2023年3月31日、Apple TV+にて映画『テトリス』が配信スタートする。本作は同名のゲームを題材にしており、いかにして全世界にゲーム『テトリス』が広まったのかを実話をベースに描かれている。
筆者は配信に先駆けて視聴の機会をいただけたので、本稿ではネタバレには極力触れないように注意しつつ感想を綴っていこうと思う。また、主人公ヘンク・ロジャースの妻アケミ役を演じる女優・文音さんへのインタビューも行ったほか、本作のモデル本人であり監修も行ったヘンク氏およびアレクセイ・パジトノフ氏のメッセージ動画もあるので、最後までぜひ読んでほしい。
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そもそも『テトリス』はどんなゲーム?
落ちものパズルの始祖と言えば『テトリス』。1980年代にソビエト連邦で生まれた本作はPCやアーケード、そしてファミコンやゲームボーイなどでリリースされ、世界的大ヒットした。登場から40年以上経った現在でも、さまざまな環境でいつでも『テトリス』関連作品を遊ぶ機会があり、ゲーム業界では『テトリス』に関する話題が尽きない。
ゲームのルールは、上から落ちてくるテトリミノ(4つの正方形を組み合わせたブロック)を左右に移動、あるいは回転させて積んでいき、横一列にブロックを並べた状態になるとそのラインを消せるというもの。これがシンプルなようで非常に奥深い。映画の中ではヘンクが「5分プレイしただけで夢に出てくる」と語っているが、筆者もまさに脳内でテトリミノを積み上げていく夢を幾度となく見てきた。
筆者は当時アーケード版で本作にハマったクチだが、アーケード版がセガから出ていたのに対し、PC版とファミコン版(国内)はBPS、NES版は任天堂と販売元がバラバラで見た目もそれぞれ異なることに疑問を感じていた。そして、メガドライブで発売予定だったアーケード移植版『テトリス』が未発売のままお蔵入りになったことも巷では有名な話だ。
生生しい権利の争奪戦が描かれる映画『テトリス』
さて、本作は実話をもとにした話ではあるが、“『テトリス』を作った男たち”みたいな青春ストーリーではない。当時を知る方ならよくわかると思うが、時代は冷戦末期。共産主義国であるソ連生まれの『テトリス』の権利を獲得するのは簡単ではない。ただでさえPC版、アーケード版、家庭用ゲーム機版、携帯用ゲーム機版それぞれの権利がバラバラに存在し、権利獲得争いが起こり続けていた。
ヘンクは開発中のゲームボーイの存在を知り、家庭用ゲーム機版に続いて携帯ゲーム機版『テトリス』の権利を獲得すべく任天堂、ミラーソフト(※1)、ELORG(※2)、そしてプロトタイプ『テトリス』の開発者であるアレクセイ・パジトノフの自宅など、世界中を奔走することになる。ソ連国営のELORGに出入りすることで、当然ながらヘンクはソ連から監視されるハメに……。
※1……ソ連国営の外国貿易協会。
※2……ロンドンにある企業。PC版の権利を売買していた。
作中ではヘンクやアレクセイのほか、当時NOA(Nintendo of America)の社長だった荒川實氏、任天堂社長の山内溥氏、さらにはソ連のゴルバチョフ書記長までが実名で登場する。しかも、彼らを演じているアクターがそれぞれご本人にかなり似ている。実名なのは人名だけではなく、セガやATARIなどのメーカー名もそのまま。
何しろ、モデルとなったアレクセイ・パジトノフ氏(本人)やヘンク・ロジャース氏(本人)が監修しているのだから、映画とはいえ史実と大きく乖離するなんてことはあり得ない。
中央:ヘンク役を演じるタロン・エガートン氏
右:アレクセイ・パジトノフ氏(本人)
娯楽映画としてもおもしろく見せる演出の数々
「史実通りなのはいいけど堅苦しいのは嫌だな」、「権利争いってなんか難解そう」と心配な方もご安心を。新たな人物の登場や舞台の移動、さらに専門用語が出たときなどに色数少なめのドット絵風な演出が使われており、これが非常にわかりやすい。
たとえば業務用という言葉が出てくると、ドット絵のアップライト筐体が画面に映り、同じくドット絵のコインが筐体に吸い込まれていくアニメーションが行われる。これなら仮に何ひとつゲームの知識がなく『テトリス』を見たこともない人でも、何のことを指しているのかすぐにわかるはず。
また、クスッと笑えるシーンやヨーロッパの名曲『The Final Countdown』を存分に聴けるシーン、やりすぎ感のあるカーチェイスもあり、とことん退屈しない作りになっている。
女優・文音さん(アケミ・ロジャース役)インタビュー
本作の主役であるヘンク・ロジャースは史実通り、オランダ生まれのアメリカ人で日本に住んでいる設定。その妻アケミ・ロジャースは日本人で、劇中にも重要な役割で登場する。そんなアケミ役を演じた女優。文音さんにインタビューする機会を得たので、気になる質問を投げかけてみた。
文音さん(あやね)
女優。本作ではヘンク・ロジャースの妻アケミを演じる。
――まずは、どのような経緯で『テトリス』に出演することになったのでしょうか?
文音キャスティングディレクターの奈良橋陽子さんからオーディション情報をいただいて、受けることにしました。最初は書類で、つぎにセルフテープオーディションという審査があります。セルフテープというのは自分で自分の演技を動画撮影したものを送って審査してもらうという形です。
その審査も通過しまして、最終審査はZoomでタロンさんとジョン・S・ベアード監督との3人でケミカルリーディング(化学反応読み)と呼ばれる本読みを3人で行い、その翌日に合格の連絡をいただいた……というのが経緯になります。
――本作はゲームの『テトリス』を題材にした映画であることを知ったとき、どんなお気持ちでしたか?
文音情報漏れを防ぐためだと思いますが、オーディション概要のどこにも“テトリス”とは書いていないんですね。タイトルもダミーのものがつけられていたんです。でも自分が演じる役が主人公の妻であることや、一部の登場人物の設定、実話の映画化ということだけは記されていたという状況です。
ただ、オーディション概要の中に任天堂というキーワードを見つけたりしているうちに、少しずつ「こういう話になるのかな」と予想が膨らんでいきました。オーディションに受かってから送られてきた台本でようやく『テトリス』の実話をもとにしたお話ということが確定しました。
――ハリウッド作品で重要な役割を演じることが決まったときのお気持ちは?
文音うれしいことはもちろんですが、合格のメールを見た瞬間「ウソでしょ~!?」と驚きのほうが大きかったですね。合格できることってあるんだ、と。何しろ10年以上さまざまなオーディションを何百本も受け続けてきましたから。
実話をベースにした映画であることもうれしかったです。ノンフィクションは作品自体の説得力を高めますし、世界中の人が知っている『テトリス』ですから。みんなゲームボーイの『テトリス』を持っていましたし、私も遊んでいましたから。
ただ、自分は『テトリス』がどのように世界に広まったのかは台本を読むまで知らなかったので、自分の中でも新たな発見もありました。
ひとしきり喜んだあと、今度はものすごいプレッシャーが自分にのしかかってきました。数週間ぶんの荷物をまとめてひとりでスコットランドへ飛ぶことになりましたから。
――ご自身がアケミ役を演じられて、映像編集されたものを実際に観たときの感想をお聞かせください。
文音3月15日にテキサスのオースティンでワールドプレミアがありまして、そこで制作陣といっしょに劇場で座って、全員で鑑賞しました。そのときになってようやく、自分が憧れていた世界の中に足を踏み入れたことを実感し、「これからだな」という気持ちが芽生えました。
ちなみにその場にはヘンクさんご本人や私が演じたアケミさん、マヤさん(長女)と一家お揃いでいらっしゃっていたんです! 目の前に実在する、この方々の役を演じたんだなと感動しました。
――それは感慨深いですね。ヘンク役を演じたタロン・エガートンさんの印象はいかがでしたか?
文音タロンさんは夫婦役を演じるうえで、家族のつながりをとても大事に考えていたんですよ。(劇中には使われなかったのですが)喧嘩をしているシーンの撮影するとき、カメラを回す前に「何回かセリフの練習をやってもいい? 俺のためだけに」と言うんですよ。
それで何度か会話をくり返しているうちに、自然と家族のつながりが生まれてくるんですよ。それまで想像もしていなかった感情がグワ~っと湧き上がってくる感じです。怒っているシーンでも本当は傷ついていたりとか、それはもうリアルに。
そうして生まれた家族のつながりが高まったところで「よし、本番をやろう」と。このように彼が先導してくれたおかげで緊張や不安が解消されたんです。アプローチのしかたがとにかく一流で、贅沢な経験をさせていただいたと感じています。
――映画の舞台となるのは1980年代で、ブラウン管テレビやファミコンなどがあるセットや、衣装などでジェネレーションギャップを感じたりはしませんでしたか?
文音事前にアケミさん(本人)とお話していたおかげで、ギャップは感じませんでした。衣装や髪、小物などが1980年代に合わせてあるので、あまり意識せずとも違和感のない演技ができました。
――アケミさんご本人の印象はいかがでしたか?
文音きれいな方ですし、大和撫子という言葉がピッタリ来る強さがある方ですね。偉大な方だと思います。
――英語と日本語を使い分けての演技はたいへんそうですね。
文音日本語のセリフはタロンさんもわからないため、台本でおかしいところは自分で直しました。タロンさんが日本語を話すシーンもあるので、そこも見どころのひとつだと思います。
――最後に、読者にメッセージをお願いします。
文音皆さんがよくご存じの『テトリス』がどのように世界に広まったのかまでは知らない方も多いと思いますが、この映画を見ることで新たな発見があると思います。また、一定以上の年齢の方には1980年代がきっとノスタルジックに感じられると思います。
あとは……ぜひ楽しんで観てください。Enjoy the Movie!
モデルとなったアレクセイ氏&ヘンク氏からのメッセージ
最後に、本作の主役のモデルであり、監修も務めたヘンク氏とアレクセイ氏本人からのビデオメッセージも届いたので、ぜひ注目してほしい。
映画『テトリス』についてアレクセイ・パジトノフ氏(本人)&ヘンク・ロジャース氏(本人)からメッセージ
ゲーム史における重要な1ページを再現しつつ、肩の力を抜いて娯楽映画としても楽しめる映画『テトリス』。本作を観るためだけにApple TV+に加入する価値が十二分にある。ぜひ、大きなテレビに映して観てほしい。