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追加ファイターたちに込めた思いや今後のことなど、すべて聞きます!
- 全DLCファイター発表を終えて
- まさかのソラ参戦!! その背景とは
- (1)ジョーカー:アルセーヌとセットで資料が倍加!
- (2)勇者:堀井雄二さん了承のもと実現したこと
- (3)バンジョー&カズーイ:ワザと楽曲アレンジで初の試みが
- (4)テリー・ボガード:“いちばんカッコいいテリー”を目指して
- (5)ベレト / ベレス:発売前の『風花雪月』を極秘プレイ
- (6)ミェンミェン:両腕が独立してこその“『ARMS』感”
- (7)スティーブ / アレックス:全ステージのデータを作り変えて実現
- (8)セフィロス:『FFVII AC』と同等の衝撃を生むために
- (9)ホムラ / ヒカリ:限界に挑んで“ホムラとヒカリ、ときどきレックス”
- (10)カズヤ:“デビル化”が必須だった理由
- 参戦発表という“お祭り”
- 桜井さん、YouTuberになりませんか?
- バランス調整の基本は“ファイターの個性を殺さない”
- 『スマブラSP』の制作は“トライアスロン的”だった
- 『スマブラ』次回作についての考え
- 本誌コラム&連動企画もお見逃しなく!
追加ファイターたちに込めた思いや今後のことなど、すべて聞きます!
2021年10月19日に最後のDLCファイター・ソラが配信され、ついに究極の“全員参戦”が完了した『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL(以下、『スマブラSP』)』。
週刊ファミ通2021年11月18日号(2021年11月4日発売)では、本作のディレクターである桜井政博氏に、『スマブラSP』発売以来ひさびさとなるロングインタビューを実施。約3年の月日で追加されたDLCの話題を中心に、たっぷり語っていただいた。
本稿は、誌面で掲載されたインタビュー記事に、誌幅の都合で掲載しきれなかった部分も追記したロングバージョンとなる。ぜひ最後までご覧いただきたい。
(※インタビュー実施時期:2021年10月上旬(『ソラのつかいかた』公開後で、ソラが配信されるよりも前のタイミング)
桜井政博氏(さくらい まさひろ)
有限会社ソラ代表。言わずと知れた、『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズのディレクター。『星のカービィ』、『メテオス』、『新・光神話 パルテナの鏡』などのディレクターとしてもおなじみ。
全DLCファイター発表を終えて
――まずは、11ファイターの発表が終わっての、いまの率直なご感想をお願いします。
桜井「平和だなぁ……」と思っています。
――“平和”ですか。
桜井プロジェクトは、キャラクター班が終わり、モーション班が終わり……といった段階を経て、わたしにもだんだんと余裕が出てきています。いまは一部を残し実作業はほとんど終わっていて、かなり時間ができてきました。つぎの仕事が発生していないこの時期がいちばん平和で、いろいろなことができて本当にうれしいです。
――大きなお休みが取れたら、どんなことをしたいとお考えですか?
桜井ドライブをして、そのまま宿泊するような旅行がしたいですね。いままででも、日帰りで出掛けるくらいならできてはいましたが、連泊となると情勢的にも難しかったので。
……ただ、家には猫もいますから、これまでと自由度は変わらないかもしれません。本当は、日本一周くらいしたいのですが、わたしが家を空けると、とっても寂しがってしまいますから(笑)。
まさかのソラ参戦!! その背景とは
――ではさっそくですが、全11体の追加ファイターについてお聞きしたいと思います。まずは、なんといっても最後の追加ファイターであるソラについて。『ソラのつかいかた』の中では、『for』の時代から参戦要望アンケートでトップだったことが明かされていましたね。
桜井アンケートに関しては、世界中から投票が集まりました。もう、とんでもない数。その中で、早々にトップとなったのがソラでした。
――まさしく、みんなの待望だったわけですね。
桜井一部では「〇〇を参戦させよう!」といった組織票を作るような動きも見られたそうなのですが、世界中からの膨大な投票の前には、それは些細な数値でしかありませんでした。とくに集計結果の上位ともなると、ある程度のラインを超えた時点で逆転が起こりえないくらい安定した結果になるもので。なかでもソラは、早い段階でそのトップに躍り出たキャラクターでした。
――参戦発表時のファミ通コラムでは、「ユーザーの参戦希望が髙くても、実現は無理だろうと考えていた」とも綴られていました。それが、実現できたことが本当にすごいことです。
桜井きっかけは、とあるアワード会場でディズニーの担当者さんにご挨拶させていただいたことです。ソラ参戦が世界で高く望まれていることを担当者さんにお伝えしたところ、うれしいことに、担当者さんや関係者間でも“参戦”を望まれているというお話を聞きました。
しかし、担当者さんやわたしがよいと思っても、それで話が決まるわけもなく。その後には任天堂、ディズニーさん、スクエニさんによる長い長い話し合いの結果、実現に至っています。
――その長い三者協議においては、桜井さんがみずからプレゼンをすることもあったのでしょうか?
桜井いいえ。わたしはあくまで、“参戦”の結果を受けてから仕様を書き始める立場です。“参戦”は、仕様を書くよりももっと前の段階で決まることですから、そこでわたしが何かするといったことはありません。
――ソラの参戦ムービーに関してですが、これまで同様、プロットは桜井さんが担当されていますか? また、何か制作秘話はありますか?
桜井はい、変わらずわたしが担当しています。裏話といえば……、ディズニーさんからの制作ガイドラインを確認し、それを理解してから考えて1時間半で書いた、とかでしょうか?
――1時間半!? もともと、イメージがあったものを調整して、ですか?
桜井いいえ。ゼロから考えたものです。ただし最初は、マリオに専用デザインのキーブレードを振ってもらおうと考えていました。マリオがキーブレードを振るうと、鍵穴が出現するといった流れで。
でも、原作の設定では「キーブレードを使えるのはキーブレード使いだけ」ですよね。一時的に持ったりはできますが、すぐに持ち主のもとに戻ってしまう。ですので、これは修正して、いまの形になりました。
キーブレードを使えるのはキーブレード使いだけ https://t.co/7ZOAJEKxhB
— 桜井 政博 / Masahiro Sakurai (@Sora_Sakurai)
2021-10-13 12:00:03
――そちらのバージョンも見たかった……!
桜井じつは、こういった“キャラクターの制約”のために参戦動画のプロットを変えたのは、これが初めてのことでした。つまり、“案2”がある初めてのプロットということになります。
制作にあたっては、マリオが炎を握って投げる部分の描写にはかなりこだわっていて、最初は手袋が焼け焦げる表現もありましたね。
――“焼け焦げる”というのは、どんな意図からですか?
桜井なんらかの痛みを伴って投げている、という雰囲気にしたかったからです。その表現はなくなりましたが、力の振るいかたや回転の仕方について、かなり調整しています。
――発表の映像を見ただけでも、「まさしくソラだ!」と思う動きばかりで感動しました。
桜井実際、よく表現できていると思います。ただ、原作を正確になぞるだけでは元気な動きに見えません。ここは『スマブラ』なりのノウハウやディレクションで、さまざまな加工をしています。
――ソラの参戦ムービーの反響は確認されましたか?
桜井もちろんです。すべてを追い切れているとは言えませんが、ものすごく大きな反響をいただきました。自分やチームが作ったものが、これだけ多くの人に受け入れられ、感激されるというのは、本当に感謝してもしきれません。原作のパワーがあってこそですが、制作していて、そういう機会に巡り合えたこと自体が幸運です。
――では続けて、ファイターとしてのソラを制作するにあたってのコンセプトを教えてください。
桜井なにしろ最後のファイターですからね。ソラって、原作の終盤になればなるほど、地に足がつかない、飛ぶような戦いかたをするんですよね。だからそこは、しっかり再現しなければと思いました。
仮にそうではなかったとしても、DLCファイター全員を見たときに、空中戦を優先すべきとは思っていました。これまでにそういうファイターはいないですし、『スマブラ』にとって空中戦は非常に重要な要素なので。……じつは、『スマブラSP』のおおもとの企画段階で、空中でのスマッシュ攻撃を入れるかどうかを検討していたんですよ。
――それは驚きです。
桜井複雑になりすぎるのでやめたのですが。それほどまでに、空中戦は大事だと考えています。それなのに、空中での選択幅がちょっと少ない。なにかと言えば通常空中攻撃か、前空中攻撃でけん制をくり返すことになるという。
――確かに、上位プレイヤーほどジャンプを使った攻撃を多用しますね。
桜井そういう部分を調整すれば、より深い駆け引きが生まれることは確信しています。でもやりませんでした。それは、“カジュアル”と“ガチ”との線引きがここまでだと思っているからです。
ソラの制作にあたっては、そんな空中戦をカジュアルに楽しめることをコンセプトにがんばりました。空中でのコンボもそうですし、柔軟な空中での復帰もそう。一方で、全体的に軽過ぎとか、攻撃が出るスキなどで、バランスを取っています。
このインタビューのタイミング(2021年10月上旬)では配信されていないので、実際の評価が出てくるのはまだ先となりますが、いまのところは「これでいいかな」と思えるバランスです。
また、3つのまほうが交代で出るのも特徴ですね。それぞれのまほうの使い道や、横必殺ワザなども含めて、ソラらしい戦いかたになっているので、楽しんでほしいです。
(1)ジョーカー:アルセーヌとセットで資料が倍加!
――それでは、ほかの追加ファイターも振り返ってください。まずはジョーカーに関してですが、裏話などがあればお聞きしたいです。
桜井DLCの第1弾ということで、いちばん最初に手を付けるべきファイターでした。ですが、それは、本開発のマスターアップ数ヵ月前という、もっとも忙しいタイミングで企画を書かなければならないファイターでもあったわけです。
――聞いているだけでも恐ろしい。
桜井DLCを作るということは、いろいろな企画を最初にあげておかないと、グラフィックやモーションを始め、さまざまな物を作り始めることができません。しかも、追加ファイターにはそれぞれ、そのファイターにしかないシステムを入れようと考えていましたから、マスターアップが迫る中で、そういったことも同時に決めなければならなくてですね……。
さらに、ファミ通本誌の連載コラムでもしばしばお話ししましたが、ファイターのモーションを作ってもらうときには、フィギュアでポーズ写真を用意していました。そして、ジョーカーのシステムといえば、“アルセーヌ”の存在がありますね。つまり、その素材も、アルセーヌも合わせた2体分を撮る必要があったんです。
とくに忙しい中、写真制作の作業が、普通のファイターの2倍必要だったわけでして、いやぁ……とてもたいへんでした。
(2)勇者:堀井雄二さん了承のもと実現したこと
――勇者に関してはいかがでしょうか?
桜井まずはこの場を借りて、すぎやま先生のご冥福をお祈りいたします。勇者については原作が『ドラゴンクエスト』ですから、参戦するだけでもエラいことで、許諾に関しては任天堂チームにとてもがんばってもらいました。
声については、そもそも原作には声がなかったので、予定していなかったんです。しかし、『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて S』が発表されてみたら、なんと声が入っていたので、それに合わせて勇者全員に声を入れよう、と。
声が決まっても、呪文の名前は叫ばないことにしていたけれど、やっぱりメラは“メラ!”と叫んだほうがおもしろいです。しかし、アニメを除くほかのゲームで、呪文の名前は叫ばないはず。結果として、堀井雄二さんに了承していただき、呪文の声を実装することができました。
ファイターとしての特徴は、やっぱりコマンド入力です。『スマブラ』にコマンドを出現させて、MPも消費するなんて『ドラクエ』っぽいどころか、ジョークの域です。でも、それが独特な駆け引きを生んだのは確かで、ほかのファイターではありえない戦術を取れます。上位プレイヤーの対戦もおもしろいです。
――当初“運ゲー”と呼ぶ人もいましたが、堅実に強いファイターだと理解されていきましたね。
桜井コマンドは長所短所のあるくじ引きのようなものなので、もしも強いものを引き続ける豪運なプレイヤーがいた場合でも、十分に対抗できるのかどうかについては、いろいろな議論や調整をしました。それでいて、ザラキやマダンテが決まったときには、とても痛快ですよね。
――戦っていて、何度叫んだかわかりません。
桜井とは言え、連続で勝ち抜くには相当なテクニックが必要です。運を活かすのも腕ですね。
(3)バンジョー&カズーイ:ワザと楽曲アレンジで初の試みが
――続いてはバンジョー&カズーイです。
桜井新規参戦希望のアンケートで、ソラのつぎに投票が集まったのが、バンジョーとカズーイでした。ファイターとしては“ふたりでひとり”が特徴でありつつ、唯一、1回のミスまでに5回しか使えないワザを持たせたファイターでもあります。そんな唯一のワザなのに弱かったらつまらないので、威力に関してはガツンとあげて、無敵状態がついていたりと、かなり強力な性能に調整しています。ですので、一発にかける気持ちよさがよくでたファイターだと思います。
楽曲に関しては、『スマブラ』で初めて、アレンジを海外の音楽家さんにお願いしました。担当したグラント・カークホープさんはバンジョー&カズーイのもともとの曲を担当されている方で、我々の意図をしっかりと汲み取ってくれて、いいものに仕上げてくださったので、ありがたかったですね。
――参戦ムービーがキングクルール参戦ムービーと同じネタで、笑ってしまいました。
桜井いわゆる天丼ですね(笑)。これはおもしろさだけでなく、制作コストを下げるという狙いもありました。……参戦ムービーって、本当にコストがかかるんですよ! おそらく、皆さんが想像するよりもはるかに太っ腹な動画なんです。重要な見せ場はリッチに、そうでないところはできる限りコストを下げる。そんな工夫によって実現しているのが参戦ムービーというわけですね。
なにしろこれらのDLCは、ファイターはもちろん、ステージや曲もついてたったの662円[税込]なので!
――本当に破格だと思います! ちなみに、バンジョー&カズーイが参戦希望の上位だったのは、日本では少し意外に思った方も多かったようですね。
桜井国内でも十分に支持されている前提がありますが、やはり、海外の市場が大きい証明ですね。売上だけではなく、ムーブメントのようなものも含めて、日本が1、海外が3くらいの割合を占めていると認識しています。
加えて、『スマブラ』に関しては、“キャラクターが出尽くしている”こともあるのではないでしょうか。もしもサムスが参戦していなかったら、サムスがダントツで参戦希望のトップだったと思いますし、キャプテン・ファルコンだってそうです。
すでに大きな要望を飲み込んでいまの『スマブラ』があり、だからこそしかるべきキャラクターが要望されるということなのでしょう。
(4)テリー・ボガード:“いちばんカッコいいテリー”を目指して
――つぎに、テリーについてはいかがでしょうか。
桜井まず、参戦ムービーは、開発チーム内(バンダイナムコスタジオ)で作っています。ドット絵は新しく描いたもので、そのままネオジオのものを流用しているわけではありません。
――そうだったんですね!
桜井ギース・ハワードが落下するシーンでは、原作とは袴の柄が違っていて、『餓狼伝説3』などにでてくるギースの袴になっていますね。それ以外の部分も新たに作っています。
あと、ファミ通本誌のコラムでも少し触れましたが、このドット絵を描いたのは、『源平討魔伝』のドット絵を担当した方です。そういったナムコの重鎮が、SNKの絵柄をマネするということに、たいへんおもしろさを感じています。
――開発チームは多士済々なんですね。では、ファイターとしてのテリーはいかがですか。
桜井“いちばんカッコいいテリー・ボガード”を目指しました。昔の、こういうスタイルのキャラクターを、現代風にとは言わないけれど、いかにカッコよく表現できるかが大事かと。そのために、体型や動きだけではなく、エフェクトをモヤッとさせずにパリッとした雰囲気にしたり。間合いや溜めなども意識して、全体的にカッコいいテリー・ボガードにする。
企画の合間に『FIGHTING EX LAYER』などが発売されたり、外伝的に女性になったテリーなども登場しましたが、ほかの作品でどんなテリー・ボガードが出てきても、十分にキャラが立つ存在にしたかったんです。
――テリーは超必殺ワザも大きな特徴ですね。
桜井超必殺ワザは、ぜひとも入れたかった独自システムです。“蓄積ダメージが100% を超えると特別なコマンドを受け付ける”というのは、ピンチとチャンスという意味で、『スマブラ』ととても相性がいいものです。
コマンドについては、『スマブラ』のプレイヤーがそれを求めているかは一瞬迷いましたが、簡易コマンドなども含めて、使えたらおもしろいですよね。そこで、それを連発しても強くなりすぎないよう十分に調整をし、実装に至りました。
結果として、気持ちよくて、ワザの名前を叫びたくなるファイターになったと思います。
――世代を超えて“バーンナックル”、“パワーゲイザー”といったワザ名が認知されましたよね。
桜井若い人にとっては「テリー? 誰それ?」という人も多いかもしれません。しかしどんなファイターでもそうですが、最初に知っているかそうでないかは重要ではなくて、ここで知ってくれればいいと思っています。
(5)ベレト / ベレス:発売前の『風花雪月』を極秘プレイ
――ベレト / ベレスについては、これまた特殊な環境での開発だったとお聞きしています。
桜井まず開発する時点で『ファイアーエムブレム 風花雪月』が発売されていなかった! でも内容を知らないとファイターは作れませんから、とにかくゲーム概要を原作チームに聞きました。……が、話だけでは、ちんぷんかんぷんで(笑)。
――『ファイアーエムブレム』シリーズの中でも、変わったシステムですよね(笑)。
桜井「3つのクラスがあって、将来的に戦うことになるんですよ」と聞かされても、想像なんてできるはずもなく……。そこで、開発中のROMをお借りしてひと通り遊ぶことになりましたが……これが、また、たいへん!
デバッグモードのようなものはありましたが、3つの学級のルート+αを全部やるとなると、膨大な時間がかかります。それなのに、当時はトップシークレットなので、家に持ち帰ることはもちろん、ほかの社員に見られることも許されませんでした。だから、自分の仕事時間の合間にオフィスで、誰にも見られないようにプレイする……それはそれはヘビーでした。
――『風花雪月』をプレイして、そのとんでもないボリュームを知っている人なら、いかにたいへんだったかよくわかるエピソードですね。
桜井そうやってがんばって、理解を深めたところで、“3つの学級”という要素をしっかり活かさないとダメだろうな、という考えに至りました。それで、象徴となる3つの武器を3つの方向にあてがい、実装するという形にしたわけです。
また、ステージにゲストキャラクターを配置していますが、その人選についても企画時にはプレイヤーの反応を見ることができませんでしたから、「きっと人気が出るはず!」と予想したり、『風花雪月』の開発チームに取材をした結果を反映させています。
――参戦発表は『風花雪月』が発売されてからまだ半年ほどのころで、まさに遊んでいる最中の人も多く、本当にうれしいサプライズでした。
桜井新しいゲームのキャラクターが入るのはとてもよいことで、ひとつの理想だと思います。参戦ムービーに関しては、アニメパートとゲームのセリフパートがあり、両方とも『風花雪月』に関わった会社が作っています。アニメがサンジゲンさん、ゲームのほうがコーエーテクモゲームスさんですね。
ちなみに、ベレスは原作であまり笑顔を見せるキャラクターではないのですが、参戦ムービーの演出的におもしろいと思ったので、笑顔で飛んでいく形にしています。
(6)ミェンミェン:両腕が独立してこその“『ARMS』感”
――ここからはファイターパス Vol. 2に入ります。ミェンミェンについてはいかがですか?
桜井まず、『スマブラSP』本体の開発中に、同じく開発中の『ARMS(アームズ)』を一度拝見しています。ただ、その段階ではファイターとして参戦させることはとても無理で、スプリングマンをアシストフィギュアで参戦させるのみになりました。
そこから時が経ち、ファイターとして参戦することになったわけですが……「どうすればいいんだ?」と頭を抱えました。皆さんは「腕を伸ばせばいいじゃん」と思うかもしれませんが、単純にキャラクターのワザを当てはめるだけでは、『ARMS』っぽくならない。原作のよさを出すには、右腕と左腕が独立して動かないといけません。
また、『ARMS』には他作品で言う必殺ワザのようなものがとくになくて、アームの違いで個性を出していくゲームだったので、その点でも難しかったですね。AボタンとBボタンで両腕を司って、ツインで攻撃できるといういまのシステムにしたことで、『ARMS』感を強く押し出して仕上げました。
――非常に個性的なこともあって、上手な人に使われると、初心者には対処が難しいファイターだと感じる人もいるようです。
桜井上手な人を相手にすれば、どのファイターでももれなくきびしいですが……。ほかと同じく、強い部分があっても弱い部分もあって、総合バランスが取れていればよいと思っています。ミェンミェンに関しては、長所が目立つので相応しい弱点を増やしたほうがよいと思ったし、幾度となく指摘をしたこともあります。が、基本的にはバランス調整チームの見解と結果を信じています。
――調整チームを信頼して任せているわけですね。
桜井わたし自身、そこまで上級者ムーブはできないですからね。「慣れた人にはちょうどいいのかなぁ?」と。
――ただ、初級者目線で見ても、操作して楽しいファイターで、人気も高いですね。
桜井ちなみに、『ARMS』には個性的なキャラクターがたくさん登場しますが、その中からミェンミェンが選ばれたのは、『ARMS』プロデューサーの矢吹さん(※任天堂・矢吹光佑氏)から、「ユーザーの人気が高いから」と推薦があったためです。結果として、女性ファイターが増えて華やかになり、よかったと思います。
(7)スティーブ / アレックス:全ステージのデータを作り変えて実現
――つぎは全世界が激震したスティーブ/アレックスですが……とんでもない仕様ですよね。
桜井本当に、どうしていいやら(笑)。
――本当に(笑)。いったいどうやって、あんなファイターの仕様を生み出したのですか?
桜井なんといっても『Minecraft』ですから。ブロックを設置できなきゃダメだろうと思いました。そう考えるだけなら簡単ですが、それにともなうプログラマーの苦労というのは、わたしにもある程度は予想できました。「これ、できるのかな?」と思いつつも、仕様を考えて、なんとかできたわけですが、じつは、全ステージのデータを作り変えたりしてなんとか実装しているんです。
――スティーブのために、すべてのステージを作り変えたんですか!?
桜井ブロックを配置するために、ステージの中に見えない格子のようなものを用意する必要があり、それをゼロから設定していかなければなりませんでした。
基本的に『スマブラ』では、足を踏み入れられなくなるような場所を作らないようにしているのですが、そもそも、ブロックのような、当たり判定が突然できるものを想定していません。デバッグは念入りに行いましたが、ブロックを設置することで地形抜けができてしまったり、不具合を防ぎきれないものもありました。開発している側から見ると、もう、ひと目でヤバいとわかるステージがあったりもして(苦笑)。
いまのところ、大会などで酷いことになっていなくて安心しています。大事な場面で、バグによって決着がつきました、なんてことになったら目も当てられませんからね。
――ファイターの個性も、『Minecraft』をがっつりプレイしている桜井さんならではのものになっていると感じました。
桜井実際、とても遊んでいましたからね。もちろん、大前提として、ほかのファイターのゲームを遊んでいないという意味では決してないことをご理解いただきたいですが。
『Minecraft』は幅広い層のプレイヤーが遊んでいるゲームなので、もっと操作が単純なファイターにする考えもありました。……しかし、ここは凝るべきだと思った!
特殊なアクションが多くて、プログラム担当者には苦労もかけました。エリトラ(※)の飛びかたひとつとっても、本当に難しかった。
※エリトラ:『マインクラフト』に登場する、空を飛べるようになる装備。
――“飛びかた”ですか?
桜井自分の中では、急降下、急上昇、滑空という一連の動きがイメージされているのですが、実際にその動きを担当企画やプログラマーに理解してもらい、実現するのはとても難しいことでした。さらに、その通りの動きができても、ゲームの中で強くなりすぎないよう、多岐に及ぶ調整をしなければなりません。そうやって、ひとつひとつの動きを完成させていった結果が、いまのスティーブ/アレックスなのです。
――本当に見えない部分も作りこまれたファイターなのが伝わってきます。
桜井あらゆる意味で『スマブラ』の限界に挑戦したファイターとなり、すべてがカツカツ! そのぶん、やれることはほかのファイターとは断然違うものになっているのは間違いありません。
それからひとつ裏話を。8Pカラーでエンダーマンが使えますが、これが暗い背景に溶けて見えないという問題があり、「こんなに見えないから改良しなければならないよね」ということを制作担当者に説明する必要がありました。
そこで、スクリーンショットを撮って「この中にエンダーマンがいる! 探してみよう!」というクイズをLv1、Lv3、Lv5といった難度で挑戦してもらったことがありました。製品版では、体のまわりにわずかなふちどりを加えることで、ある程度改善されています。
※「エンダーマンを探せクイズ」は、別の記事で詳しくご紹介しています。ぜひ挑戦してみてください!
(8)セフィロス:『FFVII AC』と同等の衝撃を生むために
――続くセフィロスは、なんといっても参戦ムービーが衝撃的でした。熱烈なファンが多いキャラクターですが、誰もが納得した最高の映像だったと思います。
桜井ファンの思いにしっかり応えるには、それなりの下準備や土壌が必要です。やっぱり参戦ムービーはあのように作らなければ、いまのような反響はなかったと思っています。『ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン』の存在はとても強大でしたし、同等の衝撃を生むものをちゃんと作ろうということを目標に掲げました。
そこで参戦ムービーは、展開も演出も、セフィロスの凶悪さや、ただ者ではない印象を、いかに醸し出せるかどうかを考え、インパクトを出せるように制作しています。
――ファイターとしても尖った性能ですよね。とくに、刀のリーチの長さは尋常ではなくて、こちらもインパクト絶大でした。
桜井正宗の長さに関しては、最初はまとまるわけがないとも思いましたが、「でも、ミェンミェンよりは大丈夫」となりました。最終的に、リーチは長いが、隙は大きかったり、当たり判定が細かったりすることでバランスを取っています。
また、隙の大きいワザが多いことで、大会やVIPマッチなど、上級者が集まる場面で一等賞を狙いにくいことも懸念しました。しかし、セフィロスについては、“高火力・高出力”を誰でも手軽に体験できることが大事だと思い、いまの形にしています。印象が強いファイターに仕上げることができてよかったです。
――配信直前には、勝てばいち早くセフィロスが使える“セフィロスチャレンジ”が開催されて、これにもとても驚きました。
桜井より盛り上がりを強調するべく開催しました。……が、じつは、これもいろいろなところで苦労がありまして。
――ただでさえ忙しいのに、自分で仕事を増やしてしまったわけですしね。
桜井本当は、もっと簡単に作るつもりだったんですけどね! 開発につき合わせたスタッフには申し訳なく思っています。
――そんなこととは露知らず、配信がクリスマス直前だった私たちは「ちょっと早いクリスマスプレゼントだ!」なんて盛り上がっていました。
桜井クリスマスセフィロスですか(サンタ帽?をかぶるジェスチャーをしながら)。「思い出にはならないさ……」。
――とてもうれしい思い出になりましたよ!(笑)。
(9)ホムラ / ヒカリ:限界に挑んで“ホムラとヒカリ、ときどきレックス”
――ホムラ / ヒカリについては、そもそもふたりということで、衝撃が走りました。
桜井よく入ったなといまでも思っています。最初に心配したのは、“ひとつのメモリに常駐できるのか否か”というハードの限界についてでした。つまり、ホムラ、ヒカリ、レックスがまとめて1ファイターぶんのメモリ領域に収まっている必要があったからです。
ホムラ、ヒカリ、レックスそれぞれが『スマブラ』でいちばんといっていいほどコスチュームが複雑で、登場させるだけでも本当にたいへん。また忘れられがちですが、Nintendo Switchで発売されているゲームにおいて、『スマブラSP』のように秒間60fpsを維持しているソフトは、決して多くありません。その中で、60fpsを保ちつつ、レックスまで出すことのなんと難しいことか。
さらに、対戦している8人が同時にホムラとレックスを出す可能性も想定しなければなりませんしね。ぎりぎりまで切り詰めて、なんとか収まっているのです。
――軽快なアクションの裏に、そんなご苦労が。
桜井ちなみに参戦キャラクターを、主人公であるレックスにする案も考えていましたが、主役級で検討した末に、ホムラかヒカリ、どちらかと言えばホムラがいいだろうと思いました。
企画段階ではいくつかパターンも考えていて、“レックスのみ”、“レックスにときどきホムラ”、“ホムラにときどきレックス”、“ホムラだけ”、なども検討し、最終的に“ホムラとヒカリ、ときどきレックス”となりました。この形にしたのはいい判断だったと思っています。
――多くのユーザーが喜びましたし、ファミ通編集部でも大好評です(笑)。
桜井やっぱり『スマブラ』で動くホムラ / ヒカリは、それだけでとても魅力的ですよね。また、わたしとしては、アニメテイストのキャラクターを作らせてもらったというのも画期的なことでした。これまでの中で、いちばんの“ジャパニメーション”なキャラクターでしたから。
(10)カズヤ:“デビル化”が必須だった理由
――カズヤについてはいかがでしょうか?
桜井原作がガチの格闘ゲームですから、その“3D格闘ゲーム感”をどのように出すかがポイントでした。
――ファミ通本誌のコラムや『カズヤのつかいかた』などで、『鉄拳』は“間合い”、『スマブラ』は“座標”のゲームといった違いも説明されていましたね。
桜井はい。似ているけれど、『スマブラ』と『バーチャファイター』や『鉄拳』はまったく違うジャンルのゲームだとわたしは認識しています。その中で『鉄拳』らしさを出すには、8方向のレバー入力は必須だろうと考えました。
――「そう来たか!」とびっくりしました。
桜井さらに、ふっとばすためのワザと、コンボができるワザは大きく分別。これにより、いろいろなワザの組み合わせを楽しんだり、簡単にコンボができるようにして、『鉄拳』らしい遊びを可能にしました。
そのうえで、“デビル化”によって『スマブラ』特有の動きも補う。もしも、“デビル化”がなかったら、成り立ちませんでしたね。たとえば、『鉄拳』から参戦するのが三島平八だったら、復帰技なんて「どうにもならん」としか言えません。気合弾でも飛ばして上に飛ぼうか? それとも、クマに投げてもらう? どう考えても、ギャグにしかなりませんよね。
だから、主役級のカズヤに“デビル化”という設定が備わっているのは、本当にラッキーでした。
――カズヤといえば、レイジも大きな特徴です。
桜井負けているんだけど、最後には勝つ。『餓狼伝説』の超必殺技もそうなのですが、多くの格闘ゲームは“逆転性”を真剣に考えていて、その要素として、『鉄拳7』にはレイジシステムがありました。そんな逆転性は『スマブラ』とマッチしていますね。
それも含めて、どんな相手や状況でも受けて立つようなキャラクター性が出たのは、じつに『鉄拳』らしくてよかったです。
――配信後のファンの反応もおもしろいです。『鉄拳』プレイヤーが初めて『スマブラ』に触れて、「普通に『鉄拳』ができる!」と遊んでいたりするケースも多いようですね。
桜井『餓狼伝説』や『ストII』もできますからね(笑)。その再現度を保ったまま、全体のエッセンスのようなものについては、ほかのファイターと比べてもメリハリがついたのではないでしょうか。
ただ、ワザの出だしの遅さなどの弱点があります。これはセフィロスと同じように、上位プレイヤーが集まる大会での優勝には近づきにくい個性を持つファイターでしょうね。もちろん、上位でも勝ちやすくする調整はできるのですが、『スマブラ』はそこを目指しているゲームではないので、やりません。初心者の視点から見たら、いまのカズヤの横スマッシュ攻撃をくらっただけで仰天してしまう強さであり、スキを削るトレードオフでこれを弱めるような調整はしません。
カズヤは操作を極めればとくにおもしろいファイターなのは間違いなくて、その爆発力によるカタルシスを体感してほしいです。
あと、これは余談ですが、カズヤは重量級のファイターにできたのもよかったです。追加ファイターはどうしても主役級のキャラクターが選ばれやすく、そういったキャラクターの傾向として、体重が軽かったり、手数が多くてリーチは長いタイプのファイターになりがちなんですよね。そんな中でカズヤを制作したので、「やっと重量級を作れた!」と思っていました。
――こうして振り返ってみると、本当にすごい面々が“参戦”しましたね。
桜井『スマブラ』としての駆け引きを保ちながら、原作のシステムを引っ張ってくるのはとても苦労しましたが、それぞれに課題があり、開発していて本当におもしろかったです。きっと原作の内容を知っている人ほど、「あそこがこんなふうになってる!」と、楽しんでもらえる内容に仕上げられたと自負しています。
参戦発表という“お祭り”
――振り返ると、新しい配信のたびに大勢のゲームファンが大いに盛り上がり、お祭りのような体験ができたのは、本当に楽しかったです。
桜井定期的に来るお祭りというのはいいですよね。楽しんでくれた皆さんはもちろんのこと、関わったすべての人に、本当に感謝しています。
こういったお祭りの下地をしっかり用意するうえで、自分がゲームに詳しくてよかったと心底思います。いちから原作を研究する必要は、『風花雪月』以外は一切ありませんでしたから。
――さらっと発言されていますが、これほど大規模なゲームを開発するかたわらで、それができていることこそが本当にすごいことです。
桜井いえいえ、『スマブラ』を作るなら、ふつうのことです。息を吸うぐらいふつう。そのぐらいはゲームをプレイしていないと……(笑)。
――桜井さんご自身は、お祭りを仕掛けようという意識は、つねに持っていらしたのですか?
桜井もちろんです。やはり、盛り上がってもらいたいですから、発表形態も意識しました。たとえばE3の開催が近いタイミングであれば、その直前となるNintendo Directで発表するとして、その中で出すならばどのファイターが適切なのかなど、しっかり考えています。
ゲームにおいては、広報と開発は両輪であって、どちらが欠けてもうまく走ることはありません。おもしろさやクオリティーはもちろん大事ですが、それ以上に、広く知ってもらわなければないのと同じものです。そのために、何を、どのような見せかたで仕掛けたらいいのかについては、ふだんから意識しています。
――最後のファイター発表がスペシャル番組だったのもうれしかったです。
桜井最後については、Nintendo Directの一部ではなく、1本の番組にして解説するのがふさわしいと思い、あのように作りました。
――ちなみに、ソラの参戦ムービーの冒頭は『スマブラSP』初公開映像から続くような演出で、フィナーレとしてとても感動的でした。最初から「最後はこうしよう!」と考えていましたか?
桜井まったく考えていませんでしたが、結果的に、最後の着地の仕方としては、とてもうまい見せかたができたとは思っています。
桜井さん、YouTuberになりませんか?
――参戦発表時には、毎回『〇〇のつかいかた』が配信されるのも楽しみでした。この番組を配信することになった理由をお聞かせください。
桜井最初に、これからいろいろなDLCを作ろうとしたとき、独特なシステムを持つファイターが多くなることは予想できていました。つまり、遊び手にはより丁寧にファイターの性質を説明する必要があるのですが、ゲーム内説明書だとあまり見られない傾向がありますし、Webサイトに掲載しても見る人は少ない。ベストな方法は何かと考え、いまもっともメジャーなメディアである動画を使うという結論に達しました。
かくして最初に作られたのが、ジョーカーを紹介した『Ver.3.0 アップデート 紹介映像』だったのですが、これがとても手間がかかった! それぞれの映像を収録し、編集なんてやっていたらキリがありません。今後も作るとなると、とてもではないが予算が足りませんでした。
もっとコストがかからない方法はないものかと検討した結果、「桜井さんがプレゼンするのがいちばんなのでは?」と、任天堂の担当者に言われまして。つまりYouTuberをやりませんか? と(笑)。
――そんなやりとりがあったんですね(笑)。
桜井わたしも「それしかないな」と思いました。番組内でも何度か「予算がない」と言っていますが、あれは冗談ではなく、かかる時間や、手間、コストが本当に足りていなかったのです。ならば、わたしがゲームの画面を前にして、コントローラを触りながらゆるくプレゼンする番組でいったらいいのではないかな、と。
『スマブラSP』発売の1ヵ月前、壇上に立ち、お客さんの前で実演をしました。『新・パルテナ』などでもやっていますが、このようなノリで、パッとお話することはできそうでした。映像を届けることはしやすい時代になっていますから、適している方法だったと思います。
――もしもYouTubeがいまのように一般化していなかったら、別の形で情報を発信していた可能性があるわけですね。
桜井あるかもしれませんね。YouTube以外の方法で動画を作っていたかもしれないし、テキストベースのものが適切な状況であったならそうしていたでしょう。世代に合わせたやりかたは、つねに考えていなければなりません。
――『〇〇のつかいかた』は、桜井さんは開発チーム内でもこうやってプレゼンをしているのかな……と、裏側を見ているような気になってワクワクしていました。
桜井実際、スタッフに伝えるときも同じような方法を使っていますね。たとえば、モーションや仕様の説明をするときにふたつのコントローラを使って説明するのは、大いに有効な手段です。
――有効なのは番組を見ていてよくわかりました! が、あれは桜井さんにしかできない手段ですね(笑)。ちなみに、『〇〇のつかいかた』では、急降下を使ったコンボといった「初心者には難しいのでは?」と思うテクニックを含めて解説されることもありました。具体的に、どのようなユーザーを想定して動画を作っていたのでしょうか?
桜井そういったテクニックは、勝つための方法ではなくて、より楽しく遊ぶための方法として紹介しています。たとえば、一般的な目線でソラを遊ぶと「ジャンプして、攻撃して、終わりか。ふーん」で終わる人も多いはずです。でも「こんな動きもできます」と可能性を見せておくことで、初めて、より触りがいのあるファイターだと気づいてもらえます。その先にどういった工夫ができるかが、ユーザーに預けるべき部分だと考えています。そうしないと使われもしないで終わってしまいかねませんから。
――『スマブラ』をより楽しく遊ぶための知識を伝える場所という点では、過去のシリーズで展開されたWebコンテンツ“スマブラ拳!”(※)の延長線上にあると言えそうですね。
※スマブラ拳!:過去の『スマブラ』作品で展開されたWebコンテンツ。桜井さん自身が、作品のさまざまな情報を紹介したり、プロモーション企画を実施したりした。
桜井何かを人に伝えるというのは本当に難しいことで、周到な用意をしなければなりません。せっかくファイターを作るのであれば、芯まで知って遊んでほしいですから!
バランス調整の基本は“ファイターの個性を殺さない”
――アップデートに合わせて、ゲームバランス調整も都度行われてきましたが、調整をする際に、基準は設けているのでしょうか?
桜井基準と呼べるかは定かでないですが、ファイターの個性を殺さないような調整を心掛けています。公平を目指して調整をしていくと、ファイターはおもしろさを失ってしまうもの。極端な例ではありますが、完全に公平なバランスにするのであれば、マリオVSマリオにすればいいのです。しかし、それではおもしろ味がないですよね。
そのファイターにしかない強みがあり、弱みもある。それぞれのファイターがそれを押し付け合うから、賛否両論が生まれつつ、いろいろな駆け引きが生まれる、というのがベストです。
それぞれの調整チームから出た意見は必ず確認していますし、その中で「これは個性を殺してしまうからやめよう」という話をすることもしばしばあります。そして強すぎるのであれば、長所を削るのではなく、短所を加える方針です。
――短所ですか。確かに『スマブラSP』の調整では、いままでできたことができなくなるようなことがほとんどありませんでしたね。
桜井それは意識しています。できていたことができなくなるのは、がっかりしますからね。それが、いわゆる“即死確定コンボ”のようなものであれば考えなければなりませんが、最低限は守りたい部分です。なるべく、弱くする調整はしません。
――開発のスタッフにコンボ検証班といった役割の方はいらっしゃるのでしょうか?
桜井もちろんいます。そして、実戦で使いものになるのかどうかについては、つねに検証を行っています。いまできていることは、許容できるものと判断して実装に至ったものです。0%からの撃墜コンボなどがよく挙がりますが、何もしない相手やCPに入っても意味がありません。『スマブラ』はやられた側も操作ができますから、それを含めて実戦で入るかどうかが大事ですね。実際、大会などで確定コンボが猛威を振るうようなことはないので、問題ないと見ています。
――調整の内容はオンラインの戦績や大会の結果を踏まえて行われることもありますか?
桜井大会の結果だけを踏まえて調整してはいないと前置きしますが、総合的にはもちろん見ています。オンラインの対戦データや、大会の対戦内容や、大会での総合的なファイターの使用率などですね。
いまは、上位の大会になるほどいろいろなファイターが入り混じることになっていて、非常にいいバランスだと思います。そういった部分は、大会の模様なども見て確認しています。
――大会もご覧になっているんですね。
桜井具体的にどれを見ていると言えないのが心苦しいですが。立場上、たとえばわたしが「〇〇の大会を見ている」などとTweetしてしまうと、事情を知らない海外の方がたくさん見にきて、コメント欄が英語ばかりになってしまうという危険性が出てきたりします。あるいは、この大会は見ているのに、こちらの大会を見ていない、といった不公平があるといけませんから。
――では、ご自身でユーザー主催のガチ大会を確認されることもありますか?
桜井すべてではありませんが、見ています。上級者の動きは、芸術的であるとさえ言えますね。それと反対ですが、カジュアルなものも見ています。最近だと“にじさんじ”さんが開催したものも見ましたね。
――まさか、桜井さんの口からその名前が出るとは驚きです。
桜井むしろ、ああいったカジュアルなルールのほうが興味深く拝見させてもらっています。「強さで1位を目指す」という遊びかたについては、ゲームの根っこさえちゃんとしていれば、上級者が自然に競ってもらえるものと考えています。だからわたしは、目に入りやすい上位層よりも、一般層のことを考えなければなりません。
ゲームバランスを最上級者に合わせすぎてしまうと、どんどん遊ぶ人を選ぶゲームになってしまいますから、やりません。ほとんどの格闘ゲームが抱えている悩みに近いかもしれませんが、いまのガチ勢に、初心者はついていくことが難しくなっています。なのに、現在のおもな対戦形式、全体的なプレイヤーの意識はガチ寄り、試合風になりすぎていて、その遊びしかないかのような雰囲気が出てしまっている。
アイテムやオートハンデなど、腕の差があっても逆転できる土壌はあるので、より活用してほしいところですが。
――みんな、負けるのは嫌ですからね……。
桜井そこが永遠の課題です。わたしとしては、初心者にも一発逆転の余地を残し、裾野を広げなければならないと考え続けています。
――過去のシリーズから桜井さんがおっしゃっていることですね。
桜井ガチ風に遊ぶのか、エンジョイ風に遊ぶのかは遊び手にかかっています。そして、『スマブラ』は好きに遊んでいい作りにしています。これは、昔の『スマブラ』からスタンスを変えていない部分で、これからも変わりません。
オンラインで勝利を目的にしたり、大会などがより盛んになることで、いかにもガチの1on1しかないゲームに見えることもあるかもしれませんが、実際にはそれぞれのご家庭で起こっていることこそが大事だと思っています。友達どうしや兄弟などで、ガチャガチャプレイし、思わぬアクシデントに笑うような対戦。共闘もできますし、ひとり用の各種モードを遊ぶのもよいかと思います。
広くて深いゲームプレイを目指している『スマブラ』は、設定と選択次第でかなり幅のある遊びかたができます。「何をしなければならない」ということは一切ありませんので、好きなところを見つけて自由に楽しんでもらえればと思います。
『スマブラSP』の制作は“トライアスロン的”だった
――以前より桜井さんは、作品を作り終えるたびに「等しくたいへんで、今回が特別たいへんだったことはない」といった発言をされていますよね。……とはいえ、流石に『スマブラSP』は、今回ばかりは、特別たいへんだったのではないでしょうか?
桜井いいえ。時間はかかっていますが、特別なことではありませんよ。もちろん、『スマブラSP』の企画段階ではチームに300人ほどが携わりましたし、広報系の連携など、密度感の高い仕事をしていました。しかし、DLCのみの制作になってからは、人も減っています。減っているということは、わたしがこなす監修作業も比例して減るので、仕事は少なく、期間は長くなるわけです。
……いや、少ないと言っても、ほかのゲームと比べたらやることはより多いと思われますが……それでも、本編制作に比べたらまだマシです。
――「まだマシ」ですか……!
桜井ただ、トライアスロン的にいろいろ求められたのは、これまでにない感覚でしたね。ひとつのキャラクターだけでなく、さまざまなゲームの世界設定をまとめるために、あるときには『ゼノブレイド2』のことを考えているし、その数分後には『Minecraft』のことを考えるといった、切り替えの連続でした。そんな制作をクリアーしていくのは、アスレチックのようで楽しかったです。
『スマブラ』次回作についての考え
――『スマブラSP』で、『スマブラ』は行き着くところまで行ったと言いますか、これ以上ないくらい巨大なコンテンツとなりました。解答が難しいのを承知でお聞きします。次回作を作ることは、そもそも可能なのでしょうか……?
桜井ムリですね! ムリ、ムリ!
――そんな(笑)。
桜井まず、続編を作ることは考えていません。が、これは、毎度考えていませんからね。いつもこれが最後だと思って作っています。しかし、毎度そう言いながら続編が出続けてきたわけですから、「これで『スマブラ』は最後です」とは言い切れません。未来の可能性というのは山ほどあって、そこに“未来の『スマブラ』”がある可能性は存在し続けるでしょう。
しかし、いろいろな面で限界が来ているのは確かなことで、次回作でファイターを削るなど、ユーザーをがっかりさせる行為をしてまで『スマブラ』を出すべきなのかは、考える必要があるでしょう。
――『スマブラ』の続編が、桜井さんディレクションのもとで制作されることを望む人が多いと思います。一方、過去のコラムでは、「ゲームのシリーズを何十年も続けるためには属人性を排する考えかたがある」とも綴られていました。
桜井いろいろなシリーズがそうですが、もともとの原作者がいなくなってしまったときに、それを引き継げる人がいるのかどうかは考えなければなりません。
先日、『ゴルゴ13』のさいとう・たかを先生が亡くなって、プロダクションで作り続けるといった発言があったばかりですが、おそらく、同じマンガでも『ベルセルク』のような作品であった場合は、判断は異なっていたでしょう。作品が作家性に依存すればするほど、作品の存続は難しくなっていくものなのです。
そして、少なくとも、『スマブラ』において、わたし抜きで制作をするのは、いまのところ道筋が見えません。たとえば、参戦ムービーひとつをとっても、外部に丸投げしても、同等の完成度にはならないでしょう。また、どこかのスタッフが『スマブラ』のノウハウを溜め続けていることもありません。さまざまなゲームタイトルのエッセンスを捉え、仕様にまとめることも難しいと思います。そもそも、ディレクターやファイター立案を、わたし以外の誰かがやったことすらもないです。そんな中で、任せて成功しうるかどうかについては、真剣に考えなければなりません。
――うーん、それができるほどのスーパーマンみたいな人材となると……。
桜井正直、自分がたいへんなので人に任せたいとは思っています。実際に試してみたこともあるのですが、うまくいっていないのが現状なのです。ゼロを1にする以外の部分ではできるかもしれませんが、何もないところからのとっかかりを作ることに関しては、まだ糸口を見つけられていない段階です。
もしも、シリーズを存続するのであれば、わたしと任天堂のあいだでやりとりを行い、どのような形にすれば成功するのかを議論しなければならないでしょう。シリーズを続けたいのなら、将来的に、真剣に考えるべき課題ですね。
――ありがとうございました。終わるのが名残惜しいですが、最後に『スマブラ』を愛する皆さんへメッセージをお願いします。
桜井いままで、皆さま本当にありがとうございました! やはり、DLCでここまでいろいろなことができたのは、ひとえにそれを支えてくれる人々がいるからで、とても感謝しています。
いろいろなことができる作品に仕上げているので、ぜひ、ひとつの遊びにこだわらず、好きなことをやっていただければうれしいです!
本誌コラム&連動企画もお見逃しなく!
インタビューは以上となる。なお桜井氏は、週刊ファミ通にて人気コラム「桜井政博のゲームについて思うこと」の執筆を続けてきたことでも知られているが、本コラムは2021年11月18日号(2021年11月4日発売)掲載のVol.640をもって惜しまれつつ終了した。当該号は、桜井氏が表紙を飾るとともに、18年7ヵ月におよぶコラムの歴史を総括する大特集も掲載された永久保存版とも言える内容となっている。電子書籍版はいつでも購入可能なので、ぜひご覧いただきたい。
週刊ファミ通2021年11月18日号(BOOK☆WALKERで購入) 週刊ファミ通2021年11月18日号(Kindleで購入)またファミ通,comでは、以下の記事でコラム最終回に合わせた連動企画として8本を紹介しているので、こちらも要チェック。コラムをまとめた単行本も、Kindleでいつでも購入可能だ。
「桜井政博のゲームについて思うこと」単行本既刊(Kindle版)の購入はこちらから