Scratchユーザーによる、年に一度の世界同時開催イベント
“Scratch Day”は、毎年1度、世界各地で同時開催される、大小さまざまなScratchイベント。東京では2009年から毎年行われていて、今年は、世界基準の2016年5月14日から1週間遅れての開催となった(主催:Scratch Day 2016 in Tokyo実行委員会、共催:NPO法人CANVAS)。
日本各地の教室、プログラミング講座で使われているプログラミング言語の中で、トップとなる36%のシェアを占めているScratch(※2015年6月時点の総務省調べ)。この傾向は今後も続くとの見通しもふまえてか、イベントは単なるユーザーのお祭りにとどまらず、2020年から小学校での必修化が予定されている国内プログラミング学習の未来を見据えた、包括的な内容を多く含んだものとなった。
各種ワークショップ、Touch&Tryコーナー
来場者が誰でも気軽にScratchの魅力を体験できる展示ブース群の、Touch&Tryコーナー。ゲーム要素が強いものから、ロボットなどの外部装置・機器と連動させたものなど、各団体・企業ごとに趣向を凝らしたものが出展されていた。事前申し込み者のみが参加できるワークショップは、ラーニングスタジオ2室で行われた。初心者向けのプログラミング体験から、外部機器を制御する高度なものまで、さまざまな段階に合わせた内容のワークショップが揃っていた。
“GOSEICHO門下生”。まんまと(?)見つめた参加者には、エスプリの利いた特製バッジがプレゼントされた。
シアタールームイベント
対談“『 Why!?プログラミング』が伝えたかった本当のWhy”
2016年3月に放送され、Scratchを教材とした実践的な内容が話題となった、NHKの子ども向けプログラミング教育番組『Why!? プログラミング』(10分間・全5回)。その制作秘話が、番組ディレクターの林一輝氏と、同番組プログラミング監修の阿部氏によって語られた。企画自体は、プログラミング教育が盛り上がりを見せてきた2015年の3月からあったという林氏。Scratchワールドのトラブルをプログラミングで解決する……といった演出面は、お笑いタレント・厚切りジェイソンの出演ありきの構成だったことを明かした。
「プログラミング学習番組としてのポイントは“間違えること”にあるのでは?」という阿部氏の指摘に対し、林氏は、阿部先生の授業を見学して、プログラムを間違えたときに子どもたちが盛り上がることに注目したという。「間違った動作を見て、“あーおもしろい!”、“なんでこんななっちゃったんだー”と、頭が回転し始めるんです。あえて寄り道をすることで、間違えてもいいんだよというメッセージを送りつつ、なぜ間違えたかを考えることが、自分が作りたいものを作る上で大事なプロセスであることを共有できると思いました」(林氏)
「番組の続編はありますか?」という参加者の質問には、「もちろん、計画はあります」と答えた林氏。現在、試験的に制作中という番組の英語版を含めて「まだ具体的には発表できませんが、期待していてください」と、締めくくった。
鼎談“どうなる2020年プログラミング学習義務化 公立小中学校はどう取り組むのか”
プログラミング学習を推進する三者による、トークセッション。テーマは、今年4月に開催された産業競争力会議で表明された“2020年度からの公立小学校でのプログラミング学習必修化”ということで、現行のプログラミング教育の最前線にいる立場からの意見・見解が交わされた。
プログラミング学習の目的を、「第四次産業革命(人工知能、ビッグデータなどを扱う情報産業の潮流)を担う人材育成のため」とする政府の方針にたいしては、皆一様に疑問を抱えている様子。プログラミングを“新しく、アメージングな学び”と捉える、小学校校長の松田氏は、プログラミング学習は「情報化社会を生きるための根源的な体験であるべき」と主張。市教育委員会の平井氏も、「高度なプログラム技術“を”学ぶのは中学以降で十分。小学校のうちはプログラミング“で”多くを学ぶことが大事」と同調した。
「子ども主体の楽しい学びの機会としてのプログラミング学習は、単に子どもたちを遊ばせることになっているのでは?」という外部の指摘に対して、松田氏は、「その過程で子どもたちが学びを積み重ねているのであれば、それでいいんじゃないかと思います」とコメント。子どもたちの基本学習能力を信じて、先生は、きっかけを与え成果をほめる立場に徹することの重要性を唱えた。平井氏は、プログラミングを指導する教員側の姿勢次第であることを強調。「ICTを導入すると授業がラクになるというのは間違い。むしろ、授業の組み立てがよりたいへんになります。その組み立てに先生自身が楽しみを見出し、ゲーミフィケーションの考えで授業に取り組んでもらえれば、子どもたちも自然と楽しくなります」と答えた。
「プログラミング学習の必修化は、実現できると思いますか?」という阿部氏の質問に対し、「日本を変えていくためには必要なこと。できるできないではなく、やります」と、平井氏。それとともに、「学校でやれることはたかが知れているので、もっと学びたい子たちの受け皿となる場が社会にあることが必要」とコメントした。松田氏は、現在校長を務める小金井市立前原小学校で、プログラミング学習の教員研修を今年8月に行うことを発表。2020年度に向けて、教員の意識改革に寄与することを改めて宣言した。
Show&Tell(Scratch作品の発表)
自作のScratch作品の内容やポイントを観客に紹介する、Show&Tell。小・中学生を中心に、趣味でプログラミングを始めたという大人を含む参加者たちが作った作品がスクリーンにつぎつぎと映し出され、会場は拍手と温かい笑いでで包まれた。
プログラミングバトル
予選を勝ち抜いたScratchプログラマーによる、1対1のプログラミング対決。お題の仕様に沿った作品をその場で作成し、20分の制限時間内でできたものの勝敗を、観客の拍手で決める……という、Scratch Day in Tokyo恒例のイベントだ。1回戦の出場者はmichiranchiくんとaktskyくんで、お題は“横スクロールアクションゲーム”、2回戦の出場者はYKWくんとMMGISSくんで、お題は“落ちものパズル”。過去のバトルの傾向から、お題をかなり難しめに設定したという阿部氏の思惑をよそに、スタート直後から躊躇なくプログラミングを進める参加者たち。その手際のよさと、ある瞬間を境にゲームが一気に完成に近づく展開に、観客は大いに沸いた。
Scratch Day 2016 in Tokyo実行委員長・阿部和広弘氏インタビュー
「プログラミング能力はそれほど重要ではありません」
──Show&Tellでは、ゲーム作品を発表する子どもたちが多かったのが印象的でした。ゲーム作りがScratchプログラミングのモチベーションのひとつになっていることについては、どうお考えでしょうか?
阿部 市販ゲームで遊ぶのは、プレイヤーとして消費しているだけですが、ゲームを作るのは、まるで別次元の行為です。それは“自分のアイデアを形にしている”ということで、その子がいま関心があるのが、たまたまゲームだった……というだけの話なんです。
──クリエイティブの表現手段に、ゲームだからどうこう……ということはないんですね。
阿部 何を作りたいかはそのときどきの興味によって変わってくるものですが、その際の間口が広いのがコンピュータでありプログラミングであると、私は捉えています。
──となると、あらかじめ高いプログラミング技術を習得しておくことも、コンピュータを使ったモノづくりにおいては、重要になってきそうですね。
阿部 プログラミングの能力は、実はそれほど重要ではありません。
──あれ、そうなんですか!?
阿部 私は大学生にもScratchを教えているのですが、彼らからは、今日(Show&Tellで)発表されたような作品は、ほとんど出てきません。プログラムを組む能力は十分高いのかもしれませんが、自分の中に「これを作りたい」というアイデアが、まずないんです。大切なのは、アイデアを出すこと、それを形にすること、そしてそれをほかの人と共有し、みんなで作る経験をすることなんです。その対象がゲームであっても何ら問題はなく、むしろ、そこが気になる方は何を心配されているんだろう? と思います。
──ゲームを作りたかったら構わず作ればいいじゃない、ということですね(笑)。そういったことを踏まえて、いざ子供がプログラミングを覚えたい、親が子供に覚えさせたいとなった時、民間のプログラミング教室は、現状、どのような役割を果たしていると思われますか?
阿部 非常に難しい質問ですね。プログラミング教室といっても、技術習得を目的にしている場所もあれば、あくまでもモノづくりの過程としてみずから学ぶことを重視しているところもあって、ひとくくりに語れないんですよ。寺子屋のようにこぢんまりとしているけどすごくいい教室もありますし、もしかしたら、一過性のイベントとして行っている場所もあるかもしれません。指導する人材の経歴も千差万別で、「その道のプロが教えているから大丈夫」とは、一概に言えないのも確かです。
──そのあたり、親御さんの“見極める力”も必要になってきそうですね。
阿部 そうですね。ただ私が思うのは、職業訓練としての、子どものプログラミング学習は、まだちょっと違うのかなぁと。
──最後に、4年後に迫るプログラミング学習の必修化について、先生の率直なご意見をお聞かせください。
阿部 プログラミング学習の必修化に反対している方の中には、プログラミングの勉強が嫌で嫌で仕方がなかった経験を持ち、「それを子どもたちにやらせるのは、自分のようなつらい思いをさせるのではないか」と主張される方もいるようです。これは、突き詰めれば「関心のある人だけやればいい」ということになるのですが、「それがどういうものかわからなければ、好きか嫌いかもわからない」のも、確かです。もっと言えば、「Scratchをやっているから大丈夫」というわけでもなく、「Scratchだとどうも楽しくない」という感想だって、経験しない限り生まれません。今の民間の塾は授業料が比較的高価なところが多く、経済格差がそのまま教育格差につながっていると感じる面もあります。機会の平等は公教育でカバーされるべきであり、その点において、プログラミング学習の必修化は、大きな意味があると思います。
取材後記・いちScratchユーザーとして振り返ってみて──
Scratchユーザー歴2年半のうち、まともに形になったのはしょっぱいミニゲームが2本という記者にとっても、“Scratch Day 2016 in Tokyo”は、ものづくり精神を刺激されるイベントだった。ひとり自宅でScratchをいじっているときは、「子ども向けのプログラミング言語で、あーでもないこーでもないと頭を悩ませている私っていったい……」とふと我に返ることしばしばだったが、人に驚きを与えたい、喜んでほしいという思いで作られた数々のScratch作品、およびその制作者にじかに接することで、“ただ単に、おもしろいモノを作ろうとすること”が全肯定されたような気持ちになった。
その一方で、Scratchなどを用いた子ども向けプログラミング学習環境の多様化を実感する面も。そこには、いい歳したオトナの趣味の世界とはまったく異なる広がりがあり、とくに、“必修化されたプログラミング学習を受ける小学生の子どもを持つ親”という視点に立つと、ムードに流されない判断が必要になってくることも、肌で感じた。Scratch Blocksの続報も含め、Scratchとその周辺の状況を、今後も見守っていきたい。