AIの未来を語るディスカッション

 2014年9月2日~4日の3日間、パシフィコ横浜にて日本最大のゲーム開発者向けカンファレンス“CEDEC 2014”が開催。2日目の9月3日に、“クロスボーダー 「AI×言語解析」パネルディスカッション”と題されたディスカッションが行われた。ここではその模様をリポートしていく。まずは出席したパネラー3名のプロフィールと、冒頭のあいさつを紹介しよう。

◆三宅陽一郎氏
スクウェア・エニックス テクノロジー推進部
リードAIリサーチャー
担当作は『クロムハウンズ』、『デモンズソウル』、『アーマードコア5』など。デジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。
「CEDECには2006年から登壇させていただいてます。今回はつぎの世代、これからのAIを取り上げています」。

◆深見真氏
作家・脚本家
TVアニメ『PSYCHO-PASS -サイコパス-』で虚淵玄と共同脚本。ニトロプラスから発売予定の『ネクロマンサー』シナリオ担当。
「人工知能の専門家ではないのですが、ストーリーテリングと人工知能をどう組み合わせていくかという側面から、今回参加させていただきました」。

◆稲葉通将氏
広島市立大学大学院
情報科学研究所 知能工学専攻 助教
対話エージェント、対話処理に関する研究に従事。
「対話エージェントの研究をずっとやっています。今回は人工知能と、対話エージェントに使われる言語についてのお話をさせていただきたいなと思っています」。

人工知能技術はどこまでゲームに実装できるのか!? 白熱のディスカッションをリポート!【CEDEC 2014】_01
人工知能技術はどこまでゲームに実装できるのか!? 白熱のディスカッションをリポート!【CEDEC 2014】_02
人工知能技術はどこまでゲームに実装できるのか!? 白熱のディスカッションをリポート!【CEDEC 2014】_03
▲左から三宅氏、深見氏、稲葉氏。異なるジャンルで活躍する3名が、AIの未来を語った。

言語解析はゲームに本格導入されるべき

 ディスカッションは、それぞれの立場から各テーマの解説がなされ、その後ほかのふたりが絡んでいくという、“公演&ディスカッション”が重なる形式。まずは三宅氏が先陣を切り、今回なぜ言語解析を取り上げたかを語った。
 「言語解析は、コンシューマではとくに、ほとんど用いられていないんですね。RPGやアドベンチャーで毎回NPCが同じ会話をしたり、短調なくり返しの会話が続いたり、それをそろそろ変える時期が来ているんじゃないかと考えています。言語解析の技術を、ゲーム開発に本格的に導入すべき時期ではないかと思います」(三宅氏)。
 三宅氏によると、ゲームで用いられるAIの流れは、アカデミックのAI開発技術に少し遅れて導入される傾向があるという。年月はだいたい10年遅れ。そう考えれば、そろそろセマンティック(コンピュータに文書や情報の持つ意味を正確に解釈させ、文書の関連付けや情報収集などの処理を自動的に行わせる技術)と言語解析が、ゲームに流れてくる時期ではないかと三宅氏は分析。さらに、“言語解析と学習”に関しては、この世代(PS4、Xbox One)でブレイクするであろうと予測を述べた。こういった技術に関してゲーム産業は不慣れなので、今回は専門のゲストを招いてご登壇いただく流れになったそうだ。

 言語解析や物語生成といった技術は、世界的にも未成熟だが、海外でも研究している開発者は多いと三宅氏は語る。そこで、ならばどうやって物語生成をしていくのかについて、三宅氏が紹介した例が“プランニング”というものだ。たとえば、A「地図を持ってない主人公が、ジャンプで地図を入手した」、B「地図を入手して、宝箱を開いて鍵を見つけた」という、“前提→物語→結果”をひとつの要素の単位として作っていく。するとどういうことができるかというと、結果条件と前提条件をつなげることができる。前出の例だと、地図入手(Aの結果)=地図入手(Bの前提)でつながるわけだ。この手法はチェイニングと呼ばれ、どんどんつなげていくことで物語ができ上がっていく。こうしたプランニングを基礎として、物語を自動生成していこという試みがなされているとのことだ。

人工知能技術はどこまでゲームに実装できるのか!? 白熱のディスカッションをリポート!【CEDEC 2014】_04
人工知能技術はどこまでゲームに実装できるのか!? 白熱のディスカッションをリポート!【CEDEC 2014】_05
▲アカデミックとゲーム業界、それぞれのAI進化。
▲小さな要素をチェーンのようにつなげて物語を作っていく。

 続いては稲葉氏が、現在の言語解析の研究の流れをまず語った。その説明によると、昔のAIは、ルールを人が作って、それに沿って会話するシステム“ルールベース”がメイン。これは60年代に主流となるもいったん廃れて、90年代にまた盛り上がってきたが、同時に90年代終わりからは統計的な言語処理というものが広く研究されるようになってきたそうだ。言語は、例外が山のようにある分野で、機械翻訳もうまくいっていなかったが、現在は莫大なデータをもとに、力で解決する流れもあるという。ちなみに機械翻訳では、統計的なデータを使ったものが、人手でルールを作って翻訳するものを、最近ようやく超えたとのこと。最新の主流は統計ベースがメインだが、統計ベースとルールベースを組み合わせたハイブリッドなAIも、トレンドとしてあるらしい。

NPCは同じセリフをくり返す

 ここで深見氏が、三宅氏に質問。内容は、「NPCに話しかけて、同じ答えが返ってくるのは、なんとかなりませんか?」というものだ。洋ゲー好きな深見氏だが、グラフィックがどんどんリアルになっていくなかで、NPCが同じ受け答えをするのを見ると気分が萎えるらしい。これに対して、三宅氏は以下のように答えた。
 「みんな20年まえから同じことは言っています。でもゲーム業界のエンジニアは、言語というものに本格的に取り組んだことがないんですね。これから可能性があるんじゃないかと、今回はこんなディスカッションを開いたわけですが、自分でもこのテーマにどう取り組んでいいか迷っているところです。ただアカデミックな分野でこうした技術が進んでいけば、必ずそこにヒントはあると思います」(三宅氏)。
 この、AIが同じ言葉しか返さないという問題に、稲葉氏もコメントを重ねる。稲葉氏いわく、そこには、AIがコンテキスト(文脈)を理解することができていないという背景があるという。
 「一問一答式だったら、Aに対してBを返せばいいのですが、文脈を考慮するとなると、A→B→CのあとにDと返すことが必要になるわけですね。その何が問題かというと、手間がかかることがひとつ。データで統計的に処理をしようと思っても、データがまだまだ足りません。コンテキストの分析は、いま始まったばかりという感じですね」(稲葉氏)。
 稲葉氏によると、NPCとの自然な会話の実装は、話題を限定するほど可能性が広がるとのこと。ゲームでは人物やエリアなどの設定に依存する部分が大きく、一概には言えないが、設定をある程度限定するのであれば、実現できる可能性はあるようだ。

チューリングテストは公正か?

 続いては稲葉氏の講演の番で、テーマは人工知能と言語について。稲葉氏はまず、「自然言語で会話できるということは、AI黎明期における重要な目標のひとつで、それには“知能=言語=論理的な思考”という伝統的な価値観が大きく影響していると思います」と語り、AIの成功例として以下の3つを挙げ、それぞれ何ができるかを紹介した。

・STUDENT……数学の文章題を解く
・ELIZA……セラピストを真似た会話を行う
・SHRDLU……ユーザーの指示で、仮想環境上の積み木を動かす

 さらに話題は、“チューリングテスト”に及ぶ。これは判定者である人間と機械が会話をして、会話相手が人間か機械か判断がつかなければ、その機械を“知的”とみなすテストだ。最近のニュースとして、“Eugene Goostman”という会話プログラムが、制約のないチューリングテストに合格したとして話題となった。これは人間が書いたルールによって動作するプログラムで、会話相手はウクライナ出身の13歳の少年という設定だ。しかし稲葉氏によると、第一言語が英語でない、5分間の短い会話時間など、実際には制約があるのではと物議をかもしたという。
 「大金と人材を投入すれば、同様に人間をだますプログラムは実現可能でしょう。でもそれが、“知的”と言えるのでしょうか?」と語る稲葉氏。そのプログラムが“知的”かどうかの判断は、非常にデリケートで、議論が尽きない問題のようだ。なおここでは余談として、稲葉氏が自作の会話プログラム“KELDIC”を紹介するシーンも。ユニークな会話のやりとりに、会場には笑い声が上がっていた。

人工知能技術はどこまでゲームに実装できるのか!? 白熱のディスカッションをリポート!【CEDEC 2014】_06
人工知能技術はどこまでゲームに実装できるのか!? 白熱のディスカッションをリポート!【CEDEC 2014】_07
▲スライドでは実際にELIZAと人間の会話が映し出された。
▲大いに物議をかもしたチューリングテスト。
人工知能技術はどこまでゲームに実装できるのか!? 白熱のディスカッションをリポート!【CEDEC 2014】_09
▲稲葉氏が作ったプログラム“KELDIC”。スライドでは、実際に三宅氏とのツイッターでのやり取りが紹介された。

 稲葉氏がつぎに挙げた話題は、初音ミクについて。稲葉氏は、初音ミクのファンは彼女にアイデンティティーを感じているが、アニメキャラのファンは、対象キャラに個性や人となりを感じていないような印象を受けているという。そこで稲葉氏が三宅氏に振った質問が、「NPCに対するアイデンティティーや個性の付与については、どうお考えですか?」というものだ。
 対して三宅氏は、「プレイ中は完全に反射エージェント(対話システム)で、難しいですね。個性立てはどうしても、演出パートに頼っているところがあります。戦闘中も仲間が短い言葉をかけて、おもしろい顔をしてくれるとか、やりたいんですけど……。ある程度の言語処理能力を、NPCにも持たせたいところですね」と返答。現状はなかなか厳しいようだ。
 その答えを受けて稲葉氏は、言語以外の部分の重要性を指摘した。それは言葉の裏、行動の裏を読み取らせる必要があるのではという点だ。NPCも、個性やアイデンティティーが見えてくれば、より仲間意識が高くなる。「チューリングテストも同様です。言葉や行動の裏に個性が見えるかどうかが、本当のチューリングテストじゃないのかなと、個人的には思います」と稲葉氏は語る。

 ここで三宅氏が、ゲームのAIについて補足した。サンプルとして紹介したタイトルは、『Left 4 Dead』だ。同作ではいろいろな状況によって各セリフにルールがあり、評価を満たした数値によってセリフが変化する。この仕組みは、稲葉氏が作ったKELDICも同様だが、KELDICでは人間が作った評価値によってAIが学習していくようになっている。「評価値でAIが学習というシステムは、ゲームでも使えるんじゃないかと思います」と、三宅氏はその可能性を語った。

日本と海外との“身体性”の違いとは?

 最後に講演してくれたのは深見氏だ。深見氏が、日本のゲームにいちばん足りないと思うのは、“身体性”だという。たとえば独裁国のマスゲームや、軍隊訓練の名残といえる体育授業など、規律や訓練で、人間の思考を制御することができる。頭よりさきに体で考える。それが深見氏が重要視する“身体性”だ。
 「だから、自分が人工知能に望むのは、まず体を持ってほしいということなんです。ボディーを作って、ボディーから受ける影響でAIが学習していくということもあっていいんじゃないかと思いますよ」(深見氏)。
 深見氏がゲームをプレイしていて、緊張感がないと感じるのは、コンピュータとの戦いだという。コンピュータはまったく、焦りもなければ恐怖もない。でも、人間どうしの戦いだと、相手には身体性があり、たとえばFPSのマルチプレイなどでは、相手がビビッて隠れている様子がわかる。どれほどグラフィックが美しくても、仮想現実は仮想現実だが、それが人との対戦なら、「俺はアイツに勝った!」という事実が残るのだ。
 「人工知能と身体性のつながりを明白にしていくなかで、ゲームと身体性の関わりも明白になっていけばいいと思います」という深見氏。続いてあげたキーワードが、“ナラティブ”だ。これは最近注目されてきたコンセプトで、ゲームを個人の体験にしていく、といったニュアンスであろうか。深見氏いわく、海外作品のナラティブは、大予算をかけ、多くの選択肢を作って構築されているそうで、これは「シナリオライターにとっては地獄」と感じるほどだそうだ。高い給料で1年間多くのシナリオライターを雇い、壮大に構築される海外のナラティブ。これに対抗する日本のナラティブを実現するには、「早く今回のテーマとなっている自動会話が可能にならないと! そうでないと、とてもじゃないけど対抗できないと思います」(深見氏)。
 さらに深見氏は、最近の海外ゲームの新しい身体性に触れる。そのひとつが過剰な残酷性だ。深見氏によると、人間にはミラーニューロンという共感システムがあって、怪我をしている人を見ると、「痛そうだな、かわいそう」といった思考が働くそうだ。たとえば米国ゲームの過剰な残酷シーンだったり性描写というのは、ミラーニューロンを刺激するためのもので、いかに共感を揺り動かすかが海外ゲームの身体性だというのが、深見氏の見解だ。
 ここで深見氏がサンプルとして挙げたゲームが『ヘビーレイン』。このゲームのすごいところは、オープニングから顔を洗ったり、歯磨きをしたり、まったく無意味に近いアクションが用意されていること。ゲームの途中では、赤ちゃんのオムツを替えるシーンなどもあるそうだ。この煩わしい作業により、プレイヤーとキャラクターの身体性がシンクロしていく。その結果、『ヘビーレイン』の独特なナラティブが構築されていくのだ。

人工知能技術はどこまでゲームに実装できるのか!? 白熱のディスカッションをリポート!【CEDEC 2014】_08
▲日本と海外のゲームでは、身体性への認識が大きく異なっている。

■人工知能で会話も物語も自動生成!?

 最後のディスカッションに移り、深見氏が出した質問は、「身体性を刺激する、新しいAIの可能性は?」というもの。まずは稲葉氏が返答する。
 「身体性のあるロボットやAIの出現によって、知能に対する認識というものが、変わってくるんじゃないかと思います。仲間キャラがAIだとあまり尊重しないけど、人間だと言われると丁寧に扱いますよね。これは我々の、知能に対する認識の問題です。それを変えていくためのひとつとして、身体性があると思います」(稲葉氏)。また三宅氏は、「知能だけを作っていると、じつは知能にはならないんです。身体はその生き物がこの世界にどう関わっているかを示すもので、タコしかり人しかり鳥しかり、身体が決まれば知能は決まってきますが、知能が決まると身体が決まるわけではありません」とコメント。確かにいろいろなイメージや言語は、身体から生まれてくる。たとえば「お腹がすいた」という言葉は、胃がないロボットにはあまり意味がないものだ。
 「海外ゲームは身体性から強力なナラティブを組み立てますが、日本は逆に身体性を希薄にします。ゲームの世界は現実とは違う記号的な、エレガントな世界ですからね。最後にそこで身体性を復活させるには、言語しかないと思っていましたが、今日お話していて、非言語の部分のナラティブが、もうひとつのキーワードかもという気がします」(三宅氏)。重ねて稲葉氏も、「物語性はけっこう重要だと思います。機械的なNPCが突然現れたら、誰でも雑に扱うでしょう。でも序盤からいっしょにいて、ともに成長し、学習、反省、後悔もする。そんな物語性があるキャラなら、AIとはいえ雑に扱われないものができる可能性はあるでしょうね」と語った。

 続いて今度は逆に、三宅氏が深見氏に質問返し。「セリフを作る作業を日々なされていると思いますが、それがいつか人工知能でできるという感覚はありますか? それとも人間しかできないものなんでしょうか?」。
 いかにも脚本家向けといった質問に、深見氏は「モブの会話を人工知能が担当してくれたら、ラクだと思います」と、ユーモアあふれる切り返し。さらに「ゲームのシナリオは量が膨大ですからね。好きなところだけ書いて、街の人々の会話は、専用のAIに任せときゃいいやとなると、書く期間は半分以下になります」と、シナリオライターの苦労をにじませた。
 さらに三宅氏は、「プレイヤーと相手が1対1、1対3といった状況で会話を組み立てるには、言語解析のようなシステムでは厳しいですか?」と突っ込んだ質問を重ねると、受けた深見氏は「AIが限界まで発展すると、最終的にシナリオライターは、最初にキャラクター設定を決める人になって、あとは起こる事件を考える人になるでしょうね。それでプレイヤーが好みのキャラを設定して、物語が自動生成できるようになると、すごくラクだなとは思います」と返答。
 この“物語の自動生成”に、三宅氏が鋭く反応した。三宅氏によると、海外の研究者や開発者も、物語の自動生成システムに注目している人が多いとのこと。カンファレンスなどでも、彼らからは、必ずそこに到達できるであろうという確信らしきものが感じられるそうだ。三宅氏はその要因のひとつとして、欧米の文化がとことん言葉を基本にしているからだと分析する。日本にはあまりない発想だ。「たとえば冒頭に説明したプランニングのような手法で、ゲームの中でどんどん物語が生成されていく。彼らはそういった未来を見ています」(三宅氏)。

“AI&言語解析”の可能性を信じて

 人工知能という議論のつきないテーマに白熱したディスカッションも、いよいよ終演の時間に。最後は、各パネラーのコメントを紹介して、今回のレポートの終わりとしよう。

◆深見氏
「自分は人工知能の専門家ではなく、あくまでゲームプレイヤーなので、三宅先生や稲葉先生の研究が、ゲーム用人工知能に結びついて、傑作が生まれることを期待しています」
◆稲葉氏
「言語処理というのは、いま本当に注目されている分野で、エンタメの世界にもどんどん入ってきています。ぜひ期待に応えられるように、しっかり研究をしていきたいと思います。ゲームの中にも取り入れられるなど、土壌が広がっていくことが、研究発展の要素にもなってくると思っています」

◆三宅氏
「言語解析は、必ずこれからのゲームの発展のキーになると思っています。いまの世代の中心になるはずで、どこかで必ず突破口があり、そこからいろいろなナラティブとか、ゲームの変革が始まる気がしています。きっとゲーム業界の誰かが大きな突破口を開いてくれると思いますので、今日のパネルディスカッションがヒントになってくれればうれしいです」

 同じセリフをくり返す村長、HPは十分なのに回復魔法をかけてくる仲間キャラ……。ゲームにおけるCPUの行動や会話を司るAIに関しては、誰しもが不満を持ったことがあるのではないだろうか。“AI&言語解析”の進化とともに、ゲームへの実装も進み、そうした不満が解消される未来がぜひ訪れてほしいものだ。