宮崎駿監督が生み出した傑作長編アニメーション『千と千尋の神隠し』。公開後、ベルリン国際映画祭の金熊賞や、アカデミー賞の長編アニメーション映画部門賞などを受賞し、国内外で大ヒット。世界中の人々が認める名作であり、筆者が夏には必ず1回以上は見る作品である。
“トンネルのむこうは、不思議の町でした”のキャッチコピーでおなじみの本作の公開は2001年。テレビで放送されることも多いので、見たことがある人も多いと思う。そんな本作をいまさらながら紹介されても反応に困るかもしれないが、20年経ったいま、本作に登場する筆者の大好きなキャラクター“釜爺”について語らせてほしい。
注目して見てほしい“釜爺”という存在
『千と千尋の神隠し』は、トンネルを抜け不思議な町に迷い込んでしまった主人公・千尋(または千)が、八百万の神々を癒す“油屋”で成長していく姿を描いたアニメーション作品。“湯婆婆”や“ハク”、“カオナシ”といった、一度見たら忘れられない個性的なキャラクターが数多く登場する。その中でも、いちばん注目して見てほしいのが“釜爺”だ。
“釜爺”は、“ススワタリ”とともに“油屋”のボイラー室で働く老人。丸くて黒い眼鏡をかけており、伸縮自在な6本の腕を操るかなり特徴的なキャラクターだ。なぜこの老人に注目してほしいかというと、話が動くときにはたいていこの人物が関わってくるからである。
そんな“釜爺”の魅力あふれる名シーンをいくつかピックアップ。それぞれ紹介していく。
序盤から名言を連発する“釜爺”
釜爺は本編スタートから20分ほど経ったころに初登場。ハクに言われて釜爺に会いに行った千尋だったが、最初はどうしていいいのかわからず端っこで立ち尽くしてしまう。
そこに石炭を運ぶ“ススワタリ”が登場。石炭の重みに耐えられなくなり潰れてしまうススワタリを助ける千尋だったが、この後石炭を適当な場所に置こうとした千尋に言った釜爺の一言が
「手ェ出すんなら、しまいまでやれ」
である。これは仕事を手伝うなら最後まで責任を持てということなのだろうが、これから仕事をする千尋にとっては、かなり重要なアドバイスだと思ったし、実際に自分が仕事をするうえでも大切にしたい考えかただ。
しかしこの後、千尋に手伝ってもらえると学習したススワタリが、仕事を放棄してしまう。その後の釜爺のひと言もかなり鋭いものだった。それが、
「あんたも気まぐれに手ェ出して、人の仕事をとっちゃならねえ。働かなきゃな、こいつらの魔法は消えちまうんだ。」
というもの。これは子どものときには何とも思っていなかったが、大人になったいま聞くとかなり沁みる言葉だと思う。
というのも千尋や釜爺たちが働く油屋では、仕事をしないものは湯婆婆の魔法で豚や石炭なんかに変えられてしまう。つまり仕事をしないものに居場所はないということだ。
これは現実世界でも同じだと思う。実は筆者はニートの時期があったのだが、そのときは家でも社会でも居場所がなかったし、どこにいても居心地が悪かった。
そんなとき『千と千尋の神隠し』を見て、居場所がほしければ仕事をするしかないと決心できた。これは釜爺と湯婆婆に助けられたといっても過言ではないし、いまこうして釜爺について語っていられるのも、宮崎駿監督のおかげだと思っている。
おそらく筆者が油屋に行けば、ふた言目には働きたくないと言って、豚か何かに変えられたうえに、すぐさまトンカツあたりになっているだろう。あの迫力ある湯婆婆に真っ向から立ち向かって、働きたいと言い続け、最後にはみんなに認められる千尋には本当に尊敬してしまう。
しかしこの釜爺、仕事に厳しいだけでなく、めちゃくちゃやさしい。千尋の先輩にあたる“リン”が登場し、油屋に人間が紛れていることがばれてしまうが、釜爺がすかさずフォロー。
「わしの孫だ」
と言って千尋をかばってくれる。そのうえイモリの黒焼き(この世界では貴重な食べ物らしい)を出してリンを説得。千尋が無事に働けるよう手助けまでしてくれる。そして湯婆婆のところに行くため、ボイラー室を出ていく千尋にかけるひと言も印象的。それが
「グッドラック」
だ。正直この爺、序盤から飛ばしすぎだと思うが、この「グッドラック」は本当に最高のシーンのひとつだと個人的に思っている。
終盤に差し掛かってもこの爺は見逃せない
終盤に近づき、話が盛り上がってきても釜爺の快進撃は止まらない。『千と千尋の神隠し』の名シーンと言えば? と聞いたときに多くの人が思いつくあのシーン。
そう、ネズミになった坊によるエンガチョのシーンだ。エンガチョとは、呪いや穢れとの縁を切るために行う儀式や仕草のこと。呪いの込められた魔女のハンコをハクから吐き出させ、その呪いを踏み潰した千尋と釜爺がエンガチョをし、それをネズミの坊が真似をするというのがこのシーンの流れ。
とってもほっこりするし、誰もが大好きな場面だと思う。これもけっきょく釜爺が
「エンガチョ、千、エンガチョ」
と言ってくれたから生まれたといってもいいだろう。ちなみにその直前の呪いを指さすところは、釜爺がとてもかわいく見えるのでオススメだ。
そしてハクが落ちついたところでハンコを返すべく湯婆婆の姉・銭婆のところに行きたいという千尋。そんな彼女に釜爺は電車の切符をくれる。
本当に太っ腹だが、ここで終わらないのが釜爺。直前に一連の流れを知らないリンが登場。何があったのか釜爺に聞くのだが、そのあとのセリフがこれ。
「わからんか、愛だ 愛」
けっこうさらっと出てきたセリフではあるが、千尋とハクの関係性が凝縮されたいい表現だと思う。ちなみにこの後目覚めたハクに、「いいなあ、愛の力だなあ」と同じようなことも言っている。
ほかにもまだまだ釜爺の魅力はたくさんあるが、このあたりにしておきたい。『千と千尋の神隠し』、何度も見たのでもういいかなと思っている人もいるかもしれないが、もし機会があったなら、次回は釜爺に注目して見てほしい。きっと仕事に真面目でめちゃくちゃやさしい、釜爺の魅力に気付くはずだ。
作品概要
- タイトル:千と千尋の神隠し
- 原作・脚本・監督:宮崎 駿
- プロデューサー:鈴木敏夫
- 音楽:久石 譲
- 主題歌:木村 弓
- 声の出演:柊 瑠美 ⋅ 入野自由 ⋅ 夏木マリ ⋅ 内藤剛志 ⋅ 沢口靖子 ⋅ 上條恒彦 ⋅ 小野武彦 ⋅ 菅原文太