いまやゲームの海外市場は日本のおよそ10倍にまで膨れ上がり、多くのゲームメーカーが国外でのセールスを見据えている。では、海外市場をターゲットにするために、開発者はどのような視点を持つべきなのか。あるいは、どのような問題を想定すべきなのか。
そのヒントになる講演が、2018年3月30日、ゲームクリエイターを対象としたカンファレンスである“GAME CREATORS CONFERENCE’18(大阪府立国際会議場)”にて開催された。
2016年11月29日、国産ソフトでは異例の全12言語に対応した形での世界同時発売を成し遂げた『ファイナルファンタジー XV』(以下、『FFXV』)。はたしてリリースまでの道のりには、どのような苦労が待ち受けていたのか。
本稿では、『Road to XV ~ FINAL FANTASY XVで12言語同時発売できるまで ~』の講演内容を紹介していく。
本セッションに登壇したのは、スクウェア・エニックス 第2ビジネス・ディビジョンの長谷川勇氏。シニアプログラマーとして本作のローカライズに携わった。
さて、英語圏のゲームのほうが、世界同時発売を実現していたり、各国での発売日が近いと感じたことはないだろうか? これは「日本の企業が遅れている」わけではなく、日本語からの翻訳が抱えるディスアドバンテージによるものであると長谷川氏は述べる。
なぜなら、英語や中国語と比較した場合、日本語は発話者の少ないマイナー言語。翻訳者を見つけるハードルも必然的に高くなる。
『FFXV』の開発でも、日本語からロシア語への翻訳者を用意することができなかったという。この場合、ローカライズ作業は“日本語⇒英語⇒ロシア語”というルートをたどらなければならず、スケジュールは長期化。単純計算で“英語⇒ロシア語”の2倍の時間が必要になってしまうというわけだ。
また、スケジュールもどんどん枝分かれしていき、作業の管理も複雑になる。この問題を解決するために、ローカライズチームは独自の管理システムを開発する必要に迫られたという。
また本作はフルボイスタイトルであり、単にテキストを翻訳すればいいというわけではない。声にあわせてキャラクターが口パクする(ボイスアニメーションする)タイトルでは、口の動きにあわせたセリフを用意する必要があり、ボイス対応言語が増えるほど作業量も膨大になっていく。
開発チームは、言語やシーンにあわせた以下の3つの方法を用いることで、英語・フランス語・ドイツ語のボイス収録を乗り越えたという。
1.タイムシンク(Time Sync)
日本語ボイスと尺だけ合わせて外国語ボイスを収録する方法。ボイス収録語に、そのボイスにあわせたアニメーションを新しく作ることが多い。2.リップシンク(Lip Sync)
日本語の口パクと完全に一致するように、外国語のボイスを収録する方法。台詞の翻訳はもちろん、ボイスアクターにも高度な技術が求められる。3.サウンドシンク(Sound Sync)
リップシンクほど厳密に唇の動きを台詞で再現しないが、尺は日本語に合わせ、日本語が無音の場所も同様に無音にすることで、翻訳や収録のコストを削減しつつも、ある程度のクオリティを担保することが出来る。
それぞれの使いわけは上記スライドの通り。
英語版ではタイムシンクで収録した後、新たにアニメーションを作成し、最も自然なリップアニメーションを実現。フランス語版とドイツ語版は、技術的な理由で独自のリップが作成できなかったことから、サウンドシンクやリップシンクで対応したとのこと。
また『FFXV』のボイス収録では、キャラクターのAIが状況を判断して自然な会話をくり広げる“AIPC会話”のシステムも鬼門となった。
“AIPC会話”とは、同じ台詞が多数のかけあいの中で登場する。したがって、ただテキストを直訳しただけでは意味不明な会話のやりとりがうまれてしまう可能性があったのだ。
この問題を解決するためには、“AIPC会話”の事細かな発生ルールを把握したうえで、すべてのパターンが成立するような翻訳を行う必要があった。開発チームとローカライズチームの密な連携が求められたのだ。
本作に関わらず、ランダムにボイスが再生されるゲーム(オープンワールドに顕著)をローカライズする際には、会話の文脈を破壊しないような翻訳が必要になる。長谷川氏は、チーム間で情報を共有する重要性を強く感じたそうだ。
国ごとに異なるレーティングも問題となった。セッションで例として挙げられたのは、特に規制が厳しかったという中国本土版。
シヴァの露出を抑えるためにタイツを着せたり、簡体字のロゴを新たに作成したり……といった対応はまだまだ序の口。ドクロ型モンスターがNGだったために、スケルトンを生き返らせる必要まで出てきたそうだ。
エンジニアもローカライズからは逃れられない! 開発で見えた問題と解決
翻訳チームだけでなく、それを実装するエンジニアもローカライズの諸問題からは逃れられない。セッションの後半では、実際にどのような問題が起こりうるのか、エンジニア目線でのケーススタディが紹介された。
たとえばテキストタグの開発。“単数形・複数形”や“男性名詞・女性名詞”が区別される言語の場合、UIやシステムメッセージの処理が複雑になってしまう。こうしたメッセージをシステマティックに表示させるために、多様な言語間の差異を吸収できるタグを作成しなければならなかった。
これらの言語規則は日本人にとって馴染みが薄く、どうしてもミスに気づきにくい。ローカライズから指摘されて修正を加えるケースが多発してしまったそうだ。とくに男性形・女性形の考慮はほとんどのプログラマには判断のしようもなく、後追い対応になりがちだったとのこと。
また、UIのデザインも頭を悩ませる要因になった。同じ文章でも言語毎に文字数や単語数が異なるので、日本語では表示領域にぴったり収まっていても、ドイツ語版ではめちゃめちゃはみ出してしまう……なんて事態が起こってしまうからだ。
同様の問題は会話メッセージでも発生する。こちらに関しては、ローカライズ担当と相談しながら、シチュエーションごとに字幕の仕様をひとつひとつ調整していった。なので、一見同じ大きさに見える字幕の表示領域だが、戦闘中、イベント中、NPCとの会話などですべて異なっているのだそう。
そしてセッションの最後、長谷川氏から受講者に伝えられたのは“事前に「この仕様はナシ」と握っていても、あっさりひっくり返る”という、エンジニア泣かせの教訓だ。
上記のスライドは、本編の後半で流れるイベントシーン。中央に表示されている“数週間後”という文章をもっと派手にしたいという相談があった。しかし「本作ではグラフィックステキストは使わない」という話が事前にあったため、そのような機能は実装されていない。長谷川氏らエンジニアチームは、特例としてOKを出したのだが……。
いつの間にやら、同じようなシーンが10個、20個と増えていった。こうなると、シーンごとに個別で対応するというわけにはいかない。あわてて仕組みを作ったのだが、工数の都合で実装者自身による動作チェックが間に合わず問題の発覚が遅れたことも! 言語ごとにロジック分岐する仕組みを最初から作っておくべきだったと反省したそうだ。
本セッションを通じて言えることは、日本語というハンディキャップを乗り越えるためには、エンジニア・プランナー・ローカライズの相互理解が必須だということだろう。プランナーの意図を組んだローカライズ、自動生成される会話の翻訳、多言語に対応したシステムの実装、どれもチームの枠に縛られていてはできない作業である。
ビジネスとしての側面以上に「世界中の人に作品を楽しんでもらいたい」という開発者たちの情熱が伝わる講義だった。日本のユーザーとしては、日本語版以外のバージョンを遊ぶ機会はほとんどないかもしれないが、その裏にある何倍もの努力にふと思いを馳せてみてはいかがだろうか。