンチネント社の恐るべき陰謀を知る。ドノヴァンとブランダイスは真相を暴くために行動を開始するのだが……? 3人の登場人物を待つ、数奇な運命を見届けよう。
『The Red Strings Club』Steamページ▼アカラ184(写真左)
高度な倫理的判断を下せる世界で初めてのアンドロイドのうちの1体。スーパーコンチネント社が開発。
▼ブランダイス(写真中央)
ドノヴァンとタッグを組んでいるハッカー。体の一部を機械化し、生身の人間は得られない技術を持つ。
▼ドノヴァン(写真右)
バーテンダー。魂の根源に訴えるカクテルで客の本音を引き出すことで、情報屋としても活躍している。
■カクテルの調合によって客が抱く感情は変化する
倫理観を揺さぶられる、哲学的な問いかけに酔いしれる
じつのところ『The Red Strings Club』は、けっこう風変わりなゲームだ。サイバーパンクな世界でバーテンダーとして客にお酒を振る舞うゲーム―― それくらいの事前知識で本作をプレイした筆者は面食らった。序盤にアカラの過去を追体験するパートで、クライアントの悩みを解消するインプラント(ここではその人物の欠点を補ったり、悩みをメンタル面から解消するために人工の生体物質を体内に埋め込む技術を指す)を作り出すために陶芸のようなミニゲームをプレイすることになったからだ。
しかもこのパートがなかなか長い。ようやくドノヴァンを操作してカクテルを振る舞うパートになると、今度は客との会話で登場する固有名詞の多さに驚く。これから本作をプレイする方は、気になる用語や登場人物の名前はメモを取りながらプレイしたほうが、物語に没入できるかもしれない。
一方でこの世界観に慣れ、会話劇からつかみ取れる情報を理解できるようになると、本作の人間描写の“深み”に気付く。バーに客として訪れるスーパーコンチネント社のエンジニアや顧問弁護士の想いを探っていくと、彼らも会社の計画のすべてを知っているわけではなく、それぞれに疑念や葛藤を抱えていることがわかる。そうした感情を引き出したり、得た情報をほかの客にほのめかしたり……。プレイヤーがドノヴァンとして下した選択によって、陰謀の真相へのアプローチは多彩に変化していく。
着実に真相へと近づいていくドノヴァンとブランダイス、そしてふたりをサポートしてくれるアカラ184。だが、本当に彼らのしていることは正しいのだろうか? 物語を追っていると、そんな疑問が湧いてくる。ひょっとしたらスーパーコンチネント社の計画を受け入れた未来こそが、争いや苦しみのない、人類にとって理想の世界なのかもしれない―― すべてを受け入れずとも、部分的に利用できれば……。しかしそんな判断をするのは、神にも等しい、人間には過ぎた行為なのではないか?
客がドノヴァンとのやりとりで意思を変化させるように、ドノヴァンたちも、そしてプレイヤーもまた、人々との関わりの中で己の倫理観を試され、揺さぶられることになる。個人に自由はあるが、それによって理不尽を被ることもある。取り返しがつかない状況に直面しても、自己責任という言葉が付いてまわる―― そんな現代を生きている身としては、何が本当の“幸福”なのかと、考えずにはいられない。
アカラ、ドノヴァン、そしてブランダイス。結末を見届けたうえで振り返ると、3人の視点のいずれが欠けても、本作がこれほど深みのある物語を紡ぐことはできなかったと思い至る。バーテンダーとしての接客を楽しみたいだけならば、このゲームはちょっとおすすめしづらい。けれど深淵をのぞくような、答えの出ない問いに酔いしれたくなったならば――『The Red Strings Club』は、いつでもあなたの来店を歓迎してくれることだろう。
■人々が“幸福”に生きる世界とは?
The Red Strings Club
- メーカー:Devolver Digital
- 開発:Deconstructeam
- プラットフォーム:PC
- 配信日:2018年1月23日配信
- 価格:1520円[税込]
- ジャンル:アドベンチャー
- CERO:――
- 備考:ダウンロード専売