2019年9月4日~6日まで、パシフィコ横浜にて開催された日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けのカンファレンスCEDEC 2019。本記事では、最終日となる6日に行われたセッション、“『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』~3Dグラフィックスの絵作り”をリポートする。
本セッションでは、『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』の開発を手掛けるバンダイナムコスタジオの池沢宇功氏、谷口幸宏氏、中村義朗氏の3名が登壇し、本作のグラフィック作りの手法が公開された。
まず本作の制作がスタートするにあたってディレクターの桜井政博氏から課されたのは、“複数のキャラクターが違和感なく同時に存在する”、“多彩なステージが魅力的に映し出される”、“フルHDかつ、常時60FPSの実現”という、3つのコンセプトだ。
対戦をフェアにするキャラクター作り
まずは池沢氏から、キャラクターの絵作りについて。『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』は、ご存知の通り複数のキャラクターが入り乱れて戦う、対戦型ゲームだ。たとえばキャラクターのグラフィックの差異によって、対戦バランスが崩れてしまうなんてことは許されないのである。
対戦をフェアにすることを第一に考え、キャラクターのビジュアルに統一感を持たせることに。たとえばフォックスは原作のワイルドな姿はそのままに、毛並みの感じを抑えるなどして若干マイルドに変更。
マリオはややリアル寄りのアートへの統一を図るために、原作のツルっとしたオーバーオールではなく、より材質がクッキリとしたものに変更されている。このような統一のおかげで、どのキャラクターも距離に関係なく、均等な見えやすさを実現している。
これらの調整方針は最初に作られたイメージアートで決めたそうで、キャラクターの絵作りを始める前に、桜井氏から“マリオとリンクがステージ・戦場で戦ってるシーン”を作るように命じられたと、池沢氏は語る。
なぜお題がマリオとリンクを作り、ステージも戦場という注文なのかというと、マリオはデフォルメされたキャラクター、リンクは写実的なキャラクターかつ、剣や盾などの武器も持っている。このふたりを作ることで、今後のキャラクターの絵作りにも活用できる、基本的な質感の統一が図れるというわけだ。そしてそれを、ニュートラルなステージである戦場が包み込むことで、ゲーム全体のビジュアルが決まっていた。
ただし、やみくもにキャラクターを光で照らせばいいのかというとそうではなく、カメラが引いている際は陰影がクッキリとしたほうが視認性が高く、より対戦しやすい環境が実現できる。
しかし、カメラがアップになると陰影がハッキリしすぎてしまい、キャラクターの顔色などが悪くなってしまう問題があった。
そこで導入したのが、レフ板効果をカメラの距離によって自動で調整するという処理。これにより、遠距離では視認性が上がり、アップ時にはキャラクターがより魅力的に映るという、両方の長所を伸ばすことに成功した。
ステージは対戦を快適に、そしてより豪華に
続いて、谷口氏からステージ作りに関するお話。本作に登場するステージは100以上と非常に膨大だ。ただし、そのほとんどは過去のシリーズ作からの移植ステージとなっている。
それらをいかにまとめたのか、フェアに戦えるゲーム性に関わる部分と、クオリティーの高いアート部分の、ふたつのポイントからステージ作りについて語られた。
まずは最も重要となる視認性について。ステージは遠くの背景となる遠景と中景、もっともカメラが近い近景の3つに分かれている。
そして、プレイヤーたちが戦う足場の部分は、開発では“正中線”と呼んでいるそうだ。背景などはあまり目立たせないが、正中線の部分は対戦に関わる大事な部分なので、しっかりと見えるように調整が加えられている
また、細い足場などには、正中線の一部だということがしっかり把握できるように、ライトや装飾などの飾りで足場だと認識できるようになっている。
細い道がステージになっている箇所では、手前側をあえて暗くして正中線をアピールするなど、些細な部分にも多彩な工夫が組み込まれているのだ。
『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズの特徴といえば、ステージの画面外に吹き飛ばして相手を倒すこと。吹き飛ばされたら、ジャンプや技を駆使してステージ中央に戻る必要がある。そのため、どこかステージの崖になっているのか、しっかりと認識できる工夫も加えられている。
たとえばビルのふちにはライトの明かりが設置されている。また、世界観の違いからライトは置けない場合は、謎の光によって照らすという、多少強引な方法を取っているステージもある。
また、ゲーム画面の画角は一律30°となっているとのこと。この角度がいちばんステージの崖が分かりやすいそうで、ちょっとでもズレるとプレイヤーはどこが崖なのか分かりにくくなり、対戦に支障が出てしまうそうだ。
続いてはアートのお話。最初に作ったのは、もちろん基本的なステージである、戦場。戦場の基本コンセプトはこれまでと変わらず、古戦場であること、殺伐としていること、高いところに位置していることの3つ。
そして本作の戦場には、華やかにするというコンセプトが加えられた。どのような戦場にするのか試行錯誤するため、何十枚ものコンセプトアートを描いたという。
ステージ話の最後に、戦場を例に、ステージの絵作りで気を付けたさまざまなポイントが紹介された。
そのふたつの実現を支えたプログラムの努力
そして最後の項目となるのが豪華なキャラクターたちとステージなどを同時に描く、処理負荷への対策を、中村氏から語られた。最初に桜井氏から提案されたコンセプトにあるように、本作はフルHDで、60FPSを実現しなくてはならない。
なぜフルHDなのかというと、本作は先述した通り、基本的には遠景で戦うゲーム。解像度が高ければ高いほどキャラクターが鮮明に描かれるので、視認しやすいわけだ。そして常時60FPSとなれば、細かな動きも目で追いやすいほか、操作自体も1秒間にボタン入力をたくさん受け付けてくれるので、細かいアクションも取りやすい。
昨今の対戦格闘ゲームなどでは、フレーム単位での攻防が多いことからも、常時60FPSの実現はもはや必須とも言える要素なっている。『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズだからこその悩みは、やはり画面に表示されるモノの多さだった。
そのために、まずは『大乱闘スマッシュブラザーズ for Wii U』のNintendo Switchへの移植を桜井氏から提案されたという。移植したおかげで、Wii Uでは実現できなかった、Nintendo Switchだからこそ挑戦できる領域が確保できたそうだ。
そこから、グラフィックの処理をパーセントで分けて、それを絶対に超えないようにする決まりを作ったそうだ。そのおかげで、各セクションごとにパーセントを超えないようにすれば、必ずフルHD&60FPSを実現できるというわけだ。
キャラクター処理の調整は、同じキャラクターを4人並べて、どの技を同時に出そうが何をしようが、絶対にパーセントを超えないように、さまざまな検証をしたという。また、巨大なキャラクターや特殊なキャラクターなどは、それぞれ個別に処理負荷を減らす工夫が組み込まれている。
そしてステージの負荷は、何度もステージを再生して、その負荷をグラフで表しながら計測。再生されるステージ演出の中から、一部負荷が高い場合は、そのシーンごとに修正を加えていく。
エフェクトは“縮小バッファ”と呼ばれる、低解像度のグラフィックを高解像度のように見せて処理を下げる技法が使われている。また、ゲーム画面の一部だけを高解像度化、低解像度化できる“動的解像度”という技術も盛り込まれている。
このセッションから見えたのは、コンセプトの実現に向けての努力はもちろんのこと、開発陣がいかに快適に、美しい画面で、ド派手なバトルをプレイヤーに楽しんでもらうのかを考えたからこそ、実現できたことなんだろうと筆者は感じた。
ふだん本作を遊んでいる人は、快適にバトルをくり広げられていることが“当たり前”のように思えてしまい、もしかしたらあまり気にならないことかもしれない。しかし、今回のセッションから何か感じられた人は、再度キャラクターやステージ、そして滑らかにバトルできていることを噛みしめながら、『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』を遊んでみてほしい。きっと、このゲームのことがこれまで以上に好きになれるはずだ。