2023年12月9日(土)、“第3回 全日本eスポーツ実況王決定戦”の決勝大会が開催された。会場となったのは、群馬県高崎市のGメッセ群馬だ。
大会の実況ではなく、実況の大会である。どういうことかと思われるかもしれないが、れっきとした競技大会だ。
近年はeスポーツ実況者のニーズが高まっている。その登竜門とも言える位置づけであり、eスポーツにとって不可欠な実況者を発掘して活躍の場の確保につなげるための大会でもある。
単に“eスポーツ”と言っても、その範囲は広い。何万人もの観客が見守る巨大イベントもあれば、コミュニティが開催する大会、自治体主催の体験会、配信者が協力して行うオンラインイベント、企業の社内行事などなど。題材がゲーム(おもに対戦ゲーム)ならすべてがeスポーツと言える。
それらをうまく盛り上げ、観覧者に伝え、ときにはおしゃべりで場をつなぐのが“実況担当”のお仕事だ。世の中には多数のeスポーツイベントが溢れているので、キャスターはいくらいても足りない。
審査員は現役ゲームキャスターのみならず、他方面で活躍する面々も含めた5名。それぞれの視点から、細かな審査を行なってくれた。
個性と分かりやすさを両立させる妙技
試合は1対1形式のトーナメント戦。対戦FPS『VALORANT』の試合映像を初見で観戦しながら、試合内容を実況で伝えるというものだ。その実況に対し、審査員が下記の要素を採点する。
- 戦況やバックボーンの表現力
- 状況判断力
- ゲーム理解度
- 視聴者に熱をつたえられているか
- 聞き取りやすさ・分かりやすさ
注目すべきは、“熱を伝える”と“分かりやすさ”の部分だろうか。あまりに熱を込めて叫ぶ実況が過ぎると分かりやすさを損ないかねず、分かりやすくても淡々と伝えるだけでは試合の熱を表現できない。
オフライン部門の決勝ステージに駒を進めたのは以下の8名。なお、オンライン部門ではこの時点で決勝大会を終えており、MantaWay選手が優勝している。
トーナメント形式で大会が進行するなかで、その難しさをものともせず、各選手が技術を発揮する。戦況をゲーム用語だけで伝えるのではなく、「●●の勢いが止まらない」などといった分かりやすい単語を差し込むなど、ワードチョイスにもセンスが光った。
とっさに試合の状況を判断し、それを正確に伝えることの難しさも伝わってきた。言葉を噛んだり状況を見間違えるのは誰にでもある。それをリカバリーする技術も実況者には求められるものだ。
そもそも、試合に用いられた動画は1試合を通したものではない。第1ラウンドから第4ラウンドという比較的序盤のみなので、初見だとどこに実況のピークを持っていくかの判断が非常に悩ましい。そんな難しさにも対応できる時点で、選手たちのレベルの高さが分かる。
選手ごとに実況のスタイルは異なり、個性が際立っていたのも印象的だった。たとえば、熱を伝えることを重視するのか、丁寧な分かりやすさで勝負するのか。どちらに比重を置くかで、同じ試合動画でも印象がまったく異なるのだ。
驚かされたのは、試合後に審査員から寄せられた評価やコメントをその場で受け止め、つぎの試合にしっかりと活かす選手が何名もいた点だ。上記のとおり状況判断すべき要素が多いなかで、アドバイスを即座に活かしてスタイルを進化させる。妙技と言って差し支えないのではないか。
三代目実況王はDoctor選手!
決勝戦のカードは、Doctor選手と長谷川優貴選手の対戦となった。
Doctor選手は東京都の荒川区役所eスポーツ部”ARAKAWA Gaming”部長。対する長谷川優貴選手は5年近い実況キャリアを持っている。勝敗がまったく読めない。
先攻のDoctor選手は、力強い発声で視聴者を引き付ける、いわゆるパワータイプ。決勝の舞台でも要所に熱いシャウトを挟みつつ、分かりやすい言葉選びで状況をしっかり伝えていく。
後攻の長谷川優貴選手は出だしこそ噛む場面があったものの、正確性は十分なように思えた。驚きや興奮といった場面に合った感情をしっかりと言葉に乗せて視聴者に共有し、ゲームの盛り上がりをしっかりと伝える。長いキャリアで培った技術なのだろう。
審査員の悩みに悩んだ採点の結果、僅差で勝利したのはDoctor選手。荒川区役所eスポーツ部の頭上に三代目実況王の栄冠が輝いた瞬間である。
そして、優勝者のDoctor選手には実況者としての初の仕事がオファーされた。翌日2023年12月10日に同会場で開催された“U19eスポーツ選手権2023”『VALORANT』部門の実況依頼が出されたのだ。
新たな人材に活躍の場を与えたい。だから大会主催者側がその場所を用意する。こんなにどストレートな有言実行ある?
表彰式の後、優勝者Doctor選手が実況を務めるエキシビションマッチやプレゼント抽選会を経て本大会は終了。
実況というものを掘り下げ、その難しさや魅力、これから実況者を志す人への指針など、さまざまなものを伝えてくれるイベントだった。もし次回が開催されたら、また一歩進んだ実況像を提示してくれるに違いない。eスポーツ界の縁の下の力持ちの成長を期待してやまない。