2022年11月24日、新潟県の開志専門職大学にて、橋本真司氏による講演“ゲーム産業とともに歩んで”が開催された。

 橋本氏は長年スクウェア・エニックスに在籍し、現在は退職。その後はソニー・ミュージックエンタテインメントのシニアアドバイザー、フォワードワークス取締役会長を兼任している。

 講演後、橋本氏にインタビューの機会を得ることができた。本記事では、橋本氏の今後について、さまざまなことをお聞きした。

聞き手:ファミ通グループ代表・林 克彦

橋本真司(はしもとしんじ)

元『ファイナルファンタジー』シリーズ・ブランドマネージャー。スクウェア・エニックス専務取締役、スクウェア・エニックス・ホールディングス理事を歴任。2022年6月よりソニー・ミュージックエンタテインメントシニアアドバイザー、フォワードワークス取締役会長。開志専門職大学の客員教授も務める。

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経験は若者たちに伝えるべき

――講演で、とくに伝えたかったポイントはどこになるのでしょうか。

橋本いまの若者たちがゲーム業界で活躍するために、少しでも経験談やいまの業界の情勢を知ることで、判断が大きく変わると思うんです。講演では、僕がプロデューサーを長年務めた中で「このまま同じことをやっていてもダメだ」と、自己否定をしています。

 仕事というのは、時代に合わせて変えていかなくてはなりません。IT業界だから、今後も安泰なんてことはありませんから。今後も海外からどんどん波が来る中で、そこで慌てないように自分ならではのオリジナリティを身につけて、対処していってほしいです。

――ゲームクリエイターに限らず、自分ならではの武器を持つべきだという話ですね。

橋本カンタンなお話で、たとえばラーメン屋っておいしいから行くわけですよね。本当においしければ、何度も通いますよね。何に対しても、人様からお金を貰うのであれば、真摯に向き合わないと続けるのは難しいです。それがラーメンじゃなくても、ゲームだろうが何だろうが同じです。

――橋本さんはこれまでも数々の講演をされていますが、自分の経験を踏まえて現在の情報を若者たちに伝えていきたい気持ちがあるのでしょうか?

橋本これは自分がその立場だったときにそう思ったのですが、経験談やノウハウくらいはつぎの世代に伝えてから引退すべきだと思うんですよ。儲かる秘訣とかは、秘密にしていて当たり前だと思います。それ以外のところは、反面教師にしてほしいと言いますか。いろいろありすぎて息子からは「こんなお父さんみたいな人生はイヤ」と言われていますよ(笑)。

――あはは(笑)。講演の中では“NFT”や“メタバース”などのトレンドワードに、「中身がないと流行らない」と触れていましたね。

橋本遊園地がわかりやすいです。遊園地って入った瞬間におみやげ屋があったりしますが、その先にアトラクションの数々がありますよね。そこが魅力なのであって、おみやげ屋さんだけじゃ、飽きるんですよ。おみやげ屋さんだけ豪華にしたけど、その先は作り込まれていないみたいなのが多くて。それだと1日で飽きます。

 その先の楽しみがたくさんあるからこそ、妄想が膨らむわけです。「今回はこのアトラクションしか楽しめなかったけど、あれも楽しそうだからまた来よう」って。そのたびに、季節ごとのおみやげを買ったり、レストランで食事したりするわけです。

 “1日で遊びきれない、また楽しみたい”というのは、エンターテインメントの基本中の基本です。昨今よくいる“メタバース”をただ立ち上げたい人に言いたいのは、そこを考えてほしい、ということです。

――たしかに、蓋を開けてみれば単なるオンラインロビーのような場合もありますね。中身のコンテンツがなくて。

橋本皆さん、作りかたに試行錯誤されているかもしれませんね。とりあえず豪華なロビー作って、綺麗なショップを作ってみて、カワイイTシャツを売ったりしてみて。でも、お客さんが増えなくて「なぜ?」ってなるんですが、当然です。その先のお楽しみを見ていないからです。

 それをわからず見切り発車するのを見ると、心配で仕方がないです。講演でも言いましたが、オンラインロビーを作るだけでもサーバーコストがかなり掛かるので、たいへんです。始めたら、365日24時間の運営が求められるんですから。

――そういったところも、講演でおっしゃった“一芸を磨く”という部分が関わるのでしょうか。

橋本たとえば映画ですが、ハリウッド映画みたいに1本毎回数百億円なんて掛けていられませんよね。邦画で数十億円使えることも、珍しいんじゃないでしょうか。そんな中で、磨き上げた匠の技で、クオリティーの高い作品を作るしかないですよ。アイデア勝負で映像を作り上げて、おもしろい作品になっているのがすごいです。

 ただ、ソニーの“エアボード”っていう2000年ごろに発売されたタッチ型テレビがありましたが、あれはもういまでいうiPadの先駆けですよね。もっと言うと、“ウォークマン”があったからこそiPodが産まれて、iPhoneになるわけですよね。アイデアはいいものの、その先に日本は1歩行けないのも事実ですが。

――この先、開志専門職大学ではどのような講演を行う予定でしょうか?

橋本ひとつは、今回の講演のような体験談になりますね。また、一部タイトルを例に挙げて、ゲームの作りかたも教えていく予定です。また、僕の話だけではなく、ゲーム業界関係者を呼んでお話できればいいなと考えています。ゲームのプロデューサーと、ディレクターの両方の面を教えていきたいですね。

 また、ゲームクリエイターの多くは、だいたい東京に缶詰状態で、新潟には何かしらのきっかけがないと行かないと思います。新潟ってお米はもちろんおいしいですし、そのお米から作られるお酒や、漁港が近いのでお魚だっておいしいです。そういったところでも、リフレッシュして楽しんでほしいなという気持ちがあります(笑)。

新たなコンテンツも制作中?

――現在橋本さんは、スクウェア・エニックスを退社され、ソニー・ミュージックエンタテインメントのシニアアドバイザー、フォワードワークス取締役会長を兼任されています。なぜ、このような立場になられたのでしょうか? その経緯を教えてください。

橋本スクウェア・エニックスでは定年退職を迎えました。65歳前後で、現場でまだ仕事をしているという人は、僕の周りでは少ないです。溜めたお金で、老後生活をしている人がほとんどです。僕ものんびりしたいな、という気持ちはあります。

 ただ、このご時世、60代だろうと70代だろうと、引退したらヒマで仕方ないと思います(笑)。本当は1年くらい世界旅行をしたかったのですが、コロナ禍でそういうワケにもいかず。1日フラフラしていても仕方ないので、誘われているウチは華だと思うので、なぜ僕を必要としているのかを聞いて、その上でサポートができれば、それはとても楽しいことだなと。

――では、ソニー・ミュージックエンタテインメントと、フォワードワークスからお誘いがあったと。

橋本はい。どうせやるのであれば、単なるお飾りでいるようなアドバイザーには留まりたくありません。まだ腕が錆びついていないのであれば、新しいコンテンツを立ち上げたいと考えています。いまのところ、具体的には何も言えないのですが。

――肩書きだけ見てしまうと、プロデュースからは離れられるのかなと思ったのですが、そんなことはない、と。

橋本フォワードワークスのチームメンバーは、「橋本さんって、取締役会長なのにバリバリ実務もやるんですね」と驚いています(笑)。

――そうなんですね(笑)。フォワードワークスはスマートフォン向けアプリをメインにしていますが、橋本さんはこれまで家庭用ゲーム機向けのタイトルをメインに扱っていましたよね。

橋本そこはあまり気にしていません。プロデュースするコンテンツ次第であって、結果どのプラットフォームでリリースするのかは、とくにこだわりはないです。フォワードワークス自体もこれからさまざまに進化、成長していきます。そのためにお役に立ちたいですし、自分自身としてもモノ作りに携わっていきたいと思っています。

――まだ仕込み段階ではあると思いますが、今後いろいろと新たな展開が発表されそうですね。

橋本もちろんです。ぜひ続報をお待ちください。

――ソニー・ミュージックエンタテインメントのシニアアドバイザーというのは、どんな活動をされているんですか?

橋本なかなかデリケートなので明かせないところも多いのですが、たとえば「このミュージシャンを売り出したいが、どうしたらいいのか」ですとか、そういった戦略的な相談に乗ったりしています。

――また、開志専門職大学には橋本さんにゆかりのある資料が、多数貸出されるとお聞きしています。

橋本はい。僕が“橋本名人”として活動していたころの衣装ですとか、『ファイナルファンタジー』関連の貴重なアイテムなどを寄贈しました。本来はスクウェア・エニックスさんの倉庫に預けていたのですが、退職する際に引き取るか処分するのか、みたいな感じになってしまって。あまりにも量が多いので、だったら開志専門職大学さんに預けて、それもいろいろと役立ててもらえればなと思ったんです。

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――最後に、ゲームファンに向けてメッセージをお願いします。

橋本まだまだ生きています(笑)。現在取り組んでいることに関しては、今後お知らせできたらと思います。また、ゲームの資料やグッズなどが今後、開志専門職大学にて見られるようになると思いますので、もし機会があれば新潟まで足を運んでみてください。

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