『GTAオンライン』で占いをする姿を流し続けるストリーマーがいる。
彼女の名前は、ろぜ柳ぴん子。
“ロスサントス”と呼ばれる街で、“ぴん子の部屋”という名前の占いの館を開いているぴん子。占いで同じ街の住人の悩みを解決すること。それが彼女の生業だ。
いずれは名を上げて、ぴん子の部屋にゲストを呼んでトークショーを開きたい。その夢を実現すべく、ぴん子の部屋の広告を作っては、街中に貼るという地道な広報活動を配信することも。
そんなぴん子にも占い師以外の顔がある。ときに、仲のよい友だちと街の中で踊ったり、
ピエロのマスクをかぶった謎の人物と密談したり。
ロスサントスの街には多くの人の悲喜こもごもがある。それらはすべて配信されている。
このようにストリーマーたちが『GTAオンライン』を舞台に配信を行うショー。それが『ストグラ』だ。
神のような視点から、視聴者がストリーマーたちのロールプレイを見守るリアリティーショー
『ストグラ』は“ストリートグラフィティロールプレイ”の略。
舞台となる街はストリーマーのしょぼすけ氏が市長を務めている。ここに多数のストリーマーたちがアクセスし、住人としてロールプレイ。その様子を配信するという企画だ。
そして、視聴者は神のように見守る視点でその暮らしぶりを鑑賞する。そんな視聴者のことは“観測者”と呼ばれる。
テレビ番組のジャンルとして人気の“リアリティーショー”をものすごく大規模にして、各個人を見守るコンテンツと言えば伝わるだろうか。
毎晩100名を超えるストリーマーたちが、Twitchなどの動画配信サービスで生配信。参加者はいわゆるゲーム系のストリーマーだけではない。声優の中村悠一さんや芸人の平井善之(アメリカザリガニ)さん、津田篤宏(ダイアン)さんなども、ゲーム内での生活を楽しんでいる。
Discordの交流サーバーに7万人以上の参加者していることから、その人気の高さは明らかだ。
『ストグラ』を語るうえで重要なポイントがある。ロスサントス上のキャラはストリーマー本人そのままの分身というわけではない。自身で考えた設定をもとにロールプレイしている(演じている)のだ。つまり、ドラマの登場人物のようなもの。
ストリーマーは現実世界での肩書きも名前も捨て、別の自分としてロスサントスの街で目を覚ます。そこで演じるのは警察にギャング、救急隊、エンジニア、飲食店経営、ニート、一発ギャグ芸人など。思い思いの人物を作り上げ、なりきって生活しているのである。
先ほど例に挙げたろぜ柳ぴん子は、ろぜっくぴん氏(Twitchアカウント)というストリーマーが作り上げたキャラクターだ。ほかの住人に対して占いや似顔絵を描くといった事業で生計を立てている。
その一方で、同じ街のどこかでは、別のストリーマーの演じる人物が日常生活を送っている。傷ついて倒れた住人を懸命に治療する救急隊もいれば、銀行強盗に精を出すギャングもいたりする。
100人のストリーマーが同じ時間にロスサントスにいれば、100人の物語が存在し、それぞれが思いもよらないところで交差し、新たな物語を紡いでいくのだ。
夢の叶う街“ロスサントス”では心から楽しんだものが勝者
観測者は群像劇リアリティーショーという面を楽しんでいるわけだが、ストリーマー側は何を楽しんで参加しているのだろうかと、ふと疑問に思った。
そこで、『ストグラ』を運営しているしょぼすけ氏(Twitchアカウント)にお話を聞いてみた。
しょぼすけ氏によると、ひとつは“リアルとは違う人生を送ることができる楽しさ” 。
「救急隊のトップに“命田守”という住人がいます。以前、命田守を演じる夢咲刻夜(Twitchアカウント)さんに、“子どものころの将来の夢が消防署員だった”と聞きました。形は違えど、現実世界で叶えられなかった、もうひとりの自分の人生をロスサントスで体験できているのが楽しいみたいです」。
カジノで一攫千金を狙って高級車を手に入れる人がいる。ライブ会場で開催された歌謡祭で何万人もの観測者の前で歌を披露する人もいる。
現実世界ではなかなかできないことに挑戦する姿が印象的である。そう、ここは夢が叶う町なのだ。
さらに、しょぼすけ氏から「思いどおりにならない感覚が楽しいという声も多いですね」という興味深い話も聞けた。
『GTA』シリーズといえば無法地帯のなんでもありの町が舞台のゲーム。つまり“思いどおりにできること”が追及されている。そんなゲーム性とは矛盾した回答だ。
「ほかの住人と衝突することもあります。そういったときに相手との対話で解決に導こうとするのですが、生身の人間同士ですからね。お互いに想定していた結末から逸れていき、思いもよらない結果になることがおもしろいみたいです」と、しょぼすけ氏。人間同士のぶつかり合いが発生するからままならない。ままならないこともまた、おもしろさにつながる。
たしかに、この街には誰かが書いた台本なんてない。ある住人がちょっと車をぶつけてしまった相手がギャングのボスで、対応を間違えたために海に沈められる結果になることもある。ちょっとしたいざこざが町全体を巻き込む大騒動に発展するのは、住人が“生きている”からだ。
ときに別々に動いていた人たちが、パズルのピースが合致するように巡り合い物語が一気に展開する。この奇跡のような瞬間はストリーマーはもちろん、それを視聴していた観測者としても、ものすごく気持ちいい瞬間である。
これには『ストグラ』ならではの制約も影響しているかもしれない。ストリーマーはロスサントスで実際に生きているかのように振舞わないといけないのだ。
ゲーム内ではロスサントスが“現実世界”で、ストリーマーがいる現実世界は“夢の世界”と呼ばれる。 “ログアウトする”ときは「瞑想してくる」と言い、「キーボードのFボタンを押して」は「Fの筋肉を押して」と言い換えたりする。言葉ひとつを取っても、ロスサントスの世界で生きていることに徹する。
このような制約は観測者側にも求められる。ストリーマーはロスサントス内で自分が見聞きした情報だけに基づいて、事件を把握したり人間関係を構築したりしないといけない。そのため、観測者が配信上のコメントなどで別配信中の視点から得た情報を漏らす行為はNGとなる。
ときに住人同士のミスコミュニケーションによるすれ違いに、観測者としてやきもきすることも。しかしそこはグッと我慢し、自分の応援しているストリーマーの選択を信じる。その結果に一喜一憂しながら見守るのも『ストグラ』でしか得られない快感だ。
ストリーマーも観測者もこのような制約を守ることで、ロスサントスの生を実感できるのである。
人は自分が選んだ行動に支配されることがある。ギャングとして警察を打ち負かすことだけに喜びを得る “ゲーム”をしていたある住人は、徐々にギャングとして生きること自体に楽しみを見出していく。現実世界では許しがたい行為だが、ロスサントスなら受け入れられる 。
それは、規律の中で生きる住人が心からロールプレイを楽しみ、ロスサントスに生きている姿に触れてきたことで生じた変化のように思える。
警察に捕まり刑務所送りにされても“負け”として悔しがるのではなく、刑務所行きになった人生を楽しむようになる。そして、刑務所での運命的な出会いから、さらなるドラマが生まれる。
複数人でプレイするゲームには、はっきりとした勝ち負けが存在するものが多い。ほかのプレイヤーを全滅させれば勝ち。共闘してボスを倒せば勝ち。ポイントをいちばん稼いだら勝ちといった具合に。
しかし、『ストグラ』にはそういうゲーム的な勝ち負けは存在しない。あえて勝者がいるとしたら、心から最高に楽しんだやつくらいだろう。
『ストグラ』のおもしろさを教えてくれたのは、ゲームの世界で片手を挙げて横断歩道を渡る老人
『ストグラ』でもっとも盛り上がるコンテンツは警察とギャングとの戦いだ。観測者数も多い。警察もギャングも、それぞれの正義の名のもとに銃撃戦やカーチェイスに命をかける。その刺激的な関係から目が離せなくなる。
そんな刺激的な関係もいいが、筆者が気になるある住人を紹介したい。
ぺこP氏(Youtubeアカウント)が演じる、渡戸リーという木こりだ。
基本的に、多くの住人は中心街にある自宅や職場、人が集まる場所で寝起きをして、ほかの住人との挨拶で1日を始める。しかし、リーさんの配信は誰もいない山奥から始まる。
リーさんは木こりとして、ひとりでただひたすらに木を切る。誰に会うことなくもなく、ずっと伐採している姿を配信する。ただただ平和なひとコマ。おじさんが山を駆け回る姿に癒しすら感じる。
もともと人見知りということで、『ストグラ』の世界に来てすぐに木こりとして山奥に引き篭もることを選択したリーさん。
たまに街に出てきては必要な物資を買い込んで、山に戻る。そんなささやかな生活をずっと送っている。
しかし、そんなリーさんの生活にも変化は表れる。牧場を経営してみたり、ガソリンスタンドを経営してみたりと、少しずつ活動を広げていく。
そうしていくうちに気の置けない仲間たちが少しずつリーさんのもとに集まり、街にいる時間も増えるように。ついにはリーさんを父と慕う“娘”のような存在も現れた。
そんな娘に結婚を前提としてお付き合いしている人ができたのだが、なぜかお風呂でその3人が裸で対峙するシーンは最高だった。
人見知りという性格はずっと変わらないが、住人との交流により少しずつリーさんの心の中の変化が生まれていく。ぺこP氏はそんなひとりの木こりの人生を配信し続けている。
すこし話は変わるが、リーさんを観ていたときに『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』といったロールプレイングゲームによく登場する“木こりのNPC”のことを思い出した。
その木こりは、道が塞がれた洞窟や壊れた橋の横に置かれた小屋の中にいて、村から離れひとりで暮らしている。性格はたいてい偏屈。勇者様ご一行に頼みごとを解決してもらうことで、お礼に洞窟の岩を除去したり、壊れた橋を修理したりする。勇者たちをただ助けるだけの存在だ。
しかし、リーさんに出会ったことで、この木こりに対しての見方が変わった。
NPCとして置かれているだけの存在と思っていた木こりにも、ゲームの中で描かれることはなかった、人里離れたところに住んでいる理由がある。そして、大事な友だちに会いに町に出向くといった、かけがえのない1日を送っているかもしれないのだ。勇者をただ待つだけの置き物ではない。
おそらく、この木こりの活躍を描くスピンオフRPG作品『不思議なダンジョン横の木こり』が発売されることは今後ないだろう。
ぺこP氏がリーさんという住人をロールプレイしてくれたからこそ「あのNPCの木こりが主人公の物語があったんだ」という気づきを筆者に与えてくれた。
さらに筆者の思考は一歩先に進み、「実際に自分がこの木こりを演じたら、果たして何を感じるのだろうか」と興味を抱くようになった。その体験を楽しむことが“ロールプレイングゲーム”の醍醐味のひとつなのではないだろうか。
『ストグラ』には観測者が参加できるサーバーも用意されている。そこでロスサントス市民として生活してみたいと、この記事をまとめていて思った。
誰もが誰かのリーさんになれる世界で、自分も誰かのリーさんになってみたい。
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