何よりも大切なことは“積極性”

 2014年9月6日、神奈川・ヒューマンアカデミー横浜校にて、稲船敬二氏によるセミナーが開催された。このセミナーは、おもにゲームクリエイターを目指す学生たちを対象として行われたものだ。 

ヒューマンアカデミー横浜校にて、稲船敬二氏によるセミナーが開催 ゲームクリエイターになるために1番大切なこととは?_01
ヒューマンアカデミー横浜校にて、稲船敬二氏によるセミナーが開催 ゲームクリエイターになるために1番大切なこととは?_02
▲稲船敬二氏

 講演が始まるとまず初めに、「夢を見ることが大切です。人生というゲームを歩むために大切なのは、目標である“魔王”を見つけることです」と稲船氏は述べた。そのうえで、会場に集まった学生たちに「では、どうやってその夢に近づきますか? どういった努力をするべきですか?」と問いかけた。「プログラムを勉強する」、「企画を考える」、「イラストを描く」といった答えがちらほらと挙がるなか、稲船氏は「いま出た意見はいわば、剣術を磨いてレベルを上げるといったニュアンスのことですよね。自分が強くなって、魔王を倒せるようになるために、修行しようといった段階の話です。もちろん正解です。しかし、それ以前に、もっと根本的に重要なことがあります。何だと思いますか?」と再び問いかけた。これに対してふたりほどが回答したが、どうもほかの学生たちは足踏みをしている様子。自発的に挙手して意見を述べるということには勇気が伴うため、気おくれしてしまうのはよくわかる。
 しかし、稲船氏は、その学生たちの姿勢をやや厳しく指摘したうえで、前述の質問の答えを“積極性”であると語った。「いま積極性を持って挑めた人は何人いますか? 私の質問に答えようとした人は何人いましたか? ほとんどいませんでしたね。それでは、どんなにプログラムを勉強しようと、どんなにイラストをがんばろうと、ゲームクリエイターにはなれません。諦めたほうがいい」という言葉に、涙ぐむ学生も現れた。27年間第一線で活躍してきた稲船氏の言葉だからこそ、胸に刺さるものがあったのだろう。

■稲船氏は誰よりも積極的
 積極性の大切さを物語るエピソードとして、稲船氏のカプコン入社の経緯が語られた。
 当時は、カプコンはまだ小さな会社で、知名度も低かったという。「ここでいいや」と軽い気持ちで選んだそうだが、同時に「受けるからには絶対に合格したい」という気持ちも強かったと稲船氏。
 そんな稲船氏はまず、企業の面接を受けた友人に「何を持って面接に行ったの?」と聞き込んだそうだ。しかし、みんな「学校の課題で制作したものを持って行く」とは答えたが、面接用に新しく作品を作っている人はほとんどいなかった。そこで閃いたそうだ。「みんないまあるもので勝負したがるならば、自分は逆に新しいものをたくさん作って持って行こう」と思ったとのこと。当時、稲船氏が通っていたデザイン学校には、ゲームなどのキャラクターをデザインする授業はなかった。ゆえに、課題で作ったデッサン画や模写では、ゲーム会社へのアプローチとしては弱いと考えたのだそうだ。
 キャラクターデザイナーとして入社試験に難なく合格した稲船氏だが、「それは当たり前ですよね。人と違うことを積極性を持ってやったのだから、評価されるのは当たり前です」と学生たちに語った。
 入社したあとも、稲船氏の持つ積極性は減退しない。当時『ロックマン』の開発が行われ、ご存じの通り稲船氏がキャラクターデザインを担当した。だが稲船氏は、上司から指示されたキャラクター以外にも、自分で新しいキャラクターを作って提出したり、立候補して企画の一部を担当させてもらうなど、持ち前の積極性を遺憾なく発揮し、地位を確立していった。

■キャラクターデザイナーの地位は当時最低だった
 当時のゲーム業界では、企画が一番偉く、そのつぎにプログラマーが偉く、キャラクターデザイナーとサウンドは蔑ろにされがちだったそうだ。だから当然出世は難しい。稲船氏はそれが許せなかった。絶対にキャラクターデザイナーで部長になってやると決意し、実際に部長になり、キャラデザやサウンド担当から有能な人材を引っ張り上げるという改革を行った。そんなことは、積極性がなければ決してできないことだろう。

■質問コーナー
 続いては、質問コーナーに移った。
 これまで積極性の大切さを稲船氏が語ってきただけあり、セミナー開始時とは比べ物にならないほどの人数が挙手をした。
 以下は、それら質問と稲船氏の回答ご紹介する。

Q キャラクターデザインに大切なことは何ですか?
 「デザイン“だけ”をするのが一番だめです。要はキャラクターを作るのですから、もちろん容姿も大切ですが、それ以上に中身が大切です。そのキャラクターが生を受けた瞬間からの生い立ち、環境、いい奴か悪い奴かなどを想像して描く必要があります。企画の段階で言われていないことでも、自分の中できちんと考えていくことが大切です。そうすると、細かい設定がデザインににじみ出てきます」

Q 海外ではインディーゲームが活発ですが、日本はどうなのでしょうか?
 「インディーゲームっておもしろいですよね。大作のコンシューマゲームに比べて、インディーゲームって、手作りの民芸品みたいなイメージです。作者の思いや技術が如実に表れます。さて、アメリカと日本のインディーゲームの違いは何でしょうか。アメリカのインディーには、大きな夢があります。当てれば一攫千金。得られるものが桁違いなんですね。だからモチベーションが高い。しかし日本はそうはいきません。日本はまだクリエイター個人に与えられる権利が少ない。日本は企業本位なんですね」

 なお、クリエイター仲間からは、『Mighty No. 9』がヒットし、インディー業界の可能性を示すことを大いに期待されているようだ。

Q アイデアはどんなときに生まれますか?
 「アイデアを出そうと構えると、逆に出てきませんよね。なので、普段から頭を働かせるようにしています。とくに、会話をしているときなんかが、アイデアが生まれやすいかもしれません。会話って、実はすごく頭を使うんですよね。だからこそ、会議とか、あとはこうして皆さんと話しているときとかにパッと、“あ、これゲームになるな!”と閃くことが多いです。余談ですが、よく「お風呂でリラックスしているときにアイデアが生まれる」と言う人がいますが、あれは嘘だと思います(笑)。本当にリラックスしていれば、頭なんて働きませんよ。頭が働いていないと、アイデアなんて出ないと思います」

Q いままでの、1番の苦労は何ですか?
 「苦労は山ほどしています(笑)。しかし、苦労はなるべく忘れるようにしています。結構私は、業界でもポジティブということで有名なんですよ(笑)。なんでもいいほういいほうに考えます」

Q 専門学校も、海外のほうがしっかりしているイメージがあります。もしこれからクリエイターの地位が向上し、日本の専門学校などがさらに充実したら、日本はいいゲームを作れるようになるのでしょうか?
 「私は、環境はあまり関係ないと思います。私がクリエイターになった当初なんか、いまとは比べ物にならないほど環境は悪かったですよ。私は、ゲーム業界に入った当初は、パイプ椅子でゲームを作っていました(笑)。机もふたりでひとつをシェアですよ。そんな環境でも、なんとかやっていくことができました。むしろ、環境が悪いほうが努力するということもあるような気がします。環境の悪い昔は、みんなガムシャラにゲームを作っていました。環境の整っているいまは、会社に入って安定した給料をもらって、それなりに制作するという状態に思えます。再び日本のゲームが世界からリスペクトされるためには、またガムシャラにゲームを作るような姿勢が求められるのかもしれません」

 質問するため挙手していた学生はまだまだいたが、残念ながら時間の問題上お開きに。
 最後に稲船氏は、「私の言葉、とくに“積極性”の部分を少しでも理解して、この中から若く有望なクリエイターが出てきてくれることを心から望みます。そうすれば、ゲーム業界はよりよくなるはずです。近い未来、現場で皆さんに会うかもしれませんね」と締めくくった。