『moon』は、いまから22年前の1997年10月16日に発売された、プレイステーション用ソフトでした。ジャンル名は“Remix RPG Adventure”。
主人公はゲームの中に入ってしまった、いちプレイヤー。いつもプレイしているRPGを、その世界の内側から体験するという、メタフィクション的な視点を持った本作は、当時のゲームファンに衝撃を与えました。
オリジナル版発売当時の『moon』キャッチコピーは、“もう、勇者しない。”。RPGの世界に入って出られなくなってしまった主人公は、元の世界に戻るために“RPGの世界の内側”を冒険することになりますが、モンスターを殺しまくってレベルを上げるなんて行為は、じつは「悪いことなんじゃないか?」と考えさせるような視点をプレイヤーにもたらした革命的なゲームでもありました。このRPGへのアンチテーゼとも感じられそうなほどに狂暴でロックな思想に溢れた『moon』は、数多くの作品に影響を与えています。
そんな『moon』は、どういうわけか、これまで一度も移植されることもなく、中古ソフトはプレミア価格でおいそれと手が出せないようなゲームになっていましたが、ついに! 本日!『moon』がNintendo Switchで配信されることが発表されたのです! えらいこっちゃ!
……というわけで、さっそく『moon』復活のキーマンである、オニオンゲームスの木村祥朗氏と、倉島一幸氏に急きょ緊急直撃取材を敢行。『moon』は、スクウェア(現:スクウェア・エニックス)を退社して、新たにラブデリックという開発会社に集ったメンバーが生み出したゲームなのですが、その中のひとりである木村氏は『moon』開発の中心でゲーム全体を見ていた人物であり、倉島氏はキャラクターデザインを一手に担当していたデザイナーです。
現在オニオンゲームスからオンリーワンの作品を送り出しているおふたりに、今回の『moon』復活の舞台裏から、移植に当たっての苦労や、みんなが気になる変更点や追加要素に至るまでをたっぷりとうかがいました。
木村 祥朗(きむら よしろう)
旅人でゲームデザイナー。オニオンゲームス代表取締役。スクウェア(当時)に在籍して『ロマンシング サ・ガ2』などに携わった後、ラブデリックに合流。『moon』の開発に携わる。現在は独立し、オニオンゲームスを立ち上げて『Millon Onion Hotel』、『勇者ヤマダくん』、『BLACK BIRD』を世に送り出す。ゲーム語り放送“ポリポリ☆クラブ”の活動も精力的に行っている。
倉島 一幸(くらしま かずゆき)
イラストレーター・キャラクターデザイナー。オニオンゲームスのピクセルアーティストとしてスタジオ作品のドット絵をすべて手掛けている。スクウェア(当時)で『スーパーマリオRPG』などのグラフィックを手がけた後、退社してラブデリック立ち上げに参加。『moon』のキャラクターデザインに携わる。人気実況者“ナポリの男たち”のビジュアルを担当するなど、幅広く魅力的な絵柄で活躍中。
“ミラクル”が起きた
――まさかの『moon』がまた遊べるようになるというニュースに、いまも少し興奮しています。どうして今回、移植が実現することになったのですか?
木村じつは『moon』をまた現行機で遊べるようにしよう、という試みは……遥か昔からトライしていたんです。
――遙か昔ですか。
木村というか、それは僕だけじゃなく、おそらく、幾度となくどこかで誰かがトライしてきたみたいです。でも、いつも頓挫したと聞いてます。大人の事情とかなのかなぁ……。
倉島10年位前から4回くらいは噂を聞いたよね。
――これまで移植については「某携帯機で発売に向けて動いている」とか、いろいろなウワサが飛び交っていましたが……。
木村……その話は知らないです。断固として知らない(笑)。
倉島ムキになったら、逆にあやしいでしょう(笑)。でも、『moon』が10周年のときに開発したラブデリックのメンバーで集まって同窓会の生放送をしたことがあったけれど、あの場所でもすでに移植についての話は出ていたよね。
――では、いったいいつから仕込んでいたのですか? オニオンゲームスがこれまで『Million Onion Hotel』、『BLACK BIRD』、『勇者ヤマダくん』をリリースしてきたその裏で、まさか『moon』移植のための作業をされていたなんて。
木村じつは、僕がオニオンゲームスを作るもっと前から色々考えてて……ボソボソ……でやろうって話になったりさ……あの会社もボソボソ……。
倉島インタビューでそんな小声でナイショ話しても意味ないでしょう。
――よく聴こえないのですが、その話、載せられないんですよね(笑)。
木村うん(笑)。
倉島やっぱり。
木村で、兎にも角にも、様々な『moon』じゃない挑戦をそれぞれが経てきた中で、出会いがあったんです。ある日、KADOKAWAの『moon』大好きなプロデューサーのふたりがオニオンゲームスにやってきて相談が始まりました。そして、その後Route24の西(健一氏:ラブデリックの主要メンバーのひとり)さんに相談して、元ラブデメンバー全員に相談して、と地道にコミュニケーションしてコンセンサスとりました。そして、全体的に「賛成」という方向に傾いてくれて……なんとかGOサインが出ました。だから、なんていうかミラクルなんです。
倉島そう。ミラコゥ!(『Million Onion Hotel』でミラクルコンボを決めたときに流れるボイス風に)
失われしソースコード
――オリジナル版がプレイステーションで発売されてから、伝説的な名作と評されるも、いまではプレミアがついてしまって、なかなか遊びたくても遊べない状況でした。なので今回の移植発表は、とにかくうれしいことで。
木村そうだよね。でもさあ、ほら……僕らってちょっとひねてるところがあるじゃない?
倉島自分で言うからね(笑)。
木村だから、『moon』をほめてくれる人の声はうれしいんだけれど、一時期は“『moon』ばかりが代表作”だって言われるのがイヤだったりしたんです。
――過去の偉業にばかりスポットが当たるような……。
倉島若気の至りです。若気です。
木村40代の若気(笑)。でもね、いまはもう、“イヤじゃなくなった”というか。
倉島やっと大人になったんです(笑)。自分も10年位前まではイヤでしたよ。
木村10年前っていうと、『BLACK NIGHT SWORD』をやっていたころ?
倉島そうかな。それくらいの時期に、なんだか「もう別に気にならないかなって」思えるようになりました。自然に。祥ちゃんのほうは、もうちょっと後まで引きずってた。
木村要は、『moon』を超える何かを生み出して乗り越えようとがんばっていたんです。「昔の作品のほうがおもしろかった」って言われたくないから。そんなふうにずっと思ってきたんですが、ちょうど2017年12月ごろの冬休み時期だったかな。オニオンゲームスで新作をリリースしてきた中で、ふと昔の自分が作っていたゲームを遊びなおしてみようと思って。毎日帰宅後に、せっせとプレイし始めたんです。
――あ……その話は、たしかオニオンゲームスのメールマガジン“のぞきみクラブ”で、「いま『moon』を遊んでみている」的なコラムを読んだ気がします。
木村遊びながら『moon』の感想とかをメルマガに書いていた。他にも『Chu❤lip』や『Rule of Rose』、『王様物語』とかね、あらためて自分の関わったゲームと向き合ってみると、それぞれに感じるものがあったりして……「昔の僕も面白いなぁ〜」って興味が出たんですよね。
木村自分たちはいま、『moon』よりもおもしろいものが作れているのかな?って考えてみて、「昔の自分がいる、その延長線上にいまのオニオンゲームスのゲームがある」とちゃんと思えた。いまの自分たちのほうがいいところがたくさんあるとも思えたし、同時に昔の自分たちの若さみたいな部分が醸し出す勢いの良さとか、若さゆえの荒さみたいなものも再確認できた。
倉島ヤングマンだったから。
木村当時の自分が書いたものを客観的に見ても……なんだか、特徴があっておもしろい(笑)。そんなふうに遊び直していくうちに、『moon』の話をされても、そんなにイヤじゃなくなってきて。
倉島若気がなくなったんです。
木村(笑)。で、そんなときにね、なぜか偶然『moon』の設定テキストとか、そのころのメモとか、データが家の中から出てくるという……。
――えっ!?
倉島運命の再会的な。じつはそのとき、僕の方でも、物持ちがよかったからなのか……探してみたら『moon』関連のイラストデータが出てきて。
――開発に携わったおふたりから、いろいろと『moon』のデータがそんなに出てくるなんて、すごいタイミングですね。そういえば、さっきから気になっていたのですが、倉島さんが着ているTシャツも、『moon』ですよね。
倉島あ、これも探したら出てきたTシャツです。20年以上前のもので、袋から一度も出していなかったので、プリントが貼りついていてあやうく絵柄が取れそうになりました。
――ちなみに木村さんのTシャツも、ラブですね(笑)。
木村ははは(笑)。とにかくそんなこんなで、『moon』に関する昔のがれきを見つけたりしてたわけですが、……本当に極めつけで“やる気スイッチ”的なものをONに入れるきっかけがあったんですよ。
――それはいったい?
木村ある日、元ラブデリックの仲間が、某所から『moon』の”ほぼマスター”に相当するソースコードを見つけ出したんです。
――そんな流れの中、ついに『moon』のマスターソースまで出てきたと!
木村そう、ある日「マスターが入ったハードディスクがみつかりましたよ!」という話がKADOKAWAさんから来たのです。そりゃあ「ちょっとソースを解析してみましょうか」って話になりますよね。このソースコード再発見は、間違いなく『moon』復活の最大のきっかけです。
――なんだか考古学上の大発見のようですね。
木村うん。これで、エンジンがかかった感じになった。検証を重ねていくうちに、「これ、できるんじゃないの?」と。これまで移植については「やろうか、やれるか」というところで難儀してたわけですが、そうしたところでのオリジナルデータだから。
――なるほど。
木村あとは、そこに至るまでの流れも運命的だったかもしれない。僕らが『Million Onion Hotel』を配信するタイミングで、電ファミニコゲーマーさんで『moon』20周年の座談会記事が掲載されたんです。そこでメンバーが一堂に集まって話せたということも、『moon』をまた遊べるようにしたい、という気運が高まって、とても意味のあることだったと思います。電ファミの小山さん(現在はファミ通編集部に所属)が、すごくよくまとめてくださっていたので、『moon』のよさを、あらためて皆で共有できたというか。
倉島ラブデリック10周年のイベントのときもそうだったけれど、みんなで集まれる機会はなかなかないから、貴重だったかもしれません。そういう場でないと『moon』のことは話せないし。
ラブ圧に応えるために
――先ほど、昔は『moon』が代表作だと言われることがイヤだったというお話がありましたが、移植を望む声はたくさん届いていたんですよね。きっと。
木村『moon』復活を望む声は、聞こえていました。ずっと(笑)。そりゃ、もう僕らのところに来るファンの皆さんの“ラブ圧”というか。
――“ラブ圧”って、すごい言葉ですね(笑)。
木村圧があるし、分厚いんです。みんなの『moon』へのラブが。
倉島オニオンゲームスが『勇者ヤマダくん』とかのイベントを開催すると、ファンの人たちがプレゼントを持ってきてくれたりするんですけど、セットで「『moon』が遊びたいけれど、遊べないんです」って言われることが多くて。
木村『moon』のパッケージを持ってきて、サインをお願いされるんですよね。
――そういえば、以前ファミ通で『UNDERTALE』のトビー・フォックスさんと木村さんの対談を企画して取材させていただいたときに、トビーさんも『moon』のパッケージを持ってきてサインをしてもらっていたのを思い出しました(笑)。
木村 そうだそうだ、トビーさんにもサインしたわ(笑)。
木村でもほら、僕らはちょっとひねてたし、『moon2』とかを作ったりすることにネガティブなスタンスでいるのも知っていてくださる方が多くて。だから、イベントを重ねるうちに、ファンの皆さんも気を遣っているのか、「移植してください」、「リメイクしてください」という話はしなくなっていって。
倉島ね。
木村そういう形のない“やさしい圧”が、ずーっと。
――やさしいけど、圧(笑)。でも、そういうファンの想いが積もって、知らず知らずのうちに、プレッシャーになっていたのでしょうか。
木村うーん、もちろんうれしいことだから、プレッシャーというわけではなくて。なんだろう。“気になっていた”んですよね。
倉島オニオンゲームスが初期の頃に開催したイベントでは、そういった意見も多かったんですけど、最近のイベントだとファンの人たちも察してくれたのか、減っていったんですけど。
木村でも、たまに「本当は『moon』をもう一度現行機で遊びたいです」って、ポロっと出てくる。それを聞くたびに「そうだよなあ」って思っていたんです。
――今回、そんなファンの声がついに実を結ぶときが来たんですね。
木村ミラクルだから。なので移植については、“できるだけオリジナル版と寸分たがわないものを届けよう”と、動き出しました。