実在のテニス選手の挙動や物理法則にのっとったボールの動きをリアルに再現しつつも、多彩なショットの打ちわけや激しいラリーが楽しめるカリプソメディアジャパンのテニスゲーム『マッチポイント:テニス チャンピオンシップ』。
数あるテニスゲームの中でもリアル志向で作られたという本作の内容は、まともなテニス経験者がいないファミ通編集部(&担当ライター)が紹介しても伝わらないのでは……という結論に至り、本記事では現実のテニスに精通し、なおかつテニスを題材にしたエンタメ作品も手がける人物とのコラボ企画を実施! 現在『月刊少年チャンピオン』でテニス漫画『BREAK BACK』を連載中で、18~25歳までは日本国内のプロツアーを転戦していた経歴を持つマンガ家、KASA先生にゲームをプレイしてもらい、『マッチポイント:テニス チャンピオンシップ』の感想や、テニスの魅力をゲームや漫画で表現する際のポイント、さらにはKASA先生の異色の経歴など、さまざまな話を聞いた。
『マッチポイント:テニス チャンピオンシップ』は、プレイステーション5、プレイステーション4、Xbox Series X|S、Xbox One、PC向けに2022年7月7日発売、Nintendo Switch向けに2022年10月20日発売予定だ。
・『BREAK BACK』とは
『月刊少年チャンピオン』2018年1月号から連載中のテニスマンガ。ケガで挫折し、1億円の借金を背負ってしまった元世界ランキング7位の女子テニスプロ、上條紗季が、無名の高校を率いて高校テニス界で暴れまくるさまを描く。作者の元プロテニスプレイヤーとしての経験に裏打ちされた練習や試合のリアルなディティール、選手(キャラクター)の細かな心理描写などが、現役選手やテニス関係者から高い評価を得ている。2022年7月現在、単行本は13巻まで刊行中。9月8日に最新刊、14巻が発売予定。
KASA先生
元プロテニス選手にして元コーチ。26歳のときに一念発起してマンガ家を志す。ただいま『月刊少年チャンピオン』で『BREAK BACK』を連載中。
ゲームに触っていると、どんどん実際のテニスをやりたくなった
――対戦ありがとうございました。まずは『マッチポイント:テニスチャンピオンシップ』を触ってみた感想をうかがいたいのですが、このゲームって強いショットをラインぎりぎりに決めようとするとミスしがちなのが、素人だと「リアルだなあ」となんとなく感じるのですが……。
KASAそうですね。実際のテニスと同じで、ストレートショットを打つとミスが多くなって、クロスにしたほうが安定感が出るところなんかはリアルな感じですごくおもしろかったですね。
――狙ってショットを打たないといけないところは、ゲームをプレイしているというよりは学校の授業を思い出しました(笑)。自分はラリーが続いていくと余裕がなくなって、ボールの落下地点の表示を追えなくなっていったのですが、KASAさんはどうでしたか?
KASAどこに落ちるかっていうのは見えてましたね。ラリーの感覚は実際のテニスに通ずるところがありました。テニスをプレイしている感覚があったので、おもしろかったです。
――ゲームだとボールの落下点も表示されますし、相手のコートを見てプレイする人が多いのかと思うのですが、実際のテニスだと目線をどこに定めてプレイするものなのでしょうか?
KASA実際の試合だと、自分のできることとできないことを理解したうえでプレイするので、人それぞれでけっこう変わると思います。取れる選択肢は実際のテニスのほうが確実に少なくなりますね。ゲームだとオールラウンドで何でもできてしまうので。
――コート全体を見るというよりも、自分がカバーできる範囲のエリアを見て動くという感じでしょうか。
KASAそうですね。こういう展開になったら、「あ、もうヤバいな」となる状況がゲームよりは圧倒的に多くあるので、そういう危ない状況に陥らないように、配球を考えたりします。そこは実際のテニスとゲームのテニスで違う部分かなと思います。
――今日はゲーム内でも、お互い配球を考えるところまではいけなかったですね。
KASAですね。でも慣れればゲームでも配球が自由にできると思うので、そのぶん配球術というか、テニスの表現が磨かれるだろうなという感じはしました。
――表現ですか?
KASA言葉で説明するのは少し難しいのですが……たとえば(ロジャー・)フェデラーの場合、彼のプレイスタイルを指して「アートなテニスをする」と言われることが多いです。それは配球が素晴らしいのはもちろんですが、ほかのプレイの技術も高いし、相手や観客の予想を裏切るアイデアも持っていて、何でもできてしまう。
だからアートなテニスと評価されるのですが、僕みたいな下手な人はそういうテニスはできない。どちらかというと、ここにボールが来たらこう対応するみたいな感じで、ある程度縛りをつけた状態で試合を組み立てていくのですが、そういうプレイ中にできることの違いが、テニスの表現力ということになるのかなと思います。ゲームだとフェデラーみたいなアート寄りなテニスができるというか、そういう表現をたくさん楽しめるおもしろさもありました。
――なるほど。ビデオゲーム化されるスポーツの中でも、テニスはとくに競技そのもののスピードが速いですよね。テレビや配信で見るような世界トップレベルの試合だと、観客でも球を追うのが困難ですし。実際にコートに立っている選手も、球を見てから反応するというよりは、打たれる前から予測を立てていないと反応できないですよね。
KASAそうですね。あとはラリーが続いて相手のバランスが崩れていると、取れるプレイが制限されるので、体勢を見てつぎのボールをある程度予測していくことが多いですね
――テニス経験者をモーションキャプチャーして作られた選手の動きは、元プロ選手からの目線から見てどうでしょうか?
KASAプロと言えるほど成績は残してないのですが、すごくスムーズに動いていますし、体重移動なんかもリアルだなあと思いました。とにかくゲームを触っていると、どんどん実際のテニスをやりたくなるのがいいですね。
テニスを諦めたきっかけとマンガ家を諦めなかった決意と
――今日は『BREAK BACK』や、先生ご自身についてもうかがえたらと思います。ゲームはふだんから遊んでいるのですか?
KASAハマるとやめられなくなるタイプなので、最近はあまりやっていないです。昔は『ポケモン』シリーズとかを遊んでいました、テニスゲームだったら『スマッシュコート3』はけっこうやりましたね。ストリートテニスがおもしろくて、ミッションというかストーリーもあって、テニス部みんながやっていました。世界観が好きでした。
――漫画家になるまでの経歴に関しても少し詳しくお聞きたいのですが、元々はプロテニス選手としてツアーに出たりしていたんですよね。そこからマンガ家を目指すようになったきっかけは?
KASA25歳のときのアルゼンチンでの体験が大きいです。アルゼンチンには、プロを目指してというか、まだまだ選手としてやっていきたいからレベルアップしようと武者修行みたいな形で行ったのですが、そこでけっこう強いアルゼンチンの中学生の子と試合をしたんですよ。最初はふつうに1セット勝ったのですが、そうしたらその中学生の子が泣きながらコーチに、「いまのは本気じゃない! もう1回やらせてくれ!!」って言いだしたんです。
その子はふだんはランニング中にナンパするようなけっこうチャラい子だったのですが(笑)、僕との練習試合にでも負けたら悔しくて泣いていて……。で、すぐに再戦することになったのですが、相手の気持ちに押されて、今度は僕が負けてしまったんです。そこで、本気で悔しがれないことに気づいて、何かもうダメだなって思ってしまい、心が折れてしまったんです。センスとか才能じゃなく、心の資質がないって。
本来だったら絶対に言うべきなんですよ、「もう1回やらせろ」って。でもそれが言えなかった自分がいて、そこで心が折れて日本に帰ってきたのですが、でもすぐにはテニスをやめられない。やはり、これまでやってきた練習が無駄になってしまうなというのがあって、練習していたんですけど、心は折れているので、身が入らない。このままだとダメだなと思って、新しい夢を追いかけようと決意して、マンガ家を目指すことにしたんです。マンガ家には高校生のころになりたいと思ったこともあって、趣味の範囲でですが、描いたりもしていたので。
――そこで、ほぼイチからマンガ家を目指したのですか?
KASAそうですね。26歳のときから始めました。
――勝算みたいなのはあったのですか?
KASAいや、まったくなかったです。ただ無知なのでやれました(笑)。だいたいマンガ家を目指す方って、26歳で諦めるらしいのですが、僕はそういう事情をまったく知らなかった(笑)。無知だからやれました。
マンガ家を目指す方って、子どものころからずっとマンガを描いている人が大半なので、26歳ぐらいになると、このまま継続するのか、それともそろそろふつうに就職するかみたいなことを決断することが多いらしいんです。でも僕はそんなことは何も知らないので、26歳からでもぜんぜんマンガ家にはなれるものだと思っていました。ですので、とくに気にせず原稿を編集部に持ち込みんだりしていました(笑)。
――マンガ家を目指そうと思って描き始めて、どれぐらいの期間で持ち込みを始めたのですか。
KASA半年くらいです。持ち込みの場合、担当編集さんがつくのが最初のステップなのですが、僕はそこに達するまでにもう半年ぐらいかかっています。
――でも半年で持ち込めるレベルのマンガを描き切れるのはすごいですよね。そこから秋田書店さんで描くことが決まった?
KASAいえ、最初は別の出版社でした。担当編集さんがついても諦められると、連絡が返ってこなくなるんですよ。そうなるとまた持ち込みに行って担当編集さんを探すことになり、また持ち込みをくり返していたら、『月刊少年チャンピオン』編集部の担当編集に出会って。助けてもらいました。
――そこから『BREAK BACK』の連載までには、どれぐらいの時間がかかった感じでしょうか?
KASAどうだったかな……最初に持ち込みを始めてから4年後ぐらいかな。
――世の中にはマンガ家を目指している人がたくさんいることを考えると、才能があったというか、なかなかのシンデレラストーリーを体現したのかなとも思います。
KASAいやー、才能はどうですかね……。漫画の持ち込みって、最初に編集さんから名刺をもらえないと、その編集さんから見たら才能がないって言われているようなものらしいんです。ちょっとでも見込みがあると思われたら名刺をもらえるらしいのですが、僕は最初のうちはまったくもらえなかった(笑)。事情を知っている人だとほとんどの場合、たぶんそこで諦めてしまうみたいなんです。でも僕はテニスの時は、挑戦すること自体ができずに心が折れてしまった部分が経験としてあったので、マンガでは絶対に諦めたくなかった。だから何回も挑戦できたというだけの話だと思います。
――諦めずにチャレンジし続けたのが成功した要因だということですね。
KASAまだ成功したとはぜんぜん言えないのですが、マンガ家になれたのは挑戦し続けられたから。そこに尽きるとは思います。マンガ家のプロとしてうまくいっている人たちって、少しぶっ飛んでいる部分がある。ボロクソに言われてもぜんぜんメンタル的には平気、という人がプロには多い気がします。
――そこはテニスで鍛えられていたんでしょうか? スポーツみたいに勝ち負けがわかりやすい世界に身を置いてると、メンタルの切り替えがうまくできるのかなと。
KASAそこはなかなか難しいです。もともと僕はけっこう人見知りで、コーチにアドバイスを聞けなくてすごく怒られたりしていたのですが、そうしたらコーチから、「おまえはいますぐナンパしてこい! ナンパしなければもうテニスは教えない!!」みたいなことを言われて(笑)。
――それはすごい(笑)。
KASAそこで少しがんばって100人くらいに声をかけたのですが、当然まったく無視されますよね。でもそこでメンタルの切り替えが自然にできるようになったんです。そうしたらテニスもめちゃくちゃ勝てるようになりました(笑)。女性が聞いたら少し引いてしまう話だとは思うのですが、でもそのときに頭を切り替える能力ってすごい重要だと認識しました。
テニスゲーム、テニスマンガに秘められたポテンシャル
――『BREAK BACK』についてもいくつか質問させてください。このマンガって、高いレベルでテニスをやっている人たちは知っているけど、本格的にテニスをやったことがない人には知られていない情報がものすごい密度で詰め込まれていますよね。たとえば試合中は相手のラケットの持ちかたを見て、ショットの方向を変えたりすることを、自分は『BREAK BACK』で初めて知りました。
KASAありがとうございます。ラケットの持ちかたでけっこうできること、できないことが決まってしまうので、そういうボールを打つ前に見える情報から試合を組み立てますね。そこからさらに、目に入る情報を踏まえた駆け引きもあるという感じです。
――そういう駆け引きは『BREAK BACK』の舞台でもある、高校テニスの試合でも行われているのでしょうか?
KASAたぶんやっています。上のほうまで勝ち上がってくるいまのテニス部の高校生は意識してやっていると思います。攻撃と守備、どちらにも偏らないグラデーションで駆け引きを行なって、局面ごとに適した答えを導き出していく勝負になっていく気がします。
――駆け引きやKASAさんがおっしゃる、テニスの表現力という要素が勝敗に深くからむから、年齢を重ねても勝っていけるんですね。フェデラーはもう40代で、ジョコビッチも30代半ばに差しかかっていますし。
KASAテニスの試合をものすごくわかりやすく説明すると、ショットの威力で押し切れるか押し切れないかというのがまずあって、押し切れる人はそのままシンプルに試合を進めていくのですが、押し切れない側は勝つためには試合を複雑にしていくしかないんです。ここでどんな“複雑な試合”に持っていくかも、テニスの表現力ですね。
それがプロの場合だと、その複雑さ、表現力が試合が進むにつれて変動していくんです。Aの状況でショットを打てば押し切れるけど、Bの状況だとまともに戦っても勝てないから配球で工夫して複雑にしなければいけない、とか。
――体もですけど、試合中は頭も酷使していそうですね。
KASAジョコビッチやフェデラーが第一線で戦えているのは、やはりショットを複雑にして、単調な試合にならないようにしているからですね。シンプルに戦っていては、体力やショットの威力が突出した選手が勝ちやすくなりますから。
プレイヤーの人たちにはみんな体力ゲージ的なものがあって、そのゲージがなくなっていくと、ショットの威力や運動能力が落ちますし、取れる作戦も限られてくるんです。体力と技術はゼロか100じゃなくて、かなり複雑に絡み合っているんです。自分と相手の体力ゲージ的なものを考えながらプレイができて、なおかつ相手の体力や思考も削れる複雑なテニスを機能させられるから、ジョコビッチやフェデラーは30を過ぎてもぜんぜん大丈夫、まだまだ勝てるんだと思います。
――確かに30代後半、40代でも試合では見劣りしていませんよね。
KASAでも最近はカルロス・アルカラスという選手が出てきて、彼はショットの威力がちょっと飛び抜けてすごいんです。しかも複雑なテニスもできる。それこそゲームのキャラクターのような万能なタイプなので、これからどうなっていくのかな……という感じです。昔のテニスはもっとスタイルウォーズっていうか、ぜんぜん違うスタイルがぶつかり合うおもしろさがあったのですが、いまはその面での魅力は少し薄れてきているかもしれません。
――ゲームに収録してほしい実在の選手はいますか?
KASA僕がいちばん好きな選手は、ギレルモ・コリアっていうアルゼンチンの選手です。173センチでランキング世界3位までいっています。筋肉とかもないのですが、テニスで打ちあったらたいていの選手に勝ってしまうんです。ショットの威力で勝負するのではなくて、配球やフットワークで展開して、大柄な選手をどんどん倒していくのに憧れていました。
日本人のファンも多くて、僕がアルゼンチンに行った理由も、コリアがいたからだったりします(笑)。あと、コリアはテニスをすごく楽しんでいるんですよ。僕はどちらかというと日本では「こうしなきゃいけない」みたいな指導を受けることが多くて、あまりおもしろくなかったというか、たぶん日本のジュニアの人でもそういう経験をした人はいると思うのですが、コリアのテニスは楽しんでいるのがわかるぐらい表現力がすごい。それを見ているだけで、自分も何か楽しくなってきて、それですごく惹かれました。
――本日はありがとうございました。『BREAK BACK』や『マッチポイント:テニスチャンピオンシップ』で実際のテニスに興味を持つ人が増えて、その盛り上がりが作品にも還元されるようになるといいですね。
KASAテニスゲームを遊ぶと表現力が磨かれる、みたいなことを言っている選手がいたと思います。海外の選手は遊びながら表現力を磨くことが多くて、テニスコートに卓球台が置いてあったりして、暇な時間ができたらミニゲームで遊び出したりします。
――あら。ではテニスプレイヤーは、表現力を伸ばす練習の一環として『マッチポイント:テニスチャンピオンシップ』を触るのもアリ?
KASAそうですね。そこは本当にそう思います。あとはもちろんテニスをやっていない人にも、ゲームだったり自分のマンガで、テニスが持つ魅力を感じ取ってもらえるよう、がんばっていきたいです。
なお、『月刊少年チャンピオン』2022年8月号(7月6日発売)では、KASA先生の『マッチポイント:テニスチャンピオンシップ』体験マンガが掲載されている。気になる方はチェックしてみてはいかが?
#月刊少年チャンピオン 今月発売の8月号
テニスゲーム #マッチポイント とのコラボ記事
おまけ漫画も描きました‼️
これでテニス知らない人にも、ヘンマンを知ってもらいたい笑 https://t.co/SAwINoWFRD
— KASA@BREAK BACK⑭9/8 (@KASA_TENIS)
2022-07-01 14:17:48