“東京ゲームショウ2022”ビジネスデイ2日目。この9月16日という日は、暑かった。いや、熱かったのかもしれない。

 最高気温は30℃を超え、会場を歩き回るだけでも体が熱を持つ。「暑いな……」と独り言つ筆者。もちろん、返事があるわけもなく、ただただ足を動かす。

絶対に掌で踊らせたい人 VS 絶対に掌で踊らない人。『「掌の上で踊らされる」をVR化してみた(仮)』で抗いもがく男の物語【TGS2022】
会場にいる筆者の足も、絶対、とまらない。そんな感じであった。
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 この暑さ……どうやら気温だけが原因でもないようだ。幕張メッセの無機質な床を眺めるように歩いていて見逃していたが、顔を上げれば周辺から“熱”を感じる。

 所狭しと並べられたゲーム機やPCの排気熱、一心不乱にゲームを試遊する諸氏。これらの熱が暑さに拍車をかけていたのかもしれない。

 そう、ここは1ホールの一角にあるインディーゲームコーナー。作り手の熱、遊ぶ側の熱が入り混じる、試遊不可避の危険地帯だ……。

絶対に掌で踊らせたい人 VS 絶対に掌で踊らない人。『「掌の上で踊らされる」をVR化してみた(仮)』で抗いもがく男の物語【TGS2022】
気づいたらインディーゲームコーナーから出ずにゲームショウが終わっていた。そんな話も聞く。

迷い込んだインディーゲームコーナーの果てで……

 ちょうど試遊機が1台置けるようなスペースがずらりと並び、スタッフが横につきながらゲームの解説までしてくれる時間泥棒のようなゾーン。

 効率的にブースを回ろうとしていたら、ずっとインディーゲームコーナーにいたなんて話はよく聞く。

 そんな熱気の中に身を投じていると、インディーゲームコーナーには似つかわしくない音が聞こえてくる。

 「ァァアア……! 落ちるぅっ……!」

 おかしい。

 何がおかしいのかと問われれば、黙々と修行を積む戦士のように日々ゲームに打ち込むゲーマー諸氏が、どのようなゲームを遊んでいるのであれ、ちょっと落下したくらいでそこまで声をあげるだろうか。答えは否。断じて否である。

 自分勝手に異常だと決めつけた筆者は、その声の先へと急ぐ。そこで見たものは、異様な光景だった。

絶対に掌で踊らせたい人 VS 絶対に掌で踊らない人。『「掌の上で踊らされる」をVR化してみた(仮)』で抗いもがく男の物語【TGS2022】
画像は筆者で代用したが、ほかの方が体験中のシーンを初めて見たときはわりとビビった。

 拷問か!?

 いや、これも断じて否なのであるが、はたから見たら拷問のように見えなくもなかった。

 嬉々として手を振る者、そして揺れ動く椅子から落ちまいと声を張り上げそうになる者……。

 どういうことなんだ、これは……!

絶対に落としたい人vs絶対に落ちたくない人

 「来たか……説明しよう」

 そう言いながら、歩みを進めてくる人物がいた。

 筆者も「あんたは……!」と言ってみるも、まったくどこの誰だかわからない。

 話を聞くこと数分……。

※普通にお話をお伺いしただけだが、筆者の脳内での演出により、多少過剰な表現が含まれる。

 なるほど。パーフェクトに把握した。

 この目の前で行われているのは、どうやらVRコンテンツらしい……いや、それはゴーグルを見てわかっていたのだが。

 タイトルは『「掌の上で踊らされる」をVR化してみた(仮)』である。

絶対に掌で踊らせたい人 VS 絶対に掌で踊らない人。『「掌の上で踊らされる」をVR化してみた(仮)』で抗いもがく男の物語【TGS2022】

 ルールは簡単でプレイヤーはVRヘッドセットを着けて椅子に座り、本当に“掌の上で踊らされる”だけ。実際に26°も椅子が傾くなかで、それに耐える。

 一方、VRヘッドセットを着けていない第三者(ここでは現実側と呼称)も遊びに参加できる。現実側はコントローラーを動かして、VRのプレイヤーを掌の上で踊らせまくって落下させるのだ。ちなみに落下するのはゲーム内の話であって、現実の椅子からではない。念のため補足しておく。

 勝敗は簡単で制限時間以内に仏の掌の上から落としたら現実側の勝利、落ちなければVRのプレイヤー側の勝利となる。

 先ほど聞こえてきた「落ちる」とは、これのことだったのかと得心がいく。

 この“Movere”(モヴェーレ)ブースにいた脇田博士(広島市立大学情報科学部システム工学科准教授)から本作の素晴らしい点を伺うこと数分。

 徐々に興味は出てきたものの、これは取材の終盤で体験するものだ。現在時刻は12時20分。まだまだ取材が残っている身で体験してしまえば、とてつもない疲労感に襲われるだろう。

 すまない。もう行かなくては……。

絶対に掌で踊らせたい人 VS 絶対に掌で踊らない人。『「掌の上で踊らされる」をVR化してみた(仮)』で抗いもがく男の物語【TGS2022】

 何故だ……!

 筆者はいつの間にかVRヘッドセットを着けて椅子に座っていた。いや、ちょっとだけやりたい雰囲気は出していたけど、これはもうひとりいないと成立しないのでは!?

 そんななか、続々と現れるヤングなスタッフたち。任せてくださいと言わんばかりに、筆者を落とす準備をテキパキと進めていく。

 こうなればやってやる。絶対に落ちないからな!

これだけは言わせてほしい。「絶対に落ちない自信がある」

 あらためて自分の状況を確認する。VRゴーグルを装着し、椅子に座っていた。

 手で何かを握ってバランスを保つことはできないのが、最高に不安を煽る。バランスをとるために使えるのは、足元のバーのみだ。

絶対に掌で踊らせたい人 VS 絶対に掌で踊らない人。『「掌の上で踊らされる」をVR化してみた(仮)』で抗いもがく男の物語【TGS2022】

 先ほどの声を思い出して、笑みがこぼれる。何が「ァァアア……! 落ちるぅっ……!」だ。悪いがそんな情けない言葉、絶対に吐かない自信がある。

 こっちは小学生時代、バランスの鬼を自称していたこともある。閉眼片足立ちを何分続けられると思う? ……3分だぜ! カップラーメンができちまうな。さあ、かかってきな!

絶対に掌で踊らせたい人 VS 絶対に掌で踊らない人。『「掌の上で踊らされる」をVR化してみた(仮)』で抗いもがく男の物語【TGS2022】
見よ、この集中力。落ちる気がしない。
絶対に掌で踊らせたい人 VS 絶対に掌で踊らない人。『「掌の上で踊らされる」をVR化してみた(仮)』で抗いもがく男の物語【TGS2022】

 「あ、ヤバいヤバい! 落ちちゃうかもです!」

 気づいたら、そんな言葉が口をつく。

 記念すべき初出撃とも言える1回目の挑戦は、わずか3秒で撃墜……。椅子が右に傾き、左に傾き、それに追従するように扇風機の風が吹き、かなり緊迫感が増す。最後はフェイントを入れられて落下した。まさに掌の上で踊らされたのだ。

 次戦はがんばったが35秒で落下(あと5秒で勝てたのに!) 。最終決戦は20秒と持たなかった。

 合計で1分くらいは掌の上で踊っていただろうか。もう満身創痍である。

絶対に掌で踊らせたい人 VS 絶対に掌で踊らない人。『「掌の上で踊らされる」をVR化してみた(仮)』で抗いもがく男の物語【TGS2022】
終了後の筆者の疲労感を端的かつ、印象的に伝えるイメージ画像。
絶対に掌で踊らせたい人 VS 絶対に掌で踊らない人。『「掌の上で踊らされる」をVR化してみた(仮)』で抗いもがく男の物語【TGS2022】
ちなみにVR側の視点。表示される残り時間、押せ寄せるぐらつき、無言の視線……つねに“圧”との戦いになる。

 終了後、脇田博士に話を聞いてみると現実側のコントローラーの動きに連動して扇風機の風が吹いていたり、椅子が傾く角度も緻密に計算されていたりと、非常に作り込まれた体験型VR作品だった。

 「絶対に落ちないね!」という自称バランスの鬼の皆さん。ぜひ、インディーゲームコーナーのMovere(モヴェーレ)ブースへ行ってみることをおすすめする。

絶対に掌で踊らせたい人 VS 絶対に掌で踊らない人。『「掌の上で踊らされる」をVR化してみた(仮)』で抗いもがく男の物語【TGS2022】
プレイや撮影に快くご協力いただいたMovereブースの皆さんには頭が上がらない。

 ただ、最後にこれだけは言わせてほしい。つぎは絶対に落ちない自信がある