コンセプトアートとは、作品の世界観を構築するために描かれるイラストのこと。ゲーム開発では初期段階で作成されることが多く、その絵をもとにステージやマップ、イベントシーンなどが作られていく。

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 そして日本には『ドラゴンクエストX』、『ファイナルファンタジーXI』、『メタルギア ソリッド ライジング』など、世界に誇る大作プロジェクトの世界観構築に携わってきたコンセプトアーティストがいる。

 本稿では、2018年3月30日、ゲームクリエイターを対象としたカンファレンスである“GAME CREATORS CONFERENCE’18(大阪府立国際会議場)”にて開催されたセッション“世界観を作るコンセプトアートの考え方・進め方”の模様をお届けする。

 登壇者は、株式会社INEI代表の富安健一郎氏。本セッションでは、富安氏が大切にしている仕事の流儀が語られた。

※INEIが手掛けた美麗なコンセプトアートの数々は、こちらの公式サイトから閲覧できる。

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コンセプトアーティストの戦場は“会議室”!?

 富安氏が自身の理想として語ったのは、依頼者(ここではゲーム開発者)に寄り添って立つコンセプトアーティスト。“アーティスト”と名前に付いてはいるが、その役割はむしろデザイナーに近く、目指すべき正解があるそうだ。それは、依頼者の脳内にある理想の世界を汲み取って表現すること。そのためには、依頼者から言葉を引き出すコミュニケーション能力も必要になる。

 ということで、最初のトピックスは“会議”について。コンセプトアートの依頼が入ると、まずはイメージを共有するための会議が行われる。そうした会議の中で、富安氏はファシリテーターに徹するという。

 ファシリテーターとは、話し合いが円滑に進むように努める潤滑油の役割。初対面の参加者が多い会議や、有名なクリエイターも参加している会議では、議論が緩やかに進行しない場合もある。そうした緊張感を解きほぐし、“全員が発言しやすい会議”を作るために富安氏は手を尽くす。音楽を流したり、関係のない雑談に時間を使ったり、参加者の様子に気を配って発言をうながしたり。自分も相手も楽しんで参加できるような雰囲気を練り上げていくのだそう。

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 ここまではいわばコミュニケーションの土台の話。では、具体的にどのようなやりとりを通じて描くべきコンセプトを引き出していくのだろう? 富安氏が用いる手法はライブペインティングだ。

 “依頼者の話を聞く ⇒ 話をもとに簡易なイラストを描いてみる ⇒ イラストをもとにより詳しい話を聞く ⇒ 話をもとにイラストを描いてみる ⇒ 聞く⇒描く⇒……”

 というように、対話と描画をくり返しながらお互いのイメージを擦り合わせていくのだという。イラストを用いることで、依頼者の中で言語化されている情報のみならず、もやもやしていて言葉にできない情報まで引き出すことができるわけだ。

 もちろん、対話の中で思ったことがあれば富安氏から意見を提案することもある。その際に意識しているというポイントは、クライアント自身に「俺たちが考えたコンセプトって最高じゃん!」と思ってもらえるかどうか。コンセプトアートはゲーム開発の最初期に依頼されることが多く、開発メンバーの士気を上げて作品にコミットできるよう促すことも役割のひとつだからだ。

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一枚の絵に込められた幾多の工夫

 さて、続くトピックスはいよいよ作画についてのお話。実際の作品を例に挙げながら、コンセプトアートを描く際のポイントが語られた。

 描かれているシチュエーションは、“呪われたドラゴンが王都を壊滅させようとしている。主人公は一般の兵士で、今回の事件で大きなダメージを負った”というような場面。はたして富安氏は、この一枚のコンセプトアートにどのような工夫を凝らしたのだろうか。

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例示された作品。ドラゴンの襲撃によって滅びゆく都市が描かれている。

 まずはタイトルについて。絵のタイトルはコンセプトをよく表す部分で、鑑賞者のイメージを喚起するのに役立つ重要な要素。本作のタイトルは『王都壊滅』。氏が語る狙い通り、危機感やファンタジーっぽさが伝わってくるのではないだろうか。

 続いて、絵のパーツごとに込められた意図が語られた。

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 たとえば空。「主人公の運命を示唆するのはどんな空模様だろう」、「嵐にしようか?」、「青空は違うよな?」、そんな葛藤の末に、暗雲が立ち込める現在の形に落ち着いたそうだ。

 ほかにも、ドラゴンの種族(賢そうなドラゴン or 凶暴そうなドラゴン)、建物の大きさ(小さな町 or 発展した都市)など、いくつもの取捨選択が積み重なって一枚の絵が形成されている。

 こうしたディティールを描いていくうえで富安氏が気を付けているのは、「ひとつの大きなコンセプトを前面にバーン!と押し出せているかどうか」なのだという。たとえば、この絵のコンセプトは絶望感。すべての要素は、絶対に助かりようのない無慈悲さ、地獄のような光景を表現するために散りばめられている。

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 ここで注意すべきは、欲張って複数のコンセプトを伝えようとしないこと。異なるイメージを一枚の絵で表現しようとすると、何も伝わらない散漫な絵になりやすいという。クライアントの要望を叶えようとするあまり、コンセプトアーティストが陥りがちな失敗なのだそうだ。

 ただし、“絶望の中にある小さな希望”、“犠牲の上に成り立つ楽園”など、複雑なコンセプトを描かなければならないこともある。そうした分かりにくい言葉を描く場合にはどうすればいいのだろうか。

 富安氏は、そうした場合でも“絶望+希望”、“犠牲+楽園”と分割するのではなく、ひとつの大きなコンセプトとして扱うべきだという。街並みのデザインから楽園を維持するための奴隷の存在を示唆させたり、木々や機械のシルエットを骸骨のような不吉な形にしてみたり。培った技術を総動員しながら、コンセプトを推し出す方法を探っていくそうだ。

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 また、セッションでは絵の中に物語性を取り入れるテクニックについても紹介された。

 富安氏が目指すのは、クライアントの新たなアイデアにつながる作品だという。物語性を取り入れるのも、そのために用いる手法のひとつ。「この先どうなるのだろう?」と考えを巡らせたくなるような絵作りで、鑑賞者の想像を膨らませる。

 具体例として紹介されたのは、画像中の“最後の抵抗を試みる魔術師軍団”。「この人たちはドラゴンと戦っているんだろうか?」、「負けてしまうだろうな」と彼らのストーリーが頭に浮かび、その結果として「カメラワークはこうしよう」、「こんなアニメーションを入れ込もうか」と創作意欲が掻き立てられるわけだ。

 さらに、“魔術師軍団”のような物語のトリガーとなるパーツは、画面の中でも目立つ場所に配置するのもポイント。今回の絵では、外周を暗くして、中央をぼんやりと明るくすることで、ドラゴンの炎と魔術師がハイライトされている。

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 富安氏はここまでの内容を総括したうえで、自身が目指す“世界観を作るコンセプトアーティスト”の在り方を「クライアントに寄り添って立ち、プロジェクトにとって何が本当に大切なのかを理解し、絵を作っていくテクニックを総動員して、魅力のあるコンセプトアートを作ること」であると語り、セッションを締めくくった。

 富安氏が第一に考えるのは、つねにプロジェクトの成功だ。自分の個性やエゴは二の次で、依頼者のイメージする世界の表現に心血を注いできたという。しかしながら、“クライアントに寄り添って立つプロ意識”という確固たる個性に、会場からは大きな拍手があがった。