『ネオン・デーモン』は10回、20回、30回と観てほしい映画

 2016年11月17日、東京・銀座のApple Ginzaにて、第一線で活躍する映画作家の生の声が聞ける人気イベント、Meet the Filmmakerが開催。今回は、映画『ドライヴ』で世界中を魅了した鬼才ニコラス・ウィンディング・レフン監督が登場。その対談相手は、ゲームクリエイターの小島秀夫監督だ。


「僕たちは似ているところがある」鬼才レフン監督と小島秀夫監督によるトークイベントが開催_01

 2017年1月13日より全国順次公開予定のサスペンス・ホラー『ネオン・デーモン』。本作の監督であるニコラス・ウィンディング・レフン氏が3年ぶりに来日。Apple Ginzaにて開催されたイベントMeet the Filmmakerに出演した。レフン監督の対談相手として登場したのが、ゲームクリエイターの小島秀夫監督。門間雄介氏をモデレータに、クリエイターどうしならではの濃密なトークが繰り広げられた。

 レフン監督にとって小島監督は、もっとも仲のいい日本人クリエイター。まずはふたりの出会いから語られることになった。2009年制作の『ヴァルハラ・ライジング』がアメリカで公開された際、小島監督のもとにアメリカの友人から「すごい映画がある」とメールが届いたという。しかし、なかなか日本で公開されず、Blu-rayを輸入して鑑賞。そこから『ドライヴ』、『プッシャー』と遡り、『オンリー・ゴッド』ではコメントを書くなど、レフン監督に惚れ込んでいったそう。なんとか連絡先を聞いて、3年ほど前にロンドンでようやく会うことができたそうだ。ちなみに、日本で会うのは初めてとのこと。

 初めてレフン監督に会ったときのことを小島監督に聞くと、“本当はレフン監督ではなく、マッツ・ミケルセン(『プッシャー』で映画デビュー、『ヴァルハラ・ライジング』の主役)に会いたかった”と冗談を交えつつ、レフン監督と話していくうちに、モノ創りをしている人にしかわからない孤独や悩みといった共通点があり、そうした思いを共有することで、仲良くなっていったことを語った。また、お互いに見聞きしてきた音楽や映画にも共通するものがあり、昔からいたクラスメイトのような存在だと感じたそうだ。

 レフン監督から見た小島監督像についてのトークでは、レフン監督は、まず手掛けた作品(ゲーム)に魅了されたと語る。人を通じた出会いではどこかぎこちなくなることもあるが、小島監督とは落ち着いたやりとりができたそうだ。それは、多くの言葉を交わさずとも、お互いが何を言いたいのかわかっていたところにあるとレフン監督は語る。実際のところ、クリエイターの苦悩は自分の奥さんや子どもにさえ理解が及ばない部分もある。そうした関係性は、小島監督との友情の基礎になっている部分なのだとか。そして、お互いがまったく別のアートを手掛けているからこそ、通じ合う部分があるかもしれないと付け加えた。

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 続いて、新作『ネオン・デーモン』の話題へ。小島監督は、今年6月にロサンゼルスで行われた『ネオン・デーモン』のワールド・プレミアを鑑賞したそうだ。このほか、大きなシアターでの上映に合わせて開催されたパーティ(お墓で行われたらしい……)にも参加したところ、スタッフのひとりが帰国後に体調を崩す(祟り?)というアクシデントに見舞われたとか。

 映画の感想について聞かれると、「すごい映画。期待を大きく外しながら、でも期待通りという、レフン監督らしい映画。これまでのレフン監督の作品は男性視点だったが、今回は初めて女性視点。女性的でもあり男性的でもある、不思議な映画です。少女から大人へ、光と影、愛と憎悪、生と死といったように、テーマ的にもおもしろい。びっくりしたし、同時に嫉妬もした」とコメント。さらに続けて、「日本では『ドライヴ』がいちばんファンが多いと思いますが、『ドライヴ』で好きになって『オンリー・ゴッド』が大丈夫だったらぜひ見てほしい」とも語った。『ドライヴ』から直接『ネオン・デーモン』に行くと、半分くらいは気を失うかもというコメントに会場はざわついていた。しかし、暗い気持ちになる映画ではなく、“美しい映画”だったという。

 今度はレフン監督に、女性主人公の映画を作るうえで、これまでと違った点があるかどうかについて聞くと、「ノー」と回答。レフン監督は、空想することが作品のベースであり、今回の『ネオン・デーモン』は「自分が16歳の少女だったら……」という空想に浸った結果だという。

 その16歳の少女を演じるエル・ファニングだが、なぜ彼女を起用したのかについては、「キャラクターを作り出すために必要な要素、資質を持っているのは彼女しかいなかった」とコメント。『ドライヴ』で主役を演じたライアン・ゴズリングも同様で、彼らはまるで火星から来たような、突出した存在なのだという。

 今回の主役の少女は非常に難しい役柄になっているようだが、エル・ファニングにはそれほど多くの言葉で説明することはなかったとレフン監督。テーマとして伝えたのは、“美への執着”。エル・ファニングにその理由を問われると、レフン監督は「自分は美しく生まれてこれなかったが、妻は生まれつき美しかったことにジェラシーを感じた。これが映画の物語としておもしろいのではないかと思った」と説明したそうだ。

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 続いての話題は、レフン監督の映像美について。小島監督は、『ネオン・デーモン』のトレーラーを観た際、その色彩に圧倒され「すげえもん作りやがって」とものすごく怒った(敬意の表現として)そうだ。

 その色彩の秘密についてレフン監督に聞くと、興味深い答えが返ってきた。レフン監督は色盲で、中間色が見えないという。唯一見えるのは対比色(コントラストカラー)なので、当然そうした色彩を求める。『ネオン・デーモン』では、暖色と非現実的な色を意識的に取り入れたそうだ。

 また、レフン監督の近頃の作品は、撮影監督が都度変わっている。その理由については、毎回別の人と仕事をするほうが自分自身が進化できるという考えからで、意識的にそうしているという。しかし、編集のマシュー・ニューマンと音楽のクリフ・マルティネスは、つねにコラボレーションする相手として決めている。彼らは、いちばん最初に企画について相談する相手であり、映画の根本から関わる“(自身も含めて)トリオ”なのだそうだ。

 ここで、レフン監督の音楽の使いかたについて小島監督にコメントを求めると、「レフン監督の映画に限らず、ゲームも含めて、5割〜6割は音楽で決まる。“音がない”というのも含めて音楽。そういう意味では、非常に音の使いかたがうまい。映像と音の設計は同時にあるべきで、おそらくレフン監督は脚本の段階でイメージしている音があるのだろう」と語った。

 レフン監督には、作品ごとにインスピレーションを与えてくれた音楽(アーティスト)があるそうで、『ドライヴ』ではクラフトワーク、『ブロンソン』ではペット・ショップ・ボーイズ、『オンリー・ゴッド』ではタイのカントリーウェスタン、『ネオン・デーモン』についてはジョルジオ・モロダーをキーにしていたそう。

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 話題は変わり、ふたりのインスピレーションの源泉について。小島監督は「24時間、つねに考えている。音楽を聴いたり、人と話したり、旅行したり、映画を観たり、本を読んだり、街を歩いたり、鳥を見たり、空を見たり、何をしても脳に刺激があるので、そこから発想したり妄想する。でも、無理にアウトプットはしない。アイデアを組み立てるのはたいへんな作業」とコメント。

 一方、レフン監督は「教えられません」とシャットアウト。クリスマスのプレゼントが何なのかと同じように、話してしまうとミステリーがなくなってしまうと語り、会場の笑いを誘っていた。

 ここまで話したところで、イベントの残り時間はもうわずか。来場者からの質問タイムとなった。

Q.『ネオン・デーモン』のワンシーンで、主役のエル・ファニングが部屋に帰って、高いヒールを穿いたまま足首をクルクル回すシーンがあるが、この発想は女性的だと思った。どの時点で思いついたのか?

A.じつはエルのアイデア。リハーサルをしているときに彼女がヒールで遊んでいて、僕がそれに気付いた。皮の音がたまらなかったんだ。

Q.役者のアイデアは柔軟に受け入れる?

A.役者だけでなく、関わっているすべての人に対してもオープンに接している。ご存知の通り、僕は順撮り(シナリオの冒頭から順を追って撮影していく手法)なので、つねに新たな可能性を模索しているし、コラボレーションは大いにやってほしいと思っている。また、役者に魂を込めてもらうための手法でもある。いっしょに作っていると感じてもらえるわけだから。

Q.作品を生み出す原動力とは?

<小島監督>
A.(モノ創りが)好きだからです。辛い時もありますけど。辛い時は、ジェームズ・キャメロンの『アビス』のメイキングを観て、レフン監督のドキュメントを観て、胃薬を飲みながら「僕もがんばろう」と(笑)。好きじゃないと続かないです。僕があきらめるとモノが上がらないので、自分を信じてやるしかないです。

<レフン監督>
A.モノを創るという行為を愛しています。同時に、自分の化身がどういうものであるか空想するのが大好き。僕の日常生活はつまらないものだから。でも、好きだけではダメ。すべてを犠牲にしてもいいという意思が必要。クリエイティビティは悪魔憑依に近い。魂を売ってでも手に入れたいという強い気持ち、執着というレベルまでいかないと、“創る”という気持ちが起きない。必要なのは誇大妄想、ナルシズム、傲慢さ、恐れ知らず、そして100%自分の作品に対して献身的になれるか。

Q.ふたりはふだんどんな話をするのか

<レフン監督>
A.秘密です。皆さん、ご両親の性生活は秘密でしょう? それと同じくらい秘密なのです。

<小島監督>
A.言えない話ばかりです。僕らはけっこう、1年とか10年先の話をしています。作品の話だけではなく、世の中のこともですね。

Q.レフン監督の作品は、どんな過激なテーマでもハッとする美しい瞬間がある。こういう作品を創るようになったきっかけは?

A.わからない。答えを言いたくないわけではなくて、本当にわからないんだ。ひとつ思うのは、僕は失語症で、社会的にいろいろ背負わなければいけないものがあるんだけど、その中で僕が発見したのは、社会の中で機能するには、脳のほかの筋肉を働かせること。それによって、“スーパーヒューマン”になれる。失語症の僕がまわりとのバランスを取る中でなったことだ。感受性も過敏なので、そういう状態で生きるのは辛い。でも、弱いところを強みに変えられば、それだけ力を発揮できるんだ。

Q.お互いの作品に登場させるとしたらどんな役にしますか?

<小島監督>
A.難しいところですね。ゴジラ、みたいな。

<レフン>
A.ウルトラマン。

※完全にはぐらかされた形。

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 イベントの最後は、それぞれから挨拶。小島監督は、「レフン監督は天才なので、『ネオン・デーモン』は1回観るとかではなくて、何回観るかというところが勝負。10回、20回、30回と見てほしいですね。非常におもしろい映画なので、『君の名は。』を超えてほしいです(笑)」とコメント。

 レフン監督は、「日本に来るのは大好き。自分の内面に日本人の女性がいるのではないかと思っているくらい。関係者、そして今日来てくれたお客さんに感謝します。そして、親愛なる小島監督にも感謝したい。僕らはメガネをかけているとか身長が高いとか、似ているところがあるんだ。妻子がいるけど、モノ創りが人生を食い尽くしているところもね。本当にありがとう、小島監督」と語り、イベントを締めくくった。

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