ファイナルファンタジーX』が歌舞伎になった。

 この衝撃的ニュースはゲームファンの皆様ならきっとすでにご存知のことでしょう。

 人気RPG『ファイナルファンタジーX』(『FFX』)を歌舞伎化した木下グループpresents『新作歌舞伎ファイナルファンタジーX』が2023年3月4日から年4月12日まで、豊洲のIHIステージアラウンド東京にて上演。

 本公演は、歌舞伎俳優の尾上菊之助(おのえ きくのすけ)さん自ら企画・演出、そして主人公・ティーダ役を務める作品です。『FFX』の名場面を古典歌舞伎の手法と最新舞台技術で描きつつ、前後編を通してゲームのストーリーをエンディングまで綴った大作となっています。

 本稿では、そんな新作歌舞伎『FFX』を通しで観劇した模様をリポート。ゲームと歌舞伎が好きなライターが感じたキャラクターの魅力、舞台演出の見どころなどをお伝えしていくので、本公演が気になっている方はぜひチェックしてみてください。

世界一ピュアな歌舞伎化! 原作愛に満ちた新作歌舞伎『FFX』は、観客全員すぐ泣くぞ……フル観劇した模様をリポート

※記事には『FFX』のストーリーの内容が含まれます。重要なネタバレは避けていますが、気になる方はご注意ください。

あのキャラクターが歌舞伎になると!? 登場人物インプレッション!

 ゲームファンとしては『FFX』が歌舞伎になってキャラクターはどう表現されているのか、気になるところですよね。そこで、まずは主要な登場人物の印象と、舞台での見どころをお伝えしたいと思います。

ティーダ

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 ブリッツボールの選手・ティーダは、本公演の企画・演出も担った尾上菊之助(おのえ きくのすけ)さんが演じられています。

 あの名曲『ザナルカンドにて』が流れるオープニングの「最後かもしれないだろ?」の声からして、菊之助さんの演技はハッとするほど“ティーダ”でした。彼の特徴的な口調の「ッス」は、毎回言うわけではないけれど、すごく自然。

 ティーダが異世界スピラで再会したアーロンにいろいろ問い正す場面や、ユウナと“究極召喚”の事情を知った場面などで見せる、彼の青年らしい青臭さ、それゆえに熱くなってしまう一面もまたティーダそのものでした

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 古典歌舞伎だと、激しい感情は義太夫(ぎだゆう)や長唄(ながうた)などの唄で表現されることも多いので、ティーダの直球な台詞が逆に新鮮に突き刺さりました。ティーダの心の動きが丁寧に描かれていたことで『FFX』を知らない方にとっても、彼は感情移入しえる人物に描かれたと思います。

 また、原作のイベントシーンではティーダが(オーディオコメンタリーのように)その場面で思っていたことを語りますが、本作ではティーダの台詞として語られており、それもわかりやすさにつながっていたと思います。

アーロン

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 中村獅童(なかむら しどう)さん演じる剣士・アーロンは「カッコイイ!」のひと言に尽きますね

 ティーダを導く人物として登場するわけですが、その存在感はゲーム以上に大きく感じたほど。バトルシーンでの大きな刀を振るう立ち回りも歌舞伎という演劇にばっちりと合い、その印象を強めていました。

 しかも、彼の戦闘中BGMは『Otherworld』の和楽器アレンジ。原作では冒頭のブリッツボール&アーロンの移動シーンで流れたメタルな楽曲ですね。さらに、アーロンのオーバードライブ技“征伐”の、お酒吹きかけモーションも再現されていて胸アツでした。

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かっけえ……。

 旅の道中では、若かりしアーロンがブラスカとジェクトとともに過ごした日々も描かれていました。若アーロンはロングのポニーテール、声もやや若く、生真面目なしゃべりかたになっていて、「くぅーっ」と唸りたくなる再現度。

 何しろ原作でも歌舞伎でも名場面が多いキャラクターで、最後のユウナに……シーンはこのアーロンをもっとたっぷり見ていたいと思うほどでした。

シーモア

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 グアド族・族長のシーモアは、尾上松也(おのえ まつや)さんがハマり役。

 筆者が『FFX』経験者だから見慣れている部分もあるかもしれませんが、あの髪型や顔の筋などもしっくりフィットしていて違和感ゼロでした。松也さんから漂う、“品がありつつも腹に一物抱えているオーラ”が、シーモアという存在に説得力を与えていたように思います。

 現代言葉のティーダに比べ、歌舞伎らしい発声ですが、ユウナへの執着心が表れているかのような“ねちっこさ”もあってクセになりそう。

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 シーモアはユウナのガードたちと戦うバトルも見どころですが、何といっても歌舞伎で初めて表現された親子の物語がよかったですね。

 『FFX』の攻略本“アルティマニア”に掲載されていた、シーモアと母親が一族から隔絶されていた時期のエピソードが演じられたことで、なぜ彼が父親を手にかけたり、世界を憎むようになったりしてしまったのかが明確になりました。

 我が子のために残り少ない命を使おうとする母親の気持ちもわかるし、支えあって生きてきた母を犠牲にして得た力で周囲からの待遇がよい方に変われば変わるほど、病みもするなと理解……。

 また、シーモアの父・ジスカルが、息子に命を奪われることを受け入れたというのも父親としてできる最後にして唯一のことだったと考えると、因果応報とはいえ悲しい結末だと感じました。

 これら回想シーンのおかげで『FFX』発売当時、なんとなくわかったつもりでいたシーモアの解像度が上がったような気がします。

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ルールー

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 中村梅枝(なかむら ばいし)さん演じる黒魔導士のルールー。

 涼しげな佇まいからして「ルールーが実在したならこんな感じだろうな」というくらい自然で、意識がどんどん物語に引き込まれていくんです。

 亡き婚約者・チャップのことや、かつて彼女がガードを担っていた召喚士との再会など、ルールーの背景が語られるエピソードもちゃんと盛り込まれているのがうれしかったですね。

 ルールーはその折々で印象的な独り言をつぶやくのですが、演じる梅枝さんの憂いのある横顔の魅せかたと、言葉ににじむ、強き大人の女性らしさが非常に魅力的。自身の中で折り合いをつけつつ、ワッカとの関係を前向きに捉えていると読み取れる台詞もあって、「おおお、ここまで描いてくれるの?」と密かに盛り上がっておりました。

 ちなみにワッカへのツッコミの速度も完璧で、ふたりの気の置けない距離感がよく表れていたと思います。

 また、ルールーのバトルシーンも見どころ。ウォーター系の魔法を表現したリボン扇子(?)の舞が、まさに流れるような所作で目が釘付けになりました。水色のリボンはかなり長いので、扱うのも一筋縄ではいかなそうですが、そこはさすが第一線で活躍される女形(おんながた)さんですね。

 もちろん、ルールーの武器であるモーグリのぬいぐるみもちゃんと登場します。

ルッツ/23代目オオアカ屋

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 中村萬太郎(なかむら まんたろう)さんはビサイド島の青年ルッツと、23代目オオアカ屋の2役を演じられています。

 ルッツは、歌舞伎では討伐隊のみならず、ブリッツボールチームのビサイド・オーラカのメンバーにもなっています。ワッカやティーダといっしょに賑やかに盛り立てる一方で、討伐隊での展開はグッと来ました。

 そして、23代目オオアカ屋は本公演の語り部として節目に登場します。

 開幕前に行われる“歌舞伎講座”では、一気に観客のハートをつかんでいましたね。講座では歌舞伎の“見得”について「決めポーズ、あるいは映画などでのフォーカスにあたるもの」と、わかりやすく例えてくれたうえに、顔だけでできる見得の切りかたまでレクチャー。

 右斜め後ろを見るように頭を回し、キュッと正面に顔を戻す、これだけで歌舞伎らしい動きになるんですね。何度か練習するうちに楽しくなってしまい、ギュンと首を動かしたらあわやグキッとなるところでした……(皆さまも見得を切る際にはお気をつけください)

 それにしても萬太郎さんのお声はすごく通って聞き取りやすい。「歌舞伎の台詞、聞き取れるか心配」という方も、瞬時にその不安が払拭されるのではと思います。

 今回の公演は特殊な効果音なども使われるため役者さんはマイクをつけていますが、歌舞伎座などではマイクなしが基本。歌舞伎役者さんは、ふだんから広い客席の最後列まで届く発声をされているわけですから、聞き取りやすいのは当然かもしれません。それにしても萬太郎さんのキリリとした台詞まわしはパッと聞く者を引きつけますね。

 また、原作のゲームではオオアカ屋は商人のオッサ……オジサマというイメージでしたが、萬太郎さんの愛嬌ある雰囲気のおかげでより親しみやすい存在に感じました。

ユウナ

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 召喚士の少女・ユウナ役は中村米吉(なかむら よねきち)さん。可憐なビジュアル、時折小首をかしげる仕草などはまさにユウナでした。ビサイド島の試練の間から出た後、ティーダと言葉を交わす場面では、巫女的な清純さと同時に、ふつうの女の子っぽさも垣間見えていた気がします。

 これはゲーム中で初めてユウナを見たときに受けた印象とまったく同じでした。

 当時、ユウナはこれまでのゲームの女性キャラクターとは少し違うなと思っていたんです。清純で芯のある美少女は数あれど、そこに生っぽさというのでしょうか、あの年ごろの揺らぎみたいなものが感じられたのですが、それが米吉さんのユウナからも発せられていた気がします。

 ユウナの見どころのひとつ、召喚士として犠牲者の魂を清める“異界送り”をする場面では、美しい舞踊を見せてくれます。

 杖さばきはもちろん、首の使いかたや視線にもしなやかさが感じられました。舞いながら、いつの間にかクレーンで高所へと上がっていくユウナ。幻想的な演出に、ぽやーんとした心持ちになってしまいました……。

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 それと、シーモアとの結婚式の花嫁姿は、めーーーっちゃくちゃかわいかったです。白無垢にヴェールって合うんだなとか、そういうのは後から思い出したことで、観劇中はとにかく「なんて愛らしいんだろう」しか頭にありませんでした。

 また、ユウナには名台詞が多々ありますが、ロンゾの族長に旅を続ける理由を問われて「スピラが好きです。ナギ節を待つ人たちにわたしができる贈り物」と返す場面などが、ほぼそのまま再現されていてウルッと来てしまったりも。

ワッカ

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 中村橋之助(なかむら はしのすけ)さんが役を務める、ブリッツボールの選手・ワッカ。

 ツンと立ち上げたヘアスタイルといい、ガラッとした声といい、ゲーム画面から抜け出たようなワッカでした。彼もティーダも、おもに現代の口調なので、ふたりで弾むように話す場面ではテンポがよく、兄弟のようでもありました。

 ワッカは面倒見のよい兄貴肌。一方で、率いるブリッツボールチームのビサイド・オーラカは万年最下位であったため、試合前には弱気になってしまいウダウダ言う場面も。そこも含めてワッカでしたね。

 また、彼は機械を扱う“アルベド族”を毛嫌いし、機械を禁ずる“エボン教”に沿っていましたが、旅するうちに彼の常識が覆されていきます。その過程もすごくワッカらしくて、アルベド族のリュックとの果てしない問答は、内面にモヤモヤを抱えながらもすぐには変われない、人間くささが出ていたと思います。

 正直に言うと、ゲームをプレイした当時は、いつもは親しみやすいワッカがリュックには冷たくするところにショックを受けて少し苦手になり、それをずっと引きずっていたんです。

 でも、今回の観劇で、彼への印象が明るいものへと変わっていきました。ストーリーを凝縮しつつも、彼の変化が端折られずに丁寧に描かれたこと、ワッカの憎めないトコロをうまく演じた橋之助さんの演技の賜物だと思います。

リュック

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 上村吉太朗(かみむら きちたろう)さん演じるリュックは、ユウナを連れ去ろうとしたアニキを阻止する形で登場。原作での初登場シーンとは少し展開が異なりますが、違和感はありませんでした。

 ゲームのリュックそのままに元気で物怖じしない女の子ですが、ユウナを従姉妹として大切に思っていることが伝わってきます。ユウナを「ユウナん」と呼んでいるのも原作通り。

 そして、あのちょっと舌足らず風なしゃべりかたを、歌舞伎の女形さんの発声と融合させているのがスゴすぎる。『FFX』を未プレイの方は不思議に思われるかもしれませんが、あれがリュックなんですよね。

 そのほか歌舞伎ならではのアレンジというと、髪型もそうですが、アーロンのことを「アーロンさん」と呼んでいたところでしょうか。生意気盛りのイメージから、ちゃんと考えて行動できる子という印象も芽生えました。それにより、彼女がユウナを助けるために自ら動いたこと、エボンの教えに疑問を持っていること、“異界”には行かずに「思い出はやさしいから甘えちゃダメなの!」と言うことにも、より納得できた気がします。

 この異界前の台詞は、原作ではほんのちょっとした場面であったにもかかわらず、歌舞伎でそこを拾ってくれていることに驚きました。また、召喚獣が呼び出されるシーンでは、雷の召喚獣“イクシオン”を怖がって“カサカサ”していたリュックも微笑ましかったです。

 彼女は雷が苦手で、原作では雷平原で奇妙な動きを見せるんですよね。舞台で雷平原は割愛されているけれど、そのネタがここに仕込まれているとは……とニヤリとしてしまいました。

ユウナレスカ

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 召喚士に“究極召喚”を授ける伝説の女性・ユウナレスカを演じるのは中村芝のぶ(なかむら しのぶ)さん。もう登場した瞬間から会場を飲み込まんばかりの存在感というか、圧を感じます。

 最初は穏やかな口ぶりですが、「とにかく究極召喚を授けさせろ」という圧がすごい。すごいです。

 ユウナレスカ様といえば、ゲームでは際どいハイレグな衣装ですが、そこは歌舞伎らしくアレンジされていて、大蛇が絡みつくようなデザインの着物に。ゲーム中のバトルで象徴的だった髪の毛もイイ感じです。

 歌舞伎でのユウナレスカ戦は、彼女の一部である蛇たちが舞台上狭しと激しくニョロニョロし、ティーダたちを苦しめます。さらに、彼女自身も鉄杖(てつじょう)と呼ばれる杖を振り、舞うように戦います。この鉄杖、よく古典歌舞伎の妖怪などが戦うときに持つもので、本性を現したユウナレスカ様にもぴったりですね。

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 ユウナレスカ様はバトルだけでなく、回想シーンにも見どころがあります。彼女が夫のゼイオンと暮らしていたころは、愛に満ちた表情に見えました。回想とはいえ、ゼイオンもちゃんと登場させるとことも徹底していますよね。

キマリ

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 坂東彦三郎(ばんどう ひこざぶろう)さん演じる、ロンゾ族の戦士・キマリ。

 まず、なんと言ってもキマリの容姿の再現度と、その立ち居振る舞いですね。

 キマリ以外の何者でもないほどキマリ。最初の名乗りをあげる場面は、歌舞伎調にスラスラとしゃべるのですが、それ以降は無口でしたね。ティーダに挨拶されて、プイッとそっぽを向くのも原作のキマリと同じ。

 キマリの見どころはやはり、霊峰ガガゼトでの「キマリは通さない」からの場面。一族に戦士として認められたのも束の間、シーモアの仕打ちを知ったときのほとばしる感情がビリビリと伝わってきました。

 もうひとつ、キマリがユウナを守るようになった理由が明かされるくだりはじーんと来てしまいました。舞台のいいところは台詞のない役者さんの様子も見られることですが、キマリはいつもどの場所からでもユウナを見守っていたと思います。

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ブラスカ

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 ユウナの亡き父親であり、大召喚士であるブラスカは中村錦之助(なかむら きんのすけ)さんが演じられました。

 ブラスカたちの残したスフィアの映像を見るという形で生前の様子が描かれていくのですが、死地へ向かう旅であっても彼はいつも穏やかであり、シンを倒すという揺るがぬ意思を持っていました。

 それに、どこか人懐っこさをも感じさせます。このブラスカなら、若きアーロンが忠義を尽くし、ジェクトが放っておけなくなってしまうのもわかります。

 また、スフィアに残したユウナへのメッセージや、ユウナが異界で会ったブラスカの幻からして、とてもやさしいパパで、親子仲もよかったのだろうと再認識。そんなブラスカがいたからこそ、このスピラを愛する召喚士・ユウナが育ったと思うと、彼もまた“永遠のナギ節”に欠かせないピースだったと思えてなりません。

 原作をプレイした当時はあまりブラスカのことを意識していなかったのですが、こうして振り返ることができたのも本公演で丁寧に描かれたおかげです。

ジェクト

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 ティーダの父親であり、ザナルカンドではブリッツボールのスター選手であったジェクト。

 坂東彌十郎(ばんどう やじゅうろう)さんが演じられていますが、ご本人の温かいお人柄のイメージが頭にあったために、俺様でぶっきらぼうなジェクトがスクリーンに登場したときは、「本当にジェクトだ!」と、いい意味で軽くショックを受けました。

 最初はティーダの回想という形ですが、ティーダから見たジェクトはイヤ~な感じの、子どもでなくても「ムキー!」ってなっちゃうような態度なんですよね。でも、本当は息子の前でかっこいいところを見せたかったのかな、なんて思えてきたり。原作プレイ当時から自分も年齢を重ねたからでしょうか……。

 ちなみに彼の見せるジェクトシュートのアクロバティックな動きは、歌舞伎らしい所作で表現されていました。

 異世界スピラに迷い込んだ彼は、ブラスカに拾われる形で一行の旅に加わりますが、あちこちでティーダに見せるための映像をスフィアに記録していました。ジェクトの締まらないビデオメッセージには、不器用な父親の愛情がにじんでいましたね。

 終盤の不器用な親子の愛情表現のシーンは見どころ中の見どころ。胸に迫るものがありました。

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シド

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 中村歌六(なかむら かろく)さん演じるシドは、アルベドの族長であり、リュックの父親、ユウナの伯父という立場です。

 ティーダたちパーティーメンバーが現代の言葉で話すぶん、歌舞伎らしい言い回し、所作で魅せてくれたのがシドでした。名優の成せる技なのでしょうか、歌舞伎のシドはカラッとしつつも人情深く、渋みがあり、原作よりも数倍かっこよかった……。

 もちろん、見せ場が多いこともありますが、キャラクターの厚みがさらに増していたと思います。細けぇこたぁわからねえが使えるモンは使う、失ったものがあればまた作り直せばいい、そんな気風のいいオヤジさん。うーん、かっこいい。

 シドは原作再現というよりも再構築といった感じで、歌六さんは魅力あふれる新たなシド像を見せてくれていました。

まばたき厳禁! 名場面のオンパレード

 ここからは印象的だったシーンを挙げていきます。が、長編RPGをギュッと濃縮しているがゆえに、もう公演のどこを切り取っても名場面しかないんです。ジェクトやアーロン、ユウナのエピソードなどはとくに。

 ですので、ここでは筆者のゲーム体験を呼び起こされた場面や、脇道にも目を向けたラインアップでお届けします。これ以外にも感情を揺り動かされる場面、台詞がたくさんあるので、ぜひ生でご覧になっていただきたいなと思います。

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歌舞伎で新たな息吹を吹きこまれたドラマ

 『新作歌舞伎FFX』はとても丁寧に原作ゲームを再現しています。しかも、ただそのままお芝居にするのではなく、よりわかりやすく構成され、ゲームを未プレイの方も、プレイしてからあいだが空いてしまった人にも寄り添っています。

 歌舞伎化されたことで、また違った見かたができるようになったシーンもありました。

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笑顔の練習

 ティーダはアーロンとともにユウナを守る“ガード”の仲間入りをし、旅を続けることに。その途中ではユウナとティーダの仲が深まる“笑顔の練習”の場面も。

 ……正直に申しますと、原作をプレイしていた当時は旅の中で描かれるその輝かしい青春恋愛模様、「あっはっはっは」とふたりが仲睦まじく笑うシーンを小っ恥ずかし……ムズがゆく思いながらプレイした記憶があります。

 歌舞伎ではどうなのか……? ちょっとドキドキしていましたが、あら不思議、なんだかスッと受け入れられ、床にもんどり打って転げまわらずに済みました。

 生のお芝居だからなのか当時から年齢を重ねたからなのかはわかりませんが、自分の中でのあのシーンの印象がちょっと変わりました。

ユウナのメッセージ

 シンを倒すための究極召喚を行えば、ユウナの命はない……。

 旅の目的地・ザナルカンドが近づいたころ、ユウナはガードのみんなに向けて密かにメッセージを残します。

 ひとりひとりとの出会いから、ともに過ごした日々のこと、感謝の気持ちが素直に紡がれていきます。

 原作ほぼそのままの台詞で、プレイ済みの身としては耐性があるはずなのに、涙腺が緩んでしまうのはナゼ? 米吉さん演じるユウナの表情や声がやさしく柔らかいのが、逆にまたこちらの感情をグイグイと刺激するんですよ。気づけば周囲には目頭を押さえている観客の方がいらっしゃいました。

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祈り子たちの夢

 冒頭のザナルカンドからティーダの前に姿を現わしては、謎めいた言葉を残していた“祈り子”。

 菊之助さんのご子息、2013年11月生まれで9歳の尾上丑之助(おのえ うしのすけ)さんが演じられています。フラットな演技が祈り子らしく、終盤では重要な役割を持つわけですが、かなりの長台詞と難しい内容を淀みなく言えるなんて!

 恥ずかしながらゲームをプレイした当時は、ザナルカンドのシステム(?)がちょっとわかっていませんでした。

 ですが、今回この祈り子さんとの会話とエボン=ジュの話を聞いたことで、点と点がつながったようなアハ体験。ああ、ティーダがいたザナルカンドはそういう仕組みだったのね……。

 改めてすごい物語だなと思わされました。

新作歌舞伎ならではの演出が迫力と一体感を与える

 本公演にはIHIステージアラウンド東京の360度回転する客席や巨大スクリーンなどの舞台機構を巧妙に使った演出が盛り込まれていて、自分が物語の最中にいるような感覚にさせてくれました。

 また、通常の歌舞伎公演ではなかなかできない体験も。ここでは印象深い演出をピックアップしました。

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客席をキャストが練り歩く!

 お芝居の本編は原作と同じ夜に輝くザナルカンドの街から始まります。

 そのとき、何やら後方が賑やかと思えばサポーターに扮する役者さんたちが客席通路を踊りながら降りてきています。手にはメガホン。野球の試合などでよく見かけるミニメガホンと、歌舞伎らしい町人風のいで立ちの取り合わせがユニークですね。

 客席を練り歩く演出自体は新作歌舞伎ならではで、何だか得した気分。

 後編上演後のカーテンコールは撮影自由になっています。これは歌舞伎公演ではとても珍しく今回の公演ならではのこと。客席に降りてくる日もあるとのことで、これはうれしいですね。

 通常の歌舞伎公演はお客さんの入れ替えやつぎの演目の支度もあるので、そういったカーテンコールは難しいのだろうと思われます。

 ですので、本公演を観劇される方は『新作歌舞伎FFX』だからこその特別な時間を楽しんでください。

スクリーンを使った原作再現

 冒頭のザナルカンドやスピラのキーリカ島では突如として魔物のシンに遭遇します。

 ここは円形スクリーンの映像と音響とで大迫力。シンの巨体、轟音とともに風に巻き上げられる瓦礫。原作のムービーも使われているのですが、客席を囲むスクリーンに映し出されているので、VRのように渦中にいる気分。当時プレイしたときより壮絶に感じます。

 グアドサラムにあるシーモアの屋敷へ立ち寄った際には“スフィア”によって大都会ザナルカンドが浮かび上がりました。「ああー、原作でもこうだった!」と、スクリーン演出の妙を体感できました。
 
 船で移動するシーンではスクリーンの映像に合わせて客席も回り、移動している感がありました。いや、映像と回転がシンクロしていたので、本当に客席が回っていたかはちょっと自信がなくなってきました……。でもスピードを感じたのは確か。

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 スピード感といえば、ユウナとシーモアの結婚式に乗り込むシーン。

 原作ムービーで太いワイヤーを滑り降りていく場面が印象的で、どう表現されるか楽しみだったのですが……見逃しました(悔しい!)。

 サイドのスクリーンにティーダたちの滑走の映像が映し出されていたそうですが……中央の花嫁姿のユウナに見惚れてしまっており……(まさに“ほかの物は目に入らない”というレベルで)。

 もう目が足りませんよ。同行される方がいるなら後で感想を語り合い、補完していくのも楽しそう。また、リピーターチケットなるものもあるそうなので通うのもアリかと!

 飛空艇に乗っている感覚もこの円形のスクリーンならでは。シドの飛空艇内部のシーンではサイドのスクリーンに流れる景色が映し出されていて、前に向かって飛んでいる感がありました。

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 召喚獣・アニマがめちゃデカかったのも臨場感がありましたね。

 ゲームプレイ時も相当大きいことはわかっていたつもりでしたが、スクリーンの縦幅いっぱいにドンと映ると圧巻。これがシーモアの強さの根源でもあるんだなと、腑に落ちた感覚でした。

 ある場面で幼少期のティーダと、ジェクトがブリッツボールでキャッチボールをするんですよね。背景のスクリーンにはボールの軌跡がキラキラ、ふたりの手のあいだを行ったり来たり。なんと美しい光景なのか。

 あの風景をいま思い出しただけも……ほら泣くぞ。

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ミストスクリーンがすごい!

 舞台上に霧状の水を散布して映像を投影するミストスクリーン。これが幻想的な演出にひと役もふた役も買っていました。

 この世にはもういないけれど会いたい人の幻……“幻光虫”が自分の中の思い出を投影して人の形を成す不思議な場所、“異界”。

 その異界で、ユウナは父ブラスカと、ワッカは弟のチャップと話す場面がありました。

 弟のチャップの顔がミストスクリーンでうまーい具合にボカされていて、役者さんの判別がつきにくかったのですが、どうも菊之助さんのような……? ワッカいわく、チャップとティーダが似ているらしいので、ティーダ役の菊之助さんが担当されたのでしょうか。そんな想像をくり広げるのも楽しいものでした。

 そして、このミストスクリーンが大きく活用されていたのが、『FFX』といえばこの名場面を挙げる人も多いであろう、“世界一ピュアなキス”! ティーダとユウナが心通わせるマカラーニャ湖のシーンです。ふたりが舞踊で恋心を表現する場面は感動的でした。

 ミストスクリーンにも、クルリクルリと舞うティーダとユウナの姿が映し出され、BGMは和楽器アレンジ&歌入りの素敵だね』。いやーーもう素敵っしょ、それは素敵よ!

 ただただ、美しいひとときに浸っていたくなりました。

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歌舞伎の手法と『FFX』との融合が楽しい! 

 歌舞伎の演目ではおなじみの表現方法が『FFX』にマッチして新たな魅力を発していました。ここではおもな場面ごとにその演出を取り上げていきます。

『FFX』と歌舞伎、両方のファンを魅了

 ティーダの初登場のシーンでは、ザナルカンド・エイブスのサポーターたちが選手・ティーダの噂をし始めます。

 そこへティーダが現れ、エイブスファンから「待ってましたー!」と声がかかります。「待っていたたぁ、ありがてえ」と答えるティーダ。

 「あ、このやり取りは歌舞伎の『お祭り』の引用だな」と、ニヤニヤしていると、ファンからボールにサインをせがまれるシーンが。こっちは『FFX』の冒頭のちょっとした場面ですが、「こんな細かい部分まで再現されているとは」と、またニヤニヤ。

 初っ端から『FFX』ファン、歌舞伎ファンの両方に「おっ!」と思わせる演出が盛り込まれています。

歌舞伎の技と、謎のDJ

 ルカの街では、ブリッツボールの試合が行われます。強豪ルカ・ゴワーズとの決勝戦では、階段状になったステージを水中に見立てての大乱闘。

 波間を泳いだり、激しくボールを奪い合うアクションがくり広げられました。中にはスイーッと泳ぐ選手がいたのですが、この仕掛けは歌舞伎の大道具のアレンジかな? 古典歌舞伎では、船が出てくる演目も少なくないんですよね。以前、舞台上を船がスイスイ進む仕掛けに驚いたことを思い出しました。

 試合はワッカのシュートでビサイド・オーラカの勝利! ……ですが、スタジアムにモンスターが乱入。そこへ、アーロンが登場しモンスターを斬り伏せていきます。モンスターの造形も作りこまれていて、質感もリアルでした。

 モンスター役の方のアクションも冴えていましたね。歌舞伎でも“とんぼ”という、宙返りのような動きがよく見られるのですが、モンスターの動きづらそうな衣装でとんぼを返すとは、スゴイ!

様式美の中に工夫がこらされた立廻り

 “シーモアバトル”で、戦闘に彩を添えていた魔法。先述したルールーのウォーター系魔法、それに対するシーモアのファイラやサンダラ。

 これら魔法はリボンや旗などを使って表現されていて派手でしたね。能が原作の演目『土蜘蛛』(つちぐも)などでは、蜘蛛の糸のような紙テープを投げる演出があったり、ほかにも妖怪や鬼などが念力で相手をクルクル回すなんて場面もありますが、今回の魔法は『FFX』ならではのものではないでしょうか。

 刀などの得物を振り下ろして戦う場面は、立廻りの型の連続で構成されているそうで、時代劇や2.5次元舞台の殺陣と比べるとゆっくりに感じられるかもしれません。従来の歌舞伎の立廻りというと、主役ひとりに、大勢の脇役さんたちが挑みかかるものがほとんど。

 個人的には主役の大らかな動き、あまり自ら動かずとも敵がバッタバッタと倒れていく様が、主役の無双っぷりを表現している気がして、これも歌舞伎ならではだなと思っています。

 本公演のシーモアバトルは1対1のシーンが多めだったり、ワッカのブリッツボールの攻撃では黒衣(くろご)さんが活躍するなど、伝統の中にも新しい試みがなされていると感じました。

世界一ピュアな歌舞伎化! 原作愛に満ちた新作歌舞伎『FFX』は、観客全員すぐ泣くぞ……フル観劇した模様をリポート

歌舞伎といったら毛振り!

 シーモアバトルではユウナがつぎつぎと召喚獣を呼び出します。大きなスクリーンに映し出された召喚獣は言わずもがなの大迫力。

 クライマックスでは召喚獣たちは“獅子の精”のような姿となって登場します。歌舞伎の有名演目『連獅子』の長い毛を振り回すヤツですね。

 本公演では、

  • ヴァルファーレ
  • イフリート
  • シヴァ
  • イクシオン
  • バハムート
  • ヨウジンボウ

 の6体が揃った“毛振り”を見せてくれました。

 従来の“獅子の精”は、親獅子が白の毛、子獅子が赤の毛なのですが、召喚獣たちはイメージカラーに合わせて黄色と白のツートンだったりと、それはもう華やか。腰を使うというか、全身全霊で回されている姿に見入ってしまいました。
 
 さらに毛振りの場面では義太夫&長唄の共演で豪華でした。おもに場面や登場人物の心境を語る義太夫節の力強い響き、そして歌舞伎の音楽として発展してきた長唄の柔らかくも美しい調べ。

 歌詞も本作のために書かれたものなので「ばはぁむーとぉ」と聞きなじみのある単語が聞こえてきます。歌舞伎と『FFX』の融合を、強く実感したポイントでもありました。

まだまだ語り足りない! 再現度あれこれ

 本稿のメインキャラクターのコーナーでは書ききれなかった、ゲームファン的に盛り上がった部分を箇条書きで挙げていきたいと思います。

  • ティーダのイメージを崩さず、歌舞伎らしいマゲが結われているのがイイ
  • シーモアの側近、トワメルがリアルだった
  • ブリッツボールの優勝トロフィーの大きさも完全再現
  • ワールドマップ画面も出た!(懐かしい)
  • 楽曲面でも『シーモアバトル』や南国チックな『スピラの情景』など、和楽器アレンジされたBGMがことごとくすばらしい、サントラ欲しい
  • シーモアのラストの衣装が原作に登場する最終異体の“幻光天極”をモチーフにしている! カッコイイ
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もっとお伝えさせて……『新作歌舞伎FFX』のすゝめと、お芝居外のお楽しみ

まる1日の観劇、快適でした

 本公演の前編・後編がそれぞれ約3時間半ということで、長時間座ることやお手洗いの心配をされる方もいらっしゃるかもしれません。

 ですが、じつはひと幕はおよそ50分前後に分けられており、その幕間には20分間の休憩がこまめに挟まれています(後編のラストのみ125分なのですがそこはクライマックスの勢いで行けます)。

 円形ステージで場面転換がスムーズに行われているため、体感としてもあっという間でした。座席のシート自体も座りやすい感触で、本公演のために設置された高弾性ウレタンフォームのクッションのおかげもあり、お尻が痛くなることもありませんでした。

  「気になるとはいえ1日がかりだとなあ~」と思われている方、どうせだったら1日思いっきり楽しむ機会を作ってみては

 というのも江戸時代、歌舞伎は1日がかりで楽しむ娯楽で開演は午前6時ごろ、終演は午後5時ごろまでだったそう。

 朝早くからおめかしして芝居小屋に出かける娘さんがたくさんいた一方で、リッチなお客さんは近くの芝居茶屋やお食事処でゆったり食事をしてから、贔屓の役者の出る幕を観たりしたそうですよ。客席では仕出し料理的なお弁当を取ったりして、飲食しながら観劇していたそうな。

 つまり、一日がかりの観劇は、逆にいまは味わえる機会が少なくなった、江戸時代性も感じられる体験だと言えるでしょう!(やや強引な論理展開)

食事も観劇の楽しみ

 『新作歌舞伎FFX』でも公演日の4日前までに注文すれば、前編の終了後、劇場ロビーに名店のお弁当を届けてくれるサービスが利用できます(※)。

※お弁当付き公演チケットの予約締め切りは5日前の22時まで。

 ハイ、せっかくですので実際に頼んでみました!

 やっぱりおいしいお弁当に観劇気分もアガりました。劇場周辺にはお弁当を広げられるイートスペースがあって、春先の屋外で食べる解放感も味わえたのもよかったですね。

 お弁当以外にも劇場の横にキッチンカーが出店していたり、近くのホテル内のカフェでコラボメニューがいただけたりと楽しみかたはいろいろ。お弁当を食べ終わった後、カフェをしても時間的には余裕がありました。

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これから歌舞伎を観るなら?

 通常の歌舞伎座などでの公演は、おもに昼の部・夜の部の2部制。

 各部で2~3作品が上演されます。たとえば昼の部のチケットを買えば、そこで上演される3作品を同じ席で観られます。各演目の代表的な幕(お話の中の一章)が上演される形なので、いろんなお芝居の詰め合わせといったスタイル。各演目の合間に休憩も挟まれます。

 なお、菊之助さんら音羽屋ご一門の役者さんは、2023年5月2日から始まる“団菊祭五月大歌舞伎”に出演予定です。個人的には『髪結新三』(かみゆいしんざ)と親しまれている『梅雨小袖昔八丈』(つゆこそでむかしはちじょう)という演目がおもしろくて好きです。

 江戸の町人たちを描いたお話で比較的台詞も聞き取りやすいと思います。ティーダを演じられた菊之助さんがワルな理容師の新三役、キマリを演じられた彦三郎さんが任侠の親分役として出演。オオアカ屋役の萬太郎さん、ブラスカ役の錦之助さんも出演されますよ。チケットはおおよそ公演の1ヵ月前から発売開始。新作歌舞伎『FFX』で贔屓の役者さんができた方は、ぜひ今後のスケジュールを追ってみては。

まとめ

 そんなわけで、長きにわたる『FFX』歌舞伎の観劇リポートをお届けしました。筆の走るままに書き連ねた15000字超、最後までお付き合いいただきまして誠に感謝の極みでございます。

 聞けば、IHIステージアラウンド東京は閉館が決定しており、この新作歌舞伎『FFX』がファイナルシーズンを飾るひとつであるとのこと。つまり、この演出で観劇できるのは、“最後かもしれないだろ?”ということですね。

 本公演には円形スクリーンへの投影や、回転する客席があったからこそ実現した表現もありましたし、素早い場面転換のおかげで大ボリュームのストーリーを収められたところもあると思います。再演の機会があっても、通しで上演されるとも限らないわけで……。

 ラストシーンで感じた、少し切ないけれども清々しい気持ちは、前編からティーダたちとともにずっと旅をしてきたからこそのものだとも思えました。だから、ぜんぶ観てほしい。そして、本公演に携わった皆さんに申し上げたいのです。

 「また会えるんだよね? ねえ!?」

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