レイニーフロッグより『ソード オブ ザ バークラント』がNintendo Switch、プレイステーション4、Xbox Oneに2022年12月1日に発売された。価格は1000円[税込]。
同作は、手書き風の美しいグラフィックが魅力のファンタジーアクションRPG。キャラクターたちが生き生きと滑らかに動くアニメーションや、ハードかつスピード感溢れるアクションを実現した戦闘などが特徴の1作だ。開発は中国の会社O.T.K. Gamesで、ベースとなるのは2018年に配信された『The Vagrant』なのだが、興味深いのが、同作の家庭用ゲーム機版を担当するのが日本の開発会社DICOだということ。
“日本の開発会社”と言いつつも、DICOは2011年にスペイン人のエミリオ・ガジェゴ・サンブラノ氏により設立された国際色豊かな企業。もともとローカライズ事業からスタートした同社は、徐々に業務を拡大し、ゲームの企画や開発、プロデュース、さらにはパブリッシング事業なども展開。五十嵐孝司氏の『Bloodstained: Ritual of the Night』の家庭用ゲーム機版や、ディースリー・パブリッシャーの『Gleamlight(グリムライト)』も、同社が手掛けている。
『ソード オブ ザ バークラント』のパブリッシャーであるレイニーフロッグの担当者さんによると、「DICOさんはとてもおもしろい会社ですよ」とのこと。そこでここでは、『ソード オブ ザ バークラント』の発売を記念して、DICOのCEOであるエミリオ・ガジェゴ・サンブラノ氏と、ゲーム事業を統括するホセ・G・バレロ氏にアレコレ聞いてみた。
※『ソード オブ ザ バークラント』のプレイステーション5版は2023年発売予定。内容はプレイステーション4版と同じものになる予定。
エミリオ・ガジェゴ・サンブラノ氏(写真左)
DICO CEO代表取締役
ホセ・G・バレロ氏(写真右)
DICO パブリッシングマネージャー
日本の文化に興味を惹かれて……
――DICOさんのことを教えてもらうには、まずはエミリオさんの人となりをうかがうのがいいようですが、まずはエミリオさんの簡単なプロフィールから教えてくださいますか。
エミリオ日本に来たのは1998年です。大学1年生の終わりくらいに、日本語を勉強するために、1年だけ留学するつもりで来日したんですね。それが「もう少しいたほうがいいかな」と1年、2年と延ばしているうちに、大学3年生のときに日本の大学に完全編入することにしたんです。
――日本に興味を持ったきっかけは?
エミリオ日本の文化に興味があったんですね。とくに私は1980年代から日本のアニメやマンガなどはちょくちょくと見ていて……。『ドラゴンボール』とか『聖闘士星矢』とか、『タッチ』とか。
――おお、なるほど。
エミリオそれで日本の大学に編入しながら、マンガやアニメ関係の仕事もちょこちょこしつつ……というときに、たまたまニンテンドーヨーロッパからご連絡をいただいて、ローカライズのお仕事をすることになったんです。それまではゲーム関連の仕事をしようとはあまり考えていなかったのですが、そこからですね、ゲーム業界に関わるようになったのは。
ニンテンドーヨーロッパでは『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』など3タイトルのローカライズを担当したのですが、任天堂さんのしっかりとしたゲーム作りの姿勢は、本当に勉強させていただきました。正直なところ、お声かけいただいたときは任天堂さんのことはあまり知らなかったのですが、いま思うと最初に任天堂さんとお仕事できたことは、私にとって本当にラッキーでした。
任天堂さんからはいろいろと学ばせていただいて、最後のプロジェクトが2007年前後だったと思うのですが、同種のサービスが日本でも提供できるのではないかということで、友だちの会社にローカライズ事業部を立ち上げさせてもらいました。
DICOの由来は“国内外関係なく、みんなで楽しめるエンタメを提供し、サポートする”
――DICOさんを立ち上げたのは2011年ですよね?
エミリオそうです。ローカライズはおもしろいけど、開発もやらないと……ということで、いかに多方面的に業界に貢献できるのかということで、DICOを作ることにしたんです。まあ、私は途中で旅に出て、2年くらいGREEで働いていたりもしたのですが……。
――旅に出てGREEで働くことになった?
エミリオそうそう。そのときすごいソーシャルゲームの流れがきていて、GREEからお誘いがあったんです。DICOにはパートナーがいて、その人が代表を努めていたんです。「勉強したいし、仲間も作りたいし」ということで、その間DICOのことは一切パートナーに任せました。
――アグレッシブですね。
エミリオその後旅から帰ってきて、DICOの業務に邁進することになります。
――ちなみに、“DICO”という社名の由来は何ですか?
エミリオDICOは、Developers for International Communicationの略ですね。要はですね、簡単に説明すると、“国内外関係なく、みんなで楽しめるエンタメを提供し、サポートする”くらいの意味ですね。
だから、DICOがいまはどういう会社になっているかというと、“分け隔てなく、性別に関係なく、どんな人種だろうと、どんな出身国だろうと、みんなでチーム一丸となって前進していきます”というのがミッションですね。スタッフの30~40%は外国籍の人で、でありながら社内の公用語は日本語です。
――英語ではなくて、日本語なのですね。
エミリオとはいえ、“公用語”といっても「日本語以外ダメ」というわけではなくて、打ち合わせをしていたら英語になったり、スペイン語になったりするのも珍しくないですけどね(笑)。
言語は何かとデリケートなことも多々ありますが、この会社の文化として、そういうものは全部取っ払っています。会議はどんな言語でもいいし、みんなが理解すればいい。その言語でわからない人がいれば、もう1回説明すればいいんです。私のキモになっているのは“コミュニケーション”。
コミュニケーションというのは、“どのように言う”、ではなくて、“何を言う”、です。私はよくスタッフに対して、日本人であろうと外国人であろうと、日本語を直してほしいという要望を出します。
――あら、そうなのですね。
エミリオ話している相手は社内のチームメンバーなのか、それともクライアントなのか、外注のスタッフなのかによっても話すことは変わってきますし、理解してもらえる伝えかたもあれば、そうではない伝えかたもあります。論理立てて、まず何をしてほしいのか、何を理解してほしいのかをまずよく考えて、きちんと説明していかないといけない。もちろん、ぎこちない表現ではなくて、わかりやすい単語で説明する必要もある。
私は、毎日のようにみんなにコーチングしています。会社は大きくなればなるほどいろいろな人とコミュニケーションを取らないといけない。単語ひとつ、表現ひとつでコミュニケーションがすごく左右されるんですね。それで一歩間違えると、本来は簡単なはずのコミュニケーションが何時間もかかったりする。ですので、私はコミュニケーションにはすごく気を遣っています。コミュニケーション魔と言ってもいいくらい(笑)。これは英語でもスペイン語でもそうですね。まわりの人たちと円滑な仕事の運びかたができるようになるように……ということは、とても気にしています。
――──なるほど。それが会社の根幹を形成するというか、会社の事業の本質的な部分でもあるということが言えるかもしれないですね。
エミリオそうですね。DICOは会社として幅広い事業を展開しているのですが、昨年SHIFTグループといっしょになりました。そのことにより、より強くなった色としては、“困っている人、困っている会社にソリューションを提供する”というのがあるかもしれないです。
DICOはもともと開発に特化して取り組んできました。途中でローカライズやQA、グラフィック量産……と事業領領域を広げていきました。いろいろと失敗を重ねつつも、おかげさまでけっこう認めていただけるところまできていて、いろいろな会社の手伝いをさせていただいております。
以前よく言われていたのが、「DICOって、ローカライズができる開発会社なのか、それとも開発のできるローカライズ会社なのか?」というものでした。答えは両方ともです。ローカライズをしている会社で開発部隊を持っている会社は少ないですし、逆もまたしかりです。
ローカライズチームと開発チームという、それぞれ専門性の高いチームが同じ会社にいるので、すぐに相談できて、とてもやりやすい。みんなフラットで同じ目標に向かってがんばっているんです。
日本の文化やIPにとても詳しいことが強み
――DICOさんは数多くのローカライズを手掛けていますが、DICOさんがローカライズでとくにすぐれているところはどこでしょうか?
エミリオかつて、日本のタイトルがローカライズされる場合は、日本語から英語に翻訳されて、その英語版から他言語に翻訳されるという流れがありました。そうすると、英語の翻訳に誤訳があるとほかの言語も誤訳のまま訳される。さらに言えば、日本語の文化圏の文章から英語圏の文章になることで、微妙なニュアンスもいろいろと変わってしまうわけです。
やはり直に翻訳しないといけない。これは任天堂から学んだことですが、DICOでは、日本語から直接30ヵ国くらいには翻訳できる体制になっています。
――──30ヵ国語ですか! それはすごいですね。
エミリオもちろん30ヵ国語同時にリリースされるゲームというのは少ないですが、15ヵ国語に対応しているゲームとかはけっこうありますね。基本的なところでは、英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語などから、お客さんによって新規市場を開拓したいということで、ベトナム語やインドネシア語、マレーシア語、タガログ語、ミャンマー語など……。
それらの言語は全部日本語から直接です。2011年からずっとそういう方針で取り組んできて、各国語の優秀な翻訳家と長いお付き合いがあるんですね。もちろん育成もしてきました。
人材はすごく貴重です。私がいつも言っているのは、「スタッフはみんな家族みたいなものですね」ということです。スタッフのことはつねに気にかけています。もちろん仕事で何か問題があったらいつでも話しますし、プライベートはほどほどにサポートしていますし。
――(笑)。
エミリオとにかく家族に近いレベルで接しています。下手すると家族より毎日のように会うじゃないですか。ですので、そういうスタンスで接したほうが信頼関係も育めるのかなと思います。誇れるところといったらそこかなと。
――とにかく人材を大切にしているということですね。
エミリオもうひとつは、日本の文化やIPにとても詳しいことでしょうか。日本の会社がよく困っているIP整理にはがんばって取り組んでいます。
日本のいろいろなIPって長い歴史を持っていますよね。マンガがあるし、アニメがあるし、ゲームがある。日本はライセンスを取ろうとするときは、A社にはマンガ、B社にはアニメ、C社にゲームということが往々にしてあります。アニメをライセンスしたB社は途中で倒産してしまったので、また別の会社にライセンスアウトして……ということも多いです。
そうすると何が起きるかというと、IP内で使用される用語も変わってくるんです。
――どういうことです?
エミリオたとえばですが、超有名な必殺技の“◯◯◯◯波”は、フランス語やイタリア語だったりスペイン語だと、アニメシリーズとマンガシリーズで呼びかたが違っていて、5通りくらいの名前があるんですよ(笑)。
――なんと! そうなのですね。
エミリオ何が正解なのか、誰にもわからないということになってしまっているんです。そこでDICOでは、全部資料を取り寄せて、全部分析して、単語集をゼロから作っています。
そのへんは、IPによって、ゴチャゴチャぶりがぜんぜん違います(笑)。歴史の長い作品のほうがゴチャゴチャしていて、歴史の浅いIPのほうが微調整で何とかなるというのはあります。とくに日本は、英語以外は判断できづらい傾向がありますよね。いきなりフランス語とかドイツ語とか言われても……ということになってしまう。
そういった、日本ではほぼ誰も判断できないところをDICOがヘルプして、何が正しいのかを説明してあげるんです。まあ、これもスタッフの力ですね。
――すごいですね。それ。
エミリオ実際のところ、とてもたいへんです! DICOでは、最近もいくつか特定のIPで大掛かりな精査をさせていただきました。その労力は正直本当にたいへんなのですが、達成感はハンパないです!
私たちが整理した内容が、そのIPの“正解”になる。今後、10年後、20年後もその表現を使うことになって、“レガシー”になるわけです。それは、DICOにとってのノウハウにもなります。それは正直、ほかには真似しにくいところだと思うんです。それぞれの言語に、専門性の高いチームがある。とにかくエンタメが大好きな人々です。
“MoonGlass”ブランドでは4タイトルを準備中。なかには自社開発のRPGも……
――DICOさんは、“MoonGlass”というブランドで、パブリッシングも手掛けていますよね?
エミリオはい。ローカライズ事業を展開していると、「モノ作りはしたいけどパブリッシングのことはよくわからない」とか、「パブリッシングはハードルが高い」と思っている開発者が多いんですね。とくにインディーゲームデベロッパーに顕著です。
そのお手伝いとして、パブリッシング事業を開始しました。以前は別の名前だったのですが、リブートして、2021年の夏からMoonGlassとしてスタートしています。
――タイトルはどれくらいリリースされているのですか?
エミリオ現時点でリリースしているのは、『ワタワケ - 私が死んだわけ』や『クランN:影の守り人』など4タイトルですね。
ホセ開発中では4つのタイトルがありますよ。
――積極展開しますね。MoonGlassの方針は?
ホセMoonGlassでは、ジャンルを問わず、幅広いユーザーの方に楽しんでいただけるタイトルを提供していきたいと思っています。
エミリオ現状リリースしているタイトルはアクションが多いかなあ。パズルゲームも2タイトル出していますね。そのかたわらで、社内で1本RPGを作っていますけどね。それは2023年リリースになりそうです。
ホセRPGタイトルの詳細についてお話しできるのは、来年かなあ。
エミリオMoonGlassブランドに関しては、自分たちがいちばん業界に貢献できるジャンルとか、いちばんデリバリーできる方法を、いま探っているところです。
『ソード オブ ザ バークラント』はスキルシステムにハマると何周でも遊びたくなる
――今回、『ソード オブ ザ バークラント』の家庭用ゲーム機版を、O.T.K Games、レイニーフロッグ、DICOの共同で手掛けることになった経緯を教えてください。
エミリオレイニーフロッグさんとは以前から良好な関係にあって、ローカライズは数十本担当させていただいて、10本近くの移植をごいっしょさせていただいたんですね。『ソード オブ ザ バークラント』も「ぜひやりましょう!」とラブコールをいただきました。家庭用ゲーム機版は、レイニーフロッグさんがワールドワイドでパブリッシングを担当されるとのことで、相当気合が入っていたんですね。
で、お話しをうかがってみると、『ソード オブ ザ バークラント』は『朧村正』や『オーディンスフィア』といったヴァニアウェア作品へのオマージュ溢れる作品とのことで。当社にもヴァニアウェアタイトルが好きなスタッフが多かったので、「ぜひやりたい!」と。
――『ソード オブ ザ バークラント』のどのようなところを魅力に感じたのですか?
エミリオすごく深みがあって、スキルシステムにハマると何周でも遊びたくなるんです。アート周りも、日本人のユーザーも海外のユーザーも違和感なく遊べるようなテイストになっていますよ。
――『ソード オブ ザ バークラント』では、DICOさんはどのような関わりかたをしているのですか?
ホセ移植と全般的な仕様追加ですね。家庭用ゲーム機版の開発にあたっては、コスチュームを追加したり、ギャラリーを入れたりしています。
――コスチュームを追加したのですね。
ホセ家庭用ゲーム機ユーザーに新しい体験を提供したいということで追加させていただきました。
――ローカライズも担当したのですか?
エミリオPC版にもともと英語や日本語、スペイン語など6ヵ国語が実装されていまして、DICOのほうではフランス語を追加させていただきました。日本語も不自然なところは修正しています。今回に関して言えば、ローカライズというよりは移植がメインですね。フランスはマンガが人気で、『ソード オブ ザ バークラント』との親和性も高いのかなと判断して、フランス語の実装をレイニーフロッグさんに提案させていただきました。
――レイニーフロッグさんとの良好な関係はこれからも?
エミリオもちろん! ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、レイニーフロッグさんは今年5月にポーランドの大手パブリッシャーであるForever Entertainmentのグループ会社となりました。これからも進化していくと思いますので、お互いの進化を促進したいですね。さらなる新天地に向けて、とにかくゲーム業界を盛り上げたい! ソリューションを提供する! 仲間を作る! いい思い出を作る! ユーザーを喜ばせる!!!!
――本当に元気ですね(笑)。では最後に、『ソード オブ ザ バークラント』を楽しみにしている読者に向けてメッセージをお願いします。
エミリオ本作は中国の開発会社(O.T.K. Games)と、イギリス出身の方が社長を務める日本のパブリッシャー(レイニーフロッグ)、そしてスペイン人社長の日本の開発会社(DICO)による、かなりレアな座組のタイトルになっています。世界のすごさが凝縮されたタイトルなので、ぜひ最後まで遊んでください。
しかも、やり込み要素として、一度クリアーしたら“ニューゲーム+”として、トゥルーエンディングも用意されています。ぜひ楽しんでください。
ホセ本作は、アクションRPGが好きなハードコアゲーマー向けのタイトルとなっています。全部のスキルを集めて、試して、自分のプレイを見つけてください!
【おまけ】
エミリオ・ガジェゴ・サンブラノ氏のプロフィールについてはインタビュー冒頭で触れているが、ホセ・G・バレロ氏の人となりはインタビューに盛り込めなかったので、せっかくなのでこちらで補足を。
ホセ氏が来日したのは5年前。エミリオ氏と同じくスペインの出身で、日本に来る前はイギリスに7年間住み、スクウェア・エニックス・ヨーロッパに務めていたという。働くあいだにも、日本文化好き熱が高まり、留学生として来日。2年間の勉強を経て、DICOに入社したとのこと。現在は、パブリッシングマネージャーしている。
ちなみに、ホセ・G・バレロ氏のGは、エミリオ氏と同じ“ガジェゴ”とのこと。兄弟と間違えられると困るから、名刺などでは“G”と表記しているそうだ。
アニメやマンガ、ゲーム好きというホセ氏。ゲームではとくにRPGがお気に入りとのことだが、いちばん好きなのは、『ワイルドアームズ』とのこと。
ホセ氏に代表されるような、日本文化を愛してくれているスタッフの皆さんが、DICOのローカライズや開発を支えているのだ。