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第7回: ゲーム翻訳者は翻訳前に担当タイトルを遊ぶべきか問題
公開日時:2013-09-12 00:00:00
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こんにちは、LYEです。どうですか、皆さんハッピーにゲーミングをエンジョイしていますか?
僕はというと、実は今度インディーPCゲーム『Anodyne』というタイトルをウチ(架け橋ゲームズ)で日本語化することになり、ちょう興奮しております。しかも翻訳者僕だけ!イヤッホゥウウウウ!
『Anodyne』のテキストは淡々とした語り口にひねったネタを混ぜ込むという自分の大好物スタイルなので、とてもいい仕事ができたんじゃないかなと自負しております。公式サイト/Steam/GOG/Desura/App Store(iOS版)で購入できますので、ぜひ遊んでみてください。
……といっても、このブログで「プロがちゃんと仕事できればきちんとした翻訳になる」という主張を繰り返しているため自らハードルを上げすぎてヤベエのですけど。しかしソレが事実であることに変わりはないので、自分は粛々とベストを尽くすだけでアリマス!!
さてさて、今回のテーマは題名の通り「ゲーム翻訳者は翻訳前に担当タイトルを遊ぶべきか問題」です。先に告白しておくと、LYEは「Anodyne」の翻訳にあたり、かなりゲームをプレイしました。でも、「ゲーム翻訳者が担当タイトルをプレイするのは費用対効果が悪い」ケースが多いと思ってます。
ん? 矛盾してますね。じゃあ僕は単に、翻訳者として名前出してるから、ビビって保身のために実機プレイしているのでしょうか? 正直言ってそれもあるかもしれません。でもソレ以外にも大事な理由があるのです。ちなみに、以前書いたようなSimShip(同時期発売)の場合、「そもそも開発途中のゲームが不安定すぎる」という問題がありますが、今回は英語版がすでにリリース済みで、日本語版はSimShipではないので当てはまりません。今日はその辺のお話について、モリモリ書いてみようと思います。
というわけで以後では、「ゲームの翻訳対象言語数 x 翻訳者数 = けっこう多い問題」、「ゲームを遊んでもすべてを記憶できるわけではない問題」、「プロジェクトの規模と準備作業負荷のバランス問題」、そして最後にちょう大事な「言語テスト大事」について説明していきます。どうぞお付き合いくださいませ。
なお、毎度のことですがこのブログの目的は「正解」を書くことでも、特定の企業やタイトルを貶めることでもありません。単純に自分が経験してきた範囲で「翻訳者/ローカライザー視点でこう思うよ」という個人的主張を述べ、その結果として「現時点で現実的な方法で」世の中のローカライズ版タイトルの品質向上を支援し、同時にゲーマー諸氏の理解の手助けになったらいいな、というのが狙いであります。
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■ゲームの翻訳対象言語数 x 翻訳者数 = けっこう多い問題†
まず第一に、ゲームが10言語にローカライズされる予定で、さらに各言語の翻訳者が5人の場合、携わる翻訳者の合計は50人になります。
このとき1人につき2日ゲームをプレイしてもらいましょうとなったら、人件費だけでも100人日分のコストが追加になりますし、機材の手配にさらに時間がかかります (おまけにこのコストは人件費と同じかそれ以上にかかる) 。
あと開発中のゲームにはステキなタイトル画面やメニュー選択画面もないので、何をすればデバッグメニュー上でゲームを開始できるかについてすら色々と説明が必要になります。
そしてコストだけでなくスピードの問題にもなるので、品質向上ひいては売上向上につながるよという確たる証拠がない限り「金も時間もかかるけど売り上げにつながるかどうかはわからないプロセス」でしかないわけです(ここはさまざまな人達が尽力して少しずつ理解されつつありますが、全体としてみれば世界的にもまだまだです)。
もちろん、翻訳者それぞれに遊んでもらうのがベストというのはみんな分かっている話ですが、(一部の大手企業などはそうしてる) しかし赤字になったら次のゲームを作ることもできなくなるので、コストを正当化するのは容易なことじゃないです。
あと余談ながら、IT系ソフトウェア、マーケティング素材翻訳などと比較してゲームローカライズの料金は安いです。クリエイティブな仕事なのに何でなんでしょうね…。そんなわけで、追加コストは余計と目立ちます。
このようにカネの話ばかりすると「結局カネかよ、大人ってキタネエ!!!」、「愛が足りねえ!」と思われたりしますが、実は翻訳者にとってはもうひとつ、「ゲームを実際に遊ぶよりも効率的にいい翻訳をする方法」があるんです。そいつを次に紹介しましょう。
■ゲームを遊んでもすべてを記憶できるわけではない問題†
「そんでも、実際に遊ばないと分かんないことあるだろうよ」はい、それは確かにあります。でも別の点で、「実際にただ遊んだだけだったら後で困ること」もあるのです。
想像してみてください。あなたは英日ゲーム翻訳者で、一週間前に『HogeHoge Quest』をひととおりクリアしました。今はそのゲームをゴリゴリ翻訳しています。そして……あるシーンで、主人公パーティ(男・女・老爺・幼児)の誰かが、相づちで「I totally agree (スゲー同意ッス)」と言ったとします。誰が言うセリフかはどこにも書いてありません。でも翻訳しなければなりません。
この時、ゲームを一回クリアしたからといって、誰のセリフか100%確実に覚えていられるでしょうか? あるいは、周囲がドッカンドッカン爆発していて時間制限があるシーンで、ゲームをプレイしながらセリフを全部把握することは可能でしょうか?
正直、しんどいです。そしてコレを実機で確認するには、そのイベント直前のセーブデータを読み込んで、そこまで進めて確認しないといけません。じゃあ、そんなセリフが100コあったら…?
もちろん、ゲームデザイン上で意図された“ほのめかし要素”みたいな部分をきちんと訳出するには実際に遊ぶことも大事なので、プレイ動画とゲーム本体の両方があるのが望ましいです。でも結局、翻訳の品質にもっとも影響するのは「それがどんなシーンかを確認できること」なんですよね(イコール、「ローカライザーに推測させない」)。だから、プレイ動画やスクリーンショットが非常に大事になります。
そしてプレイ動画のすばらしい点は、(当たり前ですけど)だれか一人が苦労して作ってくれれば残りの全員は同じように録画しなくていいところにあります。たとえ開発側の誰かがすべての動画を用意するのに5日かけても、翻訳者50人は必要に応じて動画を見るだけでOKなのですから。
乱暴なたとえにはなりますが、映画の翻訳で例えれば、「映像データをすべて渡してもらっていつでも早送り/巻き戻しできる」環境と、「はじめに試写会で一度見ながらメモ取ったら、後は記憶とメモを頼りに翻訳する」環境のどちらがいいか、という話に近いと思います。 理想的には毎回実機で確認できればいいですが、毎回ゲームを起動して当該箇所をチェックするには近年の(特にパッケージ)タイトルは複雑過ぎるし長過ぎますから。
■プロジェクトの規模と準備作業負荷のバランス問題†
じゃあどうしてLYEは『Anodyne』を実際に遊んでいるのでしょう?
『Anodyne』は、「英語版がすでにリリース済み」の「インディータイトル」で、「日本語版のローカライズのみ進行中」です。これは言い換えると、「ゲームはすでに安定していて(英語版はリリース済み)」、「ボリュームが比較的小さく(インディータイトル)」、「他の言語に翻訳している人がいない(日本語版のローカライズのみ進行中)」、と言えます。
さらに乱暴に要約すれば、このケースでは「誰かが資料をまとめるより、翻訳者が遊んだほうが手間がかからない」んですね。まあ、シンプルな理由!!
ではここまでをいったんまとめます。
■まとめ†
以上のことをざっとまとめると、「AAA タイトルなどのパッケージ作品は 多言語多人数で取り組む大規模ローカライズプロジェクトになることが多いので、各人にゲームを遊んでもらうよりも、スケールメリットを信じて資料をしっかり整備したほうが品質も良くなる」に対し、「リリース済みインディータイトルの1言語ローカライズのような小規模プロジェクトでは、翻訳担当者がゴリゴリ遊んでメモ取っとくのが最適解」といった結論に至ります。
AAAタイトルのアプローチをこう書くと、「そんなんでいいローカライズができるかよ、やっぱ遊ばせねーとかクソだな、何人でもやらせろよ」みたいな感想を持たれる方がいらっしゃると思います。しかしそれでも、ゲーマーとしては「お金をかけたけど赤字になってしまったので今後はローカライズ版出すのやめよう」となってしまうのが、一番悲しいと思うのです。
だからパブリッシャーの方には、まずはあくまで、タイトルの規模に合った現実的な施策を試して欲しいな、とLYEは思います。「正解のアプローチ」が存在するのではなく、現状を適切に把握した上で現実的に最善の手を尽くそう、というのが大事なので。
ビジネスの継続性をちょっとずつ探る姿というのはいち消費者から見ればいつだってケチくさいですが、クレバーかつ小さな一手を積み重ねていかねば、顕著な成果を出せないというのはどの業界だって同じですもんね。
というわけで、これにてまとめはオシマイ。 最後に、本件に関わるよくある誤解を解く、大事なことを補足してこのエントリを終わります。
■補足:とっても大事な“言語テスト”の話†
まず「言語テスト」の説明から。これは翻訳者の仕事が一段落した後、実際にゲーム内に翻訳文を組み込んでから行なうテストです。ローカライズがからむゲームで「テスト」という場合、進行不能なバグなど機能的な部分を見る「機能テスト (Functional testing)」と、この「言語テスト (Linguistic testing)」の2種類がある、と覚えてもらえばいいかなと思います。
さて、言語テストについて説明したところで、さっそくローカライズ業界に存在する、常に正しい真理を紹介したいと思います。コレはホントに強調したいので、ここで声を大にして言わせてください。主に、デベロッパーとパブリッシャーでお金とスケジュールの管理をしてる方向けに……。
\翻訳されたテキストの品質は、翻訳完了後の言語テストで磨かれます/
そう、実機を用意しようと、超充実した資料を与えようと、実際に現地語化されたゲームを遊ばないと最後のひと磨きは不可能なのです。この点においては、「ゲームを遊んでないからダメなんだ」という主張は100%正しい、と言えるでしょう。
ちょっとした勘違いがものすごく目立つ誤訳になっていても、言語テスト中なら絶対に気付きます。65点の翻訳を120点にするチャンスも、ゲーム画面上でチェックできる、この段階でのみ可能です。翻訳者向け資料に更新漏れがあって訳文が最新のシチュエーションに合っていなくても、プレイすれば気付けます。「言語的な矛盾はないし物語として道理も通っているけど、ゲームの流れと合っていない(オッサンがオネエ言葉を話すとか)」も、もちろん気付けるのです。
実際、翻訳の質に問題があると言われるケースで、言語テストが充分に行われていれば回避できただろうものをしばしば目にします。もちろん、リリース前でゲームの内容が機密だから大々的なテストを行いにくいとか、時間/予算がないからテストで言語にあまりフォーカスできない……といった、さまざまな実務的な理由があるでしょう。
しかし、それでもローカライズ従事者は、開発サイドの一部に存在する「プロが言語Aを言語Bに変換したのだから、あとは組み込むだけで大丈夫だろう」という誤解を解いていく努力を続けていかなければいけません。矢澤の仕事の柱のひとつも、ココだと考えています。そりゃあバグでゲームが進行不能になるのよりは深刻ではないかもしれませんが、開発チームのシナリオライターやGUIデザイナーが魂込めて作ったものが最後の最後で雑に扱われてしまっているのはとっても悲しいことですから。
この記事が開発者さん、パブリッシャーさん、ローカライズベンダーさんの目に留まり、お互いの話し合いの助けになるようなことがあればと願います……(役立ったらぜひ Twitter: @kakehashigames まで お知らせください~!励みになります)。
僕は本当にこれが、すべてのゲームで「きちんと」当たり前に行なわれるようにしたいです。もしかしたら、より広く知ってもらうためにこの記事は英語化すべきなのかもしれない。とにかくやれるコトからやってくぞー!というわけで終わります。
それではまた、次回までハッピーゲーミング!!
■ワンポイント英単語: Dev
今回の単語は「Dev」、デブ。Development(開発)、Developer(開発者)の略語。どちらの略なのかは文脈によるので要チェックです。
このブログでよく言う「実機テスト」や「ビルドを遊ぶ」は、通常、市販されているゲーム機ではなく、開発用の「開発機」(テスト機)上でゲームをプレイすることを意味します。この「開発機」は英語で「Dev kit」と呼ばれることが多く、カタカナ発音すると「デヴキット」となり、切ない気分になります。
具体的な例では、「It worked on my dev kit. (俺の開発機では動いた)」などのように、華麗に責任逃れする時にも使います。
また「開発者」を意味する時は次のような感じ。「I’ve always wanted to be a game dev!(俺ずっとゲーム開発者になりたかったんだ!)」
このようにゲーム開発者個人、あるいはゲーム開発会社は「ゲームデヴ」となり、これまた日本語の響きとしてはずいぶんな感じになってしまいます。
ちなみにKairo社のヒット作「ゲーム発展国++」(発展は英語で開発と同じDevelopment)は、英語名が「Game Dev Story」だったりします。 このタイトル、一昨年くらいに英語圏で大人気だったんですよね。僕も大好きです。
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