2021年8月で“新生”8周年を迎え、さらにはこの8年間でもっとも大きな勢いと盛り上がりを見せている『ファイナルファンタジーXIV』(以下、『FFXIV』)。その人気の理由のひとつが、それぞれが多彩な魅力を持った豊富なコンテンツだ。なかでもパッチ5.25からパッチ5.55にかけて登場した武器育成&フィールド型バトルコンテンツ“セイブ・ザ・クイーン”は、物語やバトルなどでいくつもの新たな試みがなされた、注目のコンテンツだったといえるだろう。
そこで今回は“リターン・トゥ・イヴァリース”に続いて“セイブ・ザ・クイーン”のシナリオを担当した松野泰己氏、そして『FFXIV』プロデューサー兼ディレクターの吉田直樹氏にインタビュー。おふたりの対談の形で“セイブ・ザ・クイーン”の開発を振り返っていただいた。なお、今回の記事は“セイブ・ザ・クイーン”の物語を最後まで体験したことを前提としてまとめている。物語が途中の方は、その点を留意のうえ読み進めてほしい。
『ファイナルファンタジーXIV コンプリートパック(PC)の購入はこちら (Amazon.co.jp)本記事の取材に際しては、写真撮影時以外はマスク着用、座席の間隔の確保等、感染症対策を徹底したうえで実施しています。
松野泰己(まつのやすみ)
株式会社ALGEBRA FACTORY(アルゼブラファクトリー)代表取締役。株式会社クエストにて『伝説のオウガバトル』『タクティクスオウガ』のディレクションやシナリオを担当。以降のリアルタイムストラテジーやシミュレーションRPGに多大な影響を与えた。その後株式会社スクウェア(当時)に入社し、『ファイナルファンタジータクティクス』『ベイグラントストーリー』『ファイナルファンタジーXII』などを手掛ける。2016年以降は株式会社ALGEBRA FACTORYを設立。さまざまな作品を手掛ける中、『FFXIV: 紅蓮のリベレーター』にてアライアンスレイド“リターン・トゥ・イヴァリース”の企画・シナリオを担当。
吉田直樹(よしだなおき)
スクウェア・エニックス 取締役執行役員 第三開発事業本部長。『ドラゴンクエスト』シリーズ初のアーケードタイトルである『ドラゴンクエスト モンスターバトルロード』シリーズのゲームデザインとディレクションを担当。2010年12月に『ファイナルファンタジーXIV』のプロデューサー兼ディレクターに就任。現在、『ファイナルファンタジーXVI』のプロデューサーも兼任している。
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本当にギリギリのタイミングでスタートした“セイブ・ザ・クイーン”の開発
――まず、松野さんが手がけられた“リターン・トゥ・イヴァリース”の物語がパッチ4.5で完結した後、どのような経緯で“セイブ・ザ・クイーン”の制作がスタートしたのかをお聞かせください。
吉田じつは今回、初期段階から松野さんにご迷惑をおかけしていまして……。発端としては、まず4.xシリーズが終わった後に、何度か松野さんと食事をご一緒させていただいたなかで、「ぜひ次の育成型ウェポンのストーリーをお願いしたい」という話をしていました。ただ、その後『漆黒のヴィランズ(パッチ5.0)』を本当にギリギリのタイミングまで調整することになり、後続の計画がいつもより遅くなってしまいました。
いつも僕は1つの拡張パッケージをマスターアップした段階で、大急ぎでその次のシリーズのアップデート計画を作るのですが、それが大幅に遅れて、正式に松野さんにお願いできたのは……改めて日付を確認したところ2019年の7月24日でした。ですので、この時点ですでに『漆黒のヴィランズ』が発売されているんです。
――なんと、すでに『漆黒のヴィランズ』が走り出してから、この企画が動き出したと。
松野以前から、「次は正式に『ファイナルファンタジーXII(以下、『FFXII』)』コラボをしたいよね」と話をしていました。“リターン・トゥ・イヴァリース”はモンスターのデザインやモデル、モーションの流用がしやすいなどの理由から、結果的に『FFXII』要素が多くなっているものの、あくまで『ファイナルファンタジータクティクス(以下、『FFT』)』コラボからスタートしています。ですので、次は正式に『FFXII』コラボにしたいなと思っていたわけです。
吉田という形で松野さんとお話させてはいただいていたものの、正式なお願いが遅れたのは本当に申し訳ありませんでした。遅れた理由としては、コンテンツ内容を決めるのに時間がかかったという点が大きいです。パッチ4.55で“禁断の地 エウレカ(以下、エウレカ)”が終わった後のタイミングで、すでに次の育成型ウェポンのコンテンツも“フィールドコンテンツ型”になる可能性が大きかったのですが、当時のエウレカは賛否両論のお声がとても大きかったのです。
いまでこそ、「エウレカはよかった」と言ってくださる方も多いですが、当時は本当に、「自分には合わない!」というフィードバックがすごかった……。とくに海外だと、PLLなどでエウレカのアップデートをお話ししたときには、「zzz…」とか「二度と作らないでほしい」といった不評のコメントが多くて……。バルデシオンアーセナル攻略などは北米プレイヤーコミュニティがワールドファーストだったので、盛り上がっているように見えたとは思いますが、好評だったのはクラシックなMMORPGファンの声で、やはり『World of Warcraft』のような“Time to Win”ではないMMORPG”から入った人たちは、「エウレカの話はもういいよ」という反応だったんです。
日本でも意見は真っ二つという状況でして、「好みが分かれるコンテンツでOK」「『FFXIV』というテーマパークの中に“Time To Win”のアトラクションがあるのは悪いことじゃない」と、尖ったものを目指して開発しましたので、ある意味想定通りではありますが、やはり次の展開にはとても悩みました。
ですので新たなフィールド型コンテンツを作るには、相当な覚悟が必要でした。「“Time to Win”ではなく、マッチングベースのフィールド型コンテンツ」「次回はエウレカをプレイしなかった方が楽しめるものを」という方針です。それについて、開発側でもかなりの議論をしましたし、「エウレカの雰囲気が好きだった人は、受け入れにくいんじゃないか」など、多くの意見が出ました。しかし、長期運営のMMORPGだからこそ、新コンテンツも“Time To Win”に寄り続けて人を減少させ続けるより、前回エウレカでそれを試したからこそ、今回は逆方向へ。そうやって経験するからこそ、その先にまた新しいものを生み出せるのでは、等々……そんな状態でしたので、方針を固めてからでないと松野さんにお願いできない状態だったんです。
結果的に、大変申し訳ないことに松野さんの仕事の予定を拘束しっぱなしのまま、ようやく正式にお願いできたのが2019年の7月24日でした。その後、仕事として受けていただいたのが8月3日、最初の打ち合わせが8月9日だったのですが、すでに9月5日にはプロットの第一弾を松野さんよりいただいています。大変助かりました。
――最初のオーダーはどのようなものだったのでしょうか。
松野育成型ウェポン(レジスタンス・ウェポン)の導入であること、および『漆黒のヴィランズ』の本編(パッチ5.0)で語られないガレマール帝国との戦いを描いてほしいというオーダーでした。最初は単に「戦争ものにしよう」と話をしていて、前述のとおり『FFXII』コラボを前提としたダルマスカ解放戦争にしようと考えていました。“リターン・トゥ・イヴァリース”のラストの4.5のエピローグで、ノア・ヴァン・ガブラスが登場して何かを持っていくじゃないですか。あの第IV軍団が持っていったもの……簡単に言うと、崩壊した都市・ゴーグにあったタルタロス機構という謎の遺物をキーとして進めようというのが、もともとの構想でした。
その構想は“タイムリープもの”でした。具体的には、実験中にタルタロス機構が暴走してしまって被験者たちが過去へ移動。結果、過去が改変されてしまう。そのため冒険者がタルタロス機構を使って過去に戻り……という展開でした。そして、どうせ過去に戻るのなら『漆黒のヴィランズ』でガンブレイカーが登場したことにより、ボズヤという土地にスポットがあたったので、“シタデル・ボズヤ蒸発事変”の時代を舞台にする形にしよう、と考えました。
ですが『漆黒のヴィランズ』本編が、そもそもタイムリープものじゃないですか。正確にはタイムリープではなく、第八霊災による悲惨な未来を変えるために第一世界へ……という流れですが。同じようなネタをやるべきではないなと考え、9月に新たなプロット……というより、こんなネタで進めるのはどうかというメモを提案しました。
――この時点で、ほぼ現在のストーリーが固まっていたのですか?
松野いえ、この時点ではまだです(苦笑)。しかも、いつ実装作業を始めるのか確認したら「2週間後です」と言われて、「それ聞いてないよ~」と(笑)。
吉田こればっかりはもう、本当に、ギリギリで、すみませんでした!
松野開発者なら誰でも同じと思いますが、引き出しの中には過去ボツにしたいろいろなネタが収納されています。その中のひとつ、“記憶探索もの”を採用しました。“セイブ・ザ・クイーン”のパッチ5.25のエピソードですね。あれはもともと『ベイグラントストーリー2』のためのネタだったんです。
――なんと! それは驚きです。
松野そのネタを元に、グンヒルドの剣を復活させるためにシドの記憶の中のシタデル・ボズヤに戻って……という流れにしたのがパッチ5.25にあたる第一弾になります。ただその時点では、その先の展開、つまりパッチ5.35以降についてはノープランでした。
吉田開発チームとしても、いわゆるフィールド探索型コンテンツを実装するのは、マップ制作のスケジュール上、パッチ5.35になるのが確定していました。ですから5.25にはまだフィールドがないので、「まずは物語ベースのものをお願いしたい」と松野さんに依頼していました。
松野エウレカには探索型フィールドが4つありました。一方、“セイブ・ザ・クイーン”にはパッチ5.35と5.55の2つしかなく、「パッチ5.25と5.45はエピソードのみで進行する形に」と指示を受けました。時間もなかったので、とりあえず5.35以降の展開は考えずに、5.25のみのシナリオに着手しました。実際に提出したのは10月でしたっけ?
吉田今回のインタビューのために持ってきた資料を見ると……えーと、2019年10月29日にはロングバージョンとショートバージョンのシナリオをいただいていますね。
松野長すぎると言われて「わかった!」と短くしたのがショートバージョンですね(笑)。セリフの文字数だけで言うと、たしか15,000字と8,000字くらいの違いがあったはずです。
――ほぼ2倍の差があったのですね。
松野ショートバージョンでは冒頭のヒエンが出てこなかったりします。最初から直接ボズヤに行く形でした。
吉田たしかショートバージョンでは、ミコトも登場しなかったと思います。
――もしそちらが採用されていた場合、かなり今とは異なる物語になっていたのですね。5.25の物語を振り返ると、シタデル・ボズヤの設定自体は“紅蓮秘話(※)”にも載っているなど以前から存在していましたが、それとシドの記憶が絡むことで、プレイヤーとしてはピースがピタリとハマる気持ちになりました。
※シタデル・ボズヤの設定が載っている、“紅蓮秘話 第8話「少年たちの魔導展」”はこちら
松野それを狙いました。私が把握していないことについては、織田さん(織田万里氏。リードストーリーデザイナー)から細かい設定を聞いたり、資料をいただいたりして固めていきましたね。ただシナリオを作るにあたり、やっていいことと悪いことがたくさんありまして……。悪いこととしては、設定の矛盾などです。とくにシタデル・ボズヤの場合、元をたどると旧『FFXIV』の設定にまでさかのぼりますからね。
吉田そうなんですよねぇ……。
松野旧『FFXIV』の詳しい設定などは知らなかったので、“そもそも(若い頃の)シドがそこにいてもいいのか”といった部分を紐解くところから始まりました。ちなみにシタデル・ボズヤでのバトルは、最初はヴァリス帝ではなく、ガブラスと戦わせたいとバトルチームから提案されました。ただ設定を調べると、シタデル・ボズヤでシドが第IV軍団の軍団長であるガブラスと戦う理由がないなと。一方、ヴァリスは『漆黒のヴィランズ』本編で登場するものの、あっさり殺されてしまうじゃないですか。そこで、ヴァリスと戦うのはどうだろうと逆提案しました。
吉田メインストーリーでヴァリスが退場してしまうのは決まっていたのですが、じつはヴァリスというキャラクターは、もともと「いずれ戦うのかも?」と、戦闘モーションがひと通り用意されていたんです。モーション班が気をまわしてくれていたのですが、使うことがなくなってしまったというお話を松野さんにしたら、「ヴァリスでいこう」と言っていただいて。そうして生まれたのがパッチ5.25の『シタデル・ボズヤ追憶戦』です。
――パッチ5.25というタイミングで“極”まで用意されているのは驚きました。
吉田あれは、バトルコンテンツ班のエースが2週間くらいの期間で企画し、かなりノリ良く作ってくれたものです。ものすごい速度で作ったのに、粗もなく、よくできていたと思います。
松野シナリオのテイストについては、それまでの蒼天や紅蓮と比べて王道な展開の『漆黒のヴィランズ』が好評だったのもあり、パッチ5.25時点では極力“冒険色”を強めにしようと考えていました。その一環として「せっかく記憶の中なのだから、プレイヤー=光の戦士も仲間を呼んでみんなで戦うという、本来なら作りにくいシチュエーションにしましょう」と提案したんです。でも開発の皆さんからは「それはあまりに王道すぎますが、やっていいんですか?」と言われてしまって。「松野さんっぽくない」とも(笑)。
一同 (笑)
吉田あの場面は記憶の中ならではの要素として、リーンも出てきますよね(笑)。
松野本来なら第一世界から連れてくることはできませんが、記憶の中なら何でもできるだろうということでリーンにも参加してもらいました。オルシュファンでもよかったのですが、タイミングとしてはリーンだろうと(笑)。
闘神オーディン関連クエストを前提とした可能性も? パッチ5.35以降のシナリオ執筆の苦労
――そしてパッチ5.35ではいよいよフィールド型コンテンツである“南方ボズヤ戦線”が実装され、物語も“戦争もの”としての色が濃くなっていきますが、松野さんと吉田さんのあいだで、どのような話をされながら作られたのでしょうか。
吉田「“ウェルリト戦役”があるのに、こちらでも帝国との戦いを描くの?」とは、松野さんにけっこう言われましたね。
松野事前にウェポン・シリーズとの戦いが描かれることは聞いていましたが、いざ“ウェルリト戦役”をプレイしてみたら物語がムチャクチャ重い戦争ものだったので、「重い戦争の物語は2つもいらないのでは?」という話をしましたね。5.35以降でボズヤ解放戦争を描くことを基本ラインとしていたものの、“ウェルリト戦役”があるから不要なのでは、と。
吉田僕としては5.Xシリーズ本編でガレマール帝国の話にほぼ触れないことを決めていたので、「帝国が各軍団それぞれの軍団長の思想によってバラバラになっていく様子を、複数での視点で描いていただきたいので、ぜひお願いしたいです」と依頼させていただきました。
松野その依頼を受けて具体的な物語を書くにあたり、“リターン・トゥ・イヴァリース”のダルマスカからボズヤに舞台が変わるため、よりボズヤの、オリジナルの話にしないといけないと考えました。そのため、織田さんとは「闘神を出していい?」とか「憑依型でかつオーディンのように剣に宿っているという設定は問題ない?」といったやりとりを何度も何度もやりました。
吉田一時期、松野さんからは「オーディン関連クエストを(“セイブ・ザ・クイーン”を開始するための)必須クエストにするのはどうか」という相談もありましたね。剣に宿る闘神であるオーディンと同様の存在として、聖剣に宿る闘神であるセイブ・ザ・クイーンを説明するとき、前例であるオーディン関連クエストを必須にすれば、本編での説明が少なくて済む、読むテキストを減らせる、と考えてくださったんですよね?
松野もちろん多くのプレイヤーの方はすでにオーディンの存在を知っているとは思うのですが、『漆黒のヴィランズ』からスタートした人もいると思いますので。ただ実際にストーリーを固める中で長すぎてハードルが高くなってしまう、ということで前提クエストにするのはやめました。
吉田結局、その説明は本編の中にうまく入れていただきましたね。
松野「おつかいが面倒」というプレイヤーが多くなっているので、手順を減らそうという思いもありました。だから最後は記憶探索という部分だけで完結する形に落ち着いた気がします。その過程でも織田さんとはかなり議論しましたね。「こういう展開はどうでしょう」と提案したときに「それはメインストーリー本編で予定しているからダメです」「本編で登場するキャラだからダメです」となることも多く、途中で「(5.1以降の)本編シナリオをください」とお願いしたことも(笑)。パッチ5.4くらいまでのプロットをいただいて、改めて確認したところ「ああ、これだと確かに本編とかぶるから諦めよう」とか。
吉田この辺りは本編のメインストーリー構築も並行していて、随分ご苦労をおかけしました。5.35のシナリオを固めるときですと……2019年末くらいですね。
松野ちなみに初期の段階でメインの登場人物として想定していたカグラというキャラがボツになったのは、そういったやり取りの結果ですね。
――カグラというと、戦果記録帳に記載のある、ミコトの双子の姉ですか?
松野そうです。後々、登場させる機会があるかもと思い、ミコトの戦果記録には入れておきました。
ノリノリで執筆した戦果記録帳と、“新生グンヒルドの剣”のテンパード化の裏事情
――“南方ボズヤ戦線”や“ザトゥノル高原”では、スカーミッシュでさまざまなNPCのドラマを見ることができますが、あれは松野さんのアイデアだったのでしょうか。
松野バトルと連動する会話にはあまり絡んでいません。開発にお任せしています。バイシャーエンやマルシャークといった主要人物以外でもパガガのように私が設定したキャラもいますが、大半のNPCについては担当者に自由に考えてもらいました。できあがったバトルのシチュエーションとセリフを織田さんと私のほうでチェックした程度です。
吉田ですのでどちらかというと、開発側がスカーミッシュ用に設定したキャラクターを松野さんに補完いただいている形ですね。
松野そうですね。開発側が用意した2~3行程度のNPCキャラの設定を、さらに私が肉付けしてまとめた……というのが戦果記録帳になります。
――てっきり戦果記録帳のテキストに近いものが最初からあって、それを元に作られていたのかと思いました。
松野あれは開発の皆さんがスカーミッシュでおもしろいものを作ろうと考えてくださったのが発端です。戦闘中の少ないテキストで、ちゃんとエモいものになっていたので、特に手を入れる必要はなかったですね。
――ちなみに今回の取材にあたり、改めて戦果記録帳を読み直したのですが、読み物としてムチャクチャおもしろいですよね。
吉田戦果記録帳は開発時に松野さんから詳細な企画書をいただき、それがほぼそのまま実装されている形です。
松野戦果記録手帳は、もうノリノリで書きました(笑)。基本は『タクティクスオウガ』や『FFT』等にも実装されている“人物紹介”と同じ手法ですね。コンセプトとしては「命を奪われる敵にも人生がある」というもので、それを描かないと戦う相手が“単なる記号”になってしまうんです。ですので、かなり早い段階から実装を希望しました。
吉田松野さんにはそれぞれの人生、思想、戦いに参加する意義について、しっかり描いていただきました。
松野今思うとちょっとやりすぎたかもしれないですね。とくに日本のプレイヤーの方は、敵の人物描写が濃ければ濃いほど、殺すのをためらってしまう傾向が強いようです。
吉田キャラクターの扱いはとても悩ましいです。僕は戦争を描くならば、名も無き一兵卒は由来も語られずに命を落とすのに、主要キャラは双方無傷で手を取り合う、みたいなのは、あまりにもリアリティがなく、好きではありません。司令官として全員後方に控えているなら別ですが、最前線に出ていますし……英雄でさえ、流れ弾一発で命を落とす可能性だってあるのです。
一方で、開発が思い入れを持ちすぎると、今度はコンテンツが作りにくくなってしまいますし、大胆な動きも取れなくなる……。お客様の反応を気にし過ぎるスタッフも出てきますし、このあたりは本当に難しいなと今でも思います。
――そういった意味で、今回の“セイブ・ザ・クイーン”の物語では“新生グンヒルドの剣”のメンバーの多くがテンパード化し、のちに異形化してしまうという、単に死んでしまうよりも衝撃的な展開になりますよね。
松野テンパード化自体はたしかに私のアイデアでした。ですが、その時、メインストーリー側で“テンパード化が治る可能性がある”という展開を知らなかったんですね。パッチ5.35のプロットの打ち合わせをしている際、織田さんからその話を聞いて、「へ!?」となりました(笑)。それを聞いてから「だったら5.45あたりでテンパードを解除する展開にしようかな」と考えていたら、今度は中川さん(中川誠貴氏。リードバトルコンテンツデザイナー)に、「新生グンヒルドの剣のメンバーたちは、みんな“変形”させますから」と言われて……。
――それは……(笑)。
松野「それじゃ人間に戻れないじゃん!」と思ったんですが、コンテンツディレクターが「いいんです!」というから、じゃ、仕方ないなと(笑)。さらに、あとから追加されたクイーンズ・ナイトなどの敵も「これも新生グンヒルドの剣です!」って言われて、「まじか!?」ってなって(笑)。
――ではパッチ5.55で唯一、法剣のロヴロが弟子のメリオールによって救出されるのは……。
松野せめてひとりくらいは助けてやらないと……と思いまして実装しました。ちなみにパッチ5.45段階までは “セイブ・ザ・クイーン”の進行条件として、パッチ5.4までのメインストーリーのクリアが必須にはなっていないんですね。それまではパッチ5.1までのメインストーリーさえクリアしていればよくて、パッチ5.55の“ザトゥノル高原”の段階で、改めてパッチ5.4までのメインストーリーのクリアが条件になるんです。パッチ5.1までの段階だと、メインストーリーでテンパード解除のエピソードはまだ登場しないわけです。だから“南方ボズヤ戦線”の段階では助けられない……と(苦笑)。まぁ、織田さんとは、「ボズヤは辺境かつ現在進行形の戦場なので、治癒の優先順位は低いだろうから、ある意味、やむなし」…といった話をしていました。
吉田結果的には、テンパードを治せるか否かというメインストーリーの展開に対し“裏の展開”として、時系列的にうまく落とし込んでいただいた感じになっていますね。ただしテンパードは解除できるようになったとはいえ、どこでも簡単にできるものではありませんし、深度が深ければ戻すことはできません。ですからパッチ5.35や5.45段階でテンパード化の解除が判明していたとしても、必ずしも治せたとは言い切れない、という落としどころになっています。
松野氏・吉田氏それぞれのお気に入りのキャラクターは?
――続いて登場人物についてもお聞かせください。とくに人気なのが獣王ライアンですが、彼のキャラクターが生まれた経緯は?
松野やや話が逸れますが、プレイヤーを第IV軍団と戦わせることにおいて、これまでのパターンですと、どうしても帝国兵か魔導アーマーが相手になってしまいます。これでは多種多様なバトルを作れないと当初から懸念していました。そこで、第IV軍団自体がかなり思想の異なる集団であるという設定にして、従来の部隊以外の者たちも登用しているということにしました。「才覚があり忠誠を誓うのであれば登用する」という思想は、じつはゲーム的な都合で生まれたもので、それをシナリオ側(ガブラスの思想)にも転用したわけです。
そのうえで第IV軍団に追加した部隊はパッチ5.35で2つ、パッチ5.55でさらに2つです。具体的には、パッチ5.35では魔法を行使する“術士大隊”と、魔獣を使役する“魔獣大隊”を。パッチ5.55では聖天使アルテマを信奉する邪教集団を取り込んだ“魔導僧兵大隊”と、兵士の搭乗を必要としない自立型兵士の“魔導騎兵大隊”を追加しました。
――たしかに、これまでの帝国との戦いよりもバリエーション豊かなバトルになりましたね。
松野そしてパッチ5.35で登場した2つの部隊の長をそれぞれメネニウス直属の敵キャラとして配置したのですが、これが妖術士アルビレオと獣王ライアンになります。ふたりの名前こそ『伝説のオウガバトル』から借りていますが、そのパーソナリティはまったく異なり『FFXIV』のためのオリジナルキャラとなっています。
とくに獣王ライアンは、“口の悪い戦闘狂の、だが人情味溢れるオッサン”というキャラです。過去の例ですと『タクティクスオウガ』の傭兵ザパン、『FFT』のガフガリオンが近いタイプでしょうか。『FFXIV』には数が少ないタイプでしたので、機会があればぜひとも導入したいと考えていました。ミーシィヤが冷徹な復讐鬼というステレオタイプの敵だったこともあり、そのカウンターとしてライアンを実装した感じですね。書き始めると、勝手に喋り始めるというか、やや暴走気味ではありましたが、味のあるキャラに育ってくれたと思います。
――『伝説のオウガバトル』からの引用はあくまで名前のみなのですね。
松野ここで誤解のないように言っておきますと、そもそも『FFXIV』に『オウガ』シリーズの要素を持ち込んだのは私ではないのです。まずパッチ3.0のダンジョンの報酬として『タクティクスオウガ』に登場した一部の装備(※)が実装されて、その後に“ディープダンジョン 死者の宮殿”が実装されましたが、どちらも私は絡んでおらず、むしろ前者について当初は不快感を持っていたんです。『FF』シリーズからの引用はいいとして、そうでないタイトルを使うのは何事かと(笑)。ですが、その後に、『妖怪ウォッチ』とのコラボが開催されて、「あ、こういうのもありか」と、その瞬間にどうでもよくなりました(笑)。
※“神域浮島 ネバーリープ”や“博物戦艦 フラクタル・コンティニアム”などで入手可能な、ヴァレリアンテラーナイト装備やヴァレリアンガンナー装備のこと。
吉田そこで、ヴァレリアン装備が実装された後にはなりますが、“ディープダンジョン 死者の宮殿”を実装する前に、改めて松野さんにご挨拶させていただきました。
松野あとは『紅蓮のリベレーター』でもオブダ(※)の名前が登場したかな。ギラバニアのF.A.T.E.でもベルダが登場したり、モブハントでバックスタインの名前が登場したり。
※オブダとベルダは『タクティクスオウガ』に登場したビーストテイマー・我執のガンプが従えている2体のグリフォン。『FFXIV』において、オブダはパッチ4.0のメインストーリーにおけるメ・ナーゴのグリフォンとしてセリフ内に登場。一方のベルダはギラバニア辺境地帯のF.A.T.E.で登場している。
吉田ええ、『オウガ』シリーズが大好きな織田が入れた形ですね。F.A.T.E.は担当スタッフの裁量にまかせている部分が多く、たぶんオマージュがこうじて入れたのだと思います。
松野なので、逆にそれは拾っておかないと、と思って今回オブダJr.とベルダJr.を入れました(笑)。
――でもそこでオブダJr.とベルダJr.を連れて登場したのが、ガンプではなくパガガという新たなキャラクターだったのは意外でした。
松野ライアンというオッサンがいたので、さらにオッサンを追加しても仕方ないなと(笑)。絶対カワイイキャラにしようと思いまして。
吉田あそこまでパガガが人気になるとは思っていました?
松野いや、さすがにそこまでは(笑)。あの「イーッ」のモーションも実装されるまで知りませんでした。
吉田あれは「可愛くしよう!」という号令がかかっている中で、うちのアニメーターが「思い切りやっていいんですか?」と言ってやってくれました。僕もコンテンツ最終チェックで知ったクチでして。完全新規のモーションで、まさか“パガガチャレンジ”まで起こるとは……。
――あの「イーッ」を撮影するチャレンジですね。たしかに実際に撮影しようとすると、ほかのプレイヤーの陰になってなかなか難しいです(笑)。
吉田あの周辺は報酬の稼ぎ効率が良く、パガガの周りで待っている人も多いですからね。
――ちなみに、“セイブ・ザ・クイーン”の登場人物のなかで、おふたりのもっとも好きなキャラクターは誰でしょうか?
松野僕は先ほどのライアンと、あとはリリヤでしょうか。ふたりとも暗くなりがちな物語をある程度、中和してくれたというか。
吉田僕の好きなキャラクターの1位はライアンで、2位はバイシャーエンですね。ちなみに先ほどライアンを“ガフガリオンのような”とおっしゃいましたが、いわゆる“イケおじ”を目指した感じですか?
松野イケおじかどうかはわからないですが、口が悪くて、でもハートが熱くて、下町的というか人情味の強いキャラって、『FFXIV』にはあまりいなかったと思うんです。だから出しておきたいなと思いまして。気に入っているセリフがいくつかあります。例えば、5.35のとあるシーンでライアンが「……死ぬのは実力のないヤツだからだ。(中略)……ケツの臭い奴も死ぬな、うん、死ぬ死ぬ。」というセリフが特に好きですね。
そのまま言葉どおりに受け取って頂いても結構なのですが、“ケツの臭い奴”というのは“尻を拭かない奴”、すなわち“自分の尻拭いすらできない奴”を意味していまして、そういう言い回しはライアンだからこそ出てきたという感じです。あのセリフを書いた瞬間、ライアンというキャラを掴めた気がしました(笑)。
吉田僕はライアンにすごく思い入れがあって、松野さんにチェックしていただいたカットシーンを僕が最終チェックをする際も、つい肩入れしてしまいました。とくにミーシィヤの計画をメネニウスが利用していく際に、光の戦士たちが見ているのを知りながら「オジサン、気になっちゃうナァ! でも、手伝うと命令違反になっちゃうしナァ!」というセリフを言うじゃないですか。あそこの視線の送り方などは、松野さんに「これってこういう意図ですよね?」と確認しながら作った記憶があります。
ほかにもライアンですごく好きなのが、「あんな前途ある若い姉ちゃんの命を粗末に扱う必要はあるのか?」とか、「悪魔をゴミ箱に棄てるだけならふたりでやろうや」というセリフですね。敵だから、味方だからではなく、己の信念で生きている男というのが伝わってきて……。
最終ボスであるディアブロ・アーマメントの実装経緯
――ストーリーやキャラクター以外に、グラフィックやバトルに関しても、松野さんから何らかのリクエストがあったのでしょうか。
松野“リターン・トゥ・イヴァリース”と異なり、今回は私が中心ではなく、いわばヘルプとしての参画です。ですので、あまりたくさん注文することは避けて、ポイントのみ要請する形に留めたつもりです。基本設定から描き起こされたデザインについては設定から外れていないかぎりOKしていたと思います。
例外はボスであるディアブロ・アーマメントぐらいでしょうか。ほかに挙げるなら“ザトゥノル高原”ですね。エウレカの背景が好きだった私としては“南方ボズヤ戦線”があまりに殺伐としていたこともありまして、“ザトゥノル高原”はもう少しファタンジー寄りにしたいと発注しました。
――“セイブ・ザ・クイーン”の最後のボスとも言えるディアブロ・アーマメントについては、どのような経緯を経て実装されたのでしょうか。『伝説のオウガバトル』のラスボスである暗黒神ディアブロを彷彿させますが……。
松野経緯としてはまず、“アーマメント・シリーズ”の導入が先でした。これは“ウェポン・シリーズ”とは別系統のアラグ兵器です。そもそも“ウェポン・シリーズ”は過去の『FF』シリーズに登場した兵器ですが、そろそろ『FFXIV』オリジナルの敵で、さらには“ウェポン・シリーズ”の対になる兵器があってもよいだろうと提案させていただきました。
“アーマメント・シリーズ”は“ヴォイドから出現した妖異を利用した兵器”です。詳細な設定については『FFXIV』の世界にマッチするよう、織田さんと相談して決めました。兵器転用された経緯については戦果記録帳で詳しく説明しているのでご覧ください。
そしてディアブロ・アーマメントなのですが……『伝説のオウガバトル』にかけた部分があるのは確かです。ですが、あくまでも“セイブ・ザ・クイーン”は『FFXIV』のコンテンツなので、モチーフとしてはヴォイドから来た妖異の代表格である“ディアボロス”を念頭に置いていました。実際、このあたりが開発の方々にかなり誤解されまして、最初のディアブロ・アーマメントのデザインは『伝説のオウガバトル』に寄ったものでした。そこで、たいへん申し訳なかったのですが、そちらはボツにしてデザインをやり直していただきました。
――バトルについては、松野さんからリクエストしたことはありましたか?
松野バトルについてはとくにオーダーした記憶はありません。いくつか、こういうのはどうだろうというアイデアを出したぐらいですね。それが先ほど話したバラエティに富んだ部隊編成だったりします。ちなみに労働シリーズの算数問題として、今度は円周率を提案しましたがボツにされました(笑)。
――ちなみに一騎打ちはどなたのアイデアだったのですか?
松野かなり初期の段階で、バトルは集団戦もあれば一騎打ちもあったほうがいいよね、という話になりました。誰が言い出したというより、みんなそう思っていた気がします。
吉田初期段階から、「今回戦争を扱うのであれば、将軍格のキャラが腕試し的にフィールドに登場するのはおもしろいよね」と話していましたね。
松野戦果記録帳はそれをフォローする意味合いもあったんです。たとえば『三国志』でしたら歴史上有名な武将が出てきますが、新規コンテンツですと誰も知らないキャラクターになってしまいますので。
吉田ほかのコンテンツ以上にキャラクターがキャラクターとして動いているコンテンツになったなと、改めて自分でプレイしていても思いました。ストーリーと設定とバトルコンテンツが1個につながった結果だと思います。
――サウンドに関してはいかがでしょうか? ガンゴッシュの曲は松野さんご自身が祖堅さん(祖堅正慶氏。サウンドディレクター)に依頼されたとのことですが。
松野結果として『FFXII』コラボではなくなったので、その流用をできるだけ避けたいという私の意図もありつつ、とはいえ、使うとしたら『FFXII』の曲しかない状態の中、せめて“セイブ・ザ・クイーン”の出発点となるガンゴッシュの曲ぐらいは新曲でお願いしたい、と祖堅くんに頼み込みました。ちなみにTwitterのDMで(笑)。「祖堅くんお願い!」「いいっすよ!」といった感じでしたね(笑)。
――結果的にあの曲が“セイブ・ザ・クイーン”全体を象徴する曲になりましたね。
松野それについては「祖堅くん、うまいな~」と思いましたね。ちょっとしたひと言の中の意味を汲み取ってくれて、かつイイ曲になり、最終的にバトルでも効果的に使われるようになりましたし。
吉田でも祖堅もうれしかったと思いますよ。そういう依頼に男気を感じるタイプなので。
松野「ガンゴッシュの曲だけでいいからお願い!」といきなり頼んで、実際に5.25で実装してくれたのは本当にうれしかったですね。
“セイブ・ザ・クイーン”で描こうとしたのは、もうひとつの『紅蓮のリベレーター』
――再びストーリーについてお聞かせください。今回の“セイブ・ザ・クイーン”のストーリーでは、“敵キャラクターの信念”にも納得いくものがありました。とくにミーシィヤはあれだけのことをしてしまった罪深き女性ですが、彼女の背景や生い立ちを考えると共感できる部分もあるな……と。
松野個人的な意見で恐縮ですが、もともと『紅蓮のリベレーター』が終わった後、フォルドラの処遇が決まらないまま『漆黒のヴィランズ』に流れていったことが未消化だと思っていまして。中世的な世界であれば、フォルドラは民衆からの恨みをかっているわけですから、公開処刑に処すのが普通なわけです。
人の感情というのは理屈とは違っていて、怨みや憎しみといった感情は根が深いんです。まぁ、愛憎表裏一体と言いますので、必ずしも“負の感情”だけではないですが、とにかく理屈とは別に、感情に人は支配されてしまいがちですよね。ですので “セイブ・ザ・クイーン”の物語では以前の『FFXIV』が具現化しようとしていたそうした“負の感情”を避けずにきっちり描こうと意識していました。その点についてはかなり吉田さんと話し合いをしましたね。
吉田はい。パッチ4.1がリリースされた直後に松野さんとお話した際に「『蒼天のイシュガルド』から『紅蓮のリベレーター』までの流れは、政治劇だし、光の戦士が行う代理戦争的な意味合いもあって難しかっただろうけど、よく描ききったと思う」と言っていただいたのを覚えています。ただ「どうしても腑に落ちないのがフォルドラで、てっきり処刑されるものだと思っていた」と言われて。じつはここは開発内でも意見が分かれたところです。担当する織田から、「汚名をそそぐ機会によって、周囲が納得する形にしたい」と提案がありました。それがパッチ4.1の“テンパードバリア”になったわけです。この結末は、いずれも良い悪いで語るべきところではないのですが、そこをまさに松野さんに言われたわけですね。「本来、戦争というものを決着させるにあたり、ラウバーンが本当にこの後のアラミゴを背負って立つのならば、彼は自らの手を汚してフォルドラを処刑すべきだったと思う」と、すごく熱く言っていただいて……。
松野その議論がそのまま“セイブ・ザ・クイーン”でのラストの流れになったわけです。その意味では、ミーシィヤはフォルドラであり、バイシャーエンはラウバーンといってもよいかもしれません。汚名をそそぐ機会はあったものの、敵として死んでいくのがミーシィヤです。そして、そうしたミーシィヤを哀れみながらも敵として断罪するのがバイシャーエンでした。
――もしかしたら『紅蓮のリベレーター』の物語もこうなっていたかもしれないと。
吉田そうですね。あそこまで帝国の支配下にあったアラミゴの人たちの積年の恨みが、そう簡単に消えるものではないだろうと。だからこそ今回のミーシィヤのラストは、もうひとつの『紅蓮のリベレーター』のラストなんです。
――自分は(パッチ5.55の)あの選択肢、ものすごく心に響きました。
吉田海外のプレイヤーにも“シビレた”という声は多かったですね。それは世界で起きている激動の出来事とも関係があるかもしれません。この“セイブ・ザ・クイーン”を制作してきた2年間だけでも、世界ではいろいろなことがありました。“Black Lives Matter”の運動もあり、新型コロナもあり、アメリカを真っ二つにした大統領選挙があり、軍事政権のクーデターがあり……。
松野あの選択肢ですが、当初は違っていました。 “戦争が終結後にミーシィヤを処刑するか否かの裁判を、プレイヤーに陪審員のひとりとして決めてもらう”という内容でした。でもパッチ5.35~5.45のプレイヤーの反応を見て、その案はよろしくないなと考えました。その理由のひとつは「そもそも戦争がしたくて(このコンテンツに)参加しているのではない」というプレイヤーが、一定数存在するということです。
――ああ……「冒険がしたい、武器が作りたいのであって、戦争をしたいわけではない」と。
松野そうです。だから『紅蓮のリベレーター』の展開がしっくりこないプレイヤーが一定数いるのも同様です。エオルゼアはいいとして、なぜ自分がギラバニアの戦争に加担しなければならないのか、ということですね。ですので、ミーシィヤの処罰を決定づける立場ではなく、あくまでもオブザーバーとしての意見をくださいとバイシャーエンがお願いする……という選択肢に変更しました。
もちろん、選択自体を無くしてもよかったのですが、積極的にボズヤ解放戦争に関わりたいと思ったプレイヤー、嫌々ながらもヒエンの要請を受けて参加したプレイヤー、そうしたさまざまなプレイヤーさんに今一度、なぜ、他人の命を犠牲にして戦わねばならないのか……を問いかけるべきだろうと。
吉田そこは意見が分かれますし、それでよいと思っています。さまざまな価値観が混ざり合うのが『FFXIV』です。「悲しいけれど、それが”英雄”なのよね」が僕の中の答えです。
松野ひとつだけ言えるのは「どんどん強大な力を身につけ、レベル80にまで至った“英雄”と呼ばれる存在がいたら、戦争に利用されるに決まっている」ということです。望まなくても、光の戦士として、プレイヤー自身として違和感がありながらも、戦争参加を強いられる、それが『FFXIV』の世界でもあるわけです。「なんで戦争をしているんだろう、なんで殺したくもない人を殺しているんだろう」と。今回の物語は、そういう思いをプレイヤーさんが感じるであろうことをわかったうえで作っています。だからこそ「今回の“セイブ・ザ・クイーン”の物語は駄目だ」という人もいても、それはある意味正しいとも思っています。戦争なんてクソ以外の何者でもないので。
『FFXIV』の成り立ちが王道な物語であったら不要だと思いますが、もともとそうではない。だからこそ、今一度、戦いにどんな意味があるのか。それを問うべきだと考えました。
――でも“戦争とは殺したくもない人を殺さなくてはいけないものである”という事実を改めて突きつけられただけでも、今回のエピソードには大きな意義があると思っています。
吉田だからこそ僕にとって2番目に好きなキャラクターが、バイシャーエンなんです。彼は戦争というものを見据えたうえで、「利用されている」と感じてしまうであろう光の戦士に嫌われてもいいから、より早く、少ない被害でこの戦いを終わらせる、とすべてを背負う覚悟を持っている。そもそも彼だってシタデル・ボズヤ蒸発事変で妻子を失っていて、誰よりも恨みが強いはずなのに……。
でも、「自分が背負うことで未来や希望が作られていくなら、自分が罵られたとしても、そんなことはどうでもいいだろう」と考え、それを愚痴にもしない。その本音はテキストの裏でしか読み解くことはできない。それが素晴らしく、松野さんにしか書けないキャラクターだと思っています。バイシャーエンというキャラクター自体が『紅蓮のリベレーター』で僕らがやりきれなかった部分を補完してくれたと言えるかもしれません。
ほかにも同様の覚悟を持つキャラクターとしては、ヒエンがそうですね。ヒエンはバイシャーエンと同じタイプだと思っているんです。パッチ4.0での、ヨツユを自らの手で斬るという行動もそうですね。「人を殺めることなど、しなくてすむならするべきではない。だが、今は違う、その時ではない。それを英雄は理解してくれるであろうか、納得してくれるだろうか……」というセリフが戦果記録帳にありますが、そう簡単には書けないテキストだと思います。
松野(戦果記録手帳で)ヒエンに最後に言わせたセリフがこの“セイブ・ザ・クイーン”全体を通してのテーマとなっています。当初、この“セイブ・ザ・クイーン”はヒエンで始まり、ヒエンで終わる形だったんです。でもパッチ5.55のエピローグが長くなりまして、残念ながらそこはカットせざるをえませんでした(苦笑)。本来ならエピローグでヒエン本人に喋らせたかったんですがねぇ。さすがに長すぎるし、作業工数もかかりすぎるのでバッサリと……。
もしダルマスカやボズヤのその後を描くとしても、“戦争もの”ではない。
――既存のキャラクターといえば、ほかには忍者ジョブクエストのオボロやツバメも登場していますね。
松野「オボロでここまで遊んでいい?」と織田さんに確認して書きました(笑)。
吉田おかげでオボロのキャラがすごく立ったと思います(笑)。
松野忍者クエストや双剣士クエストはもともと好きだったんです。オボロとジャックの掛け合いも大好きで。
吉田既存のキャラクターの戦果記録帳の中でも、一番おもしろくなったと思いました(笑)。ちなみに余談として、現在の『FFXIV』のローカライズチームは、コージ(マイケル・クリストファー・コージ・フォックス氏。ローカライズスーパーバイザー)の下の世代がメインで活躍しているのですが、戦果記録帳で初めて松野さんのテキストを翻訳する機会に恵まれてメチャクチャ喜んでいました。言葉づかいが難しいし、ニュアンスをちゃんと伝えるのが大変だったけれど、メチャクチャ楽しかったし、気づいたらメチャクチャな物量だったと(笑)。
松野ローカライズチームにはたいへんご迷惑をおかけしました。各パッチの戦果記録手帳は、だいたいこのぐらいの字数ならスケジュール内で翻訳可能です……というオーダーをことごとく無視しちゃいまして(苦笑) 毎回、大幅なオーバーで納品してまして、「ごめんなさい」「なんとかします!」というやりとりでしたね(笑)。ただ、シナリオで1万5000字書くのと、戦果記録帳のテキストを1万5000字書くのとでは、圧倒的に後者がラクでした。もうノリノリだったので(笑)
吉田読み物として書けるからですか?
松野それもありますし、あまり制限が入らないのも大きいですね。設定的に問題ないかだけクリアしてしまえば、自由に書けますし。一方、シナリオ側は設定的に問題なくても、演出として現状のアセットで実現できるのかどうかとか、そういった仕様的な制限もあるため、書いては直し、書いては直しを繰り返しています。
――戦果記録帳の中には、昔の日本の尋問の記録のようなもの(ミーシィヤの2つ目の戦果記録)もありましたね。
松野あれはネタに困った結果なんです(笑)。どのキャラを戦果記録にするかは開発側からリストで提案され、これは入れる、これは削るなどの多少の調整はするものの、基本はオーダーに合わせて執筆しています。そしてそのリストに“ミーシィヤ2”とありまして、さてこれは何を書こうかと(笑)。そのとき、たまたまテレビでNHKを見ていたら、二・二六事件を番組で取り上げていたんです。その番組内で戦前のあの文体が登場して、それを見て「これでいこう!」と。
吉田それであの文体になったんですね。なんというエピソード(笑)
松野そのほうが尋問の臨場感が出るし、あの場合は現代の文体でやり取りするよりも、一見理解しにくい文章のほうがおもしろいかなと。かつあの戦果記録は、ミーシィヤとマルシャークのふたりによるやり取りの形にして、その関係性も描いていますので、パッと見でわかりにくいほうが、理解した際の驚きが強いだろうと思いました。
吉田そんなマルシャークの“情”に対し、きっとバイシャーエンも気づいていたんでしょうけど、それすら飲み込んだのでしょうね。そのへんがシビレますね。
松野思い出した! もうひとつ苦労した戦果記録に“ダボグ2”もありました。こちらも「何を書けばいいんだよ!」と思って(笑)。
――それで結果的に“ダボグを改造した側”であるシシニアスの証言の形にしたんですね。
松野あれはエピローグのさらに後、シシニアスがレジスタンス当局に捕まったときの尋問の模様ですね。もともとやりたかったこととして、エピソードとして描かない部分を書こうと思いまして。過去視(フラッシュバック)は光の戦士の得意技なのですが、ミコトの未来視(フラッシュフォワード)がそうであるように、断片的な未来、確定した未来を見せることで、いろいろと想像する楽しみを提供できるなと思いまして。特に戦果手帳のようなテキストのみで構成されている部分だからこそトライできる要素でもありました。
――そういう意味では、その戦果記録帳の未来視の部分を、いずれ実際のゲーム内でも見てみたいところですが……。
松野そうですね。今のところその予定がないので、せめてダルマスカが解放されたことくらいは書いておきたいなと思い戦果記録帳に入れました。もっとも、“セイブ・ザ・クイーン”を終えた今となっては、戦争ものはもう不要かなという感想を抱きました、いちプレイヤーとして。“ウェルリト戦役”もあったので、「ダルマスカは光の戦士の手を煩わせずに解放されました、ちゃんちゃん!」で終わりでいいやって(笑)。
吉田以前お聞きしましたね。もしやるなら、5.25のときのような冒険劇にしたいと。
松野いまの『FFXIV』のプレイヤーさんの心情を考えると、戦争ものは違うかなと。それにはいくつか理由があって、ひとつは現在の世界情勢です。コロナ禍で閉鎖的になっていて、ネットではいがみ合っていて、さまざまなものが分断されていて、気持ちいい世界じゃないですよね。その中で、戦争という形でさらなるストレスをプレイヤーに押し付けるのはどうなのかと考えてしまいます。
パッチ5.55の最後、「ダルマスカで会おう」というフランのセリフがありましたが、じつは削除しようとしていました。ですが、「次はダルマスカ解放戦争で会おう」という意味ではなく「平和を取り戻したダルマスカで会おう」という意味に置き換えれば、削除しなくてもよいかなと。
吉田なるほど。この後お互いの冒険や戦いがあるけれど、いずれ新しくなった未来で会おうということですね。たしかに余韻としていろいろと考えてほしいラストになっていると思ってます。フランも今回、言わずに飲み込んだままにしていることがありますし(※)。ほかにはライアンがなぜ“あの行動(※)”に及んだのかなど、その後のエピソードについては、僕自身も松野さんが描く冒険劇として見てみたいですね。
※フランが秘めていることと、ライアンの行動については、それぞれフランの戦果記録、ライアン(44番)の戦果記録を参照。
――最後に今回の“セイブ・ザ・クイーン”を振り返っての感想をお聞かせください。
松野反省点も多かったのはたしかですが、楽しい作業でしたよ。織田さんには多分にご迷惑をおかけしましたが(笑)。彼は本当に優秀な方で、何かを投げるとすぐ返ってくる検索エンジンみたいな人で、ずいぶんと助けていただきました。
吉田調べるための時間ってあまりないですよね。ノータイムで返ってくる。
――『FFXIV』の膨大な設定のほぼすべてが織田さんの頭の中に入っているということでしょうか。
松野かつ、それが今後の『FFXIV』の展開を踏まえたうえで、“今はこう回答したほうがいいだろう”という回答をしてくれる。そういう意味ではすごく仕事がしやすかったですね。あとは若いスタッフが頑張ってくれましたね。「こういうキャラクター作っちゃいました! いいですか? いいですよね!」とか(笑)。私だけでは生み出せないキャラクターも多く、その点でも非常に楽しい時間でした。
他にも今村さん(今村真樹氏。リードカットシーンアーティスト)らカットシーン班は、シナリオの行間をうまく汲み取って、いいシーンを構築してくれましたし、モデルやアニメーション、VFX、マップ、すべてのスタッフの皆さんが本当にがんばってくれました。
吉田ありがとうございます! 今回はシステム的にもゼロから作るものが多く、規模が規模だったので、開発スタッフにはかなり苦労をかけたかなと思います。ですが、そのぶん若手のスタッフがたくさんコンテンツを作り、キャラクターを生き生きと作って、それを松野さんにフォローいただけたという点は大きかったと思います。あとは繰り返しになりますが、『紅蓮のリベレーター』とは別の形の戦争の決着を、松野さんと作ることができたのが本当によかったですね。
――プレイヤーとしても、『漆黒のヴィランズ』の物語の中にこの“セイブ・ザ・クイーン”のエピソードがあったことは、すごく意味があったと思っています。最後に松野さんにはもうひとつ、今後の『FFXIV』に期待することをお聞かせください。
松野『FFXIV』のますますのご発展を祈念します! そしてリミテッドジョブでもよいので“獣使い”の実装を心待ちにしています! なんだったら、私が担当してもよいですよ!(笑)
吉田ここで獣使い! ライアンかぁ……ズルいなあ……(苦笑)