ファミ通.comの編集者&ライターがゴールデンウィークのおすすめゲームを語る連載企画。今回紹介する作品は、『Loretta(ロレッタ)』です。
【こういう人におすすめ】
- アメリカの田舎が舞台のサスペンスが好きな人
- イヤ〜〜な気分になる物語が好きな人
- 5〜6時間でサクッと終わるゲームを探している人
ヨージロのおすすめゲーム
『Loretta(ロレッタ)』
- プラットフォーム:PC
- 配信日:2023年2月16日配信
- 発売元:DANGEN Entertainment
- 開発元:Yakov Butuzoff
- 価格:1700円[税込]
- 対象年齢:――
アメリカの田舎が舞台の“美しくない”物語
映画や小説などがアメリカの田舎を舞台にするとき、物語は大きくふたつのパターンにわかれる。
ひとつは、田園風景や手つかずの自然に象徴される、美しくて心癒される物語。男女のロマンチックな恋愛模様が描かれることも少なくない。『マディソン郡の橋』、『フィールド・オブ・ドリームス』なんかはまさにこのパターンだろう。
もうひとつは、長閑だが延々と広がる代わり映えしない景色と日常、自然環境によって孤立した(あるいは覆い隠された)コミュニティなどに象徴される、狂気に蝕まれた不快な物語。うっかり悪意ある住人のテリトリーに足を踏み入れてしまった男女が被害に遭うことも少なくない。『悪魔のいけにえ』、『X(エックス) 』、『クライモリ』、『隣の少女』、『1922』、『サイコ』、『ペーパーボーイ 真夏の引力』、『脱出』、『ツイン・ピークス』……こっちのラインアップが妙に充実してしまったが、実際のところこのパターンの作品は多いのだ(あるいは単純に僕が好きだから多いように感じるのかもしれない)。
そして、今回紹介させていただく『Loretta(ロレッタ)』も後者のパターンの作品だ。本作を構成するキーワードを並べると以下のような具合になる。
不機嫌な妻
無関心な夫
不愉快な隣人
夫にかけられた保険金
井戸
……ご察しのとおり、まず夫が殺される。
「たぶん、こういう話でしょ」の期待はいい意味で裏切られる
ロレッタは小説家の夫ウォルターとともに、ニューヨークから田園風景が広がる農場へ引っ越してきた。ニューヨークにいたころから夫婦の関係は冷え切っていたが、それでもふたりは郊外での慎ましい暮らしに、それなりの希望を抱いていたようだ。
しかし、経済的な困窮、夫と隣人の不倫といった問題によって、希望を抱いた田舎暮らしはたちまち絶望しかない地獄に変わった。そんな折、ロレッタは出版社が夫に3万ドルの保険金をかけていることを知る。
前述のとおり『Loretta』は狂気を描くほうの田舎作品なので、当然、夫はロレッタによって殺され、庭にある井戸へと遺棄されてしまう。
残る問題は出版社へ支払われる3万ドルの保険金をどうやって自分のものにするかだが、もちろんロレッタには考えがあった。しかし、その計画は思わぬ方向へと転がっていく。
人生に絶望した妻、不貞を働く夫、すべてを解決してくれる(と錯覚させる)大金の存在、そして起こる殺人、殺人、殺人。
もし、スティーブン・キング原作、監督ヒッチ・コックなんていう、ありえない組み合わせ(キングの商業デビューはヒッチ・コックが亡くなる数年前だ)の映画があったとしたら、その映画は『Loretta』のような内容になっていたかもしれない。
なんて言うと聞こえはいいが、要するに『Loretta』の物語設定はハッキリ言って既視感がある。
埋めることができない夫婦間の溝を丁寧に描いたあとに訪れる衝動的な殺人! 証拠を消すために妻はあらゆる手を尽くすが、わずかなミスを探偵によって見抜かれ、彼女の罪は白日の下に晒される……なんてストーリーが、ゲームを遊ばずとも想像できてしまわないだろうか?
しかし、そんな「たぶん、こういう話でしょ」という印象は、ゲーム開始から比較的早いタイミングで裏切られる。
正統派のサスペンスに見えた物語は、たちまち血まみれのサイコスリラーへと変貌し、1940年代のアメリカに生きる女性の息苦しさと不安定な精神状態にも目配せした、じつに悪夢めいたストーリーが展開されるのだ。
ネタバレになるので詳しくは言えないが、さきほどの制作陣の例えを再び持ち出すなら、エンディングまで見たあとの『Loretta』の印象は、スティーブン・キング原作、監督ヒッチ・コック、総合演出デヴィッド・リンチ、と言ったところだろうか。
意外すぎる結末が!! みたいなどんでん返しはないが、「え、そういう方向に行くんだ」という驚きがあるのは約束する。
プレイヤーが「そんなつもりはなかった」と狼狽するくらい、ロレッタの“殺る気スイッチ”はすぐ見つかる
ポイント&クリック方式のアドベンチャーである『Loretta』は、ゲームプレイの部分における目新しさはないが、Steamの商品ページにも書かれている「プレイヤーがヒロインと共犯関係とな」る体験はなかなか刺激的だ。
冒頭でも書いたとおり、物語はロレッタによる夫の殺害から転がり始めて、それ以降に登場する主要人物たちを生かすか殺すかはプレイヤーの判断に委ねられている……のだが、複雑な過去を持ち不安定な精神状態にあるロレッタの“殺る気スイッチ”は簡単に見つかるうえに、スイッチの数も多いからじつにタチが悪い。
刃物を手に持とうものなら心理的葛藤など一足飛びで相手に飛びかかり、義理の娘の髪をカットすれば「このまま首にハサミを……」という選択がすぐさま頭に浮かぶといった具合だ。
サスペンス作品では罪を犯した人物が「そんなつもりはなかったのに……!」と狼狽することも少なくないが、ロレッタは最初の夫殺しから確固たる意思で殺人を遂行し、そこからスムーズに連続殺人への道を進む。その堂々たる殺人鬼ぶりは、どこか頼もしくもある。あまりにもロレッタがサクッと罪を重ねるので、プレイヤーのほうが「そんなつもりはなかったのに……!」と狼狽してしまうかもしれない。
本作の脚本を担当したYakov Butuzov氏は、プレスリリース文の中で「私は長い間、善悪の区別があいまいなヒーロー、それもアンチヒーローについて描くことに夢中になっていました」と語っているが、その思いは見事に成就したと言っていいだろう。
ただ、邪魔な人物を生かすか殺すかの選択は、じつは大筋の物語分岐にそれほど複雑に絡んでくるわけではなく、その判断に対する落とし前は、都度バッドエンドという形でプレイヤーに提示されるのだ。
なかには「この結末がロレッタにとっていちばんよかったのでは……」と思ってしまうような“前向きなバットエンド”もあるのだが、本作を覆う悪意はそれを許さない。強制的にロレッタとプレイヤーを再び悪夢へいざなうのが、なんとも意地が悪くて不快だ(褒めてます)。
不快と言えば、ロレッタの殺人鬼ぶりに加えて「ああ、いやだなぁ」と感じさせられたのが効果音。
『Loretta』は16bit時代のゲームを彷彿とさせる2Dボクセルアートという画面構成だが、効果音はそのクラシックなルックスとは裏腹にシネマティックな臨場感に満ちている。
きしむ床板、だだっぴろい農場に吹く風、けたたましくなる電話の呼び鈴、威圧感のある時計の振り子、スコップが頭を打ち砕く音……僕はヘッドホンを装着して本作をプレイしていたが、終始不穏に響く効果音のおかげでイヤ~~な気持ちを存分に味わうことができた。
マルチエンディングだが、どれがグッドエンディングなのかはわからない
ゲームオーバー代わりのバッドエンドとは別に、『Loretta』はマルチエンディングを採用している。分岐はそれほど複雑ではないので、すべてのエンディングを見るのは難しくないが、ひとつ困ったことがあるのだ。
マルチエンディング制のゲームには、ふつうグッドエンドと呼ばれるものがある。“グッド”と謳っている以上、その内容はプレイヤー(あるいはゲームの主人公)にとってグッドな結末になるはずなのだが、僕はどのエンディングが『Loretta』のグッドエンディングなのかがわかっていない。
正確に言えばゲームの“正解”として用意されているエンディングはわかるのだが、その内容は「うーーん」と頭を抱えてしまうような内容だったのだ。
“胸糞悪い”、“後味が悪い“、“イヤミス”などとはちょっと違う、なんとも物悲しいそのエンディングを見ると、このとてつもなく不快で悪趣味な作品(褒めてます)に込められたテーマは、じつはすごくシリアスで生真面目なものだったんじゃないか……なんて気持ちにさせられてしまうのである。
エンディングと収集要素のコンプリートを含めても総プレイ時間は5〜6時間ほど。やや血なまぐさい作品なので好き嫌いはわかれるかもしれないが、休日に1日かけて遊ぶにはピッタリのボリューム感だ。
楽しい楽しい大型連休。1日くらいあえてイヤ〜な気分に浸ってみてはいかがだろうか。
執筆者紹介:ヨージロ
元ファミ通編集部ニュース班。田舎ホラーを代表する作品『悪魔のいけにえ』シリーズは、『2』がいちばん好きです。