12億円の製作費をうたう『マジカミ』というゲームがある。PCブラウザとスマホで展開する魔法少女オンラインRPGだ。バナー広告などで見たことある人も多いと思う。
本作の製作費はブラウザゲーム史上最大級だという。ゲームのおもしろさがかけたお金に比例するとは限らないが、多くのプレイヤーの支持を得ているのは確実だ。
だって、ある程度は儲かってないとテレビCMを放送できるはずがないから。
マジカミ TVCM『マジ?で、カミ!なCM』篇 30秒(無修正版)
『マジカミ』は長く“12億円”というキラーワードに頼ってきた。テレビCMという特別な場では別のポイントを推すかと思いきや、しっかり12億円もアピール。
12億円の使い道に興味を抱く人は多いだろうからキャッチコピーとしては優秀だ。そして、個人的に気になる点がもうひとつ。もしかして、開発・運営チームは“12億円”という言葉に囚われているのではないだろうか。
『マジカミ』にはもっと自由でいてほしい。そこで、12億円の使途をプロデューサーのジ・アブソリュートリー・パーフェクト・ワン氏(ジブP)から洗いざらい話してもらうため、Studio MGCMにやってきた。
溜め込んだものを吐き出した今日が、12億円からの卒業記念日である。
取締役から直々に12億円の使い道を教えてもらう
12億円もどういうふうに使ったんですか?
開発段階の予算シートとスケジュールを見ながら説明しますと……。
お金の話ってふつう社内機密ですよね。だいたいこんな感じですよっていうサンプルですか?
いえ、ガチのやつです。流出したら始末書どころじゃないですけど、見たいかなと思って。
何でこういうのを部外者に見せちゃうの? ピュアの塊?
序盤からフルスロットルで機密情報を差し出すジブP。さすがに少し心配になってきたので、多少ぼかしつつ記事を書こうと思う。どこにいくら支払ったみたいなことを直接書くと他社さんに迷惑をかけそうだし。
なぜ秘密に切り込む側の僕が配慮しないといけないのだろう。
それと、お金の話をするということで助っ人を連れてきました。
Studio MGCM 経営管理室 室長の西原と申します。
会社の予算周りを見ている取締役です。
偉い人が出てきた。半分は冗談のつもりで話を聞きに来たのだが、大ごとになってしまった。
じつはですね、12億12億って言ってますけど、四捨五入すると13億円なんです。
ばかやろうかよ。もっと多いんじゃん。
そのうち8億円が勉強代です。
子どもを塾に何年通わせる気?
製作費は12億円じゃなくて13億円弱。そして、それ以上に気になったのが、8億円の勉強代。どういうことだ。
細かいところまで聞いていったら、『マジカミ』の苦難の道のりが見えてきた。徐々に反省会のような雰囲気になり、記事がテレビ番組『しくじり先生』の様相を呈していくことになる。
そもそもゲーム開発って何にお金を使うんですか?
皆さんがイメージしやすいのは外注費ですよね。BGMをミュージシャンに発注したり、声優さんにギャラをお支払いしたり、外部の会社に3Dデータを作ってもらったり。こういうアセット(※)を用意するときに使います。
※アセット:ゲーム制作に必要な各種素材データのこと。
ぶっちぎりで高いのは人件費です。年収500万円のスタッフ20人で1年かけて開発したら1億円かかりますからね。
超現実的な話。キャバ嬢に貢いだ額を打ち合わせ飲食代として計上するとか、開発スタジオと称して自宅マンションを買うとか、そういう夢のある話はないんですか!
会社員の夢を何だと思ってるんだ。
ふたつ目のやつはガチの横領じゃないですか。
言われてみたら「たしかにそうだよなー」と納得せざるを得ない。映画のプロモーションなどでもよくある“総製作費○億円!”も、大半がスタッフの人件費ということだ。
12億円の中には販管費(販売管理費)も含まれています。機材の購入費、会社が入ってるビルの家賃、広告宣伝費などですね。広告宣伝費はバナー広告を出したりプロモーション企画を走らせるために他社さんにお支払いする費用です。
リリースまでの外注費は1.6億円ほど。配信番組に有名人をゲストとして呼んだりもしましたけど、全体から見たらそんなに大きな額じゃないですよ。いちばん大きいのは人件費。
ということは、それだけの人数と長い時間をかけたんですよね。『マジカミ』っていつから何人で作ってるんですか?
開発が始まったのは2015年10月。最初にモック(※)を作って、そのときの主要スタッフは僕含めて4人。オフィスの端のほうでちまちま作ってました。そこからα1、α2、α3みたいに段階を踏んで進めていくんです。
※モック:ゲーム全体の流れや雰囲気を確認するためのサンプル版のこと。
2019年6月にPC版のサービスが始まった頃で60人前後。いまは開発と運営スタッフ合わせて75人くらい。ちなみに、当社は『マジカミ』しかないのに全体で90人ほどなんです。
バックオフィス部署以外は全員『マジカミ』絡みってことですか。『マジカミ』が屋台骨だ。
3年8ヵ月の開発期間中に、スタッフの人数はおよそ20倍に。4人で始めたゲームが会社全体の収益を一手に担うまで成長した。すごい話だ。
ところで、ゲーム開発に携わったことがないので基準がよくわからないのだが、期間と人数は標準の範疇なのだろうか。
いえ、当時の僕らからすると規模は大きいです。それまでに作ったゲームの開発期間は長くて1年半、製作費は1億円くらい。『マジカミ』も当初の構想は2年、2億くらいでした。
2年で作るはずが3年8ヵ月に。6倍以上の予算がかかった理由はここにありそうなので、『マジカミ』の開発史を教えてもらうことにした。
“モック”のことをよくわかってなかった
『マジカミ』開発は苦難の連続だったらしく(だから2年の予定が1年8ヵ月も延びた)、ジブPは途中の記憶が曖昧とのこと。
ここからは『マジカミ』の基本コンセプトを作った開発初期メンバー、コウホウ石原さんにも加わってもらう。
最初は少人数でモックを開発したんですよ。2015年10月から3ヵ月くらいかけて。決まってたのは“魔法少女のバトルゲーム”ということだけ。見た目のイメージを考えて、おもしろくなりそうか検証する期間です。
当初はGvGの多人数対戦ゲームとして開発してました。魔法少女が渋谷のビルの間をほうきで飛びながらクエストを受ける、みたいな演出を考えてましたね。
1年くらいずっと作っては壊し作っては壊し、でしたよ。「モックの出来が悪かったら開発中止」なんて話が何回出たかわからない。
モックを1年かけて作るって、一般的な流れなんですか?
時間かけすぎですね。というか、作ってたのはモックとは少し違うんですよ。サーバーも用意してましたから。
モックはゲームの進行を検証できればいいのでオンラインゲームにする必要はないんですけど、あるときから14~15人でサーバーも作るようになっちゃって。
ふつうはモックって何人くらいで作るものなんですか?
10人以下でやるべきだと思います。
モックの意味、よくわかってなかったでしょ。
うん。
おい。
というか、当時の我々はモックの意味をはき違えてたんですよ。
会社全体でよくわかってなかったんですか?
そうかもしれないですねー。はっはっは。
何でそういう人がゲーム作っちゃうの。
ライトなブラウザゲームの開発経験しかなかったんですよ。大人数をかけて一発で短期開発するのが当たり前だったので、作って壊してまた作る感覚を理解できてなかった。 サーバーも状況に合わせて作っていけばいいやって感じで。
一応、先走ってサーバーを開発したのも事情があります。『マジカミ』とは別の2チームがそれぞれ新作を開発してたんですよ。片方はGvGゲームでシステムが近かったから、バトルエンジンを共通化しようということになって。
そっちの事情は僕らからすると知ったこっちゃないんですけど。サーバーの基幹部分は同じにするから、どっちも動かないといかんみたいな話になり、サーバーまで作ることになったという。
社内事情に巻き込まれて作る側になってしまったわけですか。
いまとなっては何も使ってないですけどね。全部お蔵入り。
は?
最初は活用するつもりでしたよ。なぜ使わなくなったかというと、
「GvGじゃなくなるからなんです」
GvGゲームとして開発スタートした『マジカミ』ではあるが、この後に方針転換。完全に別ゲームとしてリリースされている。GvGゲーム用に開発されたサーバーは使いようがない。
そして、もうひとつのゲームは開発途中でポシャりました。
会社のコクが凝縮された話だな。
優秀なエンジニアのおかげで希望が見え始める
2016年7月~9月の3ヵ月を経て社内のテストを突破したんですよ。つぎはプロトタイプの制作。DMM GAMESさんのPCブラウザゲームとしてリリースされることは決まっていて、ここでWebGLの壁にぶつかりました。
WebGLとはPCブラウザ上で3Dグラフィックを動かす技術のこと。先述したように、初期の『マジカミ』は3DのGvGゲームとして開発されていたのだが、容量上の制限があってキャラを何体も出せなかったのだという。
GvGは大人数が戦うゲームジャンルだ。画面内のキャラが少ないと地味に見えてしまう。いまでこそ同時に8キャラを動かせているが、当時は同時に4キャラが限界だった。
3Dキャラの見た目を劣化させずに軽量化するにはどうすればいいのか。その場には8人いるんだけど、カメラワークをうまく切り替えて4人だけ映すみたいなことができないか。めちゃくちゃ検証しました。
どうやって解決したんですか?
優秀なエンジニアさんがWebGLに最適化させる方法を発見してくれたんですよ。それで4対4が可能に。その方はもうチームから離れてしまったんですけど。
ゲーム開発秘話って、天才エンジニア・プログラマ―がちょくちょく出てくるなー。どんなに斬新なアイデアも、優れた技術がなかったら形にできないわけで。
2017年1月からα2の開発段階に入りました。これはDMM GAMESさんからレビューしてもらうバージョン。キャラの数を増やせることになって未来が見えてきました。これはイケるな、と。
すごいものを作りたかったんですよ。ほかのメーカーでは実現できないゲームを提供できたら、いろんな交渉ができるかなと思いまして。
DMM GAMESさんのサイトでもがんがんPRしてほしいとか、そういうことですか?
だいたいそんな感じです。そういう交渉をし始めたので、しょぼいものを見せたらかっこ悪いじゃないですか。けっこう焦りました。
完全に自業自得。
『マジカミ』は開発中止寸前だった
さっきもお話ししましたけど、最初は社内で開発していた3本の新作のうちの1本だったんです。このDMMレビュー版までは窓際族でした。
むしろ、いつ潰そうかってレベルでしたよ。
僕は会社のお金周りを見るのも仕事ですので。3本を同時開発するのはお金周りも人員集めもたいへん。どれかを遅らせたりするかな、どうするかなって考えてたんです。
予算は無限にあるわけじゃないもんなー。どれを潰すかは、やっぱりギリギリまで迷うものなんですよね。
いえ、『マジカミ』はぶっちぎりでした。
慈悲がない。ジブPさんからも何か言ってやってくださいよ。
いやー、事実ですからねえ。でも、期待されてないから制約も少なかったんですよ。だったらDMM GAMESさんで何かおもしろいことをしよう、もっとチャレンジしようみたいなノリでやってました。
GSK(メインデザイナー)とは「おれらのコアユーザーは、おれら」ってよく話してました。双肩には何の重圧もかかってないので、コアユーザーが喜ぶゲームを作ろうって。
会社側から期待されないメリットってあるかもしれませんね。僕も好き勝手やってますけど、とくに何も言われないですし。
こっちはたいへんでしたけどね。何かあると「潰すか」みたいな雰囲気が社内から吹き上がってくるので。どうやって社内に通し続けるか、当時はよくジブPとごにょごにょ話してました。
西原は謎に僕らの味方だったんですよ。フラットに見ないといけない立場のはずなのに、ちょくちょく守ってくれて。
ほかの2タイトルの●●●●●●●●●●●●●●●●なかったんです。
あ、これだとめちゃくちゃ感じ悪いですね。ほかがというより、開発の様子を見ていて、いちばんわくわくするのが単純に『マジカミ』だったんですよ。
さっきのひと言、どう考えても載せようがないので伏字にしておきますね。
風向きが変わったのは、DMM GAMESさんに見ていただく前のレビュー会。社内やグループ内のいろんな人から意見をもらう場です。チェックを順々に通していったら「何かいい感じだね」ってワンチャンありそうな感じに。
それまでは隠れて作ってたんですけどね。社内で評判がよくなったら、今度はほかの2タイトルが開発をストップすることになっちゃって。
ある意味でチャンスだけど、責任のない立場からの振れ幅がすごい。
これからの未来を窓際族の双肩にかけるなんて、そんな会社あります!?
そんなこと僕に言われましても。
事実、ここにあるんだから仕方ない。
開発を始めてからα2(DMM GAMESレビュー版)まで1年半くらいかかってますよね。この頃の開発スタッフは何人くらいですか?
けっこう大きくなってますね。2016年の年末が16人~17人規模、2017年1月に20人、2月に25人みたいな感じで。
そんなにいたっけ? そうか、α2から人を増やしたのか。窓際なりの規模だと思ってたけど。
畳んだタイトルから引っ張ってきたんですよ。
人件費が増えたと言っても、もはや僕らのせいではない。
DMM GAMESの意見を取り入れて大規模化
時間をかけて作っているうちに、なぜか規模が大きくなっていく『マジカミ』。ゲームの中身に影響はなかったのだろうか。
シナリオの大筋はどの段階で決まったんですか?
α1.5まではいまと雰囲気が違ったんですけど、DMM GAMESさんの意見を聞いて変更しました。具体的にはヒロインの人数ですね。最初は5人。
いまは12人だから半分以下だ。
キャラは10人以上ほしい、何らかの形でエロ要素(※)を課金と結び付けてほしい。お願いされたのはこの2点。それはもう別ゲーだなと。
※エロ要素:本作はFANZA GAMESにてR-18版もサービスされている。ファミ通.comで取り扱っているのは全年齢版。
当時のDMM GAMESさんのビジネスパターンだと、少人数で盛り上げていく道筋が見えなかったんでしょうね。キャラは多いほどいい、みたいな時期はあったなあ、と。
それもあると思いますね。僕らはキャラの人数を少なくしてひとりひとりに深みを持たせたかったんですよ。でも、人数が多いほうがいいというDMM GAMESさんの意見も理解できる。
最初はそれこそ(想定ヒロイン人数は)3人で作ってたんですよ。増えても5人くらい。すごい開発コストをかけて大きく狙いにいくつもりはなかったから、シナリオもグラフィックもボリュームを絞ってましたね。
DMM GAMESさんレビューの前後から、キャラとアセットを増やして(売れ線を狙って)ちゃんと作らないとダメかもなーと思っていたら、ほかの2本を閉じるのが決まり。この頃の急な方針転換が歪みにつながったというのはあるかもですね。
伏線みたいなことを言い出した。
ディレクターに止められて、突然のリリース延期
DMM GAMESさんのレビューを突破して、本格的な開発に入りますよね。ここからがα3。
もうね、ものすごかったです。一気に全機能を開発するので、エンジニアを中心にスタッフを増やしたんですよ。2017年4月以降に45人くらいになってます。でも、全然進まなかった。
それにはどういう理由が? マンパワーは十分だったわけですよね。
企画担当者が少なかったのと、あとは単純に力量不足も感じます。企画が詰まると、あらゆるところに影響が出るんです。UI、クライアント、サーバーと、上からどんどん詰まっていく。
全体を把握して音頭を取れる人がいなかったから、作業の順番がめちゃくちゃでした。
いったん全部整理してから進めるべきでした。これは反省点。リリース後の運用スケジュールを立てて、システムの資料を何でもいいから用意して、それからエンジニアを加えて開発を始めるべきなんです。
その辺の仕切りが中途半端なまま一気に人を増やしたもんだから、しっちゃかめっちゃかになっちゃって。ガントチャート(進行表)を見ると2018年1月に途切れてるじゃないですか。
ここで僕の記憶も途切れてます。
記憶障害だ! ん? このチャートを見ると2018年9月リリースってなってますけど(実際には2019年6月リリース)。
気付いてしまいましたか。
いや、ふつうに説明しようよ。何で重要なところをスルーするつもりでいるんだよ。
ここで基本的なシステムを全部作り変えることにしたんです。
はぁ!? 3年近く開発してきたのに!?
そうそう。マーケティング側もマジで2018年9月にリリースする前提で準備してました。それなのに「半年は待ってくれ」と。
今月か来月にもリリースしようとしてたのに、いきなりリリースが半年以上も遅れるってどういうことです?
最初はGvGゲームだったと言いましたよね。ずっとGvG前提で作ってるんですけど、DMM GAMESさんのユーザーには対人要素が強すぎるゲームは敬遠されるんです。皆さんが馴染んでいるのはターン制のコマンドバトル。
たしかに、別タイトルの取材でもそういう傾向があると聞いたことがあります。
当初の『マジカミ』はDMM GAMESさんに向けて作ったみたいなところもあります。そこで、リアルタイムGvGを魔改造したターン制コマンドバトルで作ってきたんですけど、気づいちゃったんですよ。
「これ、おもしろくないなって」
うそでしょ! ここまで来て!?
魔改造の限界です。えいやで出すこともできたんですけど、当時のディレクターに「このままじゃ絶対に出さない」、「このまま出すなら自分は辞める」って止められました。
当時と言うか、いまもディレクターやってますけどね。ジブPってそれくらい言わないと聞かないんですよ。
身を挺して止めてくれたんだ。ヒーローじゃん。
どうにか開発期間を延ばしてくれとお願いされて、延ばしました。
ジブPがスタッフの意見を取り入れてかっこよく決断したみたいになってますけど、僕には経営的な圧力が振りかかってましたからね。ものすごいレベルで。
「GvGやべえな」はド頭から言われてきました。でも、このまま作り続けたらおもしろくなるっていう、自信というか期待もあった。それまでGvGでしか売れたことなかったから(実績のあるジャンルを)作るしかないという論調でした。
モックをしっかり作っておもしろいかどうか確認するのが大事。まずは基礎工事なんです。根幹のゲームシステムにちょっとでも違和感があったら立ち止まらないといけない。これは絶対。
違和感に気づいてるのに、無理してこけたタイトルは多いのかもなー。引けなくなることってありますよね。これまでの努力がムダになっちゃう、みたいな。
これが12億最大の要因ですね。最初に「勉強代が8億円」って言いましたけど、要は下準備に8億円かかってるんですよ。この辛さは若者に伝えたい。
ハードコアなしくじり先生みたいになってきた。重みがすごいな。
成長痛を通り越して全身粉砕骨折
ふと思ったんですけど、マジの開発ってここからですか? 2018年10月から2019年6月の9ヵ月。
仰る通り!
まじかー! たったの9ヵ月!
……!
西原さん、笑いすぎて声になってない。走り幅跳びするのに何km助走してるんだって話で。
幸いだったのは、アセットは(GvG時代のものが)使えたことですね。9ヵ月間はシステムの開発に注力できました。
最後の半年がなかったら用意したアセットがムダになっていたかもですね。
逆に、よかったかな。
よくはない。
方針転換後のシステムはどういう風に決めたんですか?
ターン制コマンドバトルの他社タイトルを徹底的に研究しました。これもゲーム開発の基本ですね。GvGの頃はオリジナルでシステムを決めたので、思うような体感にするのが難しかったのかなと。
ところで、開発経験はライトなゲームだけだったんですよね。どうしてたいへんなゲームを作ることにしたんですか? きっかけはDMM GAMESさんへのアピールだとしても、そうとうの自信がないとやれないと思うんですけど。
……若気の至り?
若気の至りで8億円も使わないでほしい。
言いかたは悪いですけど、「おれら(のタイトル)が潰れたところでそんなに変わらんでしょ」みたいな楽観的な気持ちはあったと思います。
僕はそんなこと思ってないですからね。
そりゃそうでしょうよ。
正直言って、当時は開発力が足りなかったんです。でも、GvG時代から知識を蓄えながら開発を続けたので、いまはだいぶ強くなったかな。成長には痛みを伴うと言いますけど、成長痛を通り越してひん死ですね。全身粉砕骨折。
折れた骨がそこら中から突き出してましたね。
外注費だけは唯一ジブPがコントロールできた部分
人件費以外は想定の範囲内に収まったんですか? 広告の費用とか。
「12億円のうち11億円が広告費でしょ」みたいに言われることもあるんですけど、『マジカミ』の広告費は抑制に抑制を重ねてるんです。
テレビCMはけっこうな額ですけど、それ以外は安いと思いますよ。
(2019年6月に)PC版をリリースするときの広告費は、一般的なタイトルの1/5とか1/10じゃないですかね。会社として使える予算の中で、いかに大作感を打ち出すか。けっこう綿密に動いたんですよ。
安く抑えているのに“お金がかかっている”と認識されたのは、ちゃんと派手に伝わったからですよね。届けたい層に。
そうですね。目にする機会が多いと大作っぽさを感じますから。この辺はうまくいったと思います。
オープニングアニメはどうですか? お金かかってそうな雰囲気がありますけど。
『マジカミ』OP -2020-
当初は「300万円くらいでオープニングアニメ作れないかなー」って内部で話してました。それはさすがに安すぎ。
アニメ制作の規模感がわからなかったんですよ。でも、もともとアニメ業界にいた人に相談して、相場に合わせてお支払いしてますからね。
外注費だけは唯一ジブPがコントロールできた部分です。
人件費を削ったら作れなくなるっていう恐怖があったんです。豪快にお金を使い続けたというより、(支出が)増えていくから節約方法をずっと考えてました。
背景グラフィックはいろんなパターンがほしいけど、絵で量産すると時間もお金もかかる。だから、写真ベースで背景を作ろうという意図もあって、すぐに取材できる渋谷を舞台にしたんです。
僕もけっこう資料用の写真を撮りに行きましたね。
たしかに抑制の細かい工夫はやってました。肝心のバケツの底が抜けてただけで。
涙ぐましい努力をしてるんですけど、人件費には勝てなかったよ…。
リリース直前に再度の延期
そう言えば、僕が初めて『マジカミ』に触れたのはリリース2週間前なんですよ。
それは本当のリリース(2019年6月)のほうですか?
そうです。嘘リリース(2018年9月)のときは影も形も見えなくて。ありえないですよ。ゲームのループを体験できるのがリリース2週間前。ぎりぎりのタイミング。ふつうはモックで確認できるものなんですけど。
社内でチェックする機会って何回かありそうなものなのに。
隠し始めていたんですよ。経営層に断片的な情報しかくれない。
怒られるのが嫌でテストの答案を隠す子どもの発想。
やりましたよ! けっこう時間かけて準備しましたし! いや、でも、できるかぎり回数は少なくしたかな。
やっぱり隠すつもりなんじゃねえか。
ぎりぎりと言えば忘れもしないことが。開発し直して(2019年)4月に事前登録が始まったと思ったら、リリースを1ヵ月延ばすって言い出したんですよ。そのときは「おい!」と。
事前登録から時間が経ちすぎると、登録した人が戻ってくれなくなるんですよ。だから100億回くらいリリース日程を確認したんですけど。
そしたら100億1回目に覆ってしまったと。
2019年5月26日リリースから6月26日にずらしたんです。最後どうしてもちょっと……なんで直したんだっけなぁ。
ジブPと僕で話していて「なんか心配」みたいな感じじゃなかったっけ? そんなに言うならもう延ばせよって。
ここまできたら心配を抱えたままリリースするのは嫌ですし、リリース3日前に「やっぱり……」って言い出しかねないので。だったら、1ヵ月前に決断したほうが、まだ楽。
リリースする月に作り変えることを決めるチームですからね。もはや前科みたいなもの。
だめだったら僕はクビ飛ぶ覚悟でやってました、完全に。
大丈夫。クビはないですよ。会社がなくなっていたはずなので。
西原さんの冗談が重すぎて笑えない。
「はい、わかりました」で作られたゲームはおもしろくない気がする
聞けば聞くほどジブPのひ弱エピソードが出てくる。このまま記事にしていいか悩むところだ。とはいえ、何だかんだで『マジカミ』は成果を上げている。それに、石原さんも西原さんもジブPのことを高く評価しているらしい。
『マジカミ』のチームには精神的に武闘派のスタッフが集められているんですよ。ジブPだからそのメンバーが集まったとも言えます。
そんな少年マンガみたいな話ある? 不良が集まって団体競技のチーム結成するやつ。
夢と想いがあるタイプが多いので、打ち合わせはだいたい紛糾します。
ジブPが作るチームは“ジブ動物園”って言われてます。
ジブPは園長というより飼育員。エサを上げるくらい。みんなこだわりが強いから、言うことは微妙に聞いてもらえない。
「はい、わかりました」で作られたゲームって何かおもしろくなさそうじゃないですか。みんな自分が理想とするゲームがあるわけなので、その意見をストレートに言い合ったほうが、いいものを作れそうな気がするんですよ。度が過ぎるとたいへんなんですけど。
我が強いスタッフをまとめるのもそうだし、リリース直前の「あと半年ください」もそうですけど、ジブPって胆力が半端ないですよね。
ふつう、ストレスが溜まると辞めたくなったり逃げたくなったりするじゃないですか。でも、ジブPはどんなに心労があろうと絶対に折れないし逃げない。自分から身を引かないんです。
うーん、まあ、そうなんですかね。痛みに慣れて不感症になってるだけなんじゃなかなあ。
12億円の大半は人件費。消去法で社運がかかってしまった。耐えながら開発を続けて技術と知識を身に着けた。12億円の使いかたについては理解できたが、ひとつ腑に落ちないことがある。
『マジカミ』を開発するStudio MGCMはそれほど大きな会社ではない。開発スタート当初はいまよりもっと小さかったはずだが、どうやって12億円もの資金を調達できたのだろう。近いうちにその辺も聞いてみたい。
※2021/08/02追記:聞きました。
ともあれ、洗いざらいしゃべったことで12億円の呪縛からは逃れられたと思う。テレビCMのラストには“マジヤバいカミRPG”という新しいキャッチコピーが出てくる。このまま開発を続けたら本当にヤバいことになるかもしれないが、そんな『マジカミ』の今後を見守りたい。
マジカミ TVCM『王道美少女ゲームをマジカミに求めるのは間違っているだろうか』篇 30秒
そろそろ記事を締めようかなと思ったところで、Studio MGCMから連絡があった。11月20日から12月4日23時59分まで、“さらば12億訴求!12億ジュエル山分けキャンペーン”を実施するらしい。
期間中、ゲームにログインした人全員で12億ジュエル(いわゆる課金に関する通貨)を山分けする施策だ。どうやら無事に12億円の呪縛から逃れられたようである。
最後に、気になっていたあれの値段をジブPに訊いた。
そのかぶりものはいくらですか?
15万円くらいでした。最初は仮面ライダーの敵みたいなピタッとしたマスクにする予定だったんですけど、見積もりを取ったらこれの何倍も高かったんですよね。これはインパクトが強くて気に入ってます。何回も配信の衣装として使ったから減価償却はできたかな。