2020年9月2日~4日の期間、CEDEC公式サイトでオンラインにて開催された日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けのカンファレンスCEDEC 2020。最終日となる9月4日、任天堂・企画制作部の井上圭次郎氏と平松潤也氏が登壇し、『リングフィット アドベンチャー』のエフェクト制作をテーマとする講演を行った。
ご存じの通り、『リングフィット アドベンチャー』はフィットネスとゲームを融合させたユニークな作品。リングコンと呼ばれる円形のデバイスを用いて多彩な技をくり出しつつ敵と戦う、過去にあまり前例のないタイトルだ。
フィットネスに適した動作をプレイヤーが直感的に行えるようにすべく、本作ではとくにエフェクトの見せかたに工夫が凝らされている。単調かつ冗長になりがちな“フィットネス操作”を行った結果がすぐに画面から読み取れるよう、インタラクションデザイン(それぞれの操作に応じた反応表現)の向上に力が注がれたのだ。
そうした“操作の結果がすぐにわかるエフェクト”が、具体的にどのように作られ、それがゲーム内にどう盛り込まれたのか。任天堂が誇るエフェクトチームの底力の一端が明かされた。
エフェクトチームが取り組んだ4つのチャレンジ
先に述べた通り、本作はリングコンを用いて遊ぶ作品であるため、ほかのタイトルと同等か、あるいはそれ以上にスムーズに主人公を操作できなければならない。
平松氏によると、このテーマをエフェクト面で実現させるためには「“運動とインタラクションの接着”と“世界観と機能の両立”というふたつの課題を突破する必要があった」とのこと。それを踏まえたうえで、エフェクトチームは以下の4つのチャレンジに取り組んだのだ。
新デバイスを使ったアナログインタラクション
本作では、リングコンを用いたフィットネス運動に対して、ユーザーに適切なフィードバックを返す必要がある。なぜなら、体のどの部位に力を入れる必要があるのかや、いま実行した運動が適切なものだったのかどうかが瞬時に判断できなければ、やりがいが感じられないからだ。
そこで、エフェクトを用いたインタラクションの強化を決断。過去作で用いられたような、ゼロかイチかを判断するデジタルなインタラクションだけでなく、ビジュアルによるアナログなインタラクションも充実させることで、“フィードバックの解像度の向上”を追求したのだ。
これにより、ゲーム内で起きた結果を直感的なビジュアルに“翻訳”することに成功。プレイのよし悪しに応じて、たとえば力を込めるべき部位の光りかたに細かい強弱をつけたりすることで、運動の効果が直感的にわかるようになった。
さらに、プレイヤーがフィジカル面で感じるつらさを緩和するための“褒め”も全体的に意識。エフェクトによる直感的な評価や、ビジュアル面でのご褒美をふんだんに設けることによって、「フィットネスを気持ちよく続けられることに貢献できた」と井上氏は胸を張った。
シンボリックとインタラクションの併存
主人公の髪の毛は、特徴的な見た目とゲーム上の機能を兼ね備えた重要な要素のひとつ。この頭髪をデザインするに当たり、エフェクトチームは“決まった形のないモチーフを具体化する”やりかたに加えて、“実現するための作りかたから作る”手法も採用。これらを活用して、表現の全体的なアップデートに着手した。
前者を具体的に説明すると、髪の毛にアナログインタラクションの要素を盛り込んだことで、キャラクターの個性を引き立たせつつ、フィットネスの運動によってエネルギーが燃えるというシンボリックな表現の作成に成功している。
また後者については、平松氏によれば、当初髪の毛は「手描きのアニメで描かれていた」とのこと。「根元はヌルヌルと動きつつ先端はパキパキ」という特徴的なフォルムの変化を立体的に表現するために、同氏はHoudiniを活用。この3DCGソフトを介して、2Dの手描きアニメを網目状の3Dメッシュに変換したのだ。平松氏は「アーティストの頭の中にあるイメージを実現する際に“作りかたを作れる”ツールとしてHoudiniはすごく重宝する」と述べていた。
エフェクトアーティストとして本作の開発に携わる際に、井上氏はふたつの立ち回りを重視した。ひとつは、イメージを具体化する際にセクションの垣根を越えて主体的に提案したこと。もうひとつは、新しいツールや手法についてふだんから情報収集しておき、それを“作りかたを作る”場面に活かすことだ。これらを踏まえたうえで立ち回ることができれば、「エフェクトは表現の突破口になりうる」と述べていた。
インタラクションに納得感を
開発現場では、モノとコトが繋がらないことが多々ある。当然ながら本作でも、ゲームのコンセプトである“フィットネスとアドベンチャーの融合”に由来する、“運動とダメージの繋がり”への納得感が求められたという。
たとえば、腹筋を使った攻撃を実行した際に現れる、納得感の高いエフェクトとはどんなものなのか……この課題に直面したとき、平松氏は当初戸惑ったとのこと。くり返し検証を行っても、腕や足による攻撃と同じくらいまで納得できるデザインが作り上げられなかったのだ。
そこで平松氏は、お腹の部分がブヨブヨからムキムキになるという、腹筋モーフィングの表現を採用。アニメーションの変遷という新たな情報を追加することで、腹筋の部位を使っている点をより強調・明確化した。
これにより、プレイヤーが力を入れるべき部位をダイレクトに伝えられるだけでなく、フィットネスの身体的な効果を強くイメージできるという副次的な恩恵も得られた。そのうえ、見た目のバカバカしさが、もともと本作が持っていた“運動で敵にダメージを与える”ヘンテコさから生じる違和感を、ゲームの特徴へと押し上げる効果までもたらした。
記号と具象のどちらにもなれるエフェクトを活用することで、「世界観との親和性を保ちながら、本来繋がりにくいモノとコトを柔軟に接着できた」と井上氏は説明。腹筋攻撃のエフェクトに関する問題が解決したことで、世界観の伸びしろも拡がったのだ。
エフェクトの制作事例
最後に、『リングフィット アドベンチャー』で用いられた具体的な開発手法の説明がなされた。
本作のエフェクトの多くは、(非リアル系の3Dゲームの多くが採用する)スタイライズド表現が用いられており、平松氏いわく「この技術をひとことで言うならば、手書き風アニメーションエフェクト」とのこと。見た目の変化をシルエットに集中させることで、描写のディティールの少なさをアニメーションの見やすさというメリットに転化できるのが利点なのだ。
手書き風アニメーションエフェクトという言葉を耳にすると、シンプルなテクスチャー勝負の開発をイメージするかもしれないが、実際はVAT(Vertex Animation Textureの略。3Dモデルのフレームごとの頂点の位置情報や法線情報が保存されたテクスチャー)やshadergraph(シェーダーの計算をカスタマイズできるツール)といった技術も積極的に用いられている。
このブロックで行われた平松氏による技術的な説明は、手書き風アニメとVAT Fluid/手書きとVAT Soft/スタイライズド表現とShaderGraphの3つ。それぞれのテーマに関する解説は、以下の写真でまとめられているので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。
テーマ1:手書き風アニメとVAT Fluid
テーマ2:手書き風アニメとVAT Soft
テーマ3:スタイライズド表現とShaderGraph
前代未聞のコンセプトにマッチしたエフェクト開発とは
くり返し述べるが、『リングフィット アドベンチャー』は、独自のデバイスを使った未知の遊びが楽しめる作品なので、一連の操作につまずくことなくプレイできるかどうかがほかのタイトル以上に重要になる。
この目標を達成するために、井上氏は「あらゆるセクションが連携して、(個々の課題に)取り組む必要があった」と当時の状況を説明。そのうえで、ここまで話を進めてきた本作のエフェクトに関する3つのチャレンジを改めて総括した。
- 新しいデバイスへのチャレンジ:運動に対する直感的なフィードバックをプレイヤーに伝えるために、アナログインタラクションを活用した。
- 新しいゲームコンセプトだからこそ必要になるチャレンジ:フィットネスとアドベンチャーをしっかり接合させるために、ビジュアルを通じて得られる納得感を高めた。
- 新しい世界観を構築するためのチャレンジ:シンボリックな表現と、世界観を拡張しうる表現を可能にすべく、具体的なイメージとその実現手法の提案を主体的に行なった。
井上氏は上記チャレンジの重要性を説きつつ、ご自身のキャリアを踏まえたうえで、さらに以下の3要素を提示した。
- ゲーム内で起こっていることを直感的なビジュアルで“翻訳”する
- 表現の突破口を開く
- さまざまなモノやコトを柔軟に接着する
同氏は「これらは本作に限らず、私の経験として、エフェクトが果たすべき普遍的な機能と役割であると考えています」とご自身の思いを吐露。「こうした機能や役割を『リングフィット アドベンチャー』という新しいタイトルに合わせて徹底的に掘り下げたことが、チャレンジだったと思います」と述べた。
最後に、本作のアートディレクターの目線から見たエフェクトのポテンシャルに関するコメントを発表して、講演は閉幕となった。
アートディレクターのコメント:
ゲーム制作で下流工程になりがちなエフェクトですが、“ゲームをわかりやすく、手応えよくするインタラクションのカナメ”であり、ゲームデザインをはじめさまざまなセクションと濃密に連携していくことで、職種のカベを超えて広く活躍できることを再認識しました。
また、ひとつのエフェクト表現がゲームの世界観を大きく決定づけ、チーム全体をけん引する可能性がある、と言えるのではないでしょうか。
とかく演出面での役割が注目されがちなエフェクトだが、スタッフ各員の考えかたや立ち回りかたしだいで、ゲーム性や世界観に大きな影響をおよぼすことができる……この事実に気づかされた筆者は、目からウロコが落ちる気分だった。工程の上流・下流に関係なく、開発チームが文字通り一丸となってゲームのコンセプトを理解し、突き詰めることが、ミリオンセラーを世に送り出す原動力となるのだ。
※画像はオンライン講演をキャプチャーしたものです。