2020年11月11日、『キングダム ハーツIII』(以下、『KHIII』)本編の楽曲だけでなくDLC 『KHIII リマインド』に含まれる楽曲や、これまでにサウンドトラック化されていなかった楽曲も収録したオリジナル・サウンドトラック『KINGDOM HEARTS - III, II.8, Unchained χ & Union χ [Cross] -』が発売される。
先日公開したサウンドチームのインタビュー(下記関連記事を参照)に引き続き、本稿では、本サウンドトラックの魅力や収録されている楽曲の制作秘話などを作曲チームである下村陽子氏、石元丈晴氏、関戸剛氏の3名にうかがった。ちなみに、本インタビューは先日、設定ミスで数時間ほど公開されていましたが、そちらをご覧になった方は初見のつもりで読んでいただけると幸いです(編集部:杉原)。
KINGDOM HEARTS - III, II.8, Unchained χ & Union χ [Cross] -
発売日:2020年11月11日(水)
品番:SQEX-10794-801
価格:12000円[税抜]
仕様:CD8枚組、クリア三方背ケース入り大型デジパック(約26×29cm)、カラーブックレット
下村陽子(しもむら ようこ)
カプコン在籍時は『ストリートファイターII』などの楽曲制作に携わり、スクウェア・エニックスでは『キングダム ハーツ』シリーズや『ファイナルファンタジーXV』などの楽曲制作を手掛け、現在はフリーとして活躍する作曲家。ゲーム音楽のみならず映像作品や舞台作品へも楽曲を提供し、活動の幅を広げている。
写真:(C)OSAMU NAKAMURA
石元丈晴(いしもと たけはる)
『キングダム ハーツ』シリーズや『ディシディア ファイナルファンタジー』、『すばらしきこのせかい』などで楽曲を制作。スクウェア・エニックスを経て、独立。THRILL株式会社を立ち上げ、同社代表して楽曲を制作している。
関戸剛(せきと つよし)
『キングダム ハーツ 』シリーズや『ファイナルファンタジー』シリーズなどの作曲、編曲を行うスクウェア・エニックス所属の作曲家。ゲーム音楽におけるバンド活動を行っていた時期もあり、様々なゲームの楽曲制作を行っている。
CD8枚組、全161曲、10時間超えの大ボリュームに
――待望の『KHIII』のサウンドトラックがもうすぐ発売となりますが、CD8枚組というのはすごいボリュームですね。
下村初代『KH』や『KHII』など、過去のナンバリングタイトルも100曲近くありましたし、ダークシーカー編の完結を迎える『KHIII』は集大成的なタイトルになるという意味でも、100曲は超えるだろうなと思っていました。ただ、ちょっとしたバージョン違いなどはサウンドチームにお願いしてアレンジャーさんにお任せしていたので、じつはサントラが出るまで全部で何曲あるのかは知らなかったんですよ(笑)。
――新曲はもちろん、集大成的な作品であるため、アレンジ曲もかなり力が入っている印象です。キーブレード墓場のボス戦ラッシュは、名曲ばかりの怒濤のアレンジで、かなり燃えました。
下村ありがとうございます。ゼムナス、アンセム、ゼアノートとのバトルで流れる『Forza Finale』は、初代のアンセム戦の曲やゼアノート戦の曲がすごくカッコよくまとまっていますよね。あの曲は西木康智さんという作曲家さんがアレンジしてくれたのですが、聴いた瞬間に私も感動しました。あとは、マスター・ゼアノート戦で流れる『Dark Domination』は、私が作った原曲と石元くんの新曲の合作になるんですけど、これもすごくカッコいいです。
――『KH』のオーケストラコンサートなどでファンにはおなじみの和田薫さんを始め、アレンジャーも豪華ですね。
下村アレンジャーの方々だけを見ても、本当にたくさんの方が集まってくださって。私の過去曲とかも新しく蘇っていて、「この曲も使われているんだ!」というのを開発末期になって知る、ということもありました(笑)。
――最終的に何曲が収録されることになったのでしょうか?
下村『KHIII』とDLCの『KHIII リマインド』の楽曲がディスク7までで138曲、ディスク8は『KH0.2 バース バイ スリープ -フラグメンタリー パッセージ-』や『KH ユニオン クロス』などの楽曲が収録されていて、トータルではCD8枚組の全161曲ですね。
――アレンジ楽曲があるとはいえ、すごいボリュームですね。
下村でもまさかCD8枚組になるとは(笑)。1曲2ループではなく1ループにすれば枚数を減らせたと思うんですけど、以前、1ループで作った際に、2ループで入れてほしかった、というご意見を多くいただいたという部分もあって、2ループにしています。また、サウンドトラックに関しては、作曲チームというよりサウンドチームの皆さんの尽力のほうが大きくて、楽曲をいかにCD8枚に収めるかというのは、本当にたいへんだったみたいです。
――ワールドの楽曲がキリよく収録されていたり、すごく綺麗にまとまっていますよね。
下村そうなんですよ。同じワールドのフィールド曲とバトル曲が別のディスクに分かれてしまう、ということを私がすごく嫌うというのをわかっていて、気をつけてくださったんだと思います。ゲームの基本的な流れで音楽を並べつつ、アルバムの切れ目もおかしくならないように1枚のCDに収まる長さに、というのを全部計算して収録していただけているので、本当に頭が上がらないですね。
――サントラ制作において、時期的に新型コロナウィルスによる影響はありましたか?
下村楽曲自体の制作はもっと前に終わっていたので、作曲チームには直接的に大きな問題はありませんでしたが、スタジオで立ち会うのは重要な楽曲に絞って、あとは自宅で音源をチェックする形にさせてもらいました。スケジュール的には大きな影響はなかったと思います。
『KHIII』の楽曲制作を振り返って
――今回の楽曲の制作を振り返っていかがでしたか?
下村十数年にわたって続いてきた『KH』に対する思い入れみたいなものが強く残っていて、自分の中でまだ終わっていない感じですね。すべてがハッピーな形のエンディングを見てみたいですし。
楽曲的には、ナンバリングタイトルという意味では『KHII』からしばらくぶりでしたので、『KH』の王道みたいな部分を思い出したり、模索したりしながらの作業で、曲が書けるようになるまでにすごく時間がかかってしまって、ご迷惑をおかけした記憶があります。「いつエンジンがかかるんだよ」という感じで(苦笑)。
関戸僕も別のプロジェクトから『KH』に乗り換えるときは、気持ちを切り換えるのにいつも時間がかかりますね。同じ明るい曲であっても、『KH』と別のプロジェクトとでは求められる明るさが違うんです。
石元『KH』の楽曲は、すべての曲をディレクターの野村さん(野村哲也氏)がチェックするんですが、楽しい曲を作るにしても、僕の思う楽しい曲と野村さんが思う楽しい曲とはまた違うので、一度アタリをつけて、そこから野村さんのイメージに寄せていかないといけないんです。『KH』シリーズはこの寄せていく作業がたいへんですね。
下村つまり面倒くさいってこと?(笑)
石元いやいや、そんなことは言ってないですよ(笑)。かなり気合が必要というか、どうしていいかわからなくなってしまう人もいると思うので、僕らスクウェア・エニックスのOBやOGだからこそ汲み取れるのかな、と思いますし。野村さんも多分、それがわかっているので、ハードルを上げてくるんだと思います。
――全曲をチェックして、フィードバックを返すのもスゴいですね。
石元そうですね。『ディシディア ファイナルファンタジー』シリーズや『すばらしきこのせかい』ではオープニングやエンディング、トレーラー用の曲など、ピンポイントな曲をチェックするのがほとんどですが、『KH』に関しては、ほぼすべてての曲をチェックしてますね。『KH』シリーズはディレクターとしてのこだわりなんでしょうね。
――そうした野村さんのこだわりは、ゲームにおける音楽をかなり重要だと思っていることの裏返しだと思うんですが、印象深いリテイクはありましたか?
下村イントロがどうとかサビがどうとか細かいことは言わずに、「曲はいいけど、これがこのワールドのテーマである理由がわからない」とか言うんですよ。なので、哲さん(野村哲也氏のこと)の中で「このワールドに関してはこういう曲」というイメージがあって、それもひとつの『KH』らしさになっているのだと思います。
石元僕は「もっと『KH』っぽくならない?」というふうに言われて、「それはつまり下村さんの音楽っぽくということ?」と悩みながら何とか形にして、それに対するフィードバックを受けてまた修正して、というくり返しでしたね。
関戸僕も1テイク目でオーケーが出ることは稀で、ひとつのオーダーに対して最初に数曲作ることもあります。グミシップのときにも3曲作って、そのうち2曲は「キレイだけど楽しそうじゃない」ということでアウトテイクになりました(笑)。
――きびしい(笑)。
関戸じつはここでアウトテイクになった曲はイントロを変えてサビから始まるくらいに大幅にリニューアルしたものがオーケーとなりまして、別のプロジェクトの『KH ユニオン クロス』の『シュガーラッシュ』のワールドの曲として採用されています。
下村今回『Dearly Beloved』も別の形で使われているアレンジがあります。最初はお任せといった感じで発注がきたので、作ったものをチェックしてもらったら、「アレンジはいいけど、そうじゃなくてこうしてほしい」と言われ、これは没かなと思ったら「曲はいいから、ほかのところで使おう」と。その曲は、たしかカイリの語りのシーンで使われていたと思います。
――そういえば、『Dearly Beloved』はシリーズを通してタイトル画面で流れる曲としてもおなじみの名曲ですが、今回のイントロは別の曲のようにも思えるアレンジでしたが。
下村そうなんです。「今回は違う曲なの?」と思わせるぐらい、最初は違うアレンジになっています。それは哲さんの要望の中から汲み取れた部分と、私自身が今回はこういう方向性でいこうと決めた部分とで、そういった形になりました。
――そのほかリテイクのエピソードについて何かありますか?
関戸『KHIII』ではないですが、『KH アンチェインド キー』のミッションクリアー時に鳴る『Mission Complete!』の曲は、オーケーが出るまでにかなりリテイクをもらい、8回目でようやくオーケーが出ました(苦笑)。
下村『KH』シリーズは、『ファイナルファンタジー』のファンファーレ的な曲がそもそもないですからね。すごくたいへんだったと思います。
――リテイクを出される皆さんはもちろんたいへんだったかと思いますが、これだけの曲数がある中で、逐一フィードバックを返す野村さんの熱量もすごいですね。
下村哲さんはすごく忙しいのにそこを譲らないのは、すごいと思いますし、作曲する側としてもありがたいですね。音楽のことをすごく大事にしてくれているんだなと感じますし。
――『KHIII』では、誰がどの曲を書く、といった分担はどのように決まったのでしょうか?
下村曲がどういう風に割り振られたのかは把握していないんですけど、たとえばサンフランソウキョウやザ・カリビアンは、石元さん向きだろうと哲さんか開発の方が考えたんだと思います。キングダム・オブ・コロナを石元くんに、となっていたらビックリしたと思いますし(笑)。
石元たしかに僕もビックリしますね(笑)。
下村ザ・カリビアンやサンフランソウキョウの発注が私に来ていたら、自分でも少し違うなと思ったかもしれないですし。「ここはこの人が向いている」といったイメージが開発側にもあったのだと思います。今回、グミシップ関係の曲はすべて関戸さんが作っていますけど、それも納得感がありますし、すごくハマっていると思います。私としては、関戸さんにしか書けない曲、石元くんにしか書けない曲がうまく分散していて、いい作曲チーム、いい割り振りになっていたと思っています。
この曲のここに注目してほしいといったポイントは?
――どの曲にもこだわりが詰まっていると思いますが、ここに注目してほしいという曲はありますか?
関戸僕は『Sunshine Dancer』ですね。キングダム・オブ・コロナのダンス曲なんですが、テンポが速い曲で最初は人が弾くことを意識しないで作ったんです。ですが、いくつかの楽器は生演奏でレコーディングすることになり、『Sunshine Dancer』は早いテンポで演奏する必要もあって、「これは弾けるんだろうか」と心配しつつ、ゲーム業界では有名なギタリストの太田光宏さんにお願いしたところ……。
――『ファイナルファンタジーXV』などにも参加されている方ですね。
関戸はい。あの曲はフォルクローレ調の曲で、民族楽器もたくさん使っている曲なんですけど、それを太田さんのユニットに演奏していただいたところ、ギターもバイオリンも、どの楽器もバッチリでした。ゲームプレイ中はテンポが上がっていって、最後のほうはすごい速さになるんですけど、それも実際に演奏されているので、ぜひ注目してほしいですね。やっぱりプロはすごいなと思わされました。
石元僕はザ・カリビアンのバトル曲、『Flags of Fury』です。映画の音楽が偉大すぎるので、なんとしてもイントロのフレーズを覚えさせたいという意図で作ったのを覚えています。プレイした人にもイントロが印象的に残ってくれていればうれしいですね。
――確かにあのイントロは耳に残りますね。
下村いろいろあって選びづらいんですが、あえて選ぶなら『KHIII リマインド』用に書いた新曲で、ヨゾラ戦の『Nachtflügel』です。『KHIII』で最後に書いた曲なので、そういう意味でも印象深いですし、ヨゾラはキャラクター自体もちょっと異質じゃないですか。それをどう表現しようかと思ったときに、『Dearly Beloved』や『The Other Promise』、『Vector to the Heavens』など、これまで書いてきたピアノコンチェルト“ふう”の曲ではなく、本当にクラシカルなピアノコンチェルトに挑戦した曲なんです。
――キャラクターの異質さを曲で表現したと。
下村コンサートツアーの関係もあって、ほかの曲とは作った環境も異なり、かなり気持ちを集中させて、私としてはいつものバトルとは少し違うものが作れたと思っています。これまでのピアノコンチェルトふうの楽曲と何がどう違うのかを感じてもらえるとうれしいですね。あと、これは余談なんですけど、この曲を作っている最中に停電しちゃったんですよ。
――なんと! データが飛んでしまったんですか?
下村データは大丈夫だったんですけど、じつは『Destati』にも停電エピソードがあって、当時この曲を使った作業をすると、停電するという現象があって。それもあって、「『Destati』に続いてこの曲も停電曲か……」と思いました(苦笑)。
――ということは、『Nachtflügel』も『Destati』のように『KH』シリーズを代表する曲になるかも?(笑) ところで、『Nachtflügel』はドイツ語で『Destati』はイタリア語ですが、曲名はどういう基準で付けられているのですか?
下村初代のころから、『KH』は海外でも販売するゲームなので、曲名は英語にしようということになっていました。私が担当した曲については、私がイメージしたものを英語に翻訳してもらって、それを曲名の参考にしている感じです。たまにイタリア語やフランス語、ドイツ語の曲名があるのは、そちらの言語のほうが、曲の雰囲気に合っているから、というのが理由です。たとえば、シオンのテーマである『Musique pour la tristesse de Xion』はフランス語ですけど、この曲には“悲しみ”といった言葉を入れたかったんですが、英語の“sad”や“sadness”という語感だと曲調に合っていない気がしたので、雰囲気に合っていたフランス語にしました。ヨゾラ戦のバトル曲は、“夜の翼”や“夜の鏡”といった意味の曲名にする予定で、英語だと“Nightwing”とか“Mirror of night”になり、何だかふつうっぽいなと。それまでとは違う世界観のキャラクターということもあって、ドイツ語はどうだろうと思ったら、印象的にもピッタリとハマったので採用しました。なので、タイトルに関しては語感や語呂を大事にしているという感じですね。
シリーズを振り返って
――『KHIII』でシリーズもひと区切りついたということで、ここで改めてシリーズの思い出もうかがえればと。関戸さんと石元さんは、『KHIII』以前からシリーズ作品の楽曲作りに参加されていますが、最初に関わられたシリーズ作品は?
関戸僕は、『KH バース バイ スリープ』からですね。新規楽曲も少しあったと思いますけど、確か既存楽曲のアレンジがメインだったと思います。
石元僕も参加したのは『KH バース バイ スリープ』からで、その前は『KH ファイナル ミックス』でマニピュレーター(音をプログラミングしてゲームに実装する人)として参加していました。
――印象に残ってる作品は?
下村作品ごとにいろいろありますけど……『KH バース バイ スリープ』は、シリーズで初めてストリーミング(予め収録した音声データを再生する方式)をしたタイトルだったので、『KHIII』ほど大きな規模ではないですけど、レコーディングをした曲も多くて、浮かれてソロバイオリンの曲をたくさん録ったんですよ。
――たしかに、『KH バース バイ スリープ』の楽曲はバイオリンのイメージがありますね。
下村最初からそれを狙っていたわけではないんですけど、それまでの『KH』シリーズはピアノのイメージが強かったので、ちょっと色を変えられたという意味では、結果オーライというか、いい結果になったと思います。『KH バース バイ スリープ』自体、なかなか罪なシナリオというか、シリアスでダークな部分が強く出てきた作品というのもあって、楽曲面でもイメージの違いを出せた気がします。
関戸僕は、『KH3D[ドリーム ドロップ ディスタンス] 』が印象的ですね。すごく明るい曲をたくさん作って、もうこれ以上明るい曲は無理、みたいになっていたイメージがあります(笑)。
――関戸さんはグミシップの曲なども含め、壮大で明るい曲を作られるイメージがありますが、そういった曲はお得意では?
関戸いえ、むしろ明るい曲はちょっと苦手です。なので、当時は本当に苦労しました。もう、のたうち回って作っていましたよ(笑)。
石元僕は初めてアレンジとして参加したのが『KH バース バイ スリープ』なので、やはり思い入れはありますね。『KH』って、陽の文化のイメージがあるじゃないですか。明るくて、キラキラした人たちが関わる作品だと当初は思っていて。しかも、『KH』の楽曲には、女性らしさをすごく感じていて。なので最初は、僕みたいな奴がやってもいいんだろうか? と自問しました。でも「数曲でもいいから」という話になって、そこまで言ってもらえるなら手伝います、という感じで参加したんです。
下村石元くんはそれ以前から『KH』に関わってもらっていたので、やっぱり縁があったんだなと思っています。
――『KH』シリーズはPS2から始まり、『KHIII』はPS4で発売されました。ハードの進化による楽曲作りの違いなどはありましたか?
下村作曲自体の根本的な部分は変わらないんですけど、PS2のころはほとんど内蔵音源で曲を作っていたので、なかなか思った通りの音が出せなかったんです。オーケストラっぽくしたくても、演奏を録音したものには敵いませんし、初代のときは波形をどう乗せるかというメモリマッピングまで自分で作っていました。本当に内蔵音源とストリーミングとでは、天と地ぐらいの差がありますね。
――昔は制限が多かったんですね。
下村そうですね。使えるトラックの数などにも限りがありましたし、たとえばピアノを鳴らしたいと思ったときに、ピアノらしい音をどう鳴らすか、というのを波形レベルで考えないといけませんでしたから。
――『KHII ファイナル ミックス』のころはそういう作業を石元さんがやっていたと。
石元はい。いろいろとややこしいことをやっていたのですが、わかりやすく言うと4畳半に100人を詰め込んで、且つ外から見てもそれがバレないように綺麗に収める、という感じですね(笑)。
――とても無理に思えるようなことをやっていたと(笑)。
下村それなのに私が「これはちょっとなぁ、もうちょっとこういう音にしたいんだよね」みたいなワガママを言うんですよ(笑)。『KH』は哲さんのこだわりで、フィールド曲とバトル曲をフェードさせるようにしていて、さらに、ボスの曲の読み込みで待たせたくないということで、実質メモリは3分の1くらいしか使えなかったり、本当にたいへんだったと思います。
石元当時のやりかたにはもう戻らないと思いますけど、すごい経験でしたね。
下村プレイヤーには単純に聞こえる音で比較されがちで、「『ファイナルファンタジー』はもっといい音で鳴ってるのに」みたいなことを言われたくなかったので、4畳半に30人、40人、もう100人だ! みたいな感じに詰め込んでいました(笑)。私自身も曲を作るだけじゃなく、音楽のメモリ内をどう転送するか、みたいなことも考えたりして、とてもいい経験になりましたし、初代『KH』の音作りを担当してくれた山崎くん(山崎良氏。“崎”は旧字)と、『KHII』を担当してくれた石元くんのおかげですね。
石元十数年経って初めて褒められました(笑)。
下村当時も褒めてたよ! 褒めてたというか謝ってた(笑)。
お三方はどんなタイプの作曲家?
――皆さんはそれぞれをどういうタイプの作曲家だと感じていますか?
下村関戸さんはオールマイティ型なイメージがあって、とても器用にいろいろな曲を書かれる方だと思っています。先ほどご本人が明るい曲は苦手だとおっしゃっていましたけど、明るくて盛り上がるボス曲とかを書かれるイメージがあって、私は関戸さんの曲がすごく好きだし、そういう曲が得意なのかなという印象があります。
一方、石元くんは、どちらかというとオーケストラよりも、バリバリにギターが入った、いまふうなカッコいいバンド系の曲が得意というイメージです。でも、今回のザ・カリビアンの曲などを聴くと、「なんだぁ、オーケストラも書けるんじゃん!」と(笑)。なので、得意なのはギターが入っている曲なのかもしれないですけど、楽器に関係なく男っぽいカッコいい曲を書かれる方なのかなと。
関戸僕はどちらかというと職業作曲家、サラリーマン的なところがあるんですけど、下村さんと石元さんのおふたりはアーティスト的な印象です。『KH』でも下村節、石元節みたいな作家性が出ている気がしますね。先ほど下村さんが僕は器用にいろいろな曲を書くとおっしゃってくださいましたけど、僕は欲しいと言われた色に対して、いろいろと色を混ぜながら「こうですか? それともこういう色ですか?」と提示していくタイプなんですよ。
――開発側のリクエストに忠実に応えていくタイプ。
関戸はい。ですので、たとえば下村さんや石元さんがファッショナブルな一流ブランドだとしたら、僕はもっと庶民的なブランドというか(笑)。下村さんや石元さんは自分の持ち味をきちんと理解されていて、それを最大限に活かせるところをわかっておられる。そこがアーティスト性につながる部分かな、と思います。僕の中では、“強力な個性=アーティスト”というイメージがあるんです。そういう意味で、下村さんも石元さんもアーティストなんです。
――先ほどおっしゃった下村節、石元節にあたる部分ですね。
関戸そうですね。その反面、アーティストとしてやっていくのはたいへんだろうなとも思います。並み居るアーティスさんがたくさんいる中で、自分の腕ひとつで立ち向かっていかないといけないわけですから。もうリスペクトしかないです。
石元僕は、下村さんは音楽に大切な“喜怒哀楽をつけられる人”というイメージです。そういう人は情熱的な曲を書くし、音楽を作るのに向いていると思います。音楽を作る以外の場面でも感情を表に出したり、納得がいかないことはとことん話し合ったりしますし。仕事に対しては我が強いですし、もの作りに向いている人なのかなと思います。
下村我が強いという話で言えば、よく「音楽をやってる人は変人が多い」みたいに言われますけど、乱暴な言いかたをすると、そもそも音楽でご飯を食べようなんてことは、変人しか思わないですし、我が強い人じゃないと音楽で生きていこうだなんて思わないんじゃないかと思うんですよ(笑)。音楽って挫折しやすい道なので、我が強くないとやっていけないところもあるので、音楽家に変人が多いんじゃなくて、変わった人が音楽をやりがちなんです! ……ええと、何の話でしたっけ?(笑)
――それぞれどんなタイプの作曲家だと思うか、ですね(笑)。
石元関戸さんは、会社という組織の中で生きている人だから、すごく大人で何かあっても、とにかく仕事を進めるタイプですよね。
下村関戸さんの下で働く人は幸せだろうなと思います。いまの若い人たちが上の人に何を求めているかはわからないんですけど、世間一般で言われるダメ上司とはぜんぜん違うし、物腰が柔らかいので、すごくいい上司だと思います。
――たしかに関戸さんは怒ったりしないタイプに見えます。
関戸よっぽど理不尽なことがない限りは怒りはしないですね。制作に関しては、怒って立ち止まったりするよりも、前に進めたいといつも思うタイプなので。ただ、立ち止まることがまったくないわけではなくて、以前、とあるボーカル収録の際に歌入れが難航したことがあって、その原因は何なのか、腹を割ってとことん話し合う、といったことはしました。
下村カッコいいじゃないですか。
関戸歌いたくない理由があると思ったんですよね。それでお話をうかがったら、なるほどと思う部分があったので、そこはストレスがないようにします、と。30分ほど話し合った後に続けてもらいました。でも、基本的なスタンスとしては、できれば立ち止まらずに前に進めたいですね、やっぱり。
ワールドツアーコンサートの思い出
――『KH』のオーケストラコンサートのワールドツアーも昨年末まで開催されました。コンサートツアーについても振り返っていただけますか?
下村2016年に行った“キングダム ハーツ コンサート ファーストブレス”から約4年コンサートを行いましたが、終わった後は「あれは夢だったんじゃないかな」と感じるほど華やかな思い出ですね。自分の曲が大規模なコンサートで、オーケストラで、しかも世界中で演奏されたというのは、本当に夢みたいで、すごくうれしくて楽しくて、幸せな時間でした。
――どの国のコンサートもかなり好評だったようですね。
下村最初の年からロサンゼルスで3公演もあったりして、これでお客さんが来てくれなかったら超ヘコむ、と思ってたんですけど、お客さんの反応もすごくよくて、ありがたかったですね。
関戸僕は海外の公演には行っていないんですけど、じつは僕の姉がロサンゼルス在住で、ロサンゼルスでのコンサートを見に行っていたんです。
――なんと!
関戸そのときステージで下村さんが僕の話をしてくれたらしくて、姉がすごく感激して「あんたは私のヒーローや!」みたいなメッセージを送ってきました(笑)。それを読んでワールドツアーをやっているんだな、という実感を得ました(笑)。
石元自分と関戸さんは東京と大阪に参加したんですが、楽器も持たずにマイクだけ持ってステージで話すというのに慣れていなくて、しかも格式高いオーケストラのコンサートだったので、余計なことを言わないほうがいいかな、とかプレッシャーがあって、久しぶりに嫌な汗をかきました(笑)。ただ、日本人が作ったゲームや楽曲が世界で受け入れられて、世界中でコンサートが開催できた、というのがすごいことですね。我々の仕事って、ふだんは部屋でPCに向かってカチャカチャと曲を作っているので、ふとしたときに「これって音楽なのかな」と思うこともあるんですよ。でも、ああいったコンサートがあると、がんばってよかったなと思いますし、ライブで聴くと音楽を作った実感がありますね。日本から世界に受け入れられている作品という意味では、『KH』というシリーズはすごいというか、恐ろしいですね。
――まさに「音楽に垣根はない」といった感じですよね。
石元そうですね。ただ、もしすべて日本語の歌モノだったりしたら、ここまで受け入れられるかどうかはわかりませんよね。やはり世界に共通するメロディで勝負しているというところが要因のひとつとして大きい気がします。
『キングダム ハーツ』らしい音楽とは!?
――そんな『KH』のメロディー……楽曲を作る際に、“『KH』らしさ”はどんなところだと思いますか?
関戸僕の場合は、野村さんのフィードバックから要素を抽出して、野村さんの描くものに近づけていく中で、『KH』らしさのようなものが出てくるのかなと。
石元やはり、『KH』シリーズの楽曲=下村さんですよ。『ファイナルファンタジー』シリーズもそうですが、初代から続いているメインテーマやキャラクターのテーマ曲は、シリーズ作品を遊んでいる人に強く根付いているんですよね。しかもゲームは映画と違って曲がループしていくので、より印象が強いと思うんです。
――たしかにバトルの曲などは何度も聞くので、刷り込まれるレベルですよね。
石元そうやって下村さんが築いてきたものは、簡単に変わるものではないんです。たとえばビートルズの曲を、いまのアーティストが最新の技術でアレンジしたとしても、ファンがいつも聴いていたいのはオリジナルじゃないかと思うんですよね。音楽は、その人が作ったオリジナルが強くて、10年経っても50年経っても、100年経っても、僕らが亡くなっても、その価値はずっと残るんですよ。
関戸そうですね。下村さんが残してきているもの意識するという意味では、僕も根底の部分にある『KH』らしさというのは、やっぱり下村さんの音楽だと思います。
下村恥ずかしくなってきた(笑)。
――そんな下村さんは、『KH』らしい音楽とは、どんなものだと考えていますか?
下村まったく考えないと言ったらウソになりますけど、じつは『KH』だからこういう音楽にしないといけない、といった考えは私の中ではあまりないんです。『KH』に限らず、私が曲を作るときは、そのゲームのイメージイラストや風景、ストーリーなどで頭をいっぱいにして考えることがほとんどです。
ただ、『KH』シリーズの場合は、すでに過去の作品があって、自分の曲もあるので、そのイメージから外れたものにはなりにくい、というのが新規タイトルとは違うところですね。過去の曲も含めたイメージで頭をいっぱいにして、その中から曲が出てくるので、結果的にこれまでのシリーズ作品からの影響を受けた曲が生まれてくる。そういう意味で、『KH』らしい音楽が自分の中で受け継がれ、それが『KH』らしさになっているのかなと思います。
サントラと同日に発売される『KH メロディ オブ メモリー』
――オリジナル・サウンドトラック発売の同日には、シリーズ初のリズムアクションゲーム『KH メロディ オブ メモリー』が発売されますが、同作についてはどんな感想を?
下村私の中で、ゲームのBGMは縁の下の力持ちというか、名脇役でありたいという気持ちがあるんですけど、今回はリズムアクションゲームということで、BGMが主役じゃないですか。まさか自分が作った楽曲で1本のゲームができてしまうというのは、信じられないことですね。すごく名誉なことだなとも思います。ゲームはあまり上手くないんですけど、今回は簡単なモードもあるらしいので、それでどこまで行けるかを楽しみたいと思います。音楽が好きな皆さん、『KH』が好きな皆さんもぜひ遊んでいただければと思います。
――音楽に関わる方はリズムゲームが得意なのでは!? と思うのですが、実際のところどうですか?
下村よくそう思われるんですけど、以前、とあるリズムゲームを人前でプレイしたときに、「仕事が来なくなるから人前でプレイしないほうがいい」と言われたことがあるくらい下手です(笑)。ただ、『シアトリズム ファイナルファンタジー』はそこそこ遊んでいたので、慣れたら難しいモードにもチャレンジしたいですね。
――『KH メロディ オブ メモリー』では新規アレンジの曲が2曲収録されるそうですが、こちらはどの曲がどんなアレンジに?
下村ひとつは『Dearly Beloved』。スイングアレンジで、跳ねる感じの曲になっています。じつはスイングアレンジは私の悲願でもあって、以前にも別の形でスイングアレンジを提案したことがあったんですけど、そのときは大人っぽすぎるということで見送られたんです。その後、コンサートのアンコールという形でスイングアレンジの念願は叶ったんですけど、ゲームの曲としても作りたいという思いがあって、今回、スイングアレンジを収録させてもらいました。音楽の楽しさを前面に押し出したアレンジになっています。もう一曲については聴いてからのお楽しみということで。原曲とはまたぜんぜん違う感じになっていますので、ぜひプレイして確かめてみてください。
――楽しみです。では、最後にサウンドトラックについて、ひと言ずつお願いします。
関戸僕の中では下村さんが太陽で、石元さんが月、僕は地球かなというイメージです(笑)。おふたりのアーティスト性を地球にいて四季折々に楽しめる、そんなアルバムになっているかと思います。しかも、本当に膨大な熱量が詰まっているサウンドトラックになっていますので、ぜひお楽しみいただければと思います。
石元やはりこのボリュームですよね。これはすごいですよ。アレンジャーさん含め、これだけのミュージシャンの力の結晶を目の当たりにすると、『KH』というタイトルの大きさや、世間から愛されているタイトルであることを改めて実感します。このサウンドトラックに関わるすべての人が手を抜かずに取り組んだことを感じられるものになっています。ゲームをプレイしているときは操作に夢中だと思うので、ぜひこのサウンドトラックでじっくりと音楽を楽しんでほしいですね。皆さんが曲を聴いてどう感じたか、というのも知りたいです。
下村本当に、このボリュームはすごいと思います。私としても、CD8枚のうち7枚が『KHIII』になるとは予想していませんでした。本当に集大成という感じになっていて、作曲家、アレンジャーさん、サウンドチームの皆さん、企画の人たち、ひいては『KH』チームのみんなの力の結晶だと思っています。曲数は多いですけど、時間をかけてすべての曲を楽しんでいただければと思います。あと、これは個人的なことなのですが、ディスク8のサウンドトラックの最後に収録されている『Wave of Darkness I』と『Wave of Darkness II』は、去年、若くして他界されたドラマーの山内“masshoi”優さんがドラムを叩いてくれた曲なんです。私の曲でmasshoiさんが叩いてくれた数少ない楽曲のひとつで、これまで正式に音源として出ていなかったものなので、この曲をちゃんと世に出せたことがうれしいです。