2021年7月15日にネオスより、Nintendo Switch用ソフト『クレヨンしんちゃん「オラと博士の夏休み」~おわらない七日間の旅~』(以下、『オラ夏』)が発売された。

 本作は熊本県にある架空の町・アッソーを舞台に、しんちゃんを操作しながら不思議な夏休みを体験できるアドベンチャーゲーム。本記事では、開発を手掛けたミレニアムキッチンの綾部和氏へのインタビューをお届け。本作はどのような発想から生まれたのか、開発秘話をお聞きしました。

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綾部 和(あやべかず)

ミレニアムキッチン代表。ゲームデザイナー、シナリオライター。1997年に独立してミレニアムキッチンを設立。『ぼくのなつやすみ』シリーズを始めとしたタイトルを開発。飲食業も営んでいる。

プロデューサーが生んだ『オラ夏』の発想

――本作の発表時には、ゲームファン問わず、大きな反響がありましたよね。あの反響を見て、綾部さんはどう思われましたか?

綾部あそこまで大きな反応が来るとは、正直思っていませんでした。発表時の動画は、200万再生を超えていますし、素直にうれしかったです。ただ、昔から『ぼくのなつやすみ』シリーズに関わっていたスタッフには、「このくらいは注目されて当然でしょ」とも言われたので、なんと言いますか、責任の重さを再認識した出来事でした。日本はもちろんですが、国外からの反響もすごくて。しんのすけはこんなに世界から愛されているのだと、改めて実感しましたね。

――では本作は、どのような発想から生まれた作品なのでしょうか?

綾部これは発売会社のネオスさんからいただいた話です。プロジェクト自体は2018年9月から始まっていたのですが、2019年2月にプロデューサーの長嶋さん(長嶋朗氏)から、僕に連絡がありまして。そのときからすでに、『クレヨンしんちゃん』と『ぼくのなつやすみ』を合体させたゲームを構想していたようです。もっと正確に言うと、僕の『怪獣が出る金曜日』も混じったイメージでした。ですので、本作は僕が言い出しっぺではありません。連絡をいただいたときは、とにかくほかの仕事が忙しかったところを抜けて、本当にたまたま手が空いた瞬間だったので、運命的なものを感じましたね。企画自体も興味深いものだったので、引き受けることにしました。

――そのときからすでにタイトルは『オラ夏』に決まっていたのでしょうか?

綾部最初に企画書を見たときは“オラの夏休み”と書かれていました(笑)。ただ、僕個人としては、タイトルを『ぼくのなつやすみ』に寄せてほしくなかったんです。なぜならば、『ぼくのなつやすみ』自体が僕たちのコンテンツなので、シリーズ作品であるように勘違いされると困るんです。最初は夏休みという言葉を使うことにも抵抗がありました。そこで別作品であることをアピールしたかったのですが、タイトルの発表直後からファンの方々がみんな『オラ夏』と呼び始めたので、もう止められなくて(笑)。ファンの期待はそこなのだなと実感しました。いまは『オラ夏』と呼ばれるくらいならアリだなと思っています。

――『ぼくのなつやすみ』シリーズは現実的ですが、本作は恐竜が登場するなど、映画シリーズの『クレヨンしんちゃん』のような要素も取り入れられています。なぜこのような設定を採用されたのでしょうか?

綾部映画シリーズの『クレヨンしんちゃん』は時代劇、SF、ファンタジーなど、日常生活の延長線上に、恐竜などの突拍子もない要素があっても許されると言うか、非日常の要素が必要とされている作品だと思います。それがゲームに必要な体験性ともマッチしているので、恐竜などの設定を取り入れました。じつは当初、“ジュラシックワールド”みたいな副題を付ける案もありました。懐かしみを感じる風景もいいですが、そこに巨大な恐竜がいるという、ゲームならではの非日常体験です。このあたりの発想は、『怪獣が出る金曜日』ですでに狙ったことがありましたし。

――舞台となるのは熊本県・アッソーという架空の町ですが、これはみさえの故郷が熊本県だから採用した設定なのでしょうか?

綾部結果的にはそうなりましたが、考えかたの順番としては、プレイヤーを“日常生活のすぐ隣りにある自由にフィクションを作れる世界“に連れていく必要があって、そこから逆算して考えた舞台です。あと、もしカスカベだったら、現実にある世界なのであまりウソがつけません。とはいえ、日本の夏休みらしい夏休みを体験してもらいたかったので、海外や宇宙に行くわけにもいきません。そこから、原作の設定を借りつつ、架空のアッソーという町を採用しました。ただ、熊本駅やくまモンなど、現実らしい要素もありますし、熊本県にある“通潤橋”をモデルにした水道橋も登場しますが、あくまで架空の町が舞台です。ちなみに、熊本県って恐竜の化石がよく出る場所らしく、恐竜博物館もあるんです。ですから、いろいろな意味でマッチしていましたね。ちなみに恐竜バトルの舞台は、阿蘇山の山頂付近にある草千里が舞台です。地元の人が見たら、きっと驚かれるかもしれません(笑)。

Switch『クレヨンしんちゃん「オラと博士の夏休み」』本作はどのようにして生まれた!? 綾部和氏インタビュー

――では『クレヨンしんちゃん』を扱うからこそ、たいへんだった要素はありますか?

綾部本作では魚つりが楽しめますが、しんのすけは5歳児なので、ひとりで川には行けません。しかし、それだとゲームとしておもしろくないので、しんのすけが水辺に行っても安全なように、必ずある大人がこっそり見ているんですよ。

――えっ、もしかしてあの竹筒って……。

綾部しんのすけが溺れないように、ずっと見守っている人がいるんですね。誰とは言いませんが(笑)。これまで手掛けたタイトルは、ストーリー上の必然性だったり、ゲームの中の遊びを成立させるために、キャラやいろいろな設定をいちから作っていましたが、本作は『クレヨンしんちゃん』という原作があるので、そういう部分の自由度はあまりないんです。そこも最初は苦労した部分でしたね。

――なるほど。しんのすけが不思議な体験するというのは、どのような発想で採用されたのでしょうか?

綾部本作は夏に必ず発売することが目標でした。開発の期間や規模などの関係から、マップを広大にするのではなく、密度の高い世界を体験してもらうために、7日間にしたのです。あと、サブタイトルにある“おわらない”というのがどういうことかは、ぜひ遊んで体験してください。ちなみに、今回は『ぼくのなつやすみ4』の背景の4倍の解像度、つまり4×4=16倍の面積で1画面の背景を持っています。なのにしんのすけの移動に合わせてタイムラグゼロで読み込み、書き換えができています。技術の進歩を感じましたね。

――ちなみにキャラクターは3Dですが、これは当初から決まっていたのでしょうか?

綾部背景を2Dにすることは独自性も兼ねて、当初から決まっていたのですが、キャラクターについては決め兼ねていました。2Dの背景に、3Dのしんのすけたちがマッチするのかどうか、予想が付かなくて。いろいろ実験を重ねた結果、3Dではありつつも、アニメのようなフレームレートで動かすことになりました。結果、背景との相性もすごくよくなりました。また、ゲーム内のしんのすけたちは、それぞれひとつのモデルで動いているわけではなく、動きに合わせて3Dモデルを適宜切り換えているんです。おかげで、アニメらしいしんのすけに見えるようになっています。これは原作のアニメを作ってきた皆さんにも褒められたところなので、推しポイントでもあります。

Switch『クレヨンしんちゃん「オラと博士の夏休み」』本作はどのようにして生まれた!? 綾部和氏インタビュー

しんのすけと過ごす、いまだからこその夏休み

――原作サイドによる監修も、たいへんだったと思います。実際にやり取りしてみて、綾部さんはどう感じられましたか?

綾部ゲームの脚本って、アニメや映画の何倍もあるのがふつうです。本作でも、やはり映画などと比べると遥かに多いので、皆さんはそれに驚かれたそうですが、それでもセリフからナレーションまで、ひとつひとつ確認してくださいました。

――だからこそ本作のしんのすけは、とても“らしい”しんのすけなのですね。

綾部しんのすけのセリフ、行動から何まで、すべて意見のキャッチボールをさせていただきました。場合によっては「こういうセリフがいいのでは」と、アイデアをいただくこともありましたね。あと、ギャグの提案もありました。大人たちが、マジメに会議しながらしんのすけのギャグを考えていて(笑)。ここまで密にやり取りさせてもらったので、ゲームの監修をしてもらったというよりは、もはやゲームの開発自体に関わっていただいたという感じで、本当に感謝しています。『クレヨンしんちゃん』は歴史の長い作品なので、じつは同じ“しんのすけ”でも、時代によって描かれかたが少しだけ違ったりするんです。こちらでは判断が難しい場合もありましたね。

――本作はしんのすけのセリフよりも、ナレーションベースで物語が進んでいきますが、なぜそのような形にされたのですか?

綾部『ぼくのなつやすみ』シリーズは、主人公のぼく君がプレイヤーの分身になりますが、本作はしんのすけがプレイヤーかというと、そうではありませんよね。すると第三者の語り部がいると便利なんです。そのため、お母さんや先生が、子どもに読み聞かせをしているようなイメージで、女性のナレーションを採用しました。また、セリフとナレーションの併用というのが、自分のシナリオ作りのスタイルとして、とても相性がいいので採用したという面もあります。

――では最後に、読者の方々と、これから本作を遊ぶ方々に、メッセージをお願いします。

綾部皆さんに楽しんでもらうために作りました。私のゲームというのは、一般的なゲームと比べると“ヘンな部分”が多いと思いますし、本作も一風変わったゲームなのですが、誰がやっても楽しめるものに仕上がったと思います。昨今はコロナ禍ということもあり、夏休みなのに外へ行くのも躊躇われる時代となってしまいました。この夏は『オラ夏』で、しんのすけといっしょに夏休みを楽しんでみてください。

Switch『クレヨンしんちゃん「オラと博士の夏休み」』本作はどのようにして生まれた!? 綾部和氏インタビュー