ソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)は本気だ。
本気で世界中の人を幸せにする気だ。
2023年12月6日(水)にプレイステーション5(PS5)用のアクセシビリティコントローラーキット“Access コントローラー”が発売される。
Access コントローラーは、自身の特性に合わせて設定を変えることができる、まったく新しい形のゲームコントローラーだ。今回、Access コントローラーを触る機会を得たのでその模様をお届けする。
“Access コントローラー”の予約購入はこちら (Amazon.co.jp)それにしても変わった形をしている。筆者は「ポン・デ・リングみたい」と一度思ってしまったら、もうドーナツにしか見えなくなった。なぜ、こんな形なのか。それはより多様な障害を持つ人たちが使えるようにするためだ。
“DualSense(デュアルセンス)”などの従来のコントローラーは、両手で握り、親指や人差し指でボタンやスティックを操作するのが基本形だ。
だが世の中には、これらの動作が容易でない人たちがたくさんいる。
ハードウェア開発担当の堀越朝氏によると「最初、国勢調査や医療データを調査し、一般的な障害状態を特定してそれを解決しようとした。しかし障害は人それぞれで、まったく同じ状況のプレイヤーはいないこと。障害は時間経過でよくなったり悪くなったりすることから、効果がないことが分かった」という。
ひとくちに“身体障害”といっても、片手の人、片手の指のみ動く人、握力が弱い人、動かせる指が限られている人など多様で、そこに共通点はほとんどない。
同じ病気やケガでも、すべて同じ症状が出るわけではない。障害者の数だけ障害の種類があり、障害か健常かの境目も曖昧だ。
開発当初、SIEでは標準的なコントローラーを使用するにあたっての要素を抽出したという。
- コントローラーを持つこと。
- ボタンが小さかったり密集していて正確に押せない場合があること。
- スティックが使えない場合があること。
コントローラーを握ってボタンを操作することに何の疑問も持たない人もいるが、握力のない人など、持って握ることが難しい人もいる。指が動かせなければボタン操作もスティック操作も難しいだろう。
これらの問題を解決するために、Access コントローラーは、机や床に置いたまま使うことができ、車いすや三脚に固定させることができる。ボタンは大きく、スティックもボタンも、自分が使いやすい形に取り替えられる。向きも自由に選べ、両手でも、右手でも、左手でも、手ではなく顎でも、足も使える。
これまで、障害などの理由で従来のゲーム機コントローラーが使えない人たちは、サードパーティの商品を購入したり、自作をするなどで対応する必要があった。
ゲームのアクセシビリティを充実させることで、救われる人たちがたくさんいる。株式会社ePARAの畠山駿也氏は「私は筋ジストロフィー症という病気で、子どもの頃から車いすに乗っており、外で友だちと遊ぶことができなかった。だがゲームをすることで友だちと繋がりを持ち、コミュニケーションをとることができた」と言う。
筆者も実際にコントローラーを触ってみた。
周囲のボタンの部分は片手で簡単にとりはずしできるようにマグネットで固定されている。とはいえゲームに熱くなってボタンをガチャガチャさせても、ボタンが外れてしまうような問題はなさそうだった。
付け替えるボタンには複数の形があり、細かい操作ができない人向けに幅のある大きめのボタンや、引っ掛けて押せるようになっている反り立っている形状のボタンなどがある。これらを組み合わせてオリジナルのコントローラーを作成できる。
ちなみに、Access コントローラーを使ってからDualSenseを操作してみると、その重量やボタンの重さに驚いた。私たちはふだん、何気なくかなりの筋力を使ってゲームをしているのだ。
オリジナルのAccess コントローラーが完成したら、つぎはボタン設定。PS5のHOME画面上の設定で好きにボタンを割り当てられる。
また、一度ボタンを押すだけでボタンを入れっぱなしにできるといった特殊な設定もある。再度ボタンを押すことでボタンの入力をオフにすることができる。このような機能は、たとえばレースゲームなどで、アクセルを踏みこむために押し続ける必要がある場面で使えそうだ。
ほかにも、ひとつのボタンに複数のボタンを割り当ても可能。ゲームの種類や自分の操作のしやすさなどを考慮して使い分けていくことになる。
これらのコントローラーの設定はいくつも保存することができるので、ゲームによって最適なボタン配置などを試行錯誤することが重要だ。
筆者がさまざまなメーカーに“商品の障害者対応”について話を聞くと、かならずこう返される。
「障害者は何人いて、対応することでいくら儲かるのか?」と。
一般社団法人日本支援技術協会理事の田代洋章氏によると、日本の身体障害者数は436万人(令和5年版の厚生労働白書)。
SIEでは「障害のある方々は、国内最大のマイノリティ・グループ」(National Public Radio, July 2021)と考えているという。グローバルな商品が当たり前になっている現在、世界中で商品を販売することを考えたら、決して無視できない数になる。国連によると、世界の障害者数は10億人、人口の約15%だという。
SIEの“本気”を感じたのは、企画から開発まで、しっかりと当事者と寄り添い、ヒアリングをして作り上げたことだ。
残念なことに、世の中には、健常者の勝手な同情心や想像で作られたバリアフリー環境や商品がたくさんある。
2022年の障害者技術支援会議(CSUNATC)で、SONYアメリカの発表によると、「毎週障害者団体とMTGを行い、ディスカッションをしている」という。開発に5年をかけたというAccess コントローラーも間違いなく同じような行程で作られたはずだ。
また、SIEがAccess コントローラーを作ったことには、大きな意味がある。テクノツール株式会社の干場慎也氏によると、「eスポーツ大会では、公認のコントローラーであれば使用可能なことが多い。Access コントローラーを使うことで、今まで参加できなかった方々が権利を持つことになる」と期待する。
障害者などのマイノリティだけが、何かをする際にいちいち許可を取ったり、確認をしなければいけないことは不便であるだけではなく、差別でもある。多くの人と同じように、当たり前に同等の資格を持つことこそ、差別解消に必要な姿勢だ。
WHO(世界保健機構)によると、障害とは「個人の特性と環境の相互作用によって生じる動的な状態」だという。
たとえば近視や老眼は、裸眼ではかなり不便だが、眼鏡をかければだいたいの不便は解決する。サポート機器があれば何不自由なく生活できるわけで、これはほかの障害にももちろん当てはまる。環境が整っていないから不便であり”障害”と言われるわけで、環境を整備することで、より多くの障害は”障害”ではなくなるのだ。
SIEの“本気”は、片手で開けられるパッケージからも伝わる。
グローバル商品企画部の池ノ谷優一郎氏は、プロダクトデザインの担当として、まっさきにパッケージについて言及した。輪っかの形状をしたタグがついており、そこに指を通せば、ほとんど力を入れずに開封できるのだ。
たとえば、ひとり暮らしをしている障害者のところに待ちわびていた荷物が届いても、箱を開けられなかったら宝物を目の前にして何もできないことになる。たとえ家族が帰ってきたとしても、忙しそうにしていたら声をかけづらい。
パッケージから“自分でできる”ことにこだわったのは、障害者に寄り添う中で、自立がどれほど大事かを理解しているからだろう。
標準的な能力を持つ人のみが対象となっている商品は、発売されるだけで人を傷つけることがある。目の前で多くの人が利用したり、楽しんでいる商品を目の前にして、「また自分は社会からいないものとして扱われているのか」「また自分にはできないことがあると目の前に突きつけられた」と感じるからだ。
SIEは本気で、多くの人を幸せにするつもりなのだと思う。
“Access コントローラー”の予約購入はこちら (Amazon.co.jp)