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2024年8月20日にPCおよびプレイステーション5向けに発売された中国発のAAAタイトル『黒神話:悟空』(以下、『黒神話』)の世界的ヒットは、2024年ゲーム業界最大のトピックスのひとつとなった。発売当日に同時接続者数220万人を記録。累計販売本数は、2025年2月初めの時点で全プラットフォーム合わせて2500万を突破したとされる。
開発スタジオはGame Science。テンセントで『西遊記』をテーマとしたモバイルゲーム開発に携わったFeng Ji(冯骥)氏らが2014年に創業したスタジオだ。Feng氏は、CEO兼ディレクターとしてモバイルアプリを2作ほど作った後、2018年から『黒神話』の開発を進めていったとされる。Feng氏にとって、コンソール、PC向けのシングルプレイヤーアクションRPGの開発は本作が初だったが、そのような新進のインディーゲームスタジオによる果敢なチャレンジが、なぜここまでの成功を収めたのだろうか。
今回は、この『黒神話』の成功について、中国屈指のメディアグループ、上海文化広播影視集団有限公司(SMG)傘下の東方明珠移動多媒体有限公司(Oriental Pearl Group)のゲーム事業部ディレクターとして、中国国内におけるプレイステーション4向けゲームの展開を手掛けるなど、長年、中国ゲーム業界の進展とともに歩み、現在は、海外パブリッシャーと中国市場のマッチングなどのコンサルティング業務にあたるWinter Guo氏に話を伺った。中国ゲーム市場に精通するWinter氏は、彗星のごとく登場した中国発のビッグヒットをどう見たか。
Winter氏曰く、『黒神話』が世界中で受け入れられた理由は、端的に言うと“IPの力”、“圧倒的なビジュアル”ならびに“プレイ体験の奥深さ”の3点に尽きる。
まず、ストーリーのベースとした『西遊記』という知的財産、具体的には、孫悟空を活用した“IPの力”が大きい。“『西遊記』=孫悟空”は、日本はもちろん、世界的にもよく知られる中国古典だが、中国文化においてももっとも有名なIPであり、中国人であれば老若男女を問わず認知度がある。この抜群な知名度の高さは他のIPでは到底太刀打ちできるものではなく、ゲームにおいて非常に大きなアドバンテージとなった。
続いては、ゲームそのものの美しさや完成度の高さ、『西遊記』の世界観を再現する“圧倒的なビジュアル”を成功要因に挙げた。開発チームは、このゲームの制作に膨大な労力を費やした。中国国内の山西省や重慶など、『西遊記』ゆかりの名所旧跡を訪れ、これらの寺院や風景をほぼ完全にゲーム内に再現した。さらに、衣装や武器なども細部にいたるまで徹底的に作り込まれている。中国の古代文化や歴史的な要素を取り入れ、それを忠実かつ美しく再現している点が評価されているとのことだ。これはUnreal Engine 5(UE5)の採用により実現した。2020年に公開された初トレーラーでも、その驚異的なグラフィックが話題となったが、製品版ではさらにそれを凌駕した。この進化は、UE5の可能性を証明したと同時に『黒神話』を世界最高峰の作品へと押し上げたとしている。
さらには、秀逸なゲームシステムにより、“プレイ体験の奥深さ”を突き詰めた。アクションゲームとしての基本を押さえながら、独自の要素が随所に盛り込まれた。レベルアップシステムや探索要素、隠しキャラ、および隠しステージなど、コアゲーマーを満足させるための工夫が随所に施されているとWinter氏。その結果、Steamでのユーザー評価が95点以上を記録している。単なるビジュアルクオリティーのみでは、このスコアまで達成できなかっただろうとWinter氏は分析している。
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ただ、これまでも中国では『西遊記』をテーマとしたゲームは数多くリリースされてきた。これについてWinter氏は、『西遊記』をそのまま再現するのではなく、『西遊記』の物語から数百年後の時代に設定し、主人公キャラクターも、単なる“孫悟空”ではなく、その生まれ変わりとしての“天命人”としたことをほかの『西遊記』関連ゲームとの違いとして挙げている。
既存の『西遊記』に基づいた世界観を維持しつつも、まったく新しい物語を描く余地が生まれた。プレイヤーは、ゲームを通じて、天命人として成長し、その成長に合わせて孫悟空が有していた能力や装備を継承していくことになる。とくに、最終的に孫悟空の象徴とも言える“如意棒”を手に入れる過程は、プレイヤーにとって感動的な体験を提供することになったのだろうとWinter氏は言う。これにより、RPGとして能力を発展させていく過程が、単なるゲームシステムではなく、物語と密接に関連した重要なテーマになっている点が訴求力になっていると分析している。
また、『西遊記』の数百年後の時代である後日談としたことにより、翻案作品として、独自の解釈による物語世界を拡げる契機となったとWinter氏は語った。たとえば、原作のキャラクターである猪八戒が登場する際にも、過去の行動や物語が本作独自の視点で語られている。猪八戒の天界でのエピソードや、その後の地上での生活がゲーム内で描かれることで、原作を知るプレイヤーにとっては新鮮な視点で猪八戒を見ることができる。また、既存のストーリーに縛られることなく、新しいキャラクターやテーマを描く自由が確保されていたことも指摘する。これにより既存の『西遊記』関連作品との差別化を実現したという。
本作は孫悟空というキャラクターの伝説性だけではなく、人間性や共感を呼び起こす要素も重視していたとWinter氏は述べている。孫悟空の過去の行動やその影響が物語の中で語られることで、キャラクターたちの背景や心理描写も深められる。これにより、キャラクターの新たな一面に触れるとともに、新しい主人公であり、プレイヤーの分身でもある天命人との、これらのキャラクターに直接的なつながりを築きあげられるのだ。このように、既存のIPの枠組みを超えた物語の深さが、本作を特別なものとした。
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これだけにとどまらず、その演出手法にも中国で生まれた作品ならではの文化的側面が息づいている。Winter氏は、本作が中国文化の総合芸術とも受け取れると言い、ステージ間アニメーションの多様さについても言及した。『黒神話』は、文化的要素とアート表現が密接に融合しており、ゲーム全体に深い印象を与えているとWinter氏は強調した。
特筆すべきは、ステージ間に挿入されるアニメーション演出の存在。このアニメーションは単なる“つなぎ”ではなく、物語全体の進行やプレイヤーの感情移入を強化するために、非常に重要な役割を果たしているという。
アニメーションは、ひとつのスタイルに固定されることなく、ステージや物語のテーマに合わせて異なるアートスタイルが採用されている。そのひとつである水墨画風アニメーションでは、濃淡のあるインクの筆使いで描かれた背景やキャラクターが採用されたが、このスタイルでは、中国文化の美的感覚が忠実に再現されている。さらに、もうひとつの演出スタイルであるストップモーション風アニメーションも中国の古典的な人形劇や影絵芝居を思わせるもので、物語の中でノスタルジックな雰囲気を演出している。これらはいずれも中国伝統文化へのリスペクトを感じさせている。
もちろん、昨今のAAAタイトルでは欠かせないUE5の技術を駆使したリアルタイムレンダリングによるCGアニメーションも使用されていた。とくに、戦闘シーンやキャラクターの心理描写をリアルに表現するために採用されている。このスタイルでは、キャラクターの表情や動作が非常に細かく描かれ、プレイヤーは物語への没入感を一層高めることに寄与しているという。これら異なるスタイルのアニメーションはすべて物語進行と密接に結びついており、プレイヤーが新たなステージに移る際や、物語の重要な転換点において、巧みに挿入されていたのだ。
これらを総じて、『黒神話』が世界にゲーム業界に及ぼす影響についてWinter氏は“作家性”へのフォーカスであると述べた。たとえば、中国のゲーム開発では、とくにモバイルゲームやオンラインゲームが市場を席巻しており、多くの作品は“収益性”や”プレイヤーデータ”に基づく商業作品としてのデザインアプローチを取っている。また、欧米のPCゲームやコンソール向けなどのシングルプレイヤーゲームの開発においても、しばしば工業化されたプロセスに基づきMetacriticの評価点や市場分析データをもとに、最適解を追求する形で進められる印象を持っているとWinter氏は言う。同時に精密かつ洗練された作品が生まれる一方で、創造性が制限されることも決して少なくないとの見解だ。
これに対して『黒神話』のゲームデザインの中心は、開発者自身の“作家性”だという。『黒神話』には、単に市場やプレイヤーのデータに合わせたゲームではなく、開発者が表現したいテーマやビジョンが強く反映されており、中国市場の工業化的アプローチから脱却し、日本の宮崎英高氏や小島秀夫氏のようなゲームデザイナーたちが示してきた“作家性”に近い方向性を取っており、そこにはたとえば、プレイヤーに向けた一貫した“芸術的ビジョン”がある点が共通しているとの見解を示した。
■中国ライトユーザーを取り込んだ『黒神話』へのつぎなる期待感
ここまで『黒神話』の卓越した成功を目の当たりにすると、今後のDLCや続編についての展開が気になるところだが、これについてWinter氏は、キャラクターやステージの拡張に期待を込めた。
新しい操作キャラクターについては、たとえば、『西遊記』のほかの主要キャラクターである猪八戒や本作未登場だった沙悟浄や玉龍(三蔵法師の馬に変身している龍)を操作できるようになると非常に魅力的だと言う。彼ら独自の戦闘スタイルや能力を活かしたゲームプレイが追加されることで、プレイヤーにとって新鮮な体験になると期待を寄せた。
また、新しいステージや敵キャラクターならびに、新ボス戦の追加については『西遊記』や中国の伝統的な神話・伝説にはまだ魅力的なエピソードが数多く存在することから、いろいろな可能性があるとしつつも、武神・顕聖二郎真君(楊戩)や哪吒(ナタ)を主軸とした新しい物語は大いに期待したいとした。
とくに顕聖二郎真君は、現状の『黒神話』においても重要な役割を果たしており、彼の過去を深掘りすると多くのプレイヤーを引き付けるのではとWinter氏。ゲームステージという点でも西域(現在の新疆ウイグル自治区)や南方地域(雲南省、広西省など)の伝説や文化に基づいたステージが追加されれば非常に興味深いものになるだろうとし、新規アイテムとしては、“如意棒”に匹敵する新しい武器が登場すれば、プレイヤーはより個性的な戦闘スタイルを楽しめるようになるとWinter氏は語る。
ビジネス的側面で見ると、Game Scienceは決して小さなチームとは言えないとしながらも、大企業から独立して生まれたインディーゲームチームがSteamインターナショナル版で2500万本を売り上げたことで新たなチャイニーズドリームのポテンシャルを示したとWinter氏は語った。Steamでの販売本数のうち少なくとも1000万本は中国で販売されたと予測されており、多くがPCゲームの新規ユーザーだったという。もともとライトユーザーには敷居が高いと思われていた本作だが、シングルプレイヤー向けPCゲームに触れる機会を本作は提供したとし、中国インディーゲームスタジオにとって新たな可能性を示すことになったとWinter氏は締めた。
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今回は、中国ゲーム産業に長年携わり、市場に精通するWinter Guo氏に『黒神話』の成功についての見解を聞いた。
『黒神話』のヒットを契機に2024年は中国にとってのAAAゲーム元年となったとも言うことができそうが、ことSteamについてはインターナショナル版を通じての流通で、中国側から見ると当局の枠組みを超えたビジネスであると同時に、世界市場においては、Steam経済圏に新たな“オルタ”としての中国ゲーム市場が浮かび上がった形だ。
『黒神話』の成功を経て、中国ゲームビジネスはどのような変貌を遂げるのだろうか。中国国民がプレイできる、Steamインターナショナル版コンテンツのような中国の統計データには乗ることがない中国ゲーム産業の社会現象について、どうその実態を把握していくかが中国ゲームビジネスの実像をとらえるうえでも、これからは重要になってくると感じている。
中村彰憲(なかむらあきのり)
立命館大学映像学部 教授 ・学術博士。日本デジタルゲーム学会(DiGRAJapan)会長、太秦戦国祭り実行委員長 東京ゲームショウ2010アジアビジネスフォーラムアドバイザー。 おもな著作に『中国ゲームビジネス徹底研究』『グローバルゲームビジネス徹底研究』『テンセントVS. Facebook世界SNS市場最新レポート』。