『ファイナルファンタジー』シリーズの生みの親としても知られる坂口博信氏率いる、ミストウォーカーの最新作『FANTASIAN(ファンタジアン)』。

『ファンタジアン』坂口博信氏の一問一答をお届け。挑戦が“形”を作るまでの経緯をじっくり語るロングインタビュー!

 Appleによる定額ゲーム配信サービス“Apple Arcade”向けに近日配信となる本作だが、開発に至る経緯やジオラマ制作、そしてゲームシステムなど、『ファンタジアン』がその“形”を整えるまでには、さまざまな挑戦と試行錯誤が積み重ねられている。

 その道程を、坂口氏にメールインタビューで語っていただいた。「これが引退作になるかも」とまで覚悟したという、坂口氏の“決意”が読み取れるテキストとなっているので熟読を!

『ファンタジアン』坂口博信氏の一問一答をお届け。挑戦が“形”を作るまでの経緯をじっくり語るロングインタビュー!

出会いから始まった挑戦

――ファミ通.comでの記事(『ファンタジアン』Apple Arcade対応の完全新作RPG、ついに本格始動! 坂口博信氏のファミ通独占コメントも公開!!)に寄せていただいたコメントにもあった通り、本作の開発のきっかけは「ファミ通での配信」とありましたが、開発はその頃からスタートしたのでしょうか?

坂口最初の企画書の日付を確認したところ、2018年6月になっていました。ですから、2018年3月の配信から3ヵ月後ですね。

――ジオラマを構築してゲームに取り入れるというアイデアが先に合って、本作の開発はスタートしたのですか?

坂口最初の企画書にあったのは、“ジオラマ写真の上で3Dキャラクターを操作するRPG”、“ジオラマの質感を最大限に活かす”、“ジオラマを3Dスキャンすることで可能である(と言い切ってたけど、不安でした(笑))”、“戦闘は切り換え方式”。ストーリーはいまとは違って“ドラゴンの話”となっていました。不安もありましたが、なんとかジオラマを3Dスキャンすればいけるのでは、という(甘い期待のある)考えもありました。

 結果的には、通常の3Dスキャンではダメということがわかり、これはまずいな……と思う時期もあったのですが、ディレクターの中村(中村拓人氏)が、数百枚の写真から3D情報を引き出すという手法を編み出し、問題はクリアーになりました。

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――Apple Arcadeでのリリースを選択した理由を教えてください。

坂口プロジェクトは人の出会いで始まります。『ファンタジアン』の場合は、当時のApple本社にいた、ふたりでした。彼らが『ファイナルファンタジー』や植松さん(植松伸夫氏)の大ファンということで、プライベートでもよく話をするようになり、スクウェア時代の昔話から始まり、さまざまなゲームの可能性を語り合っていたときにちょうど、Apple Arcadeが立ち上がりました。そこを舞台に、理想のものを作ることが可能な環境ができあがりました。

――タイトルを『ファンタジアン』にした理由は?

坂口なんでしょう? もちろん決めているわけじゃないんですけれど、年齢からしてこれが引退作品になるのかな、という気持ちもあり、“それならばいちばんふさわしいタイトルは何かな”という想いから、『ファンタジアン』としました

 自分の中にある世界観……たぶん、高校時代に読み漁ったハヤカワ文庫のSFやファンタジー小説などが原点にあります。「なんかこういうのが好きだな〜」と漠然ながらあって。でも、こうやって作品にしてみると、ある方向性を持っていると思うんですけど、それを表すとしたらやっぱり“ファンタジー”という言葉は使いたいなと思いました。

 『ファンタジアン』の“アン”には“人”を指しているという感覚があって、そういう意味では、今回のタイトルは“ファンタジー世界に住む人々”となります。本作の世界は人の世界や機械だらけの世界、それ以外の世界も多重に存在していて、主人公のレオアはそこを行き来します。なので“ファンタジアン”は、そういった多重世界を冒険する彼らの総称でもあるわけです

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――いちばん最初にできたジオラマは?

坂口最初にできあがったのは、ゲーム冒頭に登場する“魔導工場”になります。自分の書いた世界をベースに、具体的に触れられる形で実現することには、かなり感慨深いものがありました。目の前に、空想だけだった世界が実物として現れるわけですから。

 また、お気に入りは、山系ですね。ここが不思議で、ジオラマはもちろんいいのですが、肉眼で見るよりカメラで撮影したほうがよりよく見えるんです。たとえば、目で見ると小さな飾りのような花に少し寄って撮影してみると、なんともリアルな不思議な触感が写真に見えてきます。

――ジオラマをゲームのフィールドに取り込むには、CGと違っていろいろと制約があったと思うのですが、具体的にはどのような苦労があったのでしょうか?

坂口一度作ったら、その後にたとえばシナリオ変更などが入っても“地形を変えることはできない”という点でしょうか。もっと大人数がそこにいてほしいとか、広すぎて芝居がなさけなく見えてしまうとか、どうしても舞台装置に変更は入れたくなるものです。それができないというのは、かなりたいへんでした。ただ、どうしても仕方のない場合もあり、ジオラマ作家さんには申し訳なかったのですが、作り直したケースもありました。

 ジオラマの作成に関しては、まずシナリオに基づいて、ゲームデザインのスタッフが設計図を書くところから始まりますそれと並行してコンセプトアートを描き、デザインの方向性を決めます。場合によっては、よりディテールのあるアートも必要になるのですが、ジオラマ作家さんのほうで想像で作ってもらうことのほうが多かったです。

 途中段階である程度の指示を出しながら、完成へと持っていきます。さらに撮影がかなり重要で、きちんとしたライティングで、ゲーム中のマップのつながりを意識しつつ撮っていきました。同時に、数百枚の写真からツールを用いて3Dデータも作成しました。

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――デジタルの3DCGとアナログのジオラマを組み合わせることで、違和感などは生じなかったですか?

坂口違和感そのものがおもしろい表現になるのではないかと思いました。あえてジオラマであることや、その違和感をスポイルしないように気をつけて作った感じです

――ジオラマと3DCGが組み合わさった本作のゲーム画面を見たときの感想をお聞かせください。

坂口キャラクターがジオラマの上を歩くのはおもしろいですね。そして、街などにキャラクターがたくさんいるのもいい感じです。手触り感のあるジオラマが、さらに生き生きとしてきます。また、土煙や光などのポストエフェクトを被せていますが、これもよりリッチにしてくれますね。ただ、やりすぎは禁物でした。なんていうか、ポストエフェクト自体はCGなので、それが立ってしまうとジオラマのよさをスポイルしてしまう感じになるので。

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プレイ環境を最大限に活かしたゲームシステム

――本作のシナリオ、キャラクターデザインのコンセプトをお聞かせください。

坂口今回のキャラクターたちは、世界のシリアスな状況に対して、すこしユーモラスな含みをもっています。それぞれの生い立ちや性格ははっきりしているのですが、それを飲み込んだうえでツッコミやボケが入る感じです。また、多重世界という設定から、ロボットや別次元の人間も登場します。これらを、キャラクターデザインの後藤(後藤貴俊氏)が、うまく表現してくれたと思います。それぞれのキャラにわかりやすい“色”が設定されているところも、かなり気に入っています。

 また、本作は多重世界という設定ですが、これは最初の企画書段階からありました。それと“混沌と秩序”というテーマも、その時点で決まっていました。宇宙の大きな構造の中で、それに翻弄されながら、でもその根源になるエネルギーを生み出す“人間”を描きたかったためです。“意志”や“感情”そのものが貴重なものだということを織り込んだストーリーになっています。

――本作では“オーソドックスなRPG”を目指したとのことですが、どのようなプレイフィールをコンセプトにバトル部分は構築されたのでしょうか?

坂口基本はタッチパネル操作ということが大きい要素となりました。コントローラー操作とは根本的に触感が違うので、それを最大限に活かせば、いままでとは違うおもしろさが出るのでは、と考えました。

 最初は、ボールを投げるような企画案から始まり、現在の形に落ち着いた感じです。ここは、かなり試行錯誤を重ねました。そして、操作部分で違いがあるぶん、戦闘の流れはシンプルなほうが親和性が高いのでは、ということになっていきました。たとえば、企画当初には時間の流れも存在していたのですが、最終的にはシンプルなターン式になっています。

 ジオラマのフィールドを歩くこと自体が気持ちよかったのと、移動の操作方法を、ピンを立てた場所に向かって自動で移動するものにした結果、どう到達したらいいのかわからない場所でも、見えていればその場所にピンを立てることでキャラが遠回りにぐるっと回って勝手にそこまで到達するのがおもしろかった。なんとかこのおもしろさをエンカウントで中断されずに実現できないか、というあたりから“ディメンジョンバトル”が生まれました。

 結果、まとめて敵と戦うことになるのですが、そこにプレイヤーに有利さを生むギミックを加えることで、通常のエンカウントバトルと違う、ある程度の爽快感を持った大量連続バトルのようになったのです。こちらも、新しさを生み出せたかなと思っています。

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――本作の楽曲すべてを、坂口さんの盟友とも言える植松さんが手掛けられていますが、植松さんとの仕事はいかかでしたか?

坂口植松さんとは、もう35年近く、いっしょに仕事をしています。僕の作品はすべて“植松音楽”という感じですから、なんか深〜い付き合いですよね。

 作品の初期段階では「何を伝えたいんだろう」という話をふたりでするんです。とりとめもなく話すのですが、今回は植松さんのコンサートで名古屋に集合したときにホテルの部屋で語ったのが、いちばん深いものになりました。“やさしさ”ってそもそも何だろうね、とか、ジオラマの醸し出す素朴さとか、いろいろと話しました。植松さんからは具体的な音の話も出てきて、「いままでにない音色」、「不思議な音色」、「音階に存在しない音」……そんなワードを覚えています。

 じつは、スケジュール的にはかなりギリギリで、開発が落ち着くまで音楽制作のほうもずれ込みました。いや、植松さんへのクレームではなくて(笑)。こちらももちろん了解したうえで、たっぷり時間をかけていいものを作ってください、ということだったんですが、それでもちょっとあせるくらいのタイミングでした。

 で、仕上がってきた音楽ですが、これにはもう本当に“涙”しました。こみ上げてきました。メロディーはもちろんラフな段階でもらっているのでわかっていたのですが、それが最終段階でさらに磨きがかかって、深い響きを持った、さらに心に響いてくるものとしてやってきたんです。効果・環境音のスタッフとふたりで、「スゴすぎる……」とため息をついていました。

運命的なものを感じた『ファンタジアン』

――坂口さんは作品で一貫して“ワクワクするような冒険の楽しさ”、“旅と出会いを重ねることで成長する人間の姿”を描いてきたと思いますが、本作でもそのおもしろさは体験できるのでしょうか? 

坂口ファイナルファンタジーVI』、『ファイナルファンタジーIX』あたりで描いてきたものが、たぶんいちばん“自分が素直に好きな路線”だと思うのですが、そういった方向性で本作の物語を作りました。

 RPGのシナリオというのは、ゲーム全体の設計図の役目も持ちます。たとえばダンジョンやボス戦の入るタイミングなども重要になってくるのですが、そういったものにかなり気をつけてシナリオ化していたのが、表現方法が乏しかったファミコンなどの初期のころでした。今回はそのころに立ち返り、“ゲームとしてのシナリオ”を重視しつつ、最大限にキャラクターの魅力を引き出せるように制作しました。ゲームに最適化された物語が結果、おっしゃるような“ワクワクするような冒険の楽しさ”につながると思っていますし、本作はそれを実現できたのではないかな、と感じています。

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――先ほど、「本作が引退作になるかも」とお答えいただきましたが……。

坂口直感でしかないのですが、ちょうど植松さんも同じことを感じているらしく、制作の初期から彼と話していたということもあります。また、ゲーム制作のビジネス的環境をコントロールするのも僕の役目なのですが、そういったことには少し疲れてきたというのもあります。今回は、ひさしぶりに自由なクリエイティブをいただき、のびのびと作ることができました。そういった意味では、本当にAppleには感謝しています。

 また、これは不思議なことでもあるし、うれしいことでもあるのですが、僕がゲームに目覚めたのはApple IIとの出会いでした。大学生のころにそのカルチャーに衝撃を受け、のめり込み、大学を中退して、まだ産業としては初期状態だったゲーム業界に足を踏み入れました。 Apple IIの魅力がなければ、あそこまではやらなかったかもしれません。そして今回、そのAppleとともにゲームを作れるということには、ちょっと運命的なものも感じました。“Appleで始まり、Appleで終わる”という気持ちが、自分の中に生まれたことも原因かもしれません

 ま、本当に「これで引退!」と決めたわけではないので、またつぎを作ります〜となったときは、よろしくお願いします(笑)。

――今回の開発陣には、ミストウォーカー作品には初参加の方も含めて個性的なメンツが揃っていますね。今回の開発体制はいかがでしたか?

坂口とてもいいチームでした。ディレクターのタクト(中村拓人氏)とは『ブルードラゴン』、『ラストストーリー』、『テラバトル』(オンライン部分)などでいっしょに仕事をしていて、彼の才能も振る舞いも、ゲームに対する考えもわかっていましたから、そこには絶大な信頼感がありました。そんな彼と、もちろん盟友である植松さんと、まず組むことを決め、その後はタクトといっしょにメンバーを集めていきました。

 かなり優秀な人が集まってくれたと思うのですが、たとえばプログラマーやエフェクトは、タクトが以前いっしょに仕事をしてすばらしいと感じた人たちに声をかけていきましたし、アートディレクターの池田(池田隼氏)は、僕が『テラバトル2』以来、いっしょにやってきたアーティストで、ひとりですべてのムービーを作ってしまうようなスゴ腕です。さらに元スクウェアの戦友も何人か、偶然も重なって参戦してくれたりもしました。本当にすばらしいチームだと思います。

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――長きにわたってゲーム開発に携わってきた坂口さんから見て、コロナ禍での開発体制でのメリット・デメリットはありましたか? 

坂口偶然ですが、ゲームの構成が決まり、量産体制に入るような時期でコロナ禍となりました。ちょうど個々に別れても制作に支障がないタイミングでしたから、それほど問題はなかったと思います。メリット・デメリットがあまり感じられなかったというのが素直な感想でしょうか。逆に、これが制作初期のブレーンストーミングが大事な時期だったら、どうなっていただろう? とは思います。

 また、これは制作にはそれほど影響はないかもしれませんが、開発しながらの途中で息抜きの「みんなで軽く打ち上げ飲み会」というのが僕は大好きなので、それができなくなったのは残念でした。ただ、これは開発に限ったことではないので、仕方のないことですね。

――坂口さんにとって、ゲームを開発するエネルギーの源泉はどこにあるのでしょうか? 

坂口ゲームのシステム的なことと物語が“組み合わさる”もしくはそれを“組み合わせることができる”ことかな、と思います。両面から考えて最適解を出そうと試みるのは、思考実験的にすごくおもしろく、自分の中ではそういうことが快楽なのかもしれません。たぶん、これがエネルギーの源泉になっているんじゃないかなと思います。

――では最後に、本格的に動き出した『ファンタジアン』でプレイヤーに感じてほしいこと、とくに注目してほしいポイントをお聞かせください。

坂口原点回帰したオーソドックスなRPGを、どこか「なつかしさ」のあるジオラマの質感で作り上げました。その中に、いくつかの新しい要素を組み込み、最終的には、新鮮なおもしろさを持つゲームに仕上がったと思います。さらには、「あそこに何かありそうだな」と思ったところに、本当に宝箱があったり……というような、きめ細かい、丁寧な設計を心がけました。

 ストーリー、キャラクター、音楽、戦略性のあるボス戦など、すべてに情熱を注いで制作しました。『ファンタジアン』の世界に触れ、それらをぜひ楽しんでいただければと思います。

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『FANTASIAN(ファンタジアン)』
プラットフォーム:Apple Arcade
対応端末:iPhone/iPad/iPod touch/Apple TV/Mac
コントロール:キーボード+マウス(タッチパッド)/ゲームコントローラー
言語:日本語/英語(全世界150ヵ国以上で配信)
プレイ総時間:前編20~30時間、後編20~30時間(前編のみ配信)