スクウェア・エニックスのアクションRPG『聖剣伝説』シリーズが、2021年に生誕30周年を迎えた。1991年6月28日にゲームボーイ『聖剣伝説 -ファイナルファンタジー外伝-』がリリースされてから、さまざまなタイトルを展開してきた同シリーズ。大いなる力“マナ”と“聖剣”を巡るストーリーや、武器の特性を活かして戦うアクション、印象的なサウンドなどが多くのユーザーに評価され、30年が経ったいまも多くのファンに愛されている。
30周年のメモリアルイヤーを迎えた今年は、6月24日に、シリーズ4作目の『聖剣伝説 レジェンド オブ マナ』のHDリマスター版が、Nintendo Switch、プレイステーション4、PC向けにリリースされた。
これを記念して、22年前にオリジナル版『レジェンド オブ マナ』の開発に携わった、石井浩一氏と高井浩氏にインタビュー。ご両人が「ふたりで取材に応えるのは珍しい」と言うほど、貴重なインタビューになっているので、当時『レジェンド オブ マナ』を遊び尽くしたファンの方はもちろん、HDリマスター版で興味を持った、これから遊ぼうという方も、最後まで読み進めてほしい。ネタバレには配慮しているのでご安心を!
石井浩一氏(いしい こういち)
『ファイナルファンタジー』(以下、『FF』)シリーズに立ち上げから携わった後、『聖剣伝説 ~FF外伝~』を手掛ける。以降、『聖剣伝説』シリーズの生みの親として多数のタイトルを開発。『レジェンド オブ マナ』では、ディレクター兼ゲームデザイナーとして企画・原案を担当。現在はグレッゾ代表取締役。
高井浩氏(たかい ひろし)
スクウェア・エニックス所属。『FFV』や『サガ』シリーズの開発に携わった後、『レジェンド オブ マナ』に参加。同作ではバトルシステムやバトルエフェクト、ムービーの編集などを手掛けた。現在は、PS5用ソフト『FFXVI』のディレクターを担当。
※高井氏の“高”の字は、正しくは はしごだかです。
『聖剣伝説』第1作は、もともと『レジェンド オブ マナ』と名付けたかった!?
――本日はよろしくお願いします。『聖剣伝説』の取材に、石井さんと高井さんがペアで参加されるのはなかなかない機会ですので、いろいろなお話をうかがえればと思います。
石井高井とこうやってふたりで並んでいるのは、不思議な感じがするよね。
高井飲み屋以外で並ぶことがないから。
石井こうして会うのは、渋谷のエスカレーターですれ違ったぶりだっけ?
高井そうですね。「高井~!」って声をかけられて、「あ!」って。
――広い渋谷で偶然会うとは、すごい確率ですね。
石井そうそう。
高井石井さん、電車で通勤しているんですか?
石井最近は健康のために歩く頻度を上げているんだよ(苦笑)。
高井なるほど(笑)。
――(笑)。では、まずは『レジェンド オブ マナ』の発端からうかがいたいと思います。当時発売された攻略本(『聖剣伝説 レジェンド オブ マナ アルティマニア』)を読み返してみたところ、『サガ フロンティア』(以下、『サガフロ』)を開発しているころから、おふたりで「つぎは自由度の高いゲームを作りたい」と話し合っていた、と語られていましたが……。
石井そうですね。もともと、『サガ』シリーズのフリーシナリオのアイデアは自分が出していましたし、『聖剣伝説3』では、6人の主人公の中から好きに選んで遊べるようにしていましたが、もっと自由に、世界作りから好きに遊べるようなゲームを作りたいと思っていたんです。ユーザーが世界を作りながら、その世界に自分で責任を持って遊んでいく作品が作りたくて。高井はそのあたりを感じ取ってくれていたんです。あと、高井はアクションゲームや格闘ゲームが好きだったので。
高井好きでしたし、当時はコマンドRPGに飽きていたので(苦笑)。
一同 (笑)。
石井『聖剣伝説』にはアクションが得意なスタッフが必要だったし、高井に向いているなと思いました。それまでの『聖剣伝説』は、俯瞰マップでバトルをくり広げていましたが、アニメーション数やパターン数を考えると、サイドビューのほうが適しているよねって相談していて。高井はバトルに対するアイデアがいろいろあって、『レジェンド オブ マナ』の開発チームを立ち上げる前から、「サイドビューバトルに特化してみるか」とふたりで話していたよね。
――高井さんがそれまで関わっていたのは『サガ』シリーズですよね。
高井『サガ』と『FF』ですね。
――それで当時はコマンドRPGに飽きていたと。
高井そうですね……。たぶん飽きていたと思うんですよ。アクションRPGは、『聖剣伝説3』以降、しばらくなかったじゃないですか。
石井そうだね。当時はアクションRPGを開発するチーム自体がなかった。
高井だから余計作りたかったのかなあ。
石井あのころは、チーム選択の自由がスタッフにあったんですよ。
――以前、『サガフロ』の開発チームが、『レジェンド オブ マナ』と『サガフロ2』のチームに分かれていったとうかがったことがあります。
石井“分かれた”というのもちょっと違うんですよ。まずはタイトルやプロジェクトが先にありきで、そこからチームをまとめたら、けっこうおもしろいメンバーが揃ってくれて、その中に『サガフロ』開発スタッフも多くいて。
高井当時は、河津(秋敏氏。『サガ』シリーズの生みの親)さんのラインと石井さんのラインは、第2事業部(当時)の柱でした。そこにいくつか細かいチームがいくつかあって。
石井『レーシングラグーン』のチームとかね。
高井そうそうそう。『レーシングラグーン』は鳥山(求氏。『FFVII リメイク』COディレクターなどを担当)くんがやっていました。
――なるほど。そうして動き出した『聖剣伝説』の新作が、『レジェンド オブ マナ』というタイトルになるまでは、どのような経緯があったのですか?
石井ユーザーが世界を作るシステムを、ゲームにどう落とし込むかを考えて、ランドメイクシステムを確立したんですが、これまでの『聖剣伝説』シリーズのゲーム性とは違っていたので、ナンバリングタイトルではないなと自分の中でははっきりわかっていました。それでサブタイトルをつけようと思ったんですが……じつは『レジェンド オブ マナ』というタイトル案は、30年以上前からありました。シリーズ1作目はもともと、『聖剣伝説』ではなくて『レジェンド オブ マナ』というタイトルにしたかったんです。1作目は、マナの樹とマナを主題にした作品だったので。
――そうなんですね! それほど思い入れのあるタイトルだったとは……。
石井『レジェンド オブ マナ』ではなく、『聖剣伝説』にしろと言われたのは、ゲームが完成してからでした。
高井当時、石井さんは悩んでいましたよね。“聖剣”と名乗るかって。
石井まぁでも、主人公の剣は聖剣と言えば聖剣だし、思いを込めて愛を護るための剣で、マナ=愛というイメージもあったので、『聖剣伝説』でもいいかなと納得しましたが。そういった経緯もあったので、『レジェンド オブ マナ』と名付けました。いまにして考えると、『レジェンド オブ マナ』の中心のテーマも愛だったので、ちょうどよかったというか、ここでつけるべきタイトルだったのかなと思いますね。(『レジェンド オブ マナ』を)発売した当時は、『聖剣伝説』と言われるよりも、できれば『レジェンド オブ マナ』、『レジェマナ』って呼ばれるのがいいなと考えていました。今後、『聖剣伝説』の作品は、“なんとかマナ”と呼ばれたいなと画策していた、初めてのタイトルだったかもしれません。
――ところで先ほど、「『レジェンド オブ マナ』にはおもしろいメンバーが揃ってくれた」と回想されていましたが、『アルティマニア』によると新人のスタッフも多かったようですね。
石井そうですね。ベテランがある程度揃っていて、そこに新人も加わる形で。プログラマーの3人は、みんなメイン級のスタッフだったので、社内で文句を言われたのを覚えています。
――あぁ、「こんないいメンバーを独占するなんて!」と。
石井ただ、増えたのには理由があって。メインプログラマーの穴澤(友樹氏。『ロマンシング サ・ガ』シリーズや『サガフロ』に参加)くんはひとりで作ると言っていたのですが、彼の仕事が増えたので、あとでふたり追加しました。
――『アルティマニア』のスタッフコメントを見ると、「『聖剣伝説』の開発は参加は初めてです」という方のほかに、スクウェアでの開発が初めてという方や、そもそもゲーム制作は初めてという方がけっこういて。新しいスタッフを多く取り入れて開発していたという印象を受けます。
石井チームを作るときに、「『聖剣伝説』の新作を作るよ」と声をかけたら、手を挙げてくれたスタッフが何人かいて、その中には『聖剣伝説』初参加の人もいました。シナリオを担当した八木(正人氏。『ドラゴンクエストXI S』開発ディレクターなどを担当)くんとかもそうだし。『聖剣伝説』はつねにチャレンジをしていたので、チャレンジしたい人が集まってくれたのかもしれません。
――石井さんは、『レジェンド オブ マナ』ではどのようなチャレンジをされたのですか?
石井これまでの王道のファンタジーではなく、別のファンタジーにしたいというのはありましたね。
高井絵本ですよね。絵本の世界を遊ぶようなゲームにしようって。
石井そう。『不思議の国のアリス』や『ムーミン』のような、絵本の世界を作りたかったんです。登場するキャラクターも、亜人だけではなくて、変な生き物を登場させたかったんですが、なかなかデザインが固まらず。スタッフから猫耳キャラクターのデザインを見せられて、これは違うなって思ったり……そうして方向性で悩んでいるとき、池田(奈緒氏。『聖剣伝説4』などにも参加)さんのキャラクターデザインを見て、これはいけるなって。ほかの作品を引きずっていない、独自の幻想世界の生き物が何体か出てきて、これだと思いました。
――池田さんがデザインしたキャラクターに手応えを感じたと。
石井あとは、背景担当の津田(幸治氏。『聖剣伝説3』や『サガフロ』に参加)くんに何枚か見せてもらって、絵本っぽいタッチの背景を確立できた。さらに、キャラクター絵の仕上げの統一感が出せればいいんだけど、と考えていたとき、亀岡(慎一氏。『レジェンド オブ マナ』キャラクターデザイン・イラストを担当。現在はブラウニーズ代表取締役社長)くんがこういうタッチはどうかと提案してくれたんです。それを見たとき、これならいけるかもしれないって。手応えを感じたという意味では、ワールドマップのグラフィックを担当した奥谷(雅司氏。『ルドラの秘宝』や『ゼノギアス』などに参加)くんの存在も大きかったですね。自分はジオラマが好きだったので、ワールドマップはジオラマやフィギィアの雰囲気を出したかったんですが、彼がうまく表現してくれました。
ちなみに、アーティファクトを掴んでワールドマップに置くようにしたのも、ユーザーがジオラマを手に持って、マップに置く感覚を味わってもらいたかったからなんです。自分がそういうのを飾っておくのが好きだったので。置いたときにもこだわりがあって、アーティファクトごとに大理石に置いたときの効果音が全部違うんですよ。
高井そんな話をしていると、自分も記憶が蘇ってきたな……。
――高井さんは、『レジェンド オブ マナ』に手応えを感じた瞬間を覚えていますか?
高井ワールドマップにアーティファクトを置いて、それがアニメーションしてドミナの町になるのを見たときに、「アーティファクトの数が揃えばいい雰囲気になるな」と思いましたね。入社1年目の大野(茂幸氏)がエフェクトを担当していて、完全にやりきってくれたので助かりましたね。彼とはいまもいっしょのプロジェクトで仕事をしていますよ。あと、果樹園でトレントがアニメーションしてしゃべったときにも、「これはいいかも」と感じたのを覚えています。
石井当時はいろいろなタイトルがポリゴンで開発をしている中で、「2Dでとことんやりたい」と舵を切ったのは大きかったよね。
――『レジェンド オブ マナ』が2Dに舵を切った理由もぜひ伺いたいと思っていました。『サガフロ2』も2Dでしたが、当時、第2事業部では2Dをやろうというムードが高まっていたのですか?
石井いえ、「第2事業部だから」というのは一切なくて。そもそも2Dでとことんやろうとしたのは、『サガフロ2』よりも『レジェンド オブ マナ』のほうが先でした。絵本として世に出しても恥ずかしくないものを作る。そういった考えのもと、ポリゴンでは表現できないものを目指して開発していましたが、当時はいろいろな人に「古いよね」って言われました。このポリゴンの時代に、なんで2Dのゲームを作っているの、って。
この評価が変わったのが、社内の発表会のときでしたね。「ここまで突き詰めれば、2Dもいいかもね」と手のひらを返したように(苦笑)。発売後に、日本ゲーム大賞でグラフィック賞に輝いたのもうれしかったですね。自分たちのがんばりを評価してもらえたんだなって。
高井当時はポリゴンに限界がありましたよね。
石井あのころのポリゴンは、温もりが出せなかったよね。
高井そうなんですよ。
石井どうしてもカクカクしちゃうし、表情も硬い感じになってしまうから。
高井温かみのある人間や生き物と登場させたいとなると、やっぱりきついだろうなって。それに、絵本のような世界でゴリゴリのアクションをさせるとなると、向き不向きでいっても、3Dよりも2Dのほうが向いているんじゃないかと思いますね。
石井登場人物が多いのも、2Dとの相性がよかったよね。ポリゴンだと、1体1体のコストが高くなってしまって、数を増やすことができないので。
――2Dに対して、並々ならぬこだわりがあったのが改めてわかりました。いま振り返ってみて、作品全体の手応えはどのように感じていますか?
石井ゲーム開発は、やりたいことの60%が達成できたらいいほうだと思いますが、『レジェンド オブ マナ』に関しては、それ以上詰め込めた感覚はありますね。もちろん、やり切れなかったところもあるんですが……個人的なテーマとして、すべてのデータをリンクさせたいと考えていたんですね。それまでのゲームは、バラバラのデータを合体させてひとまとめに見せていたんですが、『レジェンド オブ マナ』は遊んだときに、「これとこれはリンクしているんだな」と、ユーザーに気づいてもらえるようにしたかったんです。
でも、チェックがたいへんになるし、案の定、時間が足りなくてキレイにデバックができかなったんですよ。日本語版は、バランス調整もちゃんと行う時間もなかったので、河津さんには発売を1ヵ月伸ばしたいと交渉したんですが、ダメでした。当時はラインナップが立て込んでいましたし、PS2が発売される前に、PS1のタイトルはすべて出しておきたいというのが会社の方針だったので。ですから、海外版のほうがバランスはいいんですよ。リマスター版は、海外版をもとに作られているそうなので、日本語版よりも遊びやすいと思います。
――当時、日本語版をプレイした方も、新鮮な気持ちで遊べるかもしれませんね。
石井そうだとうれしいですが、データをリンクさせることでデバックをやりにくい作りにしちゃったので、品質管理の松岡(秀明氏)は嘆いていたなあ。松岡は、いまはうちの会社にいるので、飲むたびに言われるんですよ。『レジェマナ』はたいへんだったって(苦笑)。
――20年経っても忘れられないほどたいへんだったんですね(笑)。
石井それもありますが、開発スタッフが自分に文句を言えないので、苦情はみんな松岡のころにいくんです。たとえば、マスターアップの2日前に “リング・りんぐ・ランド”の仕様ができたから、「なんとか入れたい」って自分が無茶を言うんですよ。営業や宣伝の人間にとっては寝耳に水なので、そんなこと聞いてない、雑誌の情報をどうやって差し替えればいいんだって大慌てで。その騒動が自分ではなく松岡に対して起こるから、飲んで昔の話になると、彼は絶対にその話をするんですよ(笑)。
高井当時はマスター直前の駆け込みが本当に多かったからなあ。だいたい、石井さんが直接話しにくるときはロクでもない話が多いんですよ。
石井だからみんな声をかけるとビクッとするんだよね(苦笑)。
――(笑)。“リング・りんぐ・ランド”のほかに、駆け込みでたいへんだった作業があれば教えてください。
高井ゴーレムもキツかったですね。
石井ゴーレムもとにかくやりたくて。バトルで動かすとおもしろそうだったから。
高井ゴーレムは、観ているだけで楽しくしたかったんですよね。やりたいことも、やる意義も理解はできるんだけど、いかんせん(話が来るのが)遅いっていう(苦笑)。
石井(笑)。
高井あと10日で締めだって言うタイミングで、なんでまるまる新しいコンテンツの仕様がくるんですか。ちょっと待ってくださいって。
石井ふつうはディレクターの自分が止める役なんだけど、自分が率先して入れてくれとお願いするもんだから、余計タチが悪いよね。
高井何も手を付けていない状態なのに、石井さんは「なんとかしたいんだけど」って。この人は何を言っているんだろうと思いますよね(笑)。
一同 (笑)。
高井しかも、ゴーレムの行動パターンは何種類あるかと聞いたら、30、40くらいはあると。「それをどうしたいんですか」って聞いたら、「全部動かしたい」って言うし。「全部のエフェクトをこれから用意するのかあ」と頭を抱えましたが、なんとかやりきりました。
石井突貫作業だから、エフェクトの音が追いつかなくて藤田(宣敬氏。『レジェンドオブ マナ』の効果音担当)くんが嘆いていたよ。
複数のスタッフが手掛けた、いまも色褪せないストーリーとキャラクター
――ここからはストーリーについてもいろいろとお聞きしたいと思います。『レジェンド オブ マナ』のストーリーは複数の方が書かれていて、バリエーションが豊かですが、最初からそのような形で開発しようと決めていたのですか?
石井先ほどもお話ししたように、おもしろいメンバーが揃っていたので、最初から分担して書こうと決めていましたね。これまでの『聖剣伝説』では、自分が開発の中心にいて、キャラクター設定なども自分で考えていたのですが、『サガフロ』に携わって、スタッフにある程度任せるのもおもしろいことに気づいたんです。
――主人公が無口というのも、『聖剣伝説』では新しかったです。
石井『レジェンド オブ マナ』ではユーザー自身に主人公になってもらいたかったので、主人公にはバックボーンを持たせずに、性別だけ選べるようにしました。また、バックボーンを持っていないのに、主人公中心のストーリーを考えようとすると、シナリオを考えやすい記憶喪失モノになってしまいます。それを避けるために、主人公はある程度巻き込まれ型のキャラクターにしました。いろいろな問題に巻き込まれながら、仲間たちと苦楽をともにすることで、自分ならどうするのか、ユーザーがなんとなくでも実感できるゲームにしたかったんです。ただ、登場人物が多くなってしまったので、高井はアニメーションを作るのがたいへんだったよね?
高井たいへんでしたね。巻き込まれ型で、ユーザーにいろいろな体験をしてもらおうとすると、どうしても登場人物が多く必要になるので。同じキャラクターと道中ふたり旅では、どうしてもシナリオやバトルのバリエーションを増やせませんからね。
――ストーリーと言えば、エスカデ編がとくに印象に残っています。ほかのメインストーリーと比べても、展開や結末の路線が違うというか……。
石井エスカデ編のストーリーは、誰が書いたんだっけ?
高井井上(信行氏。現在はさよならおやすみ代表取締役社長)さんです。
石井あぁ、そうだったね。
高井エスカデ編の重たい展開は、井上さんの色でしたよね。
石井井上くんは、共感できるところが多くて。自分もシナリオに重たい設定をぶち込むほうなので、彼の考えていることがわかるんです。
高井NPCのちょっとした哲学っぽいセリフも、全部井上さんが考えていましたよね。
――草人のセリフなども?
高井哲学的なセリフは、ことごとく井上さんだと思います。
石井そうだったね。おそらく彼の奥底にはそういうものがあったんだと思う。何かしらで表現したかったんだろうけど、『レジェンド オブ マナ』がピッタリとハマったのかなと。
――ネタバレになるので詳細は語れませんが、エスカデ編のエンディングは、20年以上経ったいまでも、悶々とするほどに覚えていますね……。
高井いまも記憶に残っているなら、井上さんのシナリオは正解なんじゃないですかね。
石井いいものはいつの時代でも評価されると思います。『レジェンド オブ マナ』がいまだに支持されていて、リマスター版がリリースされるひとつの理由は、記憶に残りやすいストーリーや、生き生きとしたキャラクターが多かったからかもしれませんね。とくに人間臭いセリフを言うキャラクターは共感できると言うか、ユーザーの思い入れの強さも違ったのかな。
高井先ほどお話に出た草人もそうですが、サボテン君も深いことをいうんですよね。
――サボテン君は今日の一言や日記が印象的でした。「しんじゃだめ しんじゅひめー」など、秀逸すぎて。
石井それは投げやりっぽいけど(苦笑)、主人公が見ていないところで、サボテン君にこっそり日記を書かせたいといい出したのは自分なんです。葉っぱの日記のイラストを描いて。井上くんに日記の内容をお願いしたんですが、内容を見てみると、相当疲れていたんだなって。忙しい時期に追加でお願いしてしまったので。
高井でも、日記のおかげでサボテン君のキャラクターが決まりましたよね。
石井そうそう。サボテン君は、こういうキャラクターなんだってわかった。あの日記から、サボテン君は開発チーム内でも大人気になったよね。
高井大人気でしたね。
石井あと、開発チームにアナグマ語で会話をするスタッフもいて。
高井わかるやつがニヤッとする、変な空気がありましたよね。
――おふたりの中で、とくに思い出に残っているストーリーやキャラクター、マップなどはありますか?
石井キャラクターはサボテン君かな。池田さんがデザインを考えたんだけど、いまと顔が違ったんですよ。自分はデフォルメキャラに関してはうるさいので、デフォルメが得意な池田さんや亀岡くんを集めて、目と口のベストな配置を考えたんですね。最終的に自分の案を選んでしまったので、手前味噌になってしまいますが、サボテン君の目と口のバランスや比率はよくできていると自負しています。
マップに関しては、どこのエリアマップがというよりも、いまのデザインに落ち着くまでのやり取りが印象に残っていますね。エリアマップは、仲間と出会い、苦楽をともにして、別れる場所でもあるので、仲間とのやり取りを印象づけるためにも、相当こだわりました。
最初は画用紙に普通のタッチで描いてみたんですが、イメージ通りにならなくて。水彩画っぽい雰囲気にしたいんだけど、そのまま水彩画にするのは何か違うなと考えて、クレヨンや色鉛筆でも描いてもらいましたが、それらもピンときませんでした。いろいろと思案した結果、キャンバスの生地の雰囲気が出る感じの塗りをフィルタリングで表現してもらったところ、自分のイメージにピッタリとハマったんです。
――キャラクターデザインだけでなく、エリアマップが出来上がるまでにも、グラフィックチームの方たちといろいろなドラマがあったのですね。
石井グラフィックを自分のイメージにいかに近づけるかが、『聖剣伝説』でいちばんたいへんなところかもしれません。イメージのすり合わせは毎回苦労していましたが、一度ハマると、「今回はこういう描きかたをすればいいのね」とみんながすぐにコツを掴んでくれるので、そこは見事だったなと思いますね。
――高井さんが印象に残っているキャラクターは?
高井ボスキャラクターですが、フルメタルハガーですね。「大型のボスは、ぜったい登場させなきゃ!」と思って開発しました。フルメタルハガーは1作目や『3』にも出てきたボスですが、『レジェンド オブ マナ』で関節をわしゃわしゃと動かせるようになったのは印象に残っています。
――フルメタルハガーをもとに、ほかの大型ボスも開発していったのですか?
高井そうですね。フルメタルハガーを作って、バトルのシェイプアニメーションの方向性などが決まりました。
石井モンスターのアニメを担当したスタッフががんばってくれたので、フルメタルハガーの動きを見たときに、ドゥ・カテが樹にぶら下がって移動したり、攻撃したりするのを実現したいと考えました。
高井ドゥ・カテもたいへんでしたね。
――マップについてはいかがでしょうか?
高井マップはリュオン街道ですかね。ただ、好きとか嫌いではなくて、バトルを担当していたので、何度あのアーティファクトの車輪を置いて、街道に行って戦ったかっていう。
石井リュオン街道は、いちばん最初にできたマップだしね。
高井そうなんですよ。
石井だからバトルの検証は、みんなリュオン街道でやっていました。
高井ずっと街道でしたね。
――バトルでは、やはりアニメーションを作るのがたいへんでしたか?
高井ええ。敵も味方も登場キャラクターが多いので、技のバリエーションも多彩だったので、とにかくたいへんだったと記憶しています。
石井たいへんだった話しか思い出さないよね(苦笑)。
高井その話でいえば、シンクロもたいへんでしたよ。石井さんに、「仲間は戦闘中に主人公とリンクするんだ」と力説されて、シンクロを実装することになって。
石井俺が余計なことを言って苦労をかけたけど、プロレス関係の技は楽しそうに作っていたよね?
高井プロレス技は趣味みたいなものなので(笑)。
石井自分もプロレスが大好きだから、『2』のときに投げっぱなしジャーマンとかができるようになって楽しかったな。『聖剣伝説』は、武器のグラブがいちばん楽しいゲームかもしれない。もともと、投げ技は入れるべきだと思っていたので。
――どうして投げ技が必要なのですか?
石井自分は、プレイヤーキャラクターとモンスター、そして背景を同時に実感させることができるのが、投げ技だと考えていて。モンスターがドンと地面に落ちるときに、敵の重さやダメージも実感できるじゃないですか。だから投げ技というか、プロレス技はできるだけ入れるべきだと思います。
高井当時はずっと『ファイヤープロレスリング』で遊んでいましたよね。
石井下村(陽子氏。『レジェンド オブ マナ』音楽担当。『キングダム ハーツ』シリーズなどでも知られる)さんのブースで『ファイプロ』大会を開いていたっけ。彼女が音楽をかけると、「(ゲームの)音が聞こえないから静かにして」って(苦笑)。
高井逆に「ちょっと静かにしてもらえませんか」と下村さんに注意されましたよね(苦笑)。
――それはそうですよ(笑)。
高井話題を戻すと、プロレス技を入れるのは楽しいんですが、すべてのモンスターを投げられるようにするのはなかなかたいへんでした。シェイプアニメーション自体はできるようになりましたが、回転させるかさせないかで、スタッフ間でひと悶着があって。でも、回転させてもらわないと敵を脳天から落とせないので、最終的には対応してもらいました。
石井プロレス技は『サガフロ』でもやっていましたが、『サガフロ』では、絵を反転させてドスンと落とせばよかったんです。でも、『レジェンド オブ マナ』はアニメーションなど、いろいろなものが関わってくるので、調整するとことも多くて。アクションRPGは、アクションとRPGをそれぞれ作り込まないといけません。2倍とは言いませんが、ふつうのRPGを作るよりも手間がかかってしまうんです。
高井アクションは絵で表現しないといけないので、文字で逃げることもできないんですよね。
石井高井も『レジェンド オブ マナ』の開発を通して、ゲーム作りの苦労が改めて身にしみたんじゃない?
高井そうですね。アクションゲームは難しいなっていうのと、バランス取りが最後までしっくりこなかったというか。アクションをものすごく際立たせると、旧来のスクウェアのコマンドRPG好きの人はいっさい手が出せないところまで難易度が跳ね上がってしまいます。誰でも遊べて、リアルタイム性があって、いい感じの塩梅にできたかというと、いまでもちょっと後悔が残りますね。
石井先ほどもお伝えした通り、開発期間が伸びてもう少し時間があれば、自分が納得できるレベルまで高井は持っていけたかもしれません。自分自身、遊んでいるときに、高井はもっとこうしたかったんだろうなっていうのを感じていたので。
――武器が11種類と抱負なのも、調整がたいへんだった理由のひとつだったと思います。武器は開発当初から、多く用意しようと考えていたのですか?
高井はい。武器はたくさんあったほうがおもしろいじゃんって。
石井そうだね。それは共通認識で、本当はもっと増やしたかったぐらいです。武器を変えた瞬間に、遊びかたが大きく変わるので。ただ、似ている武器を増やしてもしょうがないよねってことになり、いまの数に落ち着きました。
高井ただ、武器の選定は悩みましたね。自分が素手好きなように、どの武器にもこだわりを持った人が少なからずいますから。自分としては、片手剣があるなら大剣はなくてもいいのでは? とも思うんですけど、剣好きにとっては大きな違いがあるので。できるだけ多くのプレイヤーの趣味嗜好に応えようとすると、武器の種類はあのぐらいになっちゃいますね。
石井これまでの『聖剣伝説』シリーズの中でいちばん武器を多くしたかったんだけど、アニメーションのパターンを作ったり、バランスを調整したりするのはたいへんそうでしたね。自分は高井がいたので、バトルは安心して見ていましたけど。高井は押さえるところはしっかりと押さえてくれるので。
アルティマニアが分厚くなったのは『レジェンド オブ マナ』のせい?
――『アルティマニア』によると、高井さんはムービーの編集も担当されていたそうですね。
高井担当していました。
石井オープニングも高井が作ったんだよね。
高井バトル担当なのに、なぜか作りましたよ。なぜならオープニングムービーを担当する人がいないから(苦笑)。ムービーの制作や編集は初めての経験だったので、右も左もわからないままどうしようって。当時は機材のスペックも厳しくて、PCのハードディスクが1GBの時代だったんですが、変換する前の動画のサイズが、ギリギリ1GBだったんです。だから、作ってチェックして、気になるところがあったらデータを捨てて作り直して……のくり返しで。まさに地獄のような作業でしたね(苦笑)。
石井時代を感じるね。
高井この出来事はいまでも忘れない。きっちり1GBだったので。
※HDリマスター版には、当時高井氏が作ったオープニングムービーではなく、アニメーションで描かれた新オープニングが収録されている。
――(笑)。時代と言えば、『アルティマニア』が分厚くなってきたのもこの時代からでしたよね。
石井それは『アルティマニア』を作っている人たちにも言われましたね。『レジェンド オブ マナ』でボリュームが増えてしまったので、それ以降のタイトルも分厚くすることになったって。
高井流れができましたよね。アルティマニアは分厚くないとダメみたいな。
石井ゲームに携わってくれたスタッフのインタビューやコメントを掲載したら、分厚くなってしまったんですよ。会社としては、スタッフはそんなに表に出さない方針だったんですが、自分は関わったスタッフの情報はできるだけ出してあげたくて、当時は本に出すのがベストだと考えていました。掲載されたことを喜んでくれるスタッフも多くて、「親に見せました」と言ってくれたり、「つぎはもっといいものを作ろうと思います」と決意を新たにしてくれたりする姿を見ると、載せてあげてよかったなと実感できましたね。
『聖剣伝説 LEGEND OF MANA アルティマニア』Kindle版の購入はこちら (Amazon.co.jp)――私も、スタッフのインタビューやコメントを読むのが好きでした。
石井確か『レジェンド オブ マナ』のアルティマニアはすごい売れたんだよね。
高井攻略本を読まないと、わからないことがいっぱいありましたから。
石井それもそうか。でも昔は、そういうゲームが多かったよね?
高井そもそも自分らに教える気がなかったという。
石井そうだよね。当時はインターネットもそんなに普及していなかったし。
高井教える気がないというか、気持ちとしては「よく気づいたね」と言いたい感じでしたね。いまの時代では考えられないですけど。
石井時代は変わったね。
高井時代ですかねえ。いまは、QA(品質保証)と開発チームは綿密な協力体制を築いていて、しっかりチェックをしてもらっていますが、当時は「QAにはバラすな」って暗黙のルールがありましたから(笑)。いまでは考えられませんが、開発者としてはそれが楽しかったんですよ。
――昔は、開発者の方がほかの人に内緒で、こっそり仕様を入れたりしていましたよね。
高井いまそれをやったら、世に出る前に、社内で大問題になっちゃいます(苦笑)。
石井でも、当時はディレクターの自分が確信犯的に入れていた時代でしたからね。荒削りなゲームが多くて、ユーザーもそういった面を楽しんでくれていたと思います。
――では、最後の質問です。いまの時代に蘇った『レジェンド オブ マナ』を、ゲームユーザーの皆さんにどのように楽しんでもらいたいですか?
高井いまの時代のプレイスタイルとは合わないかもしれませんが、試行錯誤をしながら好きに楽しんでもらいたいですね。攻略本や攻略サイトを見ずに、右も左もわからないままプレイするのが、『レジェンド オブ マナ』のいちばんの楽しみかただと思います。先に進めなくなるということはないはずなので、正解や効率を追い求めるのではなくて、『レジェンド オブ マナ』の世界を自由に体験してもらいたいです。
石井楽しみかたは、高井の言った通りだと思うので、この場を借りて、いま思うことをお話したいと思います。改めて感じるのは、『レジェンド オブ マナ』を作ってよかった、ということですね。この作品で、オフラインでユーザーが自己プロデュースして遊ぶゲームを提示できましたし、自分や高井は、その資産が『FFXI』の礎になりました。
いまにして思うと、オフラインのゲームながら、いろいろチャレンジできて、みんなで完成させることができたのは奇跡だと思います。スタッフの誰かひとりが欠けただけでも、『レジェンド オブ マナ』は完成しませんでした。遊んでくれたユーザーさんには感謝していますが、同じようにスタッフたちにも感謝をしています。……なんか、遺言っぽくなっちゃったな(笑)。
高井(笑)。
――(笑)。とはいえ、2021年4月に『サガフロ』のリマスターも発売されましたし、近年は石井さんの人生をたどるタイトルがリマスターされていますね。
石井いい感じで、当時のことを思い出させてくれるのはありがたいですね。今回、高井といっしょにインタビューに出られたのもよかったです。
高井そうですね。
石井当時とは立場も違っていて、いまや高井は『FFXVI』の期待のディレクターになっているからね。
高井光栄ですが、プレッシャーも感じています。
石井自分たちが大事にしていたこだわりを受け継いで、スクウェア・エニックスに残っているのは、高井と哲(野村哲也氏。『FFVII』シリーズ クリエイティブ・ディレクター)だと個人的には思っていて。とくに高井に関しては、ずっと近いところでいっしょに乗り越えてきたから。そんな高井が『FFXVI』のディレクターになっているのは、とても感慨深いよね。
高井また遺言っぽくなっている(苦笑)。
石井やっぱり歳なのかなあ。でも、こうやって作品を振り返れるのは本当にありがたいですね。
高井埋もれていかないのは感謝ですよね。
石井22年経ったいまも、『レジェンド オブ マナ』を遊んでくれるユーザーさんがいることに感謝したいと思います。ぜひ楽しんでください。