
小説を楽曲化するプロジェクトから誕生したYOASOBI
ソニーミュージックが運営する小説やイラストを投稿するサイト“monogatary.com”に投稿された小説をベースに、それを音楽として表現するというプロジェクトが2019年に始動。このプロジェクトから生まれたのがYOASOBIという音楽ユニットだ。
メンバーは曲づくりを担当するAyase氏と、ボーカルのikura氏の2人。デビュー曲は星野舞夜氏の小説『タナトスの誘惑』を原作とした『夜に駆ける』。2019年11月16日にこの曲のMVが公開されると約5ヵ月で再生回数が1000万、2020年10月には1億を突破するなど、多大な支持を受ける。現在までに、前述のmonogatary.comのものに限らず、さまざまな小説やタイアップしたアニメ作品などをもとにした楽曲をリリースし続けている。
本セッションは、“物語から音楽を創造する”というYOASOBI独自のスタイルについて、マーケティングとサウンドプロデュースという観点でモデレーターの進行にあわせてふたりの講演者が語っていく形で進行した。
講演者はYOASOBIプロジェクトでおもにマーケティングを担当しているソニー・ミュージックエンタテインメント Echoesのプロデューサー・屋代陽平氏と、同じくYOASOBIのサウンドプロデュースを担当する山本秀哉氏。モデレーターはコナミデジタルエンタテインメント 第1制作部のリードサウンドクリエイター・金子貴紀氏と、バンダイナムコスタジオの技術スタジオ 第2グループ サウンド部 サウンドユニット1のサウンドディレクター / マネージャーである渡辺量氏の2名が務めた。
ちなみに山本氏は入社当時、CDやゲームのパッケージや販促物のデザインや製造といった制作の部署に配属されていたそうで、カプコンやセガの作品が担当だったそうだ。
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ゲームに関しては昨年に『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』とのコラボで『Biri-Biri』というインスパイアソングを発表。メンバーのふたりがゲーム好きであることに加え、屋代氏も「グローバルで認知を広げるうえで、ゲームという領域はよりお客様の日常に寄り添っている分野」と認識しているとこのこと。これからもコラボなどの活動を続けていきたいそうだ。
続いて山本氏がYOASOBIの海外における実績について解説した。投影されたスライドには、
- Spotify“海外で最も再生された日本のアーティスト”ランキングにて2021年から3年連続1位獲得。
- 2022年末『たぶん』がUSのTikTokチャートで1位を獲得。
香港、台湾、韓国、そしてアメリカで開催したライブはどれも超満員だったようだ。とくにメインステージでのヘッドライナーを務めたという台北のフェス“2023 Simple Life”ではチケットを取れなかった人が場外にあふれるくらいの人気だったという。
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YOASOBIのSNSマーケティング
現代においてアーティストのSNS戦略は多彩だが、YOASOBIの場合は、Twitter(スタッフ、本人)、Instagram(本人)、TikTok(スタッフ)、YouTube(スタッフ)、さらにコンテンツの対象を北米に絞ってのTikTokや中国のSNSなども活用。YOASOBIが考えていること、日々向き合っているもの、ポジティブな状況をつねに頻度高くシェアをし続けることを意識しているとのこと。
更新頻度を落として憧れの存在を目指すやり方もあるが、YOASOBIに関してはファンの日常に入り込むことを意識している。屋代氏自身が手がけるスタッフアカウントの投稿数は、おそらく全音楽系アーティストのなかでもトップレベルではないかと自負するくらいに日々投稿を続けているそうだ。ファンが投稿したことを引用してポジティブに広げてくことも積極的に行い、「親しみやすさを抱いてもらうことも意識している」と屋代氏は語った。
YOASOBIの規模感になるとファンのクラスターも細分化していて、発言の内容やタイミングでさまざまな反応が返ってくるそうだ。リスクと表裏一体であることを理解しつつ、盛り上がっている話題にあえて突っ込んでいくことで数多くの反応を得ることを狙うなど、キャッチーさを演出しながらもそれだけに終わらず、YOASOBIとして本当に伝えたいことをしっかり適時出していくのが基本方針とのこと。
また、情報だけを無機質に出すのではなく、感情が乗るような言葉、共感を持つような特定の誰かに向けたひと言を意識しているそうだ。つまり全フォロワーという集団に投げ込むというよりは、ひとりのファン、特定のターゲットに向けて1対1でメッセージを投げ込むようにしているという。
「関係ない人には響かないかもしれないが、特定の誰かに刺さるものを、いろいろとパターンを変えつつくり返していく」(屋代氏)
マスではなく、投稿ごとに対象となるペルソナを設定し、あらゆる方向へ向けて発信しているがために、必然的に頻度が上がる、というわけだ。
コンテンツのブランディング
一般的に音楽はクリエイターの想いやひらめきがあって作られるものだが、前述のように、“小説を楽曲化する”ことに端を発するYOASOBIは、各曲のベースには必ず小説、物語があるという特異な背景を持つ。曲がリリースされる際にはミュージックビデオ(MV)も作成される。ひとつの曲に対し、楽曲、MV、原作の小説と、物語をキーにした相関する3つのメディアが構築されるわけだ。
また、YOASOBIとして音楽以外の取り組みも行っているところも特徴的。たとえば楽曲のベースとなった小説の書籍化、絵本化、さらにはドラマ化、映画化といったことをいままでに実現している。こうした“物語性”を伝えていくためのマルチメディア展開を行えているのはYOASOBIならではだと山本氏は語る。つまりはその成り立ちにおけるほかとの違いを、最大限にブランディングへ活かしているということだろう。
楽曲を聴いた人がMVを見てその世界観を知り、興味を持った人が小説を読み、さらに楽曲やMVをより深く楽しむといった、3つのメディアを行き来する楽しさをユーザーは感じているそうで、これについて山本氏は「僕らも後追いで気づいた」と言う。
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「ただ聞くだけだった音楽が、自分で世界観を掘り下げたり、物語を解釈したりといった能動的なアクションに変わる」(屋代氏)
こうしたYOASOBIの特性は当初は屋代氏たちは意識してなかったといい、デビュー曲である『夜に駆ける』を出したことでファンから得られた、大きな気づきだったそうだ。ふたりの言葉からは、3つのメディアが影響し合ういまのYOASOBIのスタイルは楽曲を出し続けることでさらに深化していったものであるのだろうと感じさせられた。
メディアの広がりを意識したマーケティング
山本氏によれば、1曲を出すごとプロモーションを考え、それを踏まえてつぎの曲における展開を決める。これを積み重ね、「YOASOBIとしてのステージを上げてきた」のだそうだ。
具体的にはデビュー曲である『夜に駆ける』は十代を中心とした若年層に話題にしてもらうことを意識。山本氏たちとAyase氏のあいだで20~30回くらいやり取りをしながら曲の完成度を高めていったのだそうだ。
それを受け、つぎの楽曲はもう少し高い年齢層の人たちに刺さるようにとメロディなどを工夫。若者の流行りで終わらないような広がりを持たせることを狙ったとのこと。このように初期、1列目に並べられた7曲のあいだは対象とする年齢層を広げながら、音楽的な幅を表現することを見せていったのだそうだ。
そんななかでリリースされたのがTVアニメ『【推しの子】』の第1期オープニングテーマ『アイドル』だ。結果論にはなるが、これまでの地固めが『アイドル』のスタートダッシュにつながったと見ていると山本氏は語った。
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ゲーム音楽に対する印象
自身を「ゲーム音楽育ち」と表現した屋代氏は、4歳からクラシックピアノを習っていたそうだ。しかし練習はとても嫌いで、課題曲の代わりに楽器屋で購入した『ドラゴンクエスト』のピアノソロの楽譜に掲載された曲をひたすら弾いていたのだという。ときにはピアノで先に曲を弾き、後からゲームでそれを聞くといったこともあったそうだ。
また、大学時代にはPCのアドベンチャーゲームの音楽にハマったり、同人系のカルチャーにも馴染みがあったそうで、その流れから辿りついたのが、ボカロPとして活動していたAyase氏だったという。
そんな屋代氏から見たゲーム音楽の印象は「クリエイターが自由に突き詰めた表現ができるフィールド」。ゲームというフォーマット的な縛りがあるからこそ音楽的チャレンジでき、ニッチなジャンルかもしれないがクリエイターの才能や熱量が詰まった領域という認識でいると語った。
本セッションを通じて感じたのは、YOASOBIの魅力はもちろんAyase氏らによる楽曲自体による部分が大きいが、それをどうリリースしていくかというプロデューサー陣の戦略も重要な意味を持っているということだ。
とくにSNSで“YOASOBIのファン”というマスに対してではなく、いくつものペルソナを想定してそれぞれに響くであろうことを発信していくという手法は興味深い。言われてみれば合理的ではあるが、非常に手間がかかることではあるし、細分化されたクラスターにきちんと刺さるかどうかは別の問題だ。それをほぼ個人で的確にこなせているのは屋代氏の才覚ということなのだろう。
サウンド面でのプロデュースにしても、前回に対する今回、といったようにその都度考えられたものだと山本氏は語っていたが、結果として大きな流れがきちんとできているのは見事だ。
小説、つまり物語をベースに作られるYOASOBIの作品は、たしかにゲームという世界観ありきで作られるゲーム音楽と構造的に近いものがあるかもしれない。今回の屋代氏、山本氏のセッションのなかに、ゲーム作品のマーケティング戦略においても活かせる部分を見出した人も少なくないのではないだろうか。