10年後、20年後に宮本ひかりが“VRの女神”と呼ばれるように
バンダイナムコエンターテインメントから10月13日に発売されたプレイステーションVR(以下、PS VR)専用タイトル、『サマーレッスン:宮本ひかり セブンデイズルーム』(以下、『サマーレッスン』)。発売後の反響や今後の予定などについて、プロデューサー/ディレクターを務めるバンダイナムコエンターテインメント玉置絢氏に話を聞いた。……ただ、玉置氏の熱意から、想像以上のロングインタビューとなったため、記事を前後編と分けさせていただいている。後編は2016年12月上旬に公開予定。
玉置 絢氏(文中は玉置)
バンダイナムコエンターテインメント CS事業部 第2制作宣伝部 制作担当。プランナーとして入社後、『ソウルキャリバー』、『エースコンバット』チームに在籍。『エースコンバット インフィニティ』のリードゲームデザイナーを担当したのち、『サマーレッスン』の企画立案・脚本・ディレクションを担当。
想像以上に幅広い層からの反響があった
――『サマーレッスン』が発売されて約1ヵ月が経過しましたが、率直な感想をお聞かせください。
玉置 非常に好調な滑り出しになっていて、将来に期待が持てる気配を感じています。まずはじめにお伝えしたいのですが、おかげさまでPS VR本体実売ベースに対して装着率が50%程度(※11月18日時点)となっています。
――え!? それはすごいですね。
玉置 日本でPS VRを買った人の半分以上は『サマーレッスン』を買ってくださっているということになるみたいで、想像以上にかなり幅広い層の方が購入してくださった、ということにチーム一同、うれしさを感じています。もともとサマーレッスンを応援してくださっていた方々に加えて、「VRでキャラといっしょにいられるっておもしろそう」とか「最近興味を引かれるゲームがなかったけど、これは盛り上がりそう!」といった方々にまで、いい意味で気軽な気持ちで買っていただけていることにホッとしています。『サマーレッスン』はいまは日本だけでの展開ですし、PS VRロンチタイトルの中でも、パッと見は結構“個性的”なゲームに見えますが、本当に幅広い多くのプレイヤーさんにひかりちゃんとのコミュニケーションを楽しんでいただいていることに、これまでのゲームにはない何かがあると感じています。
――遊ばれた方々のリアクションはいかがですか?
玉置 基本的には、構想時に立てていた仮説がそれほど間違っておらず、キャラクターVRの新体験に驚いたり、ひかりちゃんにドキドキしたりしていただいて、安心しました。作り手としては『サマーレッスン』配信第1弾に何が必要なのか、芯となる部分を時間ギリギリまで考えて選び抜いたつもりだったんです。テックデモ版で評価されたところを持って来つつ、家で遊ぶということに特化しなければいけなかったり……。プレイヤーさんの性格や趣味によって、いろいろな遊ばれかたを想定していましたが、リアクションを見る限りでは、バランスよくカバーできたのではないかと思っています。
――手ごたえを感じていらっしゃるんですね。
玉置 『サマーレッスン』では、とくにゲームとしての形と、VR体験のバランスに注意しました。どう作るにしても結局は、ひかりちゃんが人間に見えなかったら『サマーレッスン』に意味はないんですよね。「ゲームとしてちゃんと作らなければならない」という方向に偏りすぎてしまうと、VRのキャラクター体験としては「どうなんだこれ」となってしまう危険があって。落とし穴というか、“VR体験とゲーム体験”のバランスの崖っぷちをずっと歩いているわけなんです。しかもその崖からわりと落ちやすい。それは我々がふだんゲームを作ることに慣れているからなんです。でも、『サマーレッスン』では、ゲームがやりたいから買ってもらうのではなくて、ひかりちゃんがこんなに近くにいてドキドキする、ということを第一にしたかった。ただ、その一方で、製品版では安全すぎる選択を取ることもしませんでした。
――安全すぎる選択とは?
玉置 テックデモ版を単純に水増ししたものにしなかったということです。テックデモ版は体験できる時間が5分くらいでしたが、これを10倍の長さにして映像作品を見ていただくような感覚でリリースすることもできたわけですよね。50分間、ひかりちゃんといっしょに居られます、という。その形であれば、何も悩まずとも長い台本さえあればできるのですが、家庭用ゲームにVRが根付いていくには、ちゃんとタイトルとして再構成したものを作らなければいけない、チャレンジしなければいけない、というのが頭にあって。
――体験でありながら、ゲームである必要があったと。
玉置 VRデモという未知の形式だと、中身のよさに想像がつかないけれど、ゲームらしい体裁があると安心して手をつけられる、という方も大勢いらっしゃいますから。今回いろいろなタイプの方がPS VRを購入し、コンテンツを遊ぶわけですが、その人たちがそれぞれ違う期待感のもとでひかりちゃんと会いたいと思うはずなんです。これからも続く『サマーレッスン』プロジェクトの第1弾タイトルとしては、それぞれをカバーできるようにしておいて、それぞれのお客さんに対してどれくらいカバーできたのかっていうのを見る必要があると考えていました。
――「こう遊んでくれてうれしい」と思うところはありましたか?
玉置 個人的にですが、ベストエンディングである“Sエンド”を見て感動したという人がいたことに心を打たれました。じつは、いちばんいいエンディングを見るのに際し、あえてハードルを設けたんですね。くり返しプレイして、ひかりちゃんとの1週間を何度か体験しなければベストエンディングを体験することはできないと。このゲーム構造に関しては、「ゴールまで試練はあるけれど、キャラクターと二人三脚でいっしょにがんばり、ベストな結末を迎えたら、そのよろこびはキャラクターとプレイヤーで分かち合う」という、ゲーム独自の文化とVRを融合させたかったという想いがあります。「僕たちの好きなゲーム体験の延長線上にあるVR体験というのはこういうものなんだ」と感じてもらいたかったんです。
――なるほど。
玉置 過去のゲームの蓄積すべてを捨て去ってVRのためにやり直しをするというのもカッコいいとは思いますが、現実問題としてゲームが創造してきたことと、VRの技術を組み合わせるということはすごく大事なことなので。そういう思いでリリースをした後で、いちばんいいエンディングに到達した際、そのときだけに見られるふたりの会話やシチュエーションの流れに関して、「すごく感動した」とか「泣いちゃった」という人がいたのを見つけて、ものすごくうれしかったんですね。ベストエンディングに到達するまでのハードルの適切な高さについては検討の余地があると思っているのですが、ハードルの高さからくる大きな達成感がプレイヤーの心に響いて、ひかりちゃんのことがものすごく好きになってくれて涙まで流してくれた人がいたというのは、本当にうれしかったです。一時期、“泣きゲー”という言葉が流行りましたけれど、キャラクターを主軸にしたゲームにおいて泣いてもらうというのは、すごく名誉なことじゃないですか。それをVRの中で、小規模ながら、どこよりも早く実現できたのかな……と。ベストエンディングを見たときにひかりちゃんと感動を分かち合える体験。これがやりたかったことのひとつというか、挑戦のひとつだったんですけれど、うまくいったのはよかったですね。
――その一方で予想していなかった反応はありましたか?
玉置 遊ぶかたによって、VR空間への認識の仕方が違うということですね。
――具体的に言うと?
玉置 VR関係者の会話や専門記事などでは、とにかく「プレゼンス」と言うじゃないですか。“プレゼンス”とは、“センス・オブ・プレゼンス”の略で、「VR空間の中で、自分の目の前に本当にホンモノの物体や生きた人間がいるとしか思えない感覚」のことで、プロモーションの中では“実在感”として紹介していますけれど、人によって実在感の感じかたや気になる方向性にずいぶん違いがあるのだなということがわかりました。PS VR発売までは、開発者ですとかイベントに来ていた方ですとか、人数に限りがある中で「このキャラクターは実在感あるね」と感想を述べていただいた。それを誰もが均一に同じ実在感を感じているという、統一した意見として捉えてしまっていたわけです。しかし、ご家庭に配信させていただいた結果、サンプル数が爆発的に増え、その感じかたの幅広さや個性にすごい多様性があることがわかったんです。
――人によってリアルと感じる部分は違うと。
玉置 たとえば、プレイ中に休憩時間が終わったあとで、ひかりちゃんが目をそらすところがあるんですね。内部のプログラム的には心理状態の切り換わりがあって、話し終えたあとで一瞬、ひかりちゃんが別の心理状態となるんです。その際に、目をそらしたように見える。そういう仕草に、逆にリアルさを感じる方もいて。作り手側として意図して入れたものではないのですが、「早く話を切り上げたいのかな」と感じる人もいれば「生々しい」と感じる人もいる。人によってその感じかたはかなり違うのですが、多分これはゲームがうまいとか、ふだんからアニメやマンガを観ているとか、そういうことではなくて、別の軸でどう感じられるのかが分かれているようなんです。ですので、実在感に対する感受性の方向性は人によって違って、感じかたは個人それぞれなんだということが、遊んだ方の感想から読み取れました。
――そういった部分を今後表現に活かしていきたいと。
玉置 そうですね。“ここまでやったら実在感が下がってしまう”と自分たちの思い込みで決めつけず、広くいろいろなシチュエーションを作って、多くのプレイヤーさんに体験してもらって、人それぞれにお気に入りのシチュエーションを見つけ出していってほしいですね。実在感を守るためにはこれしかできない、と早急で結論づけるのではなく、さまざまなチャレンジをやってみるということが大事なんだなと感じました。
夏の終わりの情緒と、プレイヤー側の物語
――先ほどエンディングの話がありましたが、“くり返す”ゲーム性ということについてのユーザーからの意見はいかがですか。
玉置 VRは体験する時間が長ければ長いほど、その空間の中で発見することが増えるんですよね。まずはそのVR世界に対しての理解のターンがあり、そのつぎに「こう遊んでみよう」と考える。そう遊ぶための枠組みとして“くり返し遊ぶゲーム性”が役立っていると思います。1周プレイするとTシャツがもらえたり、報酬が増えるということを足がかりにして長時間遊んでくれて、その結果としてひかりちゃんのかわいさをジワジワ実感するようになって、好きになってくれた人が増えてきています。
――ひかりちゃんの魅力があってのバランスということなんですよね。
玉置 ひかりちゃんの魅力を引き出すのがいちばんの目的です。まず、この手のゲームを作るときは大きくふたつのパターンがあると考えていたんです。ひとつは、時間の概念がなくて同じ空間をずっと過ごし続けるもの。もうひとつは終わりがなくて永遠に時間が流れ続けるもの。一時期は、『サマーレッスン』も何百日目まで進むシステムを想定していました。8月は終わらないんだけれど、8月何百日とか(笑)。でも、ひかりちゃんと交流をしていくという体験をまとめるのにあたって、7日間をくり返し遊ぶというのはすごくわかりやすいので、そうしようということになりました。夏休みの終わりの8月31日までの7日間です。それに、1週間をどう過ごして夏の終わりを迎えるかというのは、プレイヤー側にドラマがあると思ったんです。こういった発想は、VRの新技術ではなくて、バンダイナムコエンターテインメントが培ってきたアイデアやセンスに非常に助けられました。……じつは、舞台の時期を8月の終わりにしたほうがいい、ひかりちゃんと別れる日は夏休みの最後の日にしたほうがいいと言ったのは、『エースコンバット』シリーズのプロデューサーである河野(河野一聡氏)なんですよ。企画案をまとめているころに、「夏の終わりっていうのはすごく情緒があるから、ずっとダラダラ続けるんじゃなくて、ピタッと終わらせて別れがあったほうがワビサビがあるんじゃない」というアドバイスをもらって。
――深いですね。
玉置 あと、もうひとりいます。最近は“VR ZONE Project iCan”でお馴染みの小山(小山順一朗氏)の言葉にも影響を受けました。『サマーレッスン』開発初期に「こういったゲームには遊ぶプレイヤーの側に物語を作ることが必要だ」と聞いたんです。初代アーケード版『アイドルマスタ―』のときに小山が言っていたらしいのですが、プレイヤーがゲーム機の前に立って遊ぶとなったときに、その人がふだん学校や会社にいて、そこからゲームセンターに行って遊ぶということ自体にストーリーを作りたいと。ゲームが、遊んでくれた人の生活の潤いとなるには、ゲーム中にストーリーがあるだけじゃなくて、現実の生活の途中でゲームをするという生活サイクルそのものに物語性を感じられるようにしないといけない。当たり前のことですが、ひかりちゃんから見たら『サマーレッスン』の1週間は先生に勉強を教えてもらった7日間の夏の思い出なんです。でも、プレイヤーから見ると、何回も何回も7日間をくり返し、毎回夏の終わりを体験する。「今回こそはこの子をいい成績で終わらせたい」というのがプレイヤー側のストーリーとなるわけです。ですので、夏の終わりという情緒と、プレイヤー側が物語的な感情を抱ける設計ということにはすごくこだわりました。その情緒を強調する意味でも、タイトルに“セブンデイズルーム”と入れています。
――確かに、ともに過ごした7日間はプレイヤーに鮮烈に記憶されますね。
玉置 ひかりちゃんのことを考えながら1週間を計画する。このくり返しがバーチャルな夏の思い出として残ってくれるわけです。……発売から1ヵ月経ったので言っちゃいますが、じつはひかりちゃんのことを考えずに無理やり成績を伸ばそうとするとバッドエンドになるんです。「もっといいエンディングが見たい」と必死になりすぎてバットエンドに、というのは多くの方が経験していると思うのですが、これはある意味で狙い通りなんです。ひかりちゃんのことを考えないと、ガッツというパラメーターの値が下がるんですね。このガッツが下がっていると、いくら能力が高くてもバットエンドとなる。つまり、実力があってもテスト本番で力が発揮できないということなんです。その失敗の体験を通して、「ひかりちゃんのことを大事に考えなきゃダメなんだ」と思って、またつぎの7日間へチャレンジしてもらえれば、ひかりちゃんとの思い出はよい記憶になるのではないかなと思います。
――とても細かいところまで考えられているのですね。ちなみに、ユーザーの広がりについてはどのように感じていますか?
玉置 すごかったですね。とくに実況者の方には『サマーレッスン』はうってつけの題材だったらしくて、最初にひかりちゃんと出会うシーンで驚いたり、いろいろなところを見まわしたり、視聴者を楽しませようと創意工夫されていて。有名な実況者の方、声優さん、タレントの方などに遊んでいただいているのを見て、VR体験をしている本人だけではなく、配信で見ている視聴者さんまで楽しませられる状況になっているというのは新しいと思いました。実況が流行るゲームは、ある程度自由度がないといけないと思っています。誰が遊んでも同じ映像にしかならないゲームですと、多くの人が配信して他人に見せる価値がないんですよね。
――プレイを通じてのドラマが生まれないということですね。
玉置 そうです。実況者の個性が活きたプレイが見たいと思っていても、ゲーム側にその個性を受け止めるだけの自由度がないと実況として華がないんですよ。でも、VRはカメラが自由なので、その点では非常に有利です。加えて『サマーレッスン』にはキャラクター側に反応があることにより、実況者の個性を受け止められるコンテンツになっているのではないでしょうか。あと、実況者の方が笑わせようとしているところよりも、ひかりちゃんが近づいてきて素のリアクションになったときのほうが盛り上がっている、というのもおもしろかったですね(笑)。
――(笑)。プレイヤーのリアクションを見ても楽しめる、と。
玉置 それができるのもVRだからこそだと思いました。公式の動画も発売前から再生数がかなりあり、お客さんに興味を抱き続けていただけたのかなと思います。そして『サマーレッスン』が発売されて、宮本ひかりちゃんを中心とする世界がいったんできたわけですが、現時点の世界の中で収まってしまうと、これ以上の広がりがない。VRを通して『サマーレッスン』に期待していただいているのは、新たな驚き、発見があるからだと思います。VRだからこその期待が再生数ですとか購入率に表れていると思っていますので、興味を抱き続けていただくには、メーカー自身がマンネリにならず、さまざまなネタを提供し続けるということが大事だと感じています。
――そこで次弾の配信となるわけですね。
玉置 はい。その配信内容のご説明とVR的な意義については、後編でお話ししたいと思います。