『Kentucky Route Zero』存在しない道“0号線”の旅は、控えめに言ってすべてが驚くほどに美しい【とっておきインディー】

　古今東西のインディーゲームを紹介するコーナー。今回お届けするのは、現実と非現実が入り混じったような幻想的なストーリーと文章が展開される『Kentucky Route Zero』。推薦者は、“夢見心地なライター”だというヨージロ。

“人生を要約した短い詩”のように描かれる0号線の物語

　アンティークショップの配達ドライバーのコンウェイは、ドッグウッド通りへ続く道“0号線”を探している。その道は地図に載っておらず、たどり着くためにはマルケス農場の古びた一軒家に置かれたテレビが映すノイズを超えていかなければならない。

　0号線は文字通りの円環構造になっていて、目的地へ行くには走りかたにちょっとしたコツが必要だ。たとえば、空間再生局から保管倉庫（ここは教会でもある）へ行くには、道路沿いにクリスタルが見えるところまで走ってからUターンをする、といった具合である。もし0号線から出てしまったときは、再び戻るためにカーラジオを“よく知っているのに知らない局”へチューニングして、しばらく走った後にUターンをしよう。

　ところで、ケンタッキー州で借金を抱えるのは避けたほうがいい。ここの取り立て人は荒っぽいわけではないのだが、キッチリと仕事をするタイプなのだ。どうか借金はしないでほしい。

　上記の文章は『Kentucky Route Zero』（以下『KRZ』）の中盤あたりまでの物語を僕なりに要約したものだ。正直何を言っているのかわからないと思うが、この作品に漂う不思議な雰囲気は感じ取ってもらえたことと思う。

　『KRZ』はアメリカのケンタッキー州が舞台のポイント＆クリック式のアドベンチャーゲームだ。読者をバカにするつもりはないが、ケンタッキー州は実在する州で、“ルートゼロ＝0号線”は実在しない道である。ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編集『伝奇集』には“架空の書物に関するメモ書き”という体で書かれた奇妙な小説が収録されているが、それに倣うなら、断片的で捉えどころがない語り口の『KRZ』は、存在しない道＝0号線を走るクルマのサイドミラーに写った、奇妙で幻想的なロードサイドの景色を集めたような作品と言えるかもしれない。

　その景色は冒頭で書いた通り現実と非現実が入り混じったようなものであると同時に、控えめに言ってすべてが驚くほどに美しい。

　孤独な老人が経営するガソリンスタンドのネオン看板と屹立する巨大な馬のモニュメントに、アンドロイドの歌姫がうらぶれた酒場のステージで響かせる歌声に、大鷲につかまって飛ぶ空から見下ろすケンタッキー州の幾何学的な地形に、プレイヤーは必ずや心奪われてしまうことだろう。

　すべてが美しい『KRZ』では登場人物たちが交わす会話すらも、まるで一篇の詩のように展開する（※）。そして、その詩を紡ぐのはプレイヤー自身だ。

　会話の最中に選択肢が表示されるゲームは珍しくないが、本作ではプレイヤーキャラの発言はもちろん、会話相手の発言や考えていること、リアクションまで、プレイヤーの選択に委ねられている。さらにその選択は、おびただしいほどの出現回数から鑑みればゲームの展開と結末に与える影響は限りなくゼロに近い。

　もちろん文章の細かな違いや、景色の変化は生じる。だがそれは“ストーリー分岐”や“マルチエンディング”と呼べるほどのものではなく、我々の日常にたとえるならランチを和食にするか中華にするかくらいの違いでしかない（どちらにしたって腹は膨れるのだ）。

　いかなる選択をしようと、起点と終点の位置は変わらない、さながら数字のゼロのごとく円環する『KRZ』の物語は、劇中の人物の言葉を借りれば“人生を要約した短い詩”のようなものかもしれない。

　無数の選択肢は、変えることができない人生の終点まで、なにを考え、どんな気持ちで進むかの表明だ。0号線はその選択を温かく受け入れてくれるだろう。

“0号線”に共鳴する私的コンテンツガイド

　『KRZ』をプレイしている最中、僕は少なくない頻度で「これって、○○みたいだな」と感じることがあった。実際のところ、本作の物語やビジュアルにはアート、演劇、文学といったものからさまざまな引用が行われているようなのだが、恥ずかしながら僕にはそれを把握する教養がない。なので、ここで紹介するのはあくまで僕が個人的に『KRZ』っぽさを感じたコンテンツである。0号線の余韻が抜けない人は、機会があればぜひ手に取ってみてほしい。

『電遊奇譚』
　『KRZ』はマジックリアリズム（超現実的なできごとを日常として描く技法）的な作品と評されるが、ゲームライターとしても活躍する藤田祥平氏によるこ
の連作短編集も一種のマジックリアリズムかもしれない。ただし本作で日常と交差するのは超現実ではなくゲームの世界。自殺未遂から始まる『ゲームは人生の解釈である』は全ゲーマー必見の内容だ。

『おしゃれ手帖』（10巻）
　テレビ画面の中に姿を現す0号線を始め、『KRZ』には突飛すぎてもはやギャグに思えてしまうようなシーンが少なくない。それらにグッと来た人にぜひおすすめしたいのがこのマンガだ。序盤こそ不条理ギャグマンガだが、話を重ねるごとにサイケデリック感を増し、終盤は完全にマジックリアリズムの世界に。コメディー版『KRZ』と言えるかもしれない。

『マルホランド・ドライブ』
　夜のシーンが多く、全体的にミステリアスな雰囲気が漂う『KRZ』だが、実際のところお話はとても健全で温かい。もし、その健全さと温かさの代わりにサスペンスとエロスが加わったとしたら？　それはきっと、映画『マルホランド・ドライブ』のような内容になるだろう。“円環する物語”という点も共通しており、『KRZ』ファンなら楽しめるはずだ。

Kentucky Route Zero

プラットフォーム：Nintendo Switch、プレイステーション4、Xbox One、PC、Android、iOS
メーカー：Annapurna Interactive
開発：Cardboard Computer
発売日：備考欄参照
価格：備考欄参照
ジャンル：アドベンチャー
対象年齢：CERO 全年齢対象／IARC 12歳以上対象
備考：ダウンロード専売　Nintendo Switch版は2020年1月28日発売で2749円［税込］、プレイステーション4版は2020年1月29日発売で3000円［税込］、Xbox One版は2020年5月1日発売で2900円［税込］、PC版は2013年2月23日発売で2480円［税込］、iOS版とAndroid版は2022年12月14日発売で基本プレイ無料