2020年6月18日に配信された無料DLC“ムーブクリエイトモード”をもって、『ファイヤープロレスリング・ワールド』(以下、『ファイプロW』)の開発が終了したとの情報をキャッチした本誌『ファイプロ』班。
本作の生みの親である松本朋幸監督にインタビューを申し込み、開発が終了した現在の心境や、今後の『ファイプロW』などを語ってもらった。インタビューの冒頭でいきなり松本監督の口から飛び出した“『ファイプロ』引退宣言”の真意とは……!?
『FIRE PRO WRESTLING WORLD』(PS4)の購入はこちら (Amazon.co.jp) 『FIRE PRO WRESTLING WORLD 新日本プロレス PREMIUM EDITION』(PS4)の購入はこちら (Amazon.co.jp)松本朋幸氏
スパイク・チュンソフト
『ファイヤープロレスリング・ワールド』総合監督
『ファイプロ』からの引退宣言!?
――先日のアップデートでムーブクリエイトも追加され、『ファイプロW』としてはひと段落ついた形になるかと思いますが、13年ぶりのシリーズ最新作としての発売からここまでを振り返って、現在の心境はいかがですか?
松本やはり『ファイプロ』には歴史がありますし、ファンの方もたくさんいますよね。『ファイプロW』を立ち上げてみて、改めて非常に重い責任をともなうタイトルだということに気づいて、自分で背負うことのたいへんさを実感しました。その責任をまっとうできるようにがんばってきて、やっとここまできて、ちょっとした寂しさのようなものと、大きな安堵感。いま感じるのはこのふたつですね。『ファイプロW』の開発はこれでひと区切りつきましたので、やっと安心して寝られるようになったかな、という感じです。僕もこれで、『ファイプロ』から卒業します。……プロレス的に言うなら、「『ファイプロ』から引退します」のほうがいいですかね。
――いきなり引退宣言ですか!(笑) 『ファイプロ』を作るためにゲーム業界に入った松本監督が、実際に『ファイプロ』を現代に蘇らせたときは、ユーザーたちも「よくやってくれた」と大喜びだったじゃないですか。でも発売後は不具合などもあり、かなりきびしい声も上がっていました。そこで投げ出さず、ここまでの形に仕上げられたのはすごいことだと思います。
松本当時はあまり言わないようにしていましたけど、炎上してしまったときは何度も辞めたいと思いました。バグを修正するために出したパッチで新しいバグが出てしまって、やればやるほど炎上するような悪いスパイラルから抜け出せなくなって、炎上もどんどん加熱していったんですよ。なかには人格否定のような声もありましたし、僕自身、やっと自分主導で『ファイプロ』を作れることになったのに、ファンの方々の信頼を失うようなことをしてしまったことが相当ショックでした。
――開発会社の変更など、当時は表に出せなかった事情もありました。
松本そうですね。ただやはり、勇気をもって発売延期の決断を下せなかったことはいまだに後悔していて、僕がこの業界にいる限りは背負い続けないといけない十字架だと思いますし、消すことができないくらい重い罪だと思っています。
――辞めたいと思っても続けてこられたのは、やはり『ファイプロ』への思いがあったからでしょうか。
松本本当に、『ファイプロ』のためという思いだけです。“このまま『ファイプロ』をダメにするわけにはいかない”という気持ちだけで、何とか奮い立たせてやっていました。いまの開発会社はとても一生懸命やってくれているのですが、ここにたどり着くまでに開発会社が2回変わっていますからね。いちばん大きな要因は自分が決断を下せなかったことなのですが、それ以外にも悪いことが重なって、間違いなく自分の人生のなかでもっとも追い詰められた時期でした。
――のちほど触れる新日本プロレスさんとのコラボなどもあり、開発側の事情だけで延期をすることが難しい状況だったと思います。
松本ただそこに関しても、たとえば1週間後の発売日をいきなり延期するのは無理ですけど、やはり何ヵ月か前には何となく、このままではまずいと予感はあったんです。スタッフの「大丈夫です、間に合わせます」という言葉を信じたい気持ちもあって、その信頼関係とビジネス的な判断のバランス取りが甘かったと思います。そこは今後の教訓として肝に銘じておきたいですね。
――『ファイプロ』のシステムは、昔から開発に携わっている人間でないと作業をするのが難しいということも、開発会社を変えづらかった要因ではないでしょうか?
松本そうですね。たとえばですけど、毒霧の色を変えたいと思ったら、プログラマーに頼んだら簡単にできそうじゃないですか。でも、色を変えたらバグるんですよ。なので、今回リリースしたムーブクリエイトでも、毒霧とファイヤー系のエフェクトの色は変えられないんです。
――それはどういった原因が?
松本そういったエフェクトは技を管理するシステムとは別のシステムで作られているんです。おそらく、エフェクトを管理するシステムは後から追加で作られたんだと思います。ただ、途中までは技として動いているので、技の管理システムともつながっていて、エフェクト部分だけをいじろうとしても別の部分にも影響が出てしまうので、そうなると元々のシステムを把握している人じゃないと正しく動かすことができないんです。
――バグを発生させる危険性を考慮して、色の変更はオミットした、と。
松本炎上してしまったときにも同じようなことで本当にたいへんな思いをしたので、怖くていじれないんですよね。本当は、今回Unityで『ファイプロ』を作るとなったときに、『ファイプロ』を見た目どおりのまま、Unity上で同じように動くものを作りたかったんです。そうしないと、昔携わっていた職人さんがいないと自由にアレンジできなくなってしまいますからね。でも、いろいろな事情でそうすることはできず、けっきょくのところ内部の細かい部分は把握できないままとなってしまいました。それは本当にストレスでしたね。
『ファイプロW』の転機となったタイチ選手との対談
――発売直後に炎上してしまった『ファイプロW』でしたが、大きな転機となったのが、新日本プロレスのタイチ選手との対談でした。
松本当時は本当に精神的に参っていたので、タイチさんとの対談がなければ、たぶん辞めてしまっていたと思います。タイチさんが「ファンの代表として俺が言ってきてやるよ」ということをTwitter上でおっしゃってくださり、そこで炎上がいったん沈静化して、そのおかげで少し自分を取り戻すことができて、もう一回踏ん張ってがんばろうと思うきっかけになりました。タイチさんは僕の恩人ですね。あの対談を取りまとめてくれたファミ通さんにも本当に感謝しています。
――いまでもトラウマになっているくらい、現場の空気はピリピリでしたけどね(笑)。対談後も自身のゲーム配信でユーザーと『ファイプロW』をプレイするなど、タイチさんの『ファイプロ』愛は本当にすばらしいと思います。
松本あの後も何度か食事をごいっしょさせていただいたりしているのですが、ある日カラオケに行ったときに、ウルフルズの『ええねん』を歌ってくださったことがあって、あのときは号泣してしまいました。先日の試合でもタイチ選手がフェンスで凶器攻撃をする際に、フェンスに掲示された『ファイプロW』のロゴをアピールしてくれて、うれしかったですね(笑)。
絶大なインパクトを与えた新日本プロレスとのコラボ
――『ファイプロW』はこれまでのシリーズ作品とは違うことに多く挑戦してきましたが、もっともインパクトがあったのは、新日本プロレスさんとのコラボだと思います。このコラボで、これまで『ファイプロ』を知らなかった層を取り込むことができたのではないでしょうか。
松本もちろんそういった効果はあったと思います。一方で、シリーズのファンからは冴刃明やハリケーン力丸といった過去シリーズのレスラーが登場していないことへの反応が大きくて、「こんなの『ファイプロ』じゃない」と言われることも多かったです。
――確かにそういう声も見受けられましたが、でも実在選手をもじったレスラーを出さないというのは早い段階で決められていたんですよね?
松本『ファイプロW』を立ち上げた時点で決めていました。やはり、プロレスあっての『ファイプロ』なので、これまでグレーゾーンとして見逃されていたものをくり返してしまうのは、プロレス界にも『ファイプロ』にもマイナスだと思うんですよ。各団体さんやレスラーの方々が築き上げてきたキャラクターを、名前だけ少し変えて勝手に使うような行為は、いまの時代にやるべきではないんですよね。
――当時だったからこそ問題にならなかった要素ではありますね。
松本なので、そういったなんちゃってレスラーは出せない。じゃあどうするか、もう実在のレスラーを出すしかないだろう、という流れだったんです。実際にやってみてよかったですし、それで「『ファイプロ』じゃない」と叩かれても、それは何とも思わなかったですね。コラボで実在選手に登場していただいたことで、微々たるものかもしれませんが、プロレス界にも還元ができたかなと思います。『ファイプロ』とプロレスをいい関係で続けていきたいという信念に沿う形で進められたと思います。
――その後は女子プロレス団体のスターダムさんともコラボが実現しました。
松本贅沢を言えばもっとコラボしたかったですね。いまだにやりたいです。いったん終わるとは言いましたけど、DLCを出さないとは言っていないので……(笑)。
――最初にひと区切りと言ったのに、まだまだやる気十分じゃないですか(笑)。
松本プロレスの引退的なものと言いますか、絶対に戻ってこないかどうかはわからない、ということで(笑)。『ファイプロW』にしても、前作の『ファイプロ・リターンズ』から13年も経っているわけですよ。13年も経って『ファイプロ』の新作が出るなんて、誰も思っていませんでしたよね? そんなことが起きたぐらいなので、現状のスケジュールはいったん終わりましたけど、可能性はゼロじゃないのかなと僕自身も思っています。
――しかも今回はパーツクリエイトやムーブクリエイトもあり、ある意味一生遊べてしまえますから、何年でも待ててしまうかもしれないですね。
松本そうなるようにがんばってきたので、そうなれたら本望です。予算とタイミングが合いさえすれば細かい追加ができるかもしれないので、そんなサプライズをかすかに期待しながら、ずっと遊んでもらえたらうれしいですね。
――コラボとはまた違いますが、頸椎完全損傷で治療中の高山善廣選手のリハビリを支援するチャリティーDLCの配信もありました。
松本こちらも、できることなら第3弾、第4弾と続けて、少しでも力になれれば、と思いますね。ご購入いただいた金額は諸経費を除いた全額が高山選手を支援する“TAKAYAMANIA”様に寄付されますので、すでに配信している第1弾、第2弾も、まだご購入されていない方はぜひご購入いただければと思います。高山選手も先日“クララが立った!!”(※)という報道がありましたし、これからも応援できればと思います。
※高山選手のオフィシャルブログにて、リハビリのなかで高山選手の立っている姿が数年ぶりに公開された際の記事
究極の追加コンテンツ“ムーブクリエイト”
――ムーブクリエイトモードが実装され、毎日のように新たな技が作成されています。まさに狙い通りの状況かと思いますが、実際にリリースしてみていかがでしたか?
松本ユーザーさんのなかにはきっと職人さんがいらっしゃるだろうと思っていたので、案の定という感じですね(笑)。開発チームが考えてもいないようなアイデアを出してくれる方もいるので、本当にうれしく思っています。僕自身、デバッグがてら技を作ってみたりするんですけど、本当にたいへんなツールなんですよ。
――かなり開発ツールに近いものですよね。
松本開発用のツールをちょっと扱いやすくしただけで、やっていることは開発とほぼ同じですからね。パーツクラフトも含めて言えば、『ファイプロ』でお金を稼ぐ唯一の肝を公開してしまったようなものです(笑)。
――それはビジネスよりも、『ファイプロ』を遊んでほしいという気持ちを優先された結果ですか?
松本そうです。悪い意味でユーザーに丸投げしたとかではなくて、やはり『ファイプロ』の楽しさって自分でいろいろなものを作っていく部分にあると思うんですよ。なので、いまの『ファイプロ』でユーザーがそこを最大限自由に楽しめるように、すべてをお渡ししたという感じです。本当に楽しく遊んでいただいてくれて、光栄ですね。
――自分では技を作れないという人でも、職人の人たちが作った技をダウンロードできるのがうれしいですよね。「こういう技はどうだろう」みたいな話をしたら、すぐにその技が作られたりしていて、いまの時代ならではの交流が生まれていると思います。ただ、ここまで太っ腹なサービスはなかなかないですよね。
松本本当ですよね(笑)。僕もこのあいだ、高橋ヒロム選手と石井智宏選手の試合でヒロム選手が新技のTIME BOMB IIを出したときに、すぐムーブクリエイトで作りましたから。そういう風に、実際のプロレスと『ファイプロ』がリンクするような遊びかたをしてくれたら、すごくいいなと思います。でも本当に、想像以上の遊びをしてくれていると思うので、ぜひこれからものびのびと、好きなように遊んでほしいですね。
松本監督が考える『ファイプロ』の今後
――発売直後こそたいへんな状況になりましたが、長い時間をかけて修正や変更を加え、不具合で怒っていたユーザーたちもだんだんと戻ってきたように思えます。
松本パーツクラフトやムーブクリエイトが出てきたくらいで反応が大きく変わって、「ありがとう」とおっしゃってくださる方もいました。でも僕は逆に「滅相もございません、光栄です」という気持ちですね。ただ、僕のなかでもやり切っていないと感じている部分はあるんです。思い描いていた新しい『ファイプロ』像はたくさんあったのですが、開発が進むなかでそぎ落としたものも多くて、思い残すことがないと言ったら嘘になりますね。
――たとえばの話にはなりますが、あと5年続けられるとしたらやりたいことはたくさんありますか?
松本もちろんですよ。時間とお金をかければ、ゲームはいくらでもよくできますから。でも、それならば本当につぎの『ファイプロ』というか、まったく異なる新規タイトル、それこそ3Dで作るようなシステムを大きく変えたものを作らないといけないと思うんです。現状だと本当にアナログの部分が多すぎて、ムダに時間がかかってしまうので……。
――つぎの『ファイプロ』、というワードが出ましたが、『ファイプロ』シリーズの今後については何かお考えでしょうか?
松本正直、まったくわからないですね(笑)。『ファイプロW』を立ち上げたのが4年前なんですけど、それまで社内では毎年夏になると『ファイプロ』の話が挙がって、いつの間にかなくなるのが風物詩みたいになっていたので、実際にゴーサインが出たときには、「本当に立ち上がるんだ」という感動もありましたし、これが最後だとも思ったんですよね。だからこそ、ユーザーの皆さんに渡せるものにしたいと思ったんです。
――そうして実際にユーザーの手に『ファイプロ』が渡ったいま、シリーズとしてはどうなるのかが気になるところです。先ほどお話に出た新規タイトルが生まれる可能性はあるのでしょうか?
松本僕はそちらに向けて動きたいとは思っています。『キング オブ コロシアム』ではないですけど、3Dの方向で何かやれないかな、とは考えていますね。それが実現するかどうかはわからないですけど。やはり2Dでの開発に限界がある部分もあって、あんな単純なゲームなのにキャラクターが8体しか出ないというのは、いまのゲーム事情で言ったらあり得ないじゃないですか。でも、3Dならもっと簡単に出せるんですよね。
――いまは2Dのほうが、制作コストが高くなることも多いですからね。
松本そういう意味でも『ファイプロ』には苦しい時代で、これから時代が進めば進むほど、いまの『ファイプロ』にこだわると時流に取り残されると思うんですよ。バラバラのパーツをプログラムでくっつけて、それをパラパラマンガの要領で動かして、というのは、昭和のやりかたなんですよね。プロレスとなればいろいろな面でボリュームが求められるので、2Dだとそれを用意するのもひと苦労になってしまうんです。なので、もしつぎがあるなら、きっと3D化されるんじゃないかなと思います。それが『ファイプロ』という名前になるかどうかもわかりませんが、プロレスゲームに対する情熱は失っていませんし、社内でそういうことをやりたいと言うのは僕しかいないと思うので、引き続き目指していきたいですね。
『ファイプロ』ファンに伝えたいこと
――最後に、『ファイプロ』ファンにお伝えしたいことはありますか?
松本まず、リリース時に本当にご迷惑をおかけしたので、改めて謝罪をしたいと思います。誠に申し訳ありませんでした。そこから約2年やってきて、ようやく形になるところまでついてきてくださったファンの方々には、本当にお礼を申し上げます。ファンの方々への感謝はもちろんなのですが、開発チームも本当にしんどかったと思います。直接伝えてもいますが、あえてこの場でも感謝を伝えたいですね。ふつうの会社であれば、きっとこのタイトルは途中でストップがかかっていたと思うので、ここまでやらせてくれた会社にも感謝です。
――すべてに感謝。
松本そうです。そんななかで、最後のひと区切りまでたどり着けて、僕も『ファイプロW』を引退するわけですけど、やはりプロレスにおける引退は本当に引退なのか、ということもあると思いますし、また何か別の形でお会いすることもあるかもしれません。とにかく、ファンの皆様には、末永く『ファイプロW』を遊んでいただけたらと思います。また、どこかでお会いしましょう。さようなら!