中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編

立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!

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【ブログ】京都でも老舗の独立系ゲームセンター、辻商店に見る地元のゲームコミュニティ密着によるサバイブ術

2022-07-07 11:00:00

京都でも老舗の独立系ゲームセンター、辻商店に見る地元のゲームコミュニティ密着によるサバイブ術

辻商店「Video Games K.T.T.」

京都でも老舗で且つ独立系ゲームセンター。インベーダーブームにあわせて創業し、ストリートファイター IIとともに発展。以降、地元ファンに寄り添いながら現代まで来ている。

 京都駅の八条口側から歩いて5分、ショッピングモールなどの商業施設からちょうどはずれ、住宅街へと続くようなたたずまいをした場所に、掲げられてある「Video Games K.T.T.」という看板。ただサイズは「アミューズメント施設」としての場を主張する程の大きさというよりは馴染みのある客が目印にする程度のサイズ感だ。

 だが、一旦足を踏み入れると、おなじみのゲームサウンドと、ゲームプレイをしている多数の人達が生み出す喧噪とで、確かにそこがゲームセンターであると確信できる。ここは辻商店。関西でももはや数少ない独立系のゲームセンターだ。その中でも辻商店はスペースインベーダーブームにあわせて生まれた場所であることから、老舗のゲームセンターだといっていい。そこで今回は同社代表の辻康之氏と、スタッフでゲームプレイ配信もしている、らるく氏に話を聞いた。

 「老舗」というのは間違いないが、実はゲームセンターとしての正確な創業はオーナーである辻氏本人も定かでないという。もともと、辻氏の父親がはじめたゲームセンターだが、辻商店としてはその前から様々な事業が行われていたこと、当初は和菓子などの小売りをしていた店舗に何台かテーブル型筐体の『スペースインベーダー』(以下、『インベーダー』)を設置していたのがはじまりだったとのことだ。「僕が中学受験のために塾に通っていたころだったので」(辻氏)。つまり、1980年前後のようだ。この頃、カプセルトイマシーンのレンタルをしていた業者から『インベーダー』レンタルの提案を受け3、4台ほど設置していたとのことだ。当時、コインボックスがすぐにいっぱいになるのを見て驚いたという。

 その後、しばらくはシューティングゲームを中心にとりあつかい、辻氏自身も父親の依頼を受け、ゲーム機の回線不具合を直すのを手伝ったとのことだ。まさに家族経営としてのゲームセンターが始まっていたことが分かる。「別に私自身がゲームにとりわけハマっていたわけではないのです。」と辻氏は続けた。「自分たちが扱ってきたハードですこしハマったのは『ギャラクシアン』までだね。むしろアーケードゲームで好きだったのはその前にアメリカで生まれたアタリの『Battle Zone』でしたね」(同氏)。だが、ゲームのはやり廃りが激しく、しばらくの間、商売としては「はやりもの」という雰囲気だったという。実際、まわりにあった小規模店舗もどんどん消えていったと辻氏の父親が以前、当時を述懐していたという。

『ストリートファイターズII』で地元ユーザーコミュニティが定着する場に

 転機が訪れたのは『ストリートファイターII』からだ。格闘ゲームブームとともに、グループで多くの人達がこのゲームセンターに訪れるようになったのだ。そこで、先代オーナーが、テープル型筐体が20台程だった場所にアストロシティを設置しはじめたという。最終的には一気に50台程仕入れ、全ての筐体を背中合わせの対戦型にした。「これで辻商店現在のスタイルが固まった」(辻氏)という。以降、予備校や高校が近くにあるという立地条件もあり、連日、ユーザーであふれかえったという。受験生も多く、ストレス発散のために対戦ゲームをしていたひとが多かったようだ。「時間の使い方にメリハリがあって、ある時間帯は予備校生が、ある時間帯は高校生がという形で来たがいずれも2時間程集中してプレイした後はすぐにどこかに行っていた。またゲームにも非常に詳しかった」とのこと。その一方で90年代後半と言えばDance Dance Revolution (DDR) といったダンスゲームの社会現象化が進んだが「ダンスゲームには手を出さなかった」と辻氏。客層がちがったからだ。当時は、「ダンスゲームはどこどこのゲームセンターで」とゲームにあわせて場所を決めてプレイするユーザーも多かった。「ウチはウチのやり方があるので」と辻氏。

磁気カード、ICチップ、オンライン、技術が変わってもユーザーを繋げるゲームが重要な存在に

現在は、辻商店に加え、札幌のゲームセンター程度にしか設置されていないという4台セットの『電脳戦機バーチャロン フォース』。スペアパーツも複数準備しており、2022年となった現在でも絶賛稼働中。

 格闘ゲームブーム以降の新たなムーブメントとして注目したのが、2001年にサービスインとなった『電脳戦機バーチャロン フォース』(以下、『Force』)だという。「2on2バトル」に加え、「磁気カード」の導入により階級の昇降や、新機体支給など様々なイベントも可能となることでチームによるゲームプレイがさらに楽しいものとなったのだ。辻商店にとって、同作は、「ストリートファイター」シリーズに続いて重要な作品となった。非常にコアなコミュニティが生まれ、全国大会出場者も排出したという。

 「このゲームを遊んでくださった当時の高校生や大学生のユーザーの何人かはいまになっても週末には当店にきて遊んでくれているのです」と辻氏。20年前に生まれたコミュニティがいまでも健在なのにはあらためて驚かされる。そのようなユーザーニーズを理解し、辻商店では『Force』の筐体を大切に扱ってきた。その後、筐体関連のメーカーサポートや部品供給も止まってしまったが、現在も同ハードは稼働中だ。「部品のスペアも買ってあるので」いまとなっては『Force』が4台セットで稼働している拠点は辻商店と、札幌市のMAXIM HERO程度で、『Force』ファンも京都と北海道を行き来して定期的に対戦をしながらコミュニティとして盛り上がっているとのことだ。

 次に同店で盛り上がったのは2009年にリリースされた『BORDER BREAK』だという。ICチップ搭載の専用カードで、階級の昇降に加え、新規機体やパーツの供給などに関するデータを保存することで、自機情報を継承して使えるのだが、アーケードでのサービスは2019年に終了。「あれだけ盛り上がっている中でサービス終了してしまったのは残念」と辻社長は真情を吐露し、単なる統計では図ることが出来ないコミュニティの熱さがゲームセンターにおいては影響力があることを改めて強調した。

辻商店からスターを生み出したい。常連数名が全国大会に出場

現在およそ半分が「ガンダムVS.」シリーズで占められており、レギュラーメンバーの中には、全国大会参戦者も。

 そのような中、現在に至るまで主力サービスとなっているのが「機動戦士ガンダム vs.」シリーズ(以下、「ガンダムVS.」シリーズ) だ。現在も辻商店における店舗内の半数程の筐体が同シリーズ最新作で占められており、取材当日も、主だった客は「ガンダムVS.」シリーズの筐体でゲームに興じていた。メーカーからのサポートも厚く、定期的に店舗主催のゲーム大会がおこなわれる際は、公式ホームページでの告知や参加者へのスタンプ通信が提供されるのに加え、優勝者には称号やGPポイントが付与された。また、辻商店は全国大会の予選会場にもなっている。「ガンダムVS.」シリーズ恒例の全国大会「PREMIUM DOGFIGHT」では、辻商店が関西で開催される予選会場として選ばれており、参加者の中には全国決勝大会に出場している人もいたという。「これからはスターを輩出したい」と辻氏。そのために店舗でゲーム実況が出来るようにノートPCでの配信サービスも提供しているという。「ゲームプレイヤーも、もはや実況などいろいろな形で活躍できるチャンスが増えているのでそのような活動をサポート出来れば」と辻氏。また、「ガンダムVS.」シリーズファンは「機動戦士ガンダム エクストリームバーサス」シリーズになる前の作品もプレイしたいという要望があることから、アストロシティ筐体に『機動戦士ガンダム ガンダムVS.ガンダムNEXT』の基板を実装してサービスインしている。

 現在スタッフとして辻商店に勤務している、らるく氏も、もともと辻商店の常連でゲームの全国決勝大会も2度出場経験がある。あらためて、らるく氏に辻商店の魅力を聞くと「機材がしっかりとメンテされていることと、京都駅から5分という立地の良さに加え、リアル対戦に特化している点」をあげ、こう付け加えた。「店内でやれる楽しさがここにはあります。必ずしもゲームをしなくても、店舗に来て、話して、あとは一緒にご飯に行くことも出来る。京都のEXVS.プレイヤーコミュニティはもともと友達として仲もいいので、自然にここに集まってくる」とらるく氏。どうやら、京都界隈のゲーマーにとって、「EXVSシリーズの対戦は辻商店で」という認識がかなり広がっているようだ。

 コロナ禍の状況からようやく脱出する兆しが見えてきた中で、往年の常連客ももどりつつある辻商店。小規模店舗としてこの40年以上もの荒波を乗り越えてきた秘訣を聞くと、「やはりお客さんに育ててもらったという想いはあります」と辻氏。新規ゲームの展開やイベントなどの本格的な再開に向けてメーカーも様々な施策を企画しているだろうが、こういったファンの声に耳を傾けながら切り盛りをしている店舗のリアルこそが「興行」としてのゲームの未来を示しているのかもしれない。