スマートフォン向けゲーム『Fate/Grand Order』(FGO)が6周年を迎えたことを記念して、『Fate』シリーズの生みの親で、本作でも中核を担う奈須きのこ氏と武内崇氏にインタビューを敢行。第2部 第6章“Lostbelt No.6 妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ 星の生まれる刻”や期間限定イベント、新システムなどこの1年の振り返りと裏話、そして7年目の展望について語っていただいた。
なお本稿は、週刊ファミ通 2021年8月19・26日合併号(2021年8月5日発売)に掲載したインタビューに未公開分を加えたもの。
- 文:前田麟
- 編集:ギャルソン屋城
- 聞き手・編集:ごえモン
奈須きのこ(なすきのこ)
TYPE-MOON創立メンバーのひとりで、シナリオライター、小説家。同ブランドのタイトルで多数のシナリオを手掛けている。『FGO』では作品全体の監督作業のほか、運営にも深く携わっている。
武内崇(たけうちたかし)
TYPE-MOON代表でイラストレーター、プロデューサー。キャラクターデザインなど、ビジュアル面で同ブランドを支える。『FGO』ではデザインディレクションやビジュアル監修など運営面も担当。
第2部 第6章のテキスト量は前後編で1.9メガバイト!
――6周年おめでとうございます。まずはこの1年を振り返っていただけないでしょうか。
奈須決意を新たにゲーム作りに臨んだ1年でした。昨年から「2021年はもっとハードな年になる」と誰もが予感していたと思います。そんな中で娯楽作品を提供するのなら、苦しい時間に立ち向かえるもの、その助けになれるものを作っていこう、と。『月姫』(※1)リメイクも、『FGO』の第2部 第6章も、そんな気持ちで制作にあたりました。できる限り、持てる力をすべて注ぎ込んだつもりです。
武内コロナ禍で世の中の状況が激変したことは、やはり大きかったですね。『FGO』では、第2部を構想した当初から第6章でブリテンを舞台に“円卓”を扱うことは決まっていました。ですから、たとえコロナ禍でもこの1年はTYPE-MOONとしてがんばらなければいけない時期だという覚悟はあったんです。ただ、そこに『月姫』や『メルティブラッド』(※2)の作業も重なってきて……。ハードな1年間でしたね。目の前の仕事をきちんと仕上げることに、ただ集中するしかなかった1年間だったかもしれません。
奈須自分はじつは昨年の10月から、『FGO』全体の監修から降りて、ほかのライターさんに委任していたんです。昨年12月までは『月姫』、今年の1月からは第2部 第6章の制作に没頭させてもらいました。合間合間に『FGO』以外の作業も発生するので、その体制でなければとても対応しきれなかったのです。
武内長い付き合いですが、奈須がここまで追い詰められているというか、鬼気迫る感じで執筆している姿を見るのは初めてでしたね。
――第2部 第6章のテキストは前後編で、最終的にどのくらいの量になったのですか?
奈須シナリオだけなら1.7メガバイト(※3)です。そのほか、サーヴァント実装にあたり、マイルームボイスや設定、フレーバーテキスト(※4)が1騎あたり30~50キロバイトくらいになります。第2部 第6章のサーヴァントは6騎が自分の担当なので、それも合わせると1.9メガバイトくらいになると思います。
――フルプライスのアドベンチャーゲームを1本制作しているようなものですね。どうしてそこまでボリュームが増えたのでしょうか?
奈須いままで異聞帯(ロストベルト)を扱ってきたものの、その歴史は語っていなかったのでやってみようかなと。それから、『FGO』では「自分がRPGのシナリオを書くならこうやる」というテーマは貫いてきたのですが、これまで王道のファンタジーは扱ってこなかったんです。そんな中、第2部 第6章は異聞帯のブリテンが舞台で、妖精が出てくるので「ファンタジーができるぞ」と。新しいテーマへの挑戦ですね。
――心躍り、筆も走ったというわけですか?
奈須と言っても、2019年当初は至極単純な話を考えていたんです。某黄門さまのように勧善懲悪で悪いヤツを倒して、モルガンも倒しておしまい、みたいな。でも制作が進むうちに予想外のことが重なっていって、マシュの成長も必要で、ラストへの導線も必要で、とやるべきことを積んでいったら、プロットの時点で通常の2倍になってしまって……。しかもご縁に恵まれて、マンガ家の羽海野チカさん(※5)にキャラクターを描いていただけることにもなりました。
――どんどんテンションが上がっていきますね。
奈須それなら「オベロンを出すしかない」と。先ほどお話ししたように、もともとプロットは複雑なものではなかったんです。しかしオベロンが入ったことで、もう1段階深い話を作ろうとなり……。そうやってさまざまな要素が重なって、話が巨大化してしまいました。
――羽海野さんの描くオベロンのデザインを最初に見たときはいかがでしたか?
奈須……いや、スゴかったです。打ち合わせの後「こういう感じのキャラクターでどうでしょうか?」とラフがたくさんやってきて、そのまま絵本にできるようなクオリティーで。
武内スケッチをたくさん出してくださいましたね。
奈須羽海野さんご自身は虫が苦手で、見るのも辛い、という状況なのに、オベロンの話から「がんばる!」と、虫の図鑑を買ってきて「きちんと描くからには本物の生態系を知って描かないと嘘だ」と、勉強までしてくれました。確固たる作品世界、ご自分の大切な物語をいまも描き続けてくれる第一線のマンガ家さんが、そこまでするのかと圧倒されました。だからこその羽海野チカなんだ、と。そして虫もどんどんリアルになっていきました(笑)。
――現在のオベロンとは、別パターンのデザインもあったのでしょうか?
武内はじめは「女の子のキャラクターを描きたい」と言ってくれて、オベロンとティターニアのコンビを描いてくださったんです。
奈須ただ羽海野さんはお忙しい方ですし、さすがに2騎は頼めないと。断腸の思いで「羽海野さんのカッコいい男性キャラが欲しいです」とお願いしました。
武内羽海野さん自身も、ファンタジーっぽいものを描いてみたいという思いがあったみたいで、それもあって今回のオベロンのように、素晴らしいキャラクターを描いてくださったんだろうなと思っています。
――武内さんは、この第2部 第6章のシナリオを読まれて最初どのように感じましたか?
武内最初にプロットを見たときは、とにかくボリュームが多すぎて「何をする気なんだ!?」と思っていました。これだけの情報量をスマホゲームのフォーマットで読んで、果たしてプレイヤーの頭に入るのかなと。しかし、いざシナリオを読み始めると、情報の提示のしかたがうまくて。ちょっとした疑問を投げかけて、それが解決するとつぎの疑問が出てくるという流れで、うまく奥へと導く作りになっていて、どんどん引き込まれていきました。
――登場キャラクターも多く、ディレクションもたいへんだったのではないでしょうか?
武内そうですね。担当のイラストレーターさんたちにも奈須からかなり細かいディレクションが入ったのですが、それらのすべてがしっかり物語に結実しています。終わってみて、改めてすごい仕上がりになったと感じました。
奈須シナリオの容量が1.7メガバイトだとか、いまだからこそ気軽に言っていますが、そのぶん開発のディライトワークスさん側の作業も増えていくわけですから、たいへん申し訳なく思っています。去年の段階からプロット提出→ブリテンの素材制作は始まっていましたが、それとは別に、開発の流れも一部変更しました。これまではシナリオ執筆がすべて終わってからスクリプト作業に入ってもらっていたのですが、第2部 第6章は週刊というか、毎週、できたものをすぐに開発にお渡しして作業に入ってもらいました。「週刊連載ってこんな感じかー」と思いながら、収録など、ほかの作業があるときは80キロバイトくらい、専念できた時は180キロバイトくらい納品して、毎週てんてこ舞いでした。スケジュール的にもかなりカツカツで、ディライトワークスさんの開発陣にはいまもって感謝しかありません。ありがとう!
絵の力で別の次元に到達したキャラクター“蘆屋道満”
――6年目に実装された中で、いちばん印象に残っているサーヴァントを教えてください。
奈須アルトリア・キャスターは反則なので、特例として除外しましょう。
――ちなみに5周年のインタビューで、武内さんが「早くみなさんにお届けしたいサーヴァントがいるんです」とおっしゃっていましたね。
武内まだ実装されてはいませんが(※6)、もちろんオベロンですよ(笑)。キャラクターデザインの制作進行を担当している身としては、すべてのキャラクターに等しく愛着があるのですが、その中でも奇跡のような瞬間ってたしかにありまして、オベロンや蘆屋道満が生み出された瞬間もそんな奇跡の瞬間でした。
奈須蘆屋道満にもドラマがあったからね。あれはもう古海鐘一さん(※7)のすさまじい画力と執念とこだわりというか。蘆屋道満は正直、安倍晴明よりも格が落ちるので、気持ち的には中ボスくらいの役だ、と担当のライターさんも思っていました。そうしたら、とんでもないイラストが上がってきた。蘆屋道満が当初のプロットとは別次元の高みに上り詰めていったのは、イラストの力と、それに負けないよう描写を重ねたライターの合わせ技だと思います。
武内あれは『FGO』が生み出した、神懸かったデザインのひとつだと思いますが、あの性格付けもおもしろいところに落としましたよね。
――第2部 第5.5章を最後まで読んでも、道満の目的が何だったのか、いまひとつわかりませんでした。ただ悪をなしたかったのか、それとも嫌がらせ自体が目的だったのか。
奈須異星の神の使徒は、それぞれに役目があります。キリシュタリアが裏切るというのは読めていたので、あそこでアトラスを斬るためだけに村正が作られた。それから、異星の神の当面の面倒を見るためのラスプーチン。そして道満は、各異聞帯の王を少しそそのかすだけの、ひとつのノイズ役として作られた。道満本人もそれをわかっているから、「拙僧はとくにやりたいことはありません」と、正体がないかのような発言をしていたんです。おもしろおかしく邪悪に振る舞えばそれでいいんだと。しかし追い詰められたとき、それまでは志がないゆえに得体の知れない存在だった者が、目的を持ってしまったために正体ができ、倒せる存在になってしまった。それだけの話です。いろいろありましたが、道満は、単純に安倍晴明に勝ちたかっただけなのではないでしょうか。
――せっかくなので伺いたいのですが、第2部 第5.5章で渡辺綱が事前に倒していた英霊2騎というのは、いったい誰だったんですか?
奈須エレナ・ブラヴァツキーとカリオストロ伯爵です。それを真面目に描写すると長くなるという判断で、ライターさんがショートカットしたんですよ。カリオストロはいずれ出てくるかもしれないですね。
――もしかして、年末特番“Fate Project 大晦日TVスペシャル2020”で公開されたシルエット画像の最後の1騎がカリオストロですか?
武内カリオストロではありません。残りの1騎は、一応年内には登場する予定です。
奈須彼も素晴らしいデザインなのでお楽しみに。
――第2部 第5.5章からもう一点、源頼光と渡辺綱も、坂田金時のように大具足を所持しているのでしょうか?
奈須金時ぐらいしかエネルギー源になれないため、あの規模の大具足は金時専用ですね。そもそも頼光にはたぶん必要なく、それに頼光はあっちのほうで……。
――え、何かあるのですか?
武内それはまだナイショです(笑)。
奈須頼光については、いつか深堀りできるときに。
第2部後期オープニング主題歌は、アルトリア・キャスターの歌
――奈須さんは昨年から監修を一部降りていたと伺いましたが、そのあいだはシナリオ監修はどのように行われていたのでしょうか?
奈須ライターチームに任せていました。それで昨年9月から今年夏のイベントまでは、ほぼノータッチです。ただ“イマジナリ・スクランブル”だけは、amphibianさん(※8)に自分がお声掛けしたこともあって、ガッツリ監修しました。このイベントはamphibianさんも初めての『FGO』ということで慣れないところもあり、既存キャラクターの台詞は各担当ライターが責任を持って監修しています。自分はネモとスタァ。バレンタインのカレンも大切なキャラクターなので担当いたしました。
――『FGO』の監修からいったん離れてみて、いかがでしたか?
奈須自分は『FGO』でずっと、他のライターさんから来たシナリオをチェックして手を入れたり、「ここを直して」と言ったりと、常に自分が見ていた状況だったんです。それが昨年の11月以降は、シナリオをゲーム中で初めて味わうことになったわけで。特に今年2月以降は「このイベントはこうなったんだ。おもしろい!」という形になって、6年目にして「初めて『FGO』を遊んでいる」と思いました(笑)。「シナリオの先が分からない!」と(笑)。それもこの8月からは元に戻っちゃうんですが。
――第2部後期のオープニングムービーで気になったのですが、セイバーオルタが冬木の地に立っていました。第2部後期の映像で、なぜ冬木市が出てくるのでしょうか?
奈須ちゃんと忘れないでね、ということです。それ以上は言えません(笑)。
――主人公たちが千子村正や言峰綺礼と戦っているところはどこなのでしょうか?
奈須じつは、第2部後期のオープニングを作ってもらう際、その時点で妖精國などを盛り込んでしまうとネタバレになるので、アニメスタッフさんには好きなように作ってもらったんです。ですから、あのシーンがゲームに出てくるというわけではありません。
武内そのほかの絵素材もまったく間に合っておらず、わずかにでき上がっているものだけで「オープニングを作ってください」とお願いして、でき上がったのがあの映像です。それであれだけすばらしいものを作れる、監督の榎戸駿さん、原画の坂詰嵩仁さんは、本当にスゴいですよね。
奈須オベロンの絵はできていたものの、泣く泣く「顔は隠してね」と伝えました。それでエフェクトをかけてもらったのですが「邪悪」という反応にはビックリしました(笑)。
武内エフェクトを外したら、いつもの羽海野さんの絵でいたずらっ子みたいに笑っているんですよ(笑)。
――同じ映像では、男女の主人公が少し成長しているような気がしました。
奈須『FGO』の初期は悩み、立ち上がる主人公を描いていましたが、それを乗り越えた第2部の後半では、凜々しい表情にしてもらいました。
武内「走り出す」という歌詞のところで実際に走っている、あそこが最高に好きなんです。すごくテンションが上がりますよね。
――女主人公の髪の毛が伸びているように見えますが、月日が経っているということなのでしょうか?
武内結んでいた髪の毛をほどいたデザインになっています。それで大人びて見えるのかもしれません。
――主人公たちが着ている礼装がゲーム内に登場しておりませんが、あれはいったい?
奈須あれは最後の決戦仕様の礼装です。実装は、もうしばらくお待ちください。
▼2021年12月31日にマスター装備“決戦用カルデア制服”が実装された。
――主題歌『躍動』の歌詞と、第2部 第6章の内容がリンクしていると感じたのですが……。
奈須『躍動』は完全に、アルトリア・キャスターの歌です。ブリテンの結末までプレイしてもらえれば、伝わると思います。
――『躍動』のCDジャケットのマシュは、どのようなシーンを想定して描かれたのですか?
武内本当はアルトリア・キャスターを描くのが正しいんでしょうけど、CD発売時には発表前なので、いろいろな想いをマシュに託して描いた絵です。イラストとしては初めて、マシュの両目が見えているんです。そんなこともあって、個人的に思い入れのある絵になっています。
――マシュの“空白”が少し埋まった、といったニュアンスも込められているのでしょうか?
奈須じつは第2部 第6章のボリュームが増えた理由として、マシュの話をしたかったというのがあります。マシュは主人公のオプションじゃないんだよ、と。他ライターさんはそれぞれの異聞帯を表現する事に専心している、マシュ単体の話を盛り込む余裕はなかった。なので余裕のある……あったかな……自分がやるしかなかった。ただでさえ第2部 第6章はやることが多かったところに、マシュの話も入ってきて、どんどん増えていったんです。
それで、第6章の前半でマシュ本人の人間としての方向性というか、問題提起を出して、その解決は先の章になると思います。なのでまだ空白が埋まったわけではない。空白を意識してもらったあとで、第7章で答えが出せれば、マシュの答えが見えてくるのではないでしょうか。