生誕30周年を記念するファン待望のシリーズ最新作

 眠らない街・新宿を中心に、名探偵“神宮寺三郎”が数多の事件を鮮やかに解き明かしていく本格派推理アドベンチャーゲーム『探偵 神宮寺三郎』シリーズ。1987年発売の『新宿中央公園殺人事件』より始まり、2017年で生誕30周年を迎える、歴史ある作品だ。

 そんな『探偵 神宮寺三郎』シリーズの30周年記念作品として発売された『GHOST OF THE DUSK』は、“原点回帰”をコンセプトに制作された作品。シンプルな操作性とシステムに加え、シリーズ初期から制作に携わっているオリジナルスタッフが手掛けたことで、これまで培ってきた世界観を壊すことなく、重厚な物語が展開する。

 今回、ファミ通.comでは、『GHOST OF THE DUSK』の発売を記念して、本作および『探偵 神宮寺三郎』シリーズを作り上げてきたスタッフたちへのインタビューを敢行。本作の開発経緯や見どころに加え、『探偵 神宮寺三郎』シリーズに対する熱い想いの丈を存分に語っていただいた。

金子宝巨(かねこたかおみ)

アークシステムワークス プロデューサー

佐藤賢治(さとうけんじ)

アークシステムワークス ディレクター

金子光恵(かねこみつえ)

オレンジ

濱田誠一(はまだせいいち)

ロゴスグルーブ 代表

稲葉洋敬(いなばひろたか)

Switch・エンタテインメント 代表取締役

『探偵 神宮寺三郎 GHOST OF THE DUSK』発売記念インタビュー、シリーズ制作者たちが語る『探偵 神宮寺三郎』シリーズへの想い_02
【写真左から】
アークシステムワークス ディレクター:佐藤賢治氏(文中は佐藤)
Switch・エンタテインメント 代表取締役:稲葉洋敬氏(文中は稲葉)
ロゴスグルーブ 代表:濱田誠一氏(文中は濱田)
オレンジ:金子光恵氏(文中は金子(光))
アークシステムワークス プロデューサー:金子宝巨氏(文中は金子(宝))

『探偵 神宮寺三郎 GHOST OF THE DUSK』とは?

 2017年で30周年を迎える推理アドベンチャーゲーム『探偵 神宮寺三郎』シリーズの最新作。豪華声優陣によるムービーシーンを始め、パッケージビジュアルには13年ぶりに寺田克也氏を起用。シナリオボリュームが大幅にアップし、やり応え満点の1本となっている。

『探偵 神宮寺三郎 GHOST OF THE DUSK』発売記念インタビュー、シリーズ制作者たちが語る『探偵 神宮寺三郎』シリーズへの想い_01
『探偵 神宮寺三郎 GHOST OF THE DUSK』発売記念インタビュー、シリーズ制作者たちが語る『探偵 神宮寺三郎』シリーズへの想い_07

原点回帰をコンセプトに、再出発となる『探偵 神宮寺三郎』シリーズ

――まずは、皆さんの自己紹介をお願いします。

佐藤 本作のディレクターを務める、アークシステムワークスの佐藤と申します。この場にいらっしゃるスタッフと密にスケジュールや方向性の取り決めなどを担当しました。『探偵 神宮寺三郎』シリーズに携わるのは、本作が初になります。

金子(宝) 本作のプロデューサーを務める、アークシステムワークスの金子と申します。本作では5年ぶりとなる『探偵 神宮寺三郎』シリーズ復活の企画立案を行いました。僕は以前、広報として『探偵 神宮寺三郎』シリーズを担当させていただいたことがありまして。『赤い蝶』のプロモーションフォローと、開発の進行管理として『復讐の輪舞』を担当しました。ただ『復讐の輪舞』は、ほぼ終わりかけのときに担当が入れ替わる形で関わりましたので、最初から最後まで担当するのは、本作が初になりますね。

金子(光) 本作のシナリオを担当した、オレンジの金子と申します。物語の方向性やプロットなどのほか、最終調整まで含めて担当しました。私はもともとワークジャムという会社に所属していまして、『探偵 神宮寺三郎』シリーズは『Innocent Black』のときにシナリオアシスタントとして関わったのが初めてですね。以降は企画やシナリオ、ちょっとしたお手伝いなど、さまざまな形で『探偵 神宮寺三郎』シリーズに関わっています。

濱田 ロゴスグルーブの濱田と申します。元データイーストに所属していて、現在はフリーのサウンドクリエイターとして活動しています。『探偵 神宮寺三郎』シリーズと絡んだのは、ファミコンの『時の過ぎゆくままに…』からサウンド担当として関わったのが初で、データイースト時代は『夢の終わりに』までを担当しました。本作についても、サウンド全般、BGM、効果音まわり、演出のサウンドトラックから音声収録ディレクションまで、ほぼすべてを担当させていただきました。

稲葉 Switch・エンターテインメントの稲葉と申します。『探偵 神宮寺三郎』シリーズは、『未完のルポ』の企画サポートとして関わったのが最初です。そのころはド新人でしたが、つぎの『夢の終わりに』でメインシナリオを担当しました。あと、ショートシナリオ作品『謎の事件簿』は僕が考案しました。当時、『未完のルポ』に何かおまけをつけようという話が挙がって、西山さん(※『夢の終わりに』のプロデューサー兼ディレクター)に「2日でできるならいいよ」と言われて2日で作りました。あのときは、こんなに長く続くとは思ってもみませんでした。

――今年の2月にアークシステムワークスが、『探偵 神宮寺三郎』シリーズ、『Theresia-テレジア-』シリーズを含む、ワークジャム関連のタイトル事業にまつわる無体財産権を譲り受けたことが発表されましたが、これはどういった経緯からなのでしょうか?

金子(宝) いままで弊社で取り扱っていた『探偵 神宮寺三郎』シリーズについては、ワークジャムさんが主導で企画をいただいていたのですが、今回の『GHOST OF THE DUSK』に関しては、完全に弊社主導で動いているプロジェクトなんです。企画当初は、版元であったエクスプライズさんにライセンス(版権)をお借りして進めていたのですが、あるとき、今後もずっと(ワークジャム関連のタイトル事業を)作っていただけるのであれば、無体財産権を譲りいただけるという話になりまして。弊社としては願ったりな話ですし、今後もがんばりますということでお譲りいただいた形になりますね。

――それは、相手側から提案されたのでしょうか?

金子(宝) はい。弊社的にはニンテンドーDS時代から何作も作らせていただいているので、あまり違和感がないというか。ユーザー側から見ても、イメージとしてはあまり変わらないのかも……と思いますね。何にせよ、弊社を信頼していただけたのは事実ですし、とてもうれしく思います。

――今後ワークジャム関連のタイトルを展開していく予定はありますか?

金子(宝) そうですね。『探偵 神宮寺三郎』シリーズは、とくに続けていかなければならないタイトルですし、自分もがんばらねばなと。ファンの方々もすごく喜んでいらして、本当によかったです。好意的なコメントも多く、励みになりました。

――2017年で『探偵 神宮寺三郎』シリーズは30周年を迎えますが、本作を制作するに至った経緯をお聞かせください。

金子(宝) 先ほどもお話した通り、僕は『復讐の輪舞』の担当を途中から引き継いだという経緯があります。ゲームはほぼ出来上がっていた段階でしたので、とうぜんゲーム内容にはまったく踏み込めず。ソフトの発売後も、自分だったらこうしたのに……という心残りがありました。今回、ちょうど30周年の区切りもあって、私的にもやり直しというわけではないのですが、『探偵 神宮寺三郎』シリーズに対して今度こそ“自分から”挑戦してみたいなと思い立ちました。

――“原点回帰”が本作のコンセプトになっていますが、制作にあたり、もっとも気をつけたところはどこでしょうか。

佐藤 シリーズファンの方に「アークシステムワークスに移ってからぜんぜん違うものになった」と思われることは絶対に避けようと考えました。そのため、ファンの方が遊んで違和感がないかとか、「これぞまさに『神宮寺』だよね」と言われるように整合性を取ったり、というところに気を遣いましたね。そこを印象付けるためにも寺田さん(※寺田克也氏。シリーズ初期からキービジュアルを描いている)のイラストであったり、濱田さんのサウンド、金子(光)さんのシナリオなど、制作スタッフも実績がある方々で固めて、ある意味で“再出発”の形になっています。
 あと、女の子がいっぱい出てくるゲームは数多いと思うのですが、反対におっさんがいっぱい出てくるゲームはそこまで多くないですよね。『探偵 神宮寺三郎』シリーズに関しては、かわいい女の子よりはハードボイルドで渋い方向へシフトしたほうがファンは喜ぶのではと。

『探偵 神宮寺三郎 GHOST OF THE DUSK』発売記念インタビュー、シリーズ制作者たちが語る『探偵 神宮寺三郎』シリーズへの想い_11
寺田克也氏によるメインビジュアル。

――確かに。本シリーズのファンは、どちらかといえば渋い男性キャラクターを見たいと考える人のほうが多い気がします。

佐藤 私もそう思います。ただ、物語の進行やキャラクターバランスなどを考え、ひとりだけ若い男性キャラクターを入れてはいますが。それでも男性が多めで渋くいくことは、“原点回帰”というコンセプトにおいて重要かなと。

――逆に、まったく異なる方向性にする考えはありましたか?

佐藤 現状では何も決まってはいない状態ですが、これから『探偵 神宮寺三郎』シリーズが長く続いた際、そういった異なる味付けの作品も作れたらいいなと漠然と考えてはいます。

金子(宝) 本作に関していうと、いわゆる新規層があまりいないのかなと思いました。アンケートも、ほとんどがファミコンシリーズからのファン方がメインでした。今後はもう少し新規のユーザーの方にもアピールできる内容であったり、ゲーム性の面でも既存のものだけではなく、少し工夫したものを入れていきたいと佐藤と話をしていました。“原点回帰”がコンセプトである今回はあえてオーソドックスな作りにしていますが、次回作以降はもう少しゲーム性を強めた作品も考えています。

――シナリオ面で、“原点回帰”を意識したところはどこですか?

金子(光) ユーザーの皆さまの中にあるキャラクターのイメージや、作品の持っている独特な雰囲気など、『神宮寺』の世界はこうだ、というセオリーのような部分を壊さないように気をつけました。あとは長く続いているシリーズなので、細々とした設定がいろいろとあるんですよ。アレやコレが違うとツッコミを受けないように自分でも調べつつ、食い違いがないように注意しましたね。

――過去の作品などもプレイされましたか?

金子(光) 以前シナリオを担当したときに、ひと通りの作品はプレイしましたが、ほんのひと言だけ出てくるような設定などもある関係上、記憶違いが怖いんですよ。自分で怪しいと感じたところは、なるべく再プレイなどで確認を取るようにしました。

――歴史のあるシリーズですから、いまの時代に落とし込むという部分で苦労されたところもあるのでは?

金子(光) いちばん大きいと思ったところは、神宮寺がスマートフォンを持っているところですね(笑)。ファンの方からも「神宮寺がスマートフォンを持っている!」、「何でガラケーじゃないの?」といった反響がありまして。絶対言われるだろうなと思っていたので、スマートフォンの操作に神宮寺が戸惑っているシーンなども追加で入れたり。そのシーンを見て安心したと言ってくれるファンもいて、ユーザーが思う、しっかりとした“神宮寺像”があるんだなと改めて実感しました。

――シナリオを書き上げるのに、お時間はかかりましたか?

金子(光) 想定していた以上にかかってしまった感じですね。今回、30年前に実際にあった出来事を物語の中に組み込んでいるので、その部分で既存のシリーズ作品と齟齬が出てきてしまう可能性があって。そこは違和感がないような形で組み込むのに苦労しました。

――なるほど。どうしても時代がズレちゃいますからね。

金子(光) 神宮寺が、そのときはまだ赤ん坊だったっていう発言をすると、(30年前に)神宮寺が新宿中央公園の事件を解決した事実がなかったことになってしまうので(笑)。そこをなんとか溶け込ませるのがたいへんでしたね。

『探偵 神宮寺三郎 GHOST OF THE DUSK』発売記念インタビュー、シリーズ制作者たちが語る『探偵 神宮寺三郎』シリーズへの想い_06

――サウンド面ではいかがですか? 苦労されたところはありましたか?

濱田 ほかの皆さんもおっしゃっている通り、自分も変わらないことに価値があるという発想でいこうかなというのはありました。これって、じつは結構難しいことなんですよ。ハードウェアもどんどん進化していますし、ゲームそのものを取り巻く環境も、テクノロジーも進化していますので、それに応じてサウンドを作る制作環境もどんどん変わってきています。すると、必然的にいま風な音になるんですよ。それを「いや待て待て」、「昔はどうだった」と、つねに振り返りながら、確認しながら制作しました。

――やっぱり変えたくなってしまうときもありますよね?

濱田 あります。ちょっと色気が出て、いろいろやってみたくなることはよくあります。ただ、『探偵 神宮寺三郎』シリーズという世界観がはっきり確立しているものがあり、今回はそれの“原点回帰”なわけですから、あえて余計なものは削ぎ落とし、過去の定番曲も含めてひとつの作品としてまとめることに注力しました。

――稲葉さんから見て、『探偵 神宮寺三郎』シリーズの原点はどこにあると思いますか?

稲葉 『探偵 神宮寺三郎』シリーズは伝統芸能的なイメージなんですよね。伝統を受け継いで、そこへ継ぎ足して……という。きっと、すでに構築してある形に沿っていれば、それこそが原点なのかなという気もしていたので、これまでの作品でも、そんなに逸脱しているものはなかった気がします。
 あと、どことなく駅伝に似ている印象もありますね。伝統を受け継いで“襷(たすき)”を渡す。『探偵 神宮寺三郎』シリーズは、作品ごとにシナリオ担当も違うじゃないですか。だけど伝統は守りつつ、タイトルごとの個性はしっかりと存在している。ある意味で、僕の中ではこれまでもずっと原点に沿ってやっているのかなという風に見えていたんですよ。今回、それをより全面に押し出しているという意味では、イチ『探偵 神宮寺三郎』シリーズファンとしてすごく興味があります。

――では、本作の見どころ、ユーザーにいちばん見てほしいところはどこでしょうか。

佐藤 いっぱいありますが、ひとつ選ぶならファンが求めていたものを可能な限り汲み取って形にしてみました、というところでしょうか。

――これが『探偵 神宮寺三郎』シリーズだぞという。

金子(宝) そうですね。弊社が思う『探偵 神宮寺三郎』シリーズという意識で作らせていただいたので、ここからいろいろとユーザーさんの意見を聞きつつ、さらに意見を汲み取って、次回作へ活かしていきたいと考えています。

――ユーザーからの意見はどんなものが届いていますか?

金子(宝) 概ねいい感じのものばかりですが、若干気を遣ってくれているのかもしれないですね(笑)。ユーザーの中には「いまどきのゲームでこれはないんじゃないか」といったシビアな意見もありましたが、反対に「これぞ『神宮寺』」と高く評価してくださる方も多くて難しいなと。ゲーム性を入れて複雑にしてしまうと、いままでのユーザーさんは楽しみにくくなってしまうのかなとか、いろいろと考えてしまいますね。

――推理など、ゲーム性の部分を求めている人と、純粋にシナリオ部分を楽しみたい人で分かれてしまいますからね。

金子(宝) いわゆる“雰囲気ゲー”だと思っている人もいれば、探偵のゲームをやりたくて買ったのに……という人もいます。その辺がすごく難しくて悩みどころなのですが、個人的にはもう少しゲーム性を入れていきたいと思っています。

――シナリオ面での見どころはどこでしょうか?

金子(光) 書き手としては、シナリオすべてになっちゃうのですが(笑)、中盤以降の展開で楽しんでいただけたらと思っています。あと、いちばん見てほしいのとは違いますけど、今回もパスワード絡みのおまけがありますので、そこで読める2本のショートストーリーを読んでいただきたいですね。がんばってパスワードを見つけてみてください。

――書き上げて満足された感じですか?

金子(光) そうですね。もう少し余裕があれば、ちょっとしたお遊び要素も入れたいなと思っていたんですよ。昔、とくに物語と関係ないけど、バー“かすみ”に寄ってお酒を飲んだりしたいというユーザーからの意見があって。個人的にもそれをぜひ入れたかったですね。

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“パスワード”は、ゲーム中のさまざまな場所に隠れていたり、特定の条件を発生させることで出現する。

――サウンド面での聞きどころについてはいかがですか?

濱田 現在公式サイトでも公開中の、オープニング映像ですね。プロットを見たとき、最初のイメージで“これはロシア語の女性ボーカルだな”とビビッときまして。カテリーナさん(※カテリーナ公式サイトはこちら)という日本在住のウクライナ人のシンガーにオファーしました。レコーディングまでとんとん拍子に進んだのですが、レコーディングの日がなんと3月11日。レコーディングは14時からの予定だったのですが、急遽追悼コンサートに出演する予定が入ってしまったと直前に連絡がありまして。でもスケジュール的にはここしかないというので、朝の7時からレコーディングすることになりました。

金子(宝) そんな裏話があったとは知りませんでした。

 
濱田 たいへんでした(笑)。ただ素晴らしいシンガーさんで、朝の7時からハイトーンをバシッと決めるという、まさにプロフェッショナルのサウンドを聞かせてもらいました。映像はgram6 design(グラムロックデザイン)さんによる制作で、本作のダイジェスト版のような構成になっています。まずはそちらを見ていただいて、購入指針にしてもらえればと。
 あと、昔からやっていることなのですが“ライトモチーフ”という、音の短いフレーズをいろいろな曲で使うという、わりと伴奏音楽ではよく使われる手法を取り入れています。シーンの展開によって最初のほうで聞いたメロディーが、後で違った形で出てくるという感じですね。あまり意識させないようにやっているので、お気づきにならない方もいらっしゃるかもしれませんが、ストーリーのつながりや音のつながりの統一性を持たせる意図があります。興味がある方は注意して聞いていただくとおもしろいかもしれません。

確かにそこにある、『神宮寺』ワールド

――『探偵 神宮寺三郎』シリーズのいちばんの魅力はどこにあると思いますか?

稲葉 イメージ的な話ですけど、僕は『神宮寺』の世界観に沿った並行世界みたいなものが存在していると想像しています。当然キャラクターたちもそこに存在して、毎日を過ごしている。作り手がそこを覗き込んで、おもしろそうな出来事があったときだけゲーム化されているんじゃないかなと。出来事がないときはゲームも出ない。そういった流れを、制作者とユーザーが見守っている。ちょっと気になる、日常の延長のような世界が魅力なのかなと思っています。ちょっと抽象的で申し訳ないのですが。

――明確に“ひとつの世界”が、そこに形作られていますよね。

稲葉 そう思いますね。だから、世界観にそぐわないキャラクターがいるとすごく目立つというか、嘘っぽくなるというか。僕も、過去に新人なりに懸念して一生懸命やった場面があるんですよ。『夢の終わりに』の完成直前のときに、どうしてもあるキャラクターが超重要人物なのに、すごく嘘っぽく見えちゃって。もしこのままゲームが出たら絶対によくないことになるという確信があったんです。もちろん新人ですから、修正案なんて出しても却下されると思い、皆が帰った後、夜中にこっそり直したんですよ。

濱田 それは男性と女性、どっちのキャラクターなの?

稲葉 男性ですね。しかもセリフを書き変えるレベルとかじゃなくて、性格や行動なんかから全部書き直したんですよ。ひと晩かけて。もしそれで怒られても、データを戻せばいいやと思っていたら……問題なかったんですよ。その世界の住人らしさを入れ込むことができて、結果としてはすごくいいものになりました。少しでも変なヤツがいると違和感が出てくるというのが、新人なりにわかった瞬間でしたね。

――完璧に形成されている世界ではありますよね。

稲葉 “そういう新宿”が、やっぱりあるんでしょうね。いまもふつうの日常が送られている瞬間があると思うんですよ。皆が事件を抱えているわけじゃないし、人間臭さという意味では現実とそう変わらない。ですから、人物描写に関しては、『夢の終わりに』のときもひたすら考えて考え抜いて書き込んで、みたいな感じでやっていました。その辺をユーザーさんにピックアップして褒めてもらったときにすごくホッとしたんですよ。自分でこだわりたかったところが、『神宮寺』の世界と合致したんだなって。

金子(光) やっぱりリアリティーのある独特の雰囲気や、生活感を感じさせる登場人物などが魅力なのかなと思いますね。仮にデフォルメされたマンガ的なキャラクターを放り込むとすごく浮いてしまいますし、ユーザーの方からも『神宮寺』の世界に合わないと言われたりもしますから。独特の“生々しさ”みたいなところに気をつけないと、破綻してしまう世界なのだなと思います。

濱田 やはり情報量の問題だと思うんですよ。『神宮寺』の世界では、ふつうのゲームよりも圧倒的に情報量が必要で、それが足りないと浮いてしまう。そのいちばんの理由が、新宿という実在の街をベースにした点にあると思うんです。実際にその街にいて違和感がない人物描写……たとえば新宿中央公園のホームレスっていうのは、リアルに描こうと思うとかなりの情報量が必要なキャラクターだと思います。そういう意味で、シナリオや設定などのバックグラウンドが重層的に積み重なっているがゆえの説得力こそが、『神宮寺』の世界なのではと。ハードボイルドやダンディズムとか、現代では古臭さを感じる言葉ですが、そこにこそ魅力があるというか。懐かしいアンティークの、骨董品のようなイメージですね。

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――個々の人物を、いかに深く描くかが大事なのでしょうね。

金子(光) そうですね。こういう人、実際にいそうだなっていう実在感が必要不可欠に思います。

濱田 あと、『夢の終わりに』でもそうでしたが、事件解決後の後日談的なものがすごく重要で、ユーザー間で話題に挙がるのもそこだったりするんですよ。クリアー後の感慨のような部分に『神宮寺』らしさがあるのかなと思いますし、ゲームでそういう感慨を残せるものは、なかなかないんじゃないかな。そこも魅力のひとつだと思いますね。

佐藤 独特の空気感がすごく素敵だと思いますし、そこに皆さんが惹かれているんだろうなと。制作側としては、そこを壊さないようにしなければならない。同時に、そこがみんなのやさしさで守られてきたのだと強く感じられるんですよね。『神宮寺』らしさを壊そうと思えば壊せるのに、これまでの制作者たちが意志を受け継いで、しっかりと守ってきて。そこが、30年ものあいだ『探偵 神宮寺三郎』シリーズが愛され続けてきた理由なのだと思いますね。

――『探偵 神宮寺三郎』シリーズで、好きなキャラクターはいますか?

濱田 やっぱり熊さん(※熊野参造。神宮寺とは旧知の仲のベテラン警部)ですかね。熊さんは、なくてはならない人物でしょう。

稲葉 『夢の終わりに』を作っていたときは、心からそう思いましたね。神宮寺というキャラクターは、ハードボイルドフィルターで歪められる側面もあるんですよ。皆がハードボイルドって言葉だけで片付け過ぎて、人それぞれで微妙に“ハードボイルド感”が違う。それがすごく足かせになってしまって、どう書けばいいのか、当時とても悩んだ記憶があります。そんなとき、熊さんに癒されていたという(笑)。あの人がいちばん人間臭くて、自由度の高いキャラクターだと思うんですよね。書いていて楽しくてたまらなかった。神宮寺はある意味で神格化されているというか、「こういう人だ」っていうのを皆が強固に思い描いていて、油断すると人間味を失ってしまうキャラクターでもあるんです。そこが書きにくさにもなっていて、神宮寺像を完全につかむまでにはけっこうな時間がかかりましたね。

――熊野は動かしやすいキャラクターということですか?

稲葉 そうですね。あの世界観は、いろいろな意味で熊野に救われていると思いますよ。

金子(光) 熊さんがほどよくゆるいので、探偵と警察という関係もやさしくマイルドになっていますよね。

稲葉 もし仮に熊野が爆弾を爆発させちゃったとしても、「あーもう! 熊さーん!」で済ませてしまえるようなところがありますよね(笑)。

――笑。本シリーズといえば、神宮寺と洋子のラブロマンスもファンにとっては気になるところだと思いますが、今後このふたりの関係はどうなっていくのでしょうか。また、どうなってほしいと思いますか?

金子(光) ある意味、いまの関係が理想なのかなという気がしています。今後関係が大きく動いたとしても、神宮寺が疲れて事務所に帰ったときに、笑顔でやさしく「お疲れさまです」って出迎えてくれるような関係であってほしいですね。ちゃんと労わってくれる場所があるから、シビアな事件があっても、そこにさえ戻ってくれば癒される。どんなに辛くても、またがんばれるのが保障されているのは、とても大切だと思います。

濱田 見る人によっては、ちょっと神宮寺さん、女性に対して酷くないですかみたいなところもあると思いますけどね(笑)。

金子(光) いまの年齢で固定したのは、洋子が年齢を重ねてしまうとちょっといろいろと考えないといけないことがあるからです。時が進めば何か変化があるのは当たり前なので、いろいろと難しいところですね。

――ふたりが完全にくっついてしまうと、やっぱり違いますよね。

金子(光) そうですね。バー“かすみ”のかすみとの関係もどうなるんだというのがありますし。

金子(宝) ファンはくっついてほしいと思っているんですかね?

金子(光) いまのままでいってほしいという声もあれば、もうちょっと進展してもいいんじゃないかという声もあります。

金子(宝) 完全に割れていますよね。でも、くっついたら終わっちゃいそうな気が(笑)。

濱田 ある意味、終了しますよね(笑)。

――ストーリー自体が終わってしまう気がします。

佐藤 “fin”で終わりそうですね(笑)。似たジャンルのドラマなどでもくっつかずに終わるのがほとんどですし、これがずっと続くことはそこまで悪いことではないのかなと、個人的には思います。

『探偵 神宮寺三郎 GHOST OF THE DUSK』発売記念インタビュー、シリーズ制作者たちが語る『探偵 神宮寺三郎』シリーズへの想い_10
左から洋子、神宮寺、熊野。

――貴重なお話の数々、ありがとうございました。最後にシリーズファン、読者に向けてメッセージをお願いいたします。

金子(宝) 初の弊社主導の『探偵 神宮寺三郎』。ある意味では、これがシリーズの1作目とも言えます。今後も長く続けられるようにがんばりますので、皆さん応援のほどよろしくお願いします。もう少しコンスタントに出していければいいなと考えているので、楽しみに待っていただけるとうれしいです。

佐藤 5年ぶりの新作を、皆さんに届けられることをすごくうれしく思っています。シリーズファンの皆さんに喜んでいただけることが、我々の望んでいることでもあるので、そこも踏まえてよりよいものを提供していきたいと思っています。今後ともよろしくお願いします。

金子(光) ファンの方あっての『探偵 神宮寺三郎』シリーズだと思っておりますので、これからも応援いただけるとたいへんありがたいですね。本作を含め、どの作品から始めても楽しめるようになっていますので、シリーズ作品を未プレイの方も、気軽に手を伸ばしていただければと思います。

濱田 お待たせしました。時は経っても変わらない『神宮寺』ワールドをお楽しみいただければと思います。サウンドトラックも近日発売される予定です。こちらは30周年の作品にふさわしく、おなじみの曲から新作までびっしりと詰め込んだボリューム満点の内容になっていますので、ぜひお楽しみください。
 あと、個人的な願いなのですが、『探偵 神宮寺三郎』シリーズのサウンドでライブができればと考えています。じつは、2013年に再結成した“GAMADELIC(ゲーマデリック)”というバンドがありまして、元データイーストの作品ナンバーを演奏するライブをやっているんですよ。いまの『神宮寺』サウンドを、“GAMADELIC(ゲーマデリック)”でやったらファンの方にとても喜んでもらえるんじゃないかなという密かな野望を抱いております。よろしくお願いします!

稲葉 最初期の『探偵 神宮寺三郎』シリーズ作品で遊んでいた自分が、年を経て制作に関わるようになったように、この記事を読んでいる人の中にもそういう意味での“襷”を受け取る人がいるかもしれませんよね。それほど歴史の長いシリーズですし、そこも含めてじっくりとゲーム本編を楽しんでいただければと思います。そしてもし、制作側に興味を持った方がいて、僕のほうから襷を渡すことができたとしたら、それはとても素敵なことなんじゃないかなと。

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